カーマン・ライン

マン太

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第2章 流転

2

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 気が付いた時には、緊急脱出用のポッドの前で倒れていた。
 その後、住民を救出に来た惑星の自治部隊の救助艇に乗り込み難を逃れたかに見えたが。
 それさえも攻撃を受け、船は操縦不能に陥った。揺れる機内に白煙が立ち込め、そこかしこで火花が散る。
 逃げる最中、攻撃によって起こされた激しい揺れに頭部を打ち付け、暫く昏倒していたらしい。

「っ…」

 身体を起こすと軽く頭を振った。額がズキリと痛む。
 ポッドの大半は先に脱出した者に使われていたが、まだ数機残っていた。
 たとえこれで脱出しても、まともな星にたどり着けるかは分からない。
 下手をすれば何処かの賊にでも捕まって、労働力として売り飛ばされる可能性もある。
 もっと酷いのは、その命が尽きるまで宇宙を漂う事だ。誰にも発見されなければ、そう言う運命を辿る事になる。
 しかし、今迷う時間はなかった。ここにいれば確実に死を迎える。
 ソルは額から流れ落ちる血を手の甲で拭った。胸元からネックレスがこぼれ落ちる。

 アレク……。

 青い石を握りしめ、再び胸元に仕舞う。

 彼に会うまでは──死ねない。

 アレクにとって大切なものである事は確かだ。

 とにかく、ここから脱出しないと。

 ソルは爆発と共に通路を駆け上がってきた炎を背に、ポットへと飛び乗った。

+++

 それから、脱出ポッドはほどなくして、辺りを巡回していた連合軍の艦艇に無事回収された。
 艦の倉庫には、同じように難を逃れてきた住民が溢れかえっている。
 ソルは他の者たちと同じように、倉庫のひんやりする壁に背を預けひとり休んでいた。
 項垂れる老人や、泣く赤子をあやす母親。不安げに周囲を見回す子ども達。
 自分と同じような年代の少年、少女もいた。
 この先どうなるのか。
 もう何も残っていない。逃げる最中、荷物は何処かへ紛失してしまっていた。あの星に戻っても、もう仕事はない。

 工場長も無事逃げきれているといいけれど…。

 ため息をつき膝を抱えていると、声をかけてきた者がいた。

「君、ここへ市民番号とサインを入れてくれ。番号が分からなければ指紋でいい」

 顔を上げれば、連合の兵士だった。パッド型の電子端末とペンをこちらに差し出してくる。
 この世に生を受けたものは、すべて住民登録が済ませてある。生まれた瞬間に、番号が振られ、その成体情報が登録されるのだ。
 どこに所属していようが、関係なく強制的に登録される。
 そのデータはどこの国にも属さない機関で管理され、必要であれば引き出すことができた。
 難民等が出た場合、識別するためにそれは利用される。
 今回もそれだろう。現在の年齢、出生地、名前、成体情報多々、それらで確認を取ることができる。どこの誰かわからない、そんな状況は発生しないのだ。
 ただし、何処かの国の機関に属するようになると、その情報は制限がかかる。ある程度の権限がなければ全ての情報を見ることができなくなるのだ。
 ソルは差し出されたパッドにサインと番号を入力する。
 番号は英数字がまざったものだが、ずっと使い続けているうちに覚えてしまっていた。
 それが済むと兵士は受け取って、次の者へと渡していく。
 その様子をぼんやり眺めていると、再び声をかけられた。

「よう。お前、家族は?」

 顔を向ければ、同年位の少年が立っている。
 長めの前髪が目にかかり、鬱陶しそうだ。その目は細く鋭い。身長は高いが身体つきは細く、ひょろりとした印象を受けた。
 不躾だなと思った。もしこの攻撃で家族を亡くしたばかりだったなら、それは心無い質問だった。
 けれど、今のソルを見ればそんな状況では無いことが見て取れたのだろう。

「…いや。俺は孤児院出だ。家族はいない」

 すると納得したように大きく頷いて。

「そうだと思った。だから声かけたんだ。俺はケイパー。今年、十七才になる。俺も親はいない。小さい頃蒸発しちまってよ。俺らみたいなやつは軍に引っ張られるぜ?」

「そうなのか?」

「ああ。どこで落っ死んだって誰の迷惑にもかからないし、悲しまねぇからな? 兵隊にするにはもってこいだろ? …そら、来た」

 ケイパーの話しが終わるか終わらないうちに兵士が声をかけて来た。

「ああ、君たち。少しこちらに来てくれないか? すぐに済む」

 するとその言葉にケイパーはこちらに目くばせしてから、ソルの腕を引く。

「はい。何でしょう?」

 商人よろしくもみ手でもしそうな勢いで対応する。ソルはケイパーに腕を引かれ、無理やりそこに立ち上がった。

「兵隊に興味は無いかと思ってね。声をかけさせて貰ってる。あっちの部屋で詳しい話しをするから、聞いて見ないか?」

「はい。分かりました。…ほら、行くぜ? お前、名前は? 何歳だ?」

「…ソル。今年で十五歳になる」

「うは。ほんとガキだな?」

「お前だってだろ? 十七才で大人ぶるなよ」

「なっまいきだなぁ? 本当に十五歳か? 妙に落ち着いてるし…。まあいい。とりあえず話聞こうぜ。上手く兵士になれれば衣食住に不自由はしねぇからな?」

 そういうと、ケイパーはもたもたするソルの腕を無理やり引きずる様にして、兵士が示した場所へと向かった。

 そこは同じく倉庫の様だったが、中はがらんとしていて、大して荷物は積まれてはいない。
 そこに数十人の同じくらいの年齢の男女が集められていた。この攻撃で親を亡くしたものも、中には混じっているのだろう。
 ずいぶん項垂れた様子の女の子が斜め向かいにいた。肩にかかる栗色の髪が印象的だが、表情は暗く、その様子からこの戦闘で親を失ったのだろうと見て取れた。

「で、君たちを集めたのは他でもない。私たちの軍の入隊希望がないか確認するためだ。成人前で身寄りがない場合、誰かが保護者になることが必要だ。以前は各自いたと思うが、この攻撃でそれを亡くしたものも大半だろう。それで提案だ。連合軍の兵士として働くことを選べば、私たちが君たちの面倒を見よう。成人してからかかった費用を返却してくれればいい。そのまま軍に居続ければ、その費用は免除される。どうだ? いい話だろう? 返事は明日、近くの基地に到着後、再度確認を取るからその時までに考えておいてくれ。船を降りたらそこで待っていてくれればいい。──以上だ」

 全て話し終えると、満足げに頷いてから兵士はその場を去っていった。
 こんな子どもでも軍に入隊させるとは。

 何か仕事があるのだろうか? 

 そう思っていると、それを見透かしたようにケイパーが。

「ま、始めは雑用係だな。次に兵士としての訓練。ここのところ、慢性的に兵士不足なようだからな。幼い頃から訓練しておけば、立派に使える兵士になる。俺たちは入隊したところで、二等兵、一等兵。毎日掃除炊事洗濯、その他雑用に追われるだけだろうけどな。俺としてはパイロットが希望だけれど。それも空きがねぇとな…」

「パイロットは無理だろう? …学歴がない」

「ああ。それな? まあ、正式なのはだめだが、エンジニアか整備士になれれば、試乗することができる。要はテストパイロットだ。その程度だけどな。俺はそこを目指す。飯の支度や掃除なんて、俺に似合わないぜ」

「テストパイロットだって、それなりの知識が必要だろう? 自信はあるのか?」

 すると、ケイパーは肩をすくめて見せ。

「ない」

 その言葉にソルは呆気にとられるが。

「ねぇけど、頑張るさ。前の仕事も整備士みたいなもんだった。たまに輸送船の操縦もしてたしな」

「それなら、俺もだ…」

「ソルもか? そんなちっせぇのに?」

「…体格は関係ないだろ。整備工場で働いてた」

「へぇ。なら、俺たちは有望だな? 志願するだろ?」

「他に行き場がなければ…」

「なんだ? 宛てがあるような言い方だな?」

 ソルは少し俯くと。

「少しだけ。でも、きっと無理だ…」

 ソルの気落ちした様子にケイパーは笑うと。

「ま、少しでも宛てがあるなら、行って来ればいいだろ? だめなら、またこっちで志願すればいいだけだしな?」

 ポンと背中を勢い良く叩かれ、思わずよろめいた。

「うん…」

 ソルは無意識のうちに、服の上から青い石に触れていた。
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