カーマン・ライン

マン太

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第6章 青い石

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 ソルが危ない。

 ゼストスから、ソルがアレクを助けに出撃したと報告を受けていた。
 必ず彼をアレクから引き離すと約束して欲しいと頼まれたが、言われなくともそうするつもりだった。
 実際、旧連合の優れたパイロットを彼につけ、なんとかアレクの艦に戻るのを阻止させる。
 しかし、ソルは振り切り、ワープ寸前、シールドを張る前の巡洋艦へ乗り込んでしまったのだ。
 あのままでは無事、アウローラへ着陸できたとしても、閉じ込められ生きて帰ることはできなくなる。

 救出に行かないと──。

 今なら間に合う可能性がある。
 ポートへ駆けていけば、途中で殺気だった集団とすれ違った。
 士官と警備隊員だ。皆表情は固くピリピリとした空気を漂わせている。
 傍らを無言で通り過ぎて行ったが、ただごとではないことだけは分かった。

 いったい何が──。

 と、上官がラボの入口で、丁度そこへ入ろうとした研究員を呼び止めた。何を口にするのかと思えば。

「ゼストスはいるか?」

「え? はい、奥で機体調整してますが──」

 それを聞いた上官が目配せし、周囲に警備隊員を配置させた。

 まさか──。

 ゼストスの計画がバレたのか。
 できるだけ表情を変えず、その場を後にする。

 今はまだ、自分が関係している事までは知られていないはず──。

 セスはそっとその場を後にし、ポートへと急いだ。

+++

 アレクは惑星フィンスターニスで治療を終えると、直ぐに旗艦へと戻って来た。
 執務室で今回の件を調査した士官と相対している。ユラナスは少し離れた場所で控えていた。

「これが、ゼストスの部屋にあったものすべてか?」

「はい」

 アレクの問いに対応した調査官が頷く。
 アレクの手元の端末には、ゼストスが持っていたとされるデータの類、その他調査結果があった。
 ソルの助言によって、今回の件に関わったものとしてゼストスが挙げられ、捜査が行われた。
 ゼストスの部屋にあったものは全て回収され、分析が行われ。
 その結果、端末に今回使われたプログラムの設計図にあたるものが見つけられた。それはプログラムを組んだものでなければ持っているはずのないもの。
 しかも、ついでに興味深いデータを見つけたのだ。
 それは、ソルの過去の検査結果。
 事故当時のものから、その後、幾度かあった身体検査の結果だ。
 それを見る限り、ソルのパイロットとしての能力に何ら問題なかった。
 一方にあるデータには、知っての通り、脳への障害が残っている事を示している。そちらにはゼストスが手を加えた形跡があった。

 これは──。

 ソルの能力は失われていなかったという事か。

 愕然とする。

 だから、敵と相対する事が出来たのか。

 五年もの間、ソルを遠ざけていた。あれは何だったのか。再起不能とされた怪我さえなければ、ソルは今もその傍らにいただろう。
 いったい、ゼストスは何の為にそんな事をしたのか。

 いや。考えれば分かる事か──。

 パイロットとしての道を絶たれれば、残る行き先は一つしかない。ゼストスと同じくエンジニアとしての道だ。

 傍に──置きたかったのか?

 それ程までに。

 ザインとゼストスには、ソルの警護を頼んでいた。不自然でないようそれとなく守ってくれと。
 結果、ザインはそれがソルに対する思いを加速させた様だが。ゼストスもその所為もあったのかソルに対して好意的だった。
 いつしか、その好意が単なる『好意』では無くなったのかも知れない。
 そのソルが自分の組んだプログラムで命を落としたとなれば、そのショックは計り知れないだろう。
 他の事ならそれ見たことかと笑うところだが、今回のそれはそんな言葉で笑い飛ばすことなどできなかった。他人事ではないのだ。

 ソルが死んだ──。

 受け止められない現実。
 あの時、自分が衝撃から庇った際の身体の重み、温もりを今もはっきり覚えている。
 ユラナスから、アウローラ着陸時の衝撃で死亡したと告げられたが、信じられなかった。第一、亡骸がないのだ。
 ユラナスが言うには、下敷になり救出は不可能だったという事だが──。
 しかし、今は自身の首にかかるネックレスがその事実を伝えてくる。それは気を失っている間に返されていた。

 渡した相手はこの世にはいない。

 これがここにあると言う事は、そう言うことなのだ。

 この石は君そのもの。君と一緒に失われるべきものだった。

 これがここにあると言う事は、せめて魂だけでも、ここにあると言うことか。
 急速に世界が闇に閉ざされていく様に感じられた。
 ゼストスに関しては外部との繋がりを疑い、通信履歴もすべて調べられたが、ゼストス自身が外部と接触した記録はない。

 だとすれば、仲介として中に誰かがいるはず──。

 自分を亡き者にしたいと願うのは、旧連合かはたまた内部の者か。
 帝国の上官の一部や貴族には余り歓迎されていないのは分かっている。傭兵上がりの得体の知れない男に、全て握られるのは面白くないだろう。
 しかし、そんな人間に追いやられる程度の能力しかないのだから、この結果になったのだ。自分の無能を棚上げにし、恨まれては返す言葉もない。
 その内通者を調べる為、これまでのステーション内でのゼストスの行動履歴を調べ上げた。監視カメラから部屋の入退室まで、記録の残るすべて。
 研究員、特にソルと過ごす時間が多かった。一日の大半を共に過ごしていたのが見て取れる。
 彼がソルを重用していたのが良く分かった。やはり特別な存在だったのだろう。
 調べられる範囲で調べたが、過去に連合とも帝国貴族とも繋がりはない。
 ゼストスはアレクが傭兵部隊を立ち上げる時、スカウトした人物だった。ザインと同時期になる。
 物静かで真面目、それでもウィットに富んだ、只々機械いじりが好きな人間だった。

 まさか裏切るとは思いもしなかったが──。

 唯一、ゼストスがこの計画進行中、丁度ソルがステーションを飛び出したあたりで、セレステと連絡を取り合っていた事を示すデータがある。

「…セレステ・ヴァイスマンとの繋がりは?」

「は。数度会話をした記録はありますが──。いえ、一度だけ、数時間彼の自室にゼストスが滞在していた記録があります。理由は分かりませんが」

 セレステ・ヴァイスマン。ソルの孤児院での友人。アレクの今の戦闘パートナー。
 能力者としては帝国内で一、ニを争うだろう。

 ソルに対して友人以上の好意を抱いていた様だが──。

 隙があるようでない、油断ならない雰囲気を持つ男だった。彼との飛行は、ソルとはまた別の意味でしっくり来ていた。
 自分の動きにひたと添うような。どこか見張られている気配もあった。

「確か…今は研究所で定期検査だったな…。検査が終了次第、話しがしたい」

 何かを知っているのではないか。そんな気がしたのだ。

「かしこまりました。ステーションから呼び寄せます」

 調査官が席を外し、連絡を取る為一旦席を外した。入れ替わりにアルバが入室を願い出る。

「どうした。珍しい」

 入室を許可すると神妙な面持ちで入室してきたアルバが徐ろに口を開いた。

「ソルは生きていました。アレクの脱出時も…」

「生きていた…?」

 思わず聞き返す。
 アルバは打ち出したばかりの資料を差し出す。紙面と端末に入ったデータだ。

「ここに当時の艦内の入退出の記録があります。そこにソルを示すナンバーが、脱出時まで残っています」

 アルバはパッド型端末のデータを指し示し、説明を続ける。単なる数字の羅列にも見えるが、見るものが見れば正確に入退室の動きが読み取れた。

「これは最後までソルが生きていた事を示しています。今、助けに行けば間に合う可能性も──」

 それはアウローラに墜落した巡洋艦の記録だ。
 それは惑星脱出時、最後のものだった。ログにはナンバーによって、誰がいつ入退出したかが残されている。
 最後のページ、脱出間際にシャトルにもなる執務室から誰かが退出していた。そのナンバーは、個人の持つナンバーを使っている。それを見間違うはずがない。

「…ソル」

 生きて…いたのか?

 脱出直前まで。
 その記録を手に呆然としていれば。

「知った所で、もう、間に合いません…」

 ユラナスがため息混じりにそう口にした。アレクはデータを見つめていた視線をゆっくり声の方へ向けた。

「…ユラナス。お前、私に嘘をついたのか?」

「彼の、望みでした…」

 アレクは黙して見返す。

「生きていたと言えば、あなたが戻って探しに来ると…。それを避ける為、そう言って欲しいと彼に頼まれました…」

 ユラナスは視線を床に落とすと。

「脱出時、外部のハッチが閉まらなかったのです。閉まらなければ脱出できない…。彼はドアを閉める為に外に出ました。あなたを脱出させるには他に手がありませんでした」

「ユラナス、おまえ…」

 アレクが一歩進み出れば、弾かれた様に顔を上げ。

「私とて…!」

 くっと唇を噛みしめた後。

「私とて彼を置いて行きたくはなかった! しかし、彼があなたを生かしたかった様に、私もまた…、あなたを生かしたかったのです…。どんな処分も…覚悟しています…」

 再びユラナスは俯く。
 普段、感情の起伏を見せない男だったが、今回の件は余程堪えたのだろう。初めて激昂するのを見た。
 アルバは黙ってことの成り行きを見守っている。アレクは手元の資料をアルバに渡すと。

「今からアウローラに向かう…」

 部屋を出ようとすれば、その言葉にハッとしてユラナスが顔をあげ。

「間に合いません! 今から行っても、星は雲に覆われています。救出は不可能です…!」

「行って見なければ分からないだろう」

「しかし──!」

 分かっている。
 星の様子は先に説明を受けていた。今、行ったとしても、星の地表に降り立つ事は不可能だろう。
 それでも、側まで行きたかった。この目で確かめたかったのだ。
 子ども染みた行動だと思うだろう。しかし、気持ちは抑えられない。
 そこへ先程の調査官が来訪を告げた。

「失礼します──」

 部屋を出ようとしていたアレクと鉢合わせになり、調査官は驚いた表情を見せたが、直ぐ平静を取り戻し居住まいを正した。

「なんだ?」

「セレステ・ヴァイスマンですが、数時間前にステーションから静止を振り切って出航した模様で──」

 アレクの問いに背筋を伸ばしそう答えた。

「どこへ向かった?」

「それが、アウローラに向かったようです…」

「アウローラ?」

 なぜ、そこへ向かったのか。

 もしやという思いがよぎる。
 セレステはゼストスからソルの危機を知らされたのではないか。

 ゼストスと通じていたのは──。

「セレステの跡を追え。追跡する」

 アレクは直ぐにゲートへと向かった。

 
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