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第2章 流転
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しおりを挟む「なあ、ソル。訓練期間が終わったら、俺と組まないか?」
移動中、通路でザインに呼び止められ、立ち止まったが最後、それが始まった。
「ザイン…。それはアレクが決めることです。だいたい、ザインはラスターと組んでいるでしょ? ラスターにこれ以上睨まれるのはごめんです…」
十才以上も年上の、しかも上官でもあるザイン相手に、ソルはつれない態度を示す。
あの訓練飛行以来、自分と組めとザインはしつこいくらいに要求してきた。
幾ら自分に頼んでも、決めるのはアレクだ。自分に決定権などなく無駄だと言っているのに、ザインは聞かない。
むしろ、ソルが強く懇願すればアレクも納得するからと引かなかった。
「ラスターは俺以外とでも組める。俺はお前と組んで飛びたいんだ。試すくらいいいだろ?」
行く手を阻む様に、通路の前に立ちふさがる。ソルは大仰にため息をついて見せると。
「要求はアレクにお願いします…。俺はこれからドックに行かないといけないので。ゼストスに急ぎの用だと言われているんです。…どいて下さい」
キッと目尻を釣り上げてザインを睨んだが、効果はなかったらしい。逆に肩を掴まれ壁際に追い込まれた。
「ザイン!」
いい加減にして欲しいと声を荒げるが、そこにあったのは思いのほか真剣な眼差しで。
「俺は興味本位で言ってるんじゃねぇ。お前の腕に惚れたからだ。頼む。お前からもアレクに進言してくれねぇか? アレクもお前の言う事なら聞くだろ?」
その真摯な様子に、とうとうソルは折れた。
「…分かりました…。今度、会った時に言うだけは言ってみます。でも、組んだとしても俺が実践で役に立つかは分かりませんよ? 経験なんてろくにないんですから…」
「良かった! お前が口添えしてくれれば少しは考えてくれるだろう。いやな、もうアレクからは一度断られているんだ。それでも、お前が嘆願すれば考えも変わるだろう? あと、実践うんぬんだが、そんなの俺がフォローしてやる。じゃあ、よろしく頼んだ」
そう言うと、ソルの肩をポンと叩き、ザインは軽い足取りでようやく去っていった。
その背を見送りながら。
アレクが、首を縦に振るだろうか?
一度断っているものを、再度了承するとは思えない。
今晩はアレクの部屋に行く予定があった。
あれから数週間、訓練を重ねていたが、そろそろ、身の振り方を決めるとの事だった。
アレクの話では、エンジニアとしての腕も買われているため、パイロットと兼任させる方向に持っていくつもりらしい。
それは、ソルをホッとさせた。
整備のみならず、設計にも関わらせてもらえる。もちろん、手伝い程度の参加だとは分かっているが、心が浮き立つのは止められなかった。
パイロットとしても、まだ見習いで。
いくら当人が熱望しても、突然、ザインのような熟練パイロットと組まされることはないと思っている。
確かに経験が少ない分、腕のいいパイロットと組んで訓練するのはいいことだとは思うが、その相手にザインは大きすぎた。
いや。もったいないってのが本音だな…。
他の仲間たち、ことにラスターには目の敵にされている。
このままザインと組むようなことになれば、風当たりはさらに強くなるだろう。
もともと、人と争うのは好まない。ことに、望んでそうしているわけでもないのに、恨まれるのはごめんだった。
ずっと、目立たずひっそりと生きてきたソルにとって、そういった状況は出来る事なら避けたいのだ。ドックで機械相手に格闘している方が性にあっている。
パイロットにはなりたかったけれど。
パイロットは花形の職業で、よくよく考えてみれば、目立つことこの上なく、自分の性格には合っていなかった。
でも、操縦は好きなんだ。
それに、アレクの強い希望でもある。
先日も、ともすると設計や整備の仕事に身を入れたがるソルに、アレクはため息をついてがっかりした素振りを見せた。
「ソル…。君は確かに技術屋としての腕もいい。だが、パイロットしても一流になってもらいたい。素質は十分あるんだ。私の気持ちを汲んで、少しは協力してくれ」
アレクの自室を訪れた際、そう、ぼやかれた。もちろん、協力は惜しまないし、こんな未熟な自分にそんな申し出はもったいないくらいで。
「ごめん。アレク。そっちの予定を主にする…」
つい、整備士のゼストスとの仕事を優先していたソルは、慌ててそれを削ったのだ。
兼任、と言っても、主になるのはパイロットの方だろう。
どちらにしろ、全力を傾けるつもりではいる。
夕刻になって、当初の予定通りアレクのもとへと向かった。来訪をインターホン越しに伝えると、
「入れ」
返答とともにロックが解除されドアが開く。
アレクは中央にあるデスクの椅子ではなく、窓際に設置されたソファの背に腰を預けるようにして、船窓の外に広がる星々に目を向けていた。
真っ黒な世界に浮かぶ星は、地上で見るよりずっと強い輝きを放って見えた。
それはソルの好きな景色の一つで。
飛ぶことが好きな理由のひとつでもある。
ソルが来るとアレクは振り返らずに、その景色に目を向けたまま。
「星は好きか?」
「はい…」
すると、こちらを振り返り。
「二人でいるときは敬語でなくていい。そう前に言っただろう?」
表情は柔らかいものの、どこか不満気だ。
でも、と言いかけてそれを飲み込んだ。
いつだったか、ついユラナスの前でいつものように話しかけてしまい、白い目で見られたのを思い出したのだ。
また同じことを繰り返したくなくて、なるべく敬語で接していたのだが。
しかし、アレクが否と言うならやはり訂正が必要だろう。
俺が気をつければいいだけの事だ。
「分かってる…。それで、俺は誰と組むんだ? ザインが俺と組みたいってずっと言ってる…」
正直、ザインがそこまで言うのなら、と思い始めてもいたが、ラスターの当たりがきつくなるのは避けたい。
どうしたものかと思っていれば。
「確かにザインが熱心に自分のパートナーにと頼み込んでは来ているが、奴とではバランスがとれない。ザインの力が強すぎる。君の能力が生かされないだろう」
そう言うと、こちらに手を差し伸べてきた。
「ここへ来い」
言われて、おずおずとその傍らに立つ。伸ばされた手が届く範囲だ。
そこへ立つと、アレクが頬に触れてきた。
「実践で決める。数回に分けてそれぞれと組ませる。ザインも含めな。私も加わる」
「でも、アレクのパートナーはユラナスじゃあ…」
「ユラナスはあくまで臨時だ。私と副官が一緒に出て、同時に何かあれば困るからな。 相性が合うのが一番いいんだ。互いの力が一番発揮できる相手。どちらもフルパワーで遠慮せずにやれる相手だ」
「遠慮せずに…?」
「ザインと組めば、君は一歩引くことになるだろう。他のメンバーとは、まだ分からんが。逆に相手が引く場合もある。だが、君は必ず自分を抑えるだろうな?」
「どうしてそう思うんだ?」
「分かる…。ソルは自分を主張しないからな? 相手を生かす最善の選択をしようとするはずだ。遠慮なく力を発揮できるのは…私か、ユラナスだろう」
「ユラナス?」
彼も能力者のはずだが。ソルの疑問に答える様にアレクは説明した。
「普通なら能力者同士の組み合わせはない。だが、両者とも能力が高い。感知する力が強ければ強いほど、互いの動きが手に取る様に分かるはずだ。戦闘では互いにいいパートナーとはなるだろう。…だが、それではやはり全体のバランスがな。結局は…私だろう」
「アレクと…?」
「そうだ。私と飛んだ時、君は自由に飛べただろう? 私も遠慮なく力を発揮できた。ユラナス以上にな」
アレクは微笑むが、ユラナスがそれを許すとは思えない。ユラナスは自他共に認めるアレクの信奉者だ。
彼にこれ以上睨まれるのは、ラスターに睨まれるよりもっとごめんだった。
「でも…」
「そう心配するな」
ソルの表情からその思いを読み取ってアレクは笑う。
「ユラナスもバカじゃない。適材適所を心得ている。それに…」
アレクは頬からソルの唇に親指を這わせると。
「君を…他の誰かに託したくないのが本音だ」
アレク…。
ここへ来てからも、アレクはソルに対して深い愛情を示す。
でも、ふと思う。
それはソルの能力に対してであって、純粋にソル自身に興味がある訳ではないのだろうと。
自分がこれほどの人間に好かれる理由は他に見当たらないのだ。
たしかに、あの辺境の星デアでの整備工場で過ごした日々は何にも代え難いものだった。
ソル自身、とても楽しく充実した日々で。ずっとこのまま続けばいいのにと思ったほど。
あんなボロ小屋で過ごした日々だというのに、それは彩をもって記憶に刻まれている。
しかし、アレクが自分もそうだと口にしても、たったそれだけで自分と同じ様に思っているとは信じ難かった。
その能力に惚れ込んで、自分を手なずけるためにキスをした──。
そう考えるのが妥当だった。
「ソル?」
気を逸らしたのを不審に思ったアレクが尋ねてくる。ソルは少し俯くと、
「…なんでもない…」
いったい何を聞けばいいと言うのか。
アレクに自分を好きなのか能力を好いているのか聞くとでも言うのか。
バカみたいだ。
子どもじみている。
どちらだろうと、自分がすべき事は決まっている。
アレクの恩に報いること。
それだけだ。
こんな自分を二年も待ち、受け入れ、引き上げてくれた。だから仲間も捨てて、アレクの元にいる。
それでも俯いていると、アレクがふっと息を漏らし、ソルの顎を取って上向かせた。仕方なくアレクを見上げる。
「何が気に入らない? 私に好かれるのは嫌か?」
「…違う」
好いているなど、どうせ方便なのだ。
「違うなら、どうしてそんな顔をする?」
「子どもじみてて、聞けない…」
視線だけ横に逸らすと、不意に唇にキスが落とされた。
唇の感触を楽しむ様にゆるく触れていく。
くすぐったいのと恥ずかしいのとで、息苦しくなって口を開けばアレクの舌先が自分のそれに触れてきた。
こうなると、もうされるがままでなにも抵抗が出来ない。
「…子ども染みている、か…。君が大人だと言うなら、私を慰めてくれないか?」
濡れた唇を離すと、ソルの鼻先でそう囁いた。
「アレ、ク…?」
呼吸も整わないまま聞き返せば、
腰と足裏にアレクの腕が回ったかと思うと、そのまま抱き上げられ傍らのソファへ降ろされた。
「他の誰かに先に奪われたくはない…」
「アレ──」
まさか。
驚きに身体が固まる。
ここまでして自分を引き止めたいのか、それとも──。
「君が好きだ。ソル」
「……っ」
「少しだけ、私に時間をくれないか? 嫌なら拒め。…無理強いはしたくない」
静かな口調で、でも明らかに熱を帯びた眼差しで見下ろしてくる。
好き。アレクが……俺を?
信じ難い言葉だった。しかし、見下ろしてくる眼差しに偽りの色はない。
「…どうした? 返事は?」
「…拒否なんて……出来るわけ、ない…」
何が起こるか分かっていても。
未知の世界に緊張や恐怖、気恥ずかしさはあるものの、拒むと言う選択はなかった。
アレクが、望むなら──。
照れくささに顔を背ければ、顎を取られ上向かされる。まともに見るアレクの瞳は青く輝いて見えた。
綺麗な──青…。
ふうっとアレクが口元に笑みを浮かべた。
と、もう一度、唇にキスが落ちてくる。
甘く、優しい──。
それは、大人への扉を開く、一歩だった。
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