カーマン・ライン

マン太

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第5章 波乱

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 別に寝るのに男も女も関係なかった。
 ことにこのセレステという男は、それを感じさせないくらいの美貌を手にしていて。
 翡翠色の瞳。白く透き通るようなしなやかな肢体。
 その行為にも手慣れていた。
 男を満足させるのに十分な術を持っている。普通の人間であればすぐに篭絡されるだろう。
 ここまでになるのは、相当の経験を重ねてきたはず。今もどこぞに情夫が山といるのだろう。

「抵抗はないの?」

 セレステの口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいる。
 事が終わり、セレステはシーツも身にまとわず、裸体をベッドに横たえたまま、半身を起こしたゼストスを見上げていた。

「さあ。どうでもいいことだ…。ただの処理行為だろう? 感情は必要ない。お互い楽しければいい。そうだろう?」

「…皆、僕と関係を持つと、それなりに執着を持つみたいだけれど、あなたは違うの?」

「そんな気分にはならないな。情報が欲しかっただけだ。でないと話さなかっただろう? そうでなければ、お前のような奴とお遊びでも寝ようとは思わない」

 ゼストスはベッドから立ち上がるとシャワーを浴びに行く。背後で笑った気配がした。
 セレステは男娼そのものだった。本当にこんな男がソルの幼馴染なのかと疑ってしまう。

 ソルは分かって付き合っているのか?

 ソルの様子からも、このセレステからも互いになにかあった風ではないが。
 そこまで思って、ふと思い当たる。

 大切、だからか。

 自分にも覚えのある感情だ。

 大切だからこそ、傷はつけたくない──。

 セレステもソルが大切なのだろう。だから手出しはしない。無理強いもしていないのだ。

 その後、セレステの秘密の一部を知った。
 彼は旧連合の諜報員なのだと言う。アレクの抹殺を計画しているのだと語った。
 それを聞いてゼストスは協力の意を示す。既にアレクを亡き者にすることに躊躇いはなかった。
 その手段を相談され、ゼストスは一つ、提案する。
 それは、アレクが旗艦を離れたのを見計らって、その搭乗した艦を襲い辺境の地にある惑星アウローラへ堕とす、というものだった。
 旧連合軍でも、帝国に反意を持つものはそう多くはない。戦力も限られている。それなら無理に襲って反撃に遭うより、事故に見せかけ落した方が、被害も最小限で済む。
 アウローラを知ったのは偶然で。たまたま、近くを通過した際、そんな星があると教えられたのだ。
 惑星アウローラは年中分厚い雲で覆われ、容易に地表に降り立つことはできない。
 その雲は特殊で、どんな金属も腐食させてしまい、シールドも効かないらしい。
 一度、探査の為、近づきその成分を分析した艦が、機体を腐食させ這々の体で帰還した。雲に近づき過ぎたらしい。
 その雲はいつ晴れるかわからない。運よく晴れ間に降りれたとしても、そんな雲なのだ。もし、また上空を覆えば脱出することは不可能だった。
 一度、閉ざされれば次に晴れるのは一時間後か一週間後か、はたまた数十年後か。不定期なそれは予測不可能で。
 アウローラはそんな特殊な星だった。それで記憶していたのだ。
 今、丁度晴れの期間に入っているが、直に雲が覆いそうな気配を見せている。今すぐアレクを艦ごと落とせば、閉じ込められる可能性は高い。
 セレステはその計画に乗った。
 事故に見せかけるため、そう見えるようプログラムを組むことにした。例えバレたとしても、自分が組めば他の誰も解くことなどできないだろう。

 物理的に解除しても、その頃には──。

 慌てふためくうちにアウローラへ降下し、無事着陸できたとしても、脱出は不可のはずだった。

 彼さえ後を追わなければ──。

 彼にはその能力はもうないのだと、あれだけ叩きこんでおいたのに、アレクを助けるために出撃した。しかも、廃棄寸前のボロボロの機体に乗って。
 しかし、そんなことなど諸ともせず、ソルは敵を次々と撃ち落とし、計画を段々と狂わせていく。
 それはそうだ。彼はもしかしたら、帝国軍最強のパイロットかも知れないのだから。
 一番の狂いは、彼がその艦に同乗したことだ。あのボロボロの機体で出来ることではない。
 アレクの為にその力の全てを使い切り、彼を無事に星から脱出させた。ソルがいなければ出来なかったことだろう。
 そして、彼は命を落とした。

 なぜだろう? 

 彼を手元に置きたいがために、進めた計画であったのに。
 その報告を、ゼストスは独房で聞かされた。
 すでにアレクからの通報により、その裏切り行為がばれ拘束され。

 きっと、ソルが気付いたのだろう。

 ソルが出撃したのを知っていたのはゼストスだけだ。
 ソルを生かすために、旧連合軍にその情報を伝え、なんとかアレクの乗る艦へ帰艦するの妨害した。
 しかし、それが功を奏することはなく。

 自業自得か──。

 一番失いたくなかったものが、この手から滑り落ちていった。
 大切だからこそ、思いも告げず、ただ側にいた。ソルから受ける信頼を裏切りたくはなかったからだ。
 二人でいられるなら、それで充分だったのに。

 ソル──。俺は飛んだ間違いを犯した。

 君がいないのなら、ここに生きていても仕方ないと言うのに。

「…すまない。ソル…」

 その頬を後悔の涙が滑り落ちていった。

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