カーマン・ライン

マン太

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第3章 仲間

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 ひと月程経ち、ソルの訓練期間が終了した。
 タイミング良く、帝国中央本部から輸送船の警護を命令される。
 守るのは貴重な鉱物資源を積載する輸送船。
 ここ最近、それらを強奪する賊が横行し、帝国軍も頭を悩ませているところだった。
 照明が落とされたミーティングルームでは、中央にある巨大なグラスディスプレイに、これから向かう空域が表示されている。
 惑星、恒星。隕石群。それぞれグリーンやオレンジ色で表示され、今いる場所は白く点滅していた。

「これから向かう空域には輸送船を襲う賊が横行している。奴らから帝国の輸送船を守るのが今回の仕事だ。敵機は深追いするな。ある程度威嚇すればいい。ソルの実践にはもってこいだろう。ユラナス、詳細を」

 アレクから引き取ったユラナスは、ディスプレイを前に説明を始めた。

「今回、警備を行う輸送船は全部で二十隻。護衛艦も付きますが、賊は小回りの利く戦闘機で向かって来るため、護衛艦では対応仕切れません。そこで私達の出番になります」

 ディスプレイにはユラナスの説明に沿う様に、輸送船、護衛艦、敵の機体が表示されていく。
 そこへ護衛艦から白い破線が点滅し敵機へ向けて放たれた。軌跡を描いて四方へ散っていく。

「敵機を上手く陽動しつつ、護衛艦の射程内に追い込みます。撃ち落としても構いませんが、弾切れに注意してください。出撃はそれぞれ交代で数回に分けて出ます。初めはザインとソル。アルバとラスターで組んでもらいます。その後はペアを交代します。敵機を追撃中でも時間になったら帰艦するように。他は三機で編成を組んで出撃します。作戦の詳細はこちらのディスプレイを──」

 その後も何点かユラナスからの説明が続き、ミーティングは終了した。
 皆、散っていく中、準備のために更衣室へと歩き出そうとしたソルの肩を誰かが叩く。
 しかし、振り返らずとも誰かは分かった。

「よう。よろしく頼んだぜ。ソル」

 ザインだ。そのまま口笛でも吹きそうな勢いで、更衣室へと向かっていった。いつにも増して機嫌がいい。
 その理由は聞かずとも分かる。
 一時でもザインと組むのだ。自分の思う通りに事が進めば誰でも嬉しく思うだろう。
 幾ら能力があるからと言っても、どうしてそこまで自分に固執するのか、ソルには分からなかった。
 その背をため息交じりに見送っていると、ラスターが通り過ぎざま。

「お前、自分だけが特別だと思ってるんだろうけど、そんなのは勘違いだからな。お前の代わりなんていくらでもいる。いなくなればまた次を探すだけ。お前なんてその程度だ。…よく覚えとけよ」

 自分より幾分長身であるが、小柄な体躯の青年はきつい眼差しをソルに向け去っていった。
 長いプラチナの髪が言葉とは裏腹に軽やかに揺れていく。
 ラスターにはすっかり嫌われている。
 仲良くなれるきっかけでもあればいいのだが、今の所その糸口は無く。
 ラスターにして見れば、気に食わないのは当然だ。
 来たばかりの新人が──しかも自分より年下の大して実力もない子どもが──特別待遇を受けているのだから。

 面白くないのも仕方ない。

 特別。確かにアレクには特別な扱いを受けているのだろう。

 色々な意味で──。

 だからと言って、手放しに浮かれているかと言えばそうでもない。

 好きと言われはしたけれど、それが何処まで本気なのか…。

 アレクはあれからも度々、ソルに触れてきた。思い出しても赤面するしかない行為だが、アレクに求められるのは正直嬉しい。

 体温や心音。昔と同じ──香り。

 全てアレクからもたらされているものだと思うと、心から満たされる。
 けれど、途方もなく美しく強い輝きを放つアレクが、ぱっとしない自分を好いているなど、どうしても信じ難く。

 やっぱり『能力』だろうな…。

 他にアレクを惹きつける要素がどこにも見当たらないのだ。
 能力があったからこそ、アレクは迎えにもきた。そこまで考えて、胸に小さな痛みが生まれる。確かに好きだと言われたが、その訳は聞いていないのだ。

 アレクは──俺自身を見ている訳じゃない。

 結局、そこへ戻ってしまう。
 その場で立ち止まっていると、アルバが声をかけて来た。

「ソル。ちょっといいか?」

 先程のラスターとのやり取りを聞いていたのだろう。黒い瞳に心配の色が浮かんでいる。

「ラスターの事だが、あまり気にしなくていい。彼は少しナーバスになっているだけだ。それより、今回、君は初めての実践だろう?  ザインは一人でも出来る男だ。あまり無理せず彼に任せればいい。ザインなら喜んで君を助けるよ」

 アルバといるのは、整備士のゼストスに次ぐ気楽さがあった。
 大人で察しがよく、余計な事は言わない。一緒にいてホッとする存在だ。

「アルバはラスターとはよく組むんですか?」

「そうだな。ザインが休みたい時には交代で。ラスターはああ見えて、結構繊細でね。パートナーの機微をよく読み取る。まあ、それは能力者にはよくある感覚らしいが…。君と飛ぶのも楽しみだ。よろしく」

「こちらこそ」

 そこで漸く笑みを浮かべ差し出された右手を握り返せば。

「…確かに。笑うと可愛いんだな?」

「は…?」

「ザインが言ったんだ。『ソルは笑うと結構いけてる』てな? 君はアレクのものだから奴も手は出さないと思うが。用心するにはこしたことはない。その辺の節操はみな、各自にまかせているからな。アレクの手前、襲うことはないと思うが、隙はあまり見せるなよ?」

 笑ってそんな事をさらっと言ってのけた。

 アレクのものって──。

 その言葉に赤面する。
 すると、ああ、とアルバは漏らしてから。

「首に跡が…。ザインはそう言うのを見ると燃えるんだそうだ。きっちり隠しておいた方がいい」

 アルバがそっと、緩めていた繋ぎの首元のジッパーを引き上げてくれた。ソルは狼狽え出す。

「お、俺は…っ」

「気にするな。別によくあることだ。ことにアレクなら問題はないだろう? 性別なんて気にしない。ここにいる連中は特に明日の命の知れないものばかり。好きだと思えば相手が誰であろうとすぐ行動に移すし、思いは隠さない。もちろん、合意は必要だが。死ぬ間際に後悔はしたくないからな?」

 笑ってぽんぽんとソルの背を叩き、更衣室にはザインが出た後に入った方がいいとくぎを刺された。

 バレていたのか──。

 相手がアレク以外にいない事は冷静に考えれば分かる事だった。
 ここへ来て日が浅いと言うのに、そんな相手が早々見つかるはずもなく。そうとなれば、相手はおのずと決まってくる。

「…ちゃんと隠そう」

 それ以上上がらないはずのジッパーを更に引き上げ、幾分熱くなった頬を意識しながらため息を吐き出した。
 しかし、アルバが気付いていたと言ことは、表にこそ出していないが、更に聡いユラナスならすぐに気づいただろう。
 
 先が思いやられるな…。

 ソルは重いため息を吐き出した。

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