カーマン・ライン

マン太

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第5章 波乱

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 ただ、羨ましいと思った。

 それまで、人を恨むことも羨むこともなかったのに──。

 なぜか、アレクの一挙手一動に心を動かすソルを見た時、その感情が初めて湧いた。

 ゼストスがソルと出会ったのは、アレクの導きがあったからだ。
 故障した機体を修理するため、アレクは辺境の惑星にある整備工場に不時着した。そこで初めてソルと対峙することになる。
 アレクの紹介により、協力して修理をすることになった。
 モニター越しの声は小さく頼りない。見た目も年相応と言えばそれまでだが、何処か頼りなく。
 協力と言っても、一方的にこちらの指示に従ってもらうことになるのだろうと思っていたのだが。予想は外れた。
 アレクに前もって言われていたのだが、その通り、ソルの知識はかなりのものだった。思わず口をついて出でしまった専門用語も理解してしまう。
 それにひと度集中しだすと、弱々しげな印象は鳴りをひそめ、態度は凛とし目は輝きを増した。
 子どもの癖に生意気だと、普通なら思ったかもしれない。けれど、本当に機械いじりが好きらしい彼の態度に、微塵もそんな思いは湧かなかった。
 短い間ではあったが、彼との時間は今まで生きて来た中で一番楽しく充実していて。毎日、ソルと顔を合わせるのが待ち遠しくて仕方なかった。
 そのソルを、アレクが正式に迎えると知って心浮き立った。

 きっと彼はエンジニアとして配属されるはず。

 しかし、彼は迎えに行く前に連合軍の戦闘に巻き込まれ、行方知れずとなってしまった。
 その後、漸く顔を見られたのは十七歳になってから。
 それまで連合軍にいたと言うソルは、能力者としての腕を買われ、そちらを主にパイロットとして活躍を見せるようになった。
 それでも機械いじりは好きらしく、アレクに無理を言って旗艦内のドックに入り浸っていて。
 その間は、二人の間を邪魔する者はいない。好きなだけソルと語り合い、作業に没頭できた。
 けれど、端々にアレクが現れ邪魔をする。
 姿を見せるわけではない。ただ、途中で退出するのも、急に来られなくなるのもアレクが原因で。
 大切な彼との時間をアレクに奪われる。

 アレクが邪魔だ──。

 初めての感情が湧いた。

 そんなある日、連合軍との戦闘でソルが重傷を負った。
 それなりに酷いけがではあったが、パイロットとしては致命傷ではない。
 しかし、これはチャンスだと思った。上手く行けばアレクからソルを引き離す事が出来る、二度とない機会。
 逃す手は無いと、その思いを実行に移した。
 医師が見る前に検査結果のデータを改ざんし、脳に損傷があったと書き換えたのだ。能力者としては致命的な障害。
 結果、ソルはパイロットとしての道を絶たれ、ゼストスの元へと戻ってきた。

 これでいい。ソルはここにいれば安心なんだ。誰にも邪魔はさせない──。

 暗い思いが心を占める。
 ソルはフィンスターニスの上空に浮かぶ、研究開発用に立てられた宇宙ステーションに配属となった。
 無理を言ってアレクに同行を願い出る。無事許可が下り、晴れてソルと共にラボで過ごす日々が始まった。
 五年間。ソルにとっては寂しい思いもあっただろうが、ゼストス自身は嬉しい限りで。このままこの時間が続くはずだった。
 しかし、そこへ新たな人物が現れる。
 セレステ・ヴァイスマン。
 ソルは親しみを込めて、セスと呼んだが。
 孤児院時代の幼馴染だと言う。辛い日々を共に過ごしたのだとか。
 彼は積極的にソルに接近しているが、ソルは取り合わない。やはりアレクが一番な様だった。
 アレク程では無いにしても、ソルとの間に新たな邪魔が入るのは不愉快で。
 ただ、セスは優秀らしく、近いうちに能力者として旗艦に配属になるのではとソルが口にしていた。

 それなら放っておけばいい──。

 そう思っていたのだが。

 セスの正体を知ったのは偶然だった。
 その日、ゼストスはひと気のない渡り廊下の先にある機器の調整を終えた所だった。
 各フロアにある空気の循環装置だが、知らないものが適当に調整すると、結露や酸素不足を起こすこともあり、デリケートな調整が必要な作業で。ある程度の技術のあるものがやることになっている。
 その作業を終え、さてラウンジで一息と思っていれば、誰かの話し声を耳にした。

 こんな所で話しとは──。

 ここには計器類しかない。用がなければ兵士など来るはずもないのだ。
 そっと壁際に身を寄せ顔をのぞかせれば、そこにはセレステがいた。
 会話は端々しか聞こえては来ないが、低い声音で話す様子は普段とは異なって見える。

「──ああ。何とかする。けど、アレクの周りにいる連中は皆隙がなくて──。…分かってる…。失敗はしない。じゃあ、また──」

 これは──。

 不穏な空気を感じ取った。
 ゼストスはセレステがそこを去るまでじっと身を潜めていた。

 自室に戻って、セレステの情報を探る。
 調べたセレステの経歴は、戦災孤児には有りがちなものだった。
 幼い頃を孤児院で過ごし、十歳になると裕福な商家に引き取られ、十二歳になるまでそこで過ごした。その後、帝国の士官学校へと入る。
 卒業後は帝国軍に入隊し、様々な鑑へと配属先を変えるうち、能力試験でその能力者としての資質を見出され、このステーションに送られて来た。
 ざっと見ても特筆すべきものはない。
 現段階では、彼がどこと関わり、何を目的としているかはわからなかった。
 ただ会話の様子から、アレクをどうにかしたいとは思っているらしい。それなら、ゼストスにとっては好都合だったが。

 当人に聞くしかないだろうな…。

 それ以外に方法はない。
 それから暫くして、セレステに声をかけた。


「やあ。セレステ。今、少しいいかな?」

 一人、ラウンジにいたセレステは、カウンターの前のスツールに浅く腰掛け、手にしていたグラスを置くとこちらに目を向けて来た。
 まだ二十歳そこそこの若く美しい青年だ。翡翠のような瞳がその美しさを引き立てる。
 彼とはソルを通じて挨拶を交わした位だった。面倒を見て欲しいとは頼まれていたが、その機会がなく今に至る。

「ゼストス? 良いけど…。どうしたの?」

「その…。実は数日前、君が端末で誰かと話していたのを聞いてしまってね…。あの、ポートを見下ろせる渡り廊下だが──」

 そこで一気にセレステの表情が冷えたものに変わった。それでやはりあの時の会話は、聞かれてはならないものだったと知る。

「いや。全て聞いた訳じゃないんだ。ほんの少し…」

「僕をアレクに引き渡す?」

 セレステは翡翠色の瞳を冷たく光らせる。その言葉にゼストスは、心の内でほくそ笑んだ。

「いや。だって俺は君が何者か知らないんだ。渡すも何も…。と言う事は君は──」

 すると、セレステの表情に微妙なものが加わる。口元に艶めいた笑みが浮かぶと。

「ここに、つてが欲しかったんだ。誰にも通報せず、僕に一番に声をかけてきたのだとしたら、あなたにも何かあるってことでしょ? 僕と取引をする? そうしたら、あなたの話も聞くよ。…僕の部屋でどう?」

 人を操るような、そんな色がその目には浮かんでいた。

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