Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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22.囮

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 俺はカラザの元で無為な日々を送っていた。
 ──とは言っても、ポテチを食べコ◯コーラを爆飲みし、ソファに、どっかと座ってネット映画を観ていた訳では無い。
 無為とはセルサスの傍にいて役に立てない事を指す。
 傍で役に立てない代わりに、きちんと任務をこなしつつ鍛えてはいた。
 任務とはここへ駐留し、テロリストの残党を取り締まることだ。それを行いつつ、カラザの部下らに混じって鍛錬にいそしんでいる。
 ここの連中はかなり高度な技術を習得していて、それを俺も取り入れるため、同じ訓練を受けていたのだ。

 全て、セルサスの命で。

 ──が、それは建前だ。

 俺は唐突に見限られた。

 そんなはずはないと思ったが、あれ以降、何ら連絡もなく。なら自分からすればいいと言うかも知れない。

 だが、何処にどうやって?

 兵士仲間ではないのだ。専用端末もない今、そう安々とアストルム帝国の総帥と連絡が取れるはずもない。
 もし、取れたとしても。

『もしもし。どうしていますか? 俺はクビですか?』

 ──なんて。

 聞けるはずもない。

 見限られた──。

 それだけが頭の中をぐるぐると回り、頭を殴り、頬を叩き、胸を突く。

 分かっていたくせに。

 なのに、このショックはなんだ? それがあまりに唐突にきたからか? 
 が、結局のところ、俺がセルサスを守ると言う立ち位置は変わらない。
 それは実際の立ち位置は変わったが、心意気は変えてはいないのだ。決してこの日々は無為ではない。──そう言い聞かせた。
 俺は以前の、本来の居場所に戻っただけ。
 また、モニター越しに見つめる日々に戻るだけだ。戻る──だけ。

「くっそ…」

 自室のベッドに座ると、頭を抱えかきむしる。このままだとはげるんじゃないかと思うくらい。
 あまりにセルサスといた日々が楽しく、記憶に深く刻まれていたため、なかなかそれから抜け出せない自分がいた。

 いつも抱きしめられて眠っていたんだぞ?
 身の回りの世話もびったり張り付いてこなしていたんだぞ?
 紅茶だって、ある程度は美味しく入れられるようになってきていたんだぞ…。

 けれど、考えて見ればそれは俺でなくても良かったのだ。それまではエルがこなしていて。
 偶然、俺を気にかけてくれたセルサスによって取り立てられ、幸運を得て。

 俺の幸運はそこで使い果たしたんだな。きっと。

 銃で撃たれた代わりに、それを手に入れた。けれど、その褒賞期間が過ぎたのだ。過ぎればもとに戻るだけ。

 夢が覚めた、と言う事だ。

 確かに俺は運が良かった。同じことが、アイレにも起こっただけに過ぎない。
 俺が偶然、セルサスを助け気に入られた様に、アイレもまた、逃げる僅かな間にセルサスの心に留まったのだ。
 俺はここでまた腕を磨ける。ここで訓練すればもっと強くなって、いざと言う時にセルサスを守れるのだ。

 ──それは、遠い場所からだろうけれど。

 その時が来て、もしかして倒れるのはその辺の原野かも知れないし、敵国の見知らぬ土地かも知れない。
 空の上かも知れないし、海の上かも知れない。セルサスの知らない所で、名もないひとりとして終わるだけ。

 それでも、俺は笑って死ねる。

 どんなに些細な事でも、セルサスを守って終われるのなら本望だ。
 俺はその為に鍛える。なんとしても鍛えて、いつかの為に備えるんだ。セルサスの傍らにいてもいなくても、やることは一緒。
 俺は抱えていた頭を上げる。
 今の俺の使命は、このイムベルの治安を維持することだ。それがセルサスの為になる。
 そう言い聞かせ、奮起した。
 本当は無理やりだ。ショックは抜けきらない。先ほどのようにぐるぐると頭の中を『見限られた』が巡るが、それも時間が経てば落ち着くだろう。
 俺は今までと何も変わらないのだから。傍にいてもいなくても。

 セルサス様は一等、大切なひとだ。

 それから、俺はカラザが与えてくれた部屋の壁にセルサスの近影を張り付けた。
 とりあえず、一枚だけ。新聞記事の切り抜きだ。

 俺の永遠のアイドル、セルサス様。どうか、これからも息災でありますように──。

 祈る日々が続いた。



「──ここはまた、ずいぶんだな?」

 ある日、カラザが部屋に入ってきて一言そう口にした。部屋の中をぐるりと見回しての結果だ。

「ほっといてくれ。俺の部屋なんだから、好きにしていいって言ったろ?」

「まあ、そうはいったが…」

 カラザは呆れたようにもう一度、部屋の中を見回した。壁の至る所にセルサスの写真が張り付いているのだ。流石に引くだろう。
 だが、もともと俺の部屋はこうだったのだ。若干、前より拗らせた所為で、枚数が増えている感はあるが。それでもこんなものだった。 

「それで、何か用か?」

 今日一日の任務はすんでいた。
 一応、軍に顔を出し、点呼のようなものはとっている。そこで報告を済ませ、街中をカラザの部下とともに巡回するのだ。
 大抵はブラウとセットだった。あとはカラザ本人だ。こっちはごくまれで。カラザはいまだ捕まらないテロリストの頭の行方を追っているらしい。
 俺はその任務から外されていた。ブラウはそちらを一緒に探りたかったらしいのだが、俺のおもりを押し付けられ、終始むすっとしている。
 それでも巡回中にテロリストの残党を取り締まったり、もめごとの仲裁に入ることも多く、ずっと一緒にいるせいでそれなりに気心は知れてきた──表情からは何も読み取れない為、俺の一方的な思い過ごしかもしれない──気がする。
 ブラウとはこんなやり取りがあった。
 ある時、ブラウを笑わせようと試みたが失敗したことがある。誰もが笑うジョークも、失敗談もいっさい笑わない。何をどうしても笑わないのだ。
 実力行使、くすぐれば笑うかと思ったが、隙が無い。それでもようやく見つけた隙にくすぐってやったが──そう言った感覚がない──そう言われた。痛みなども感じにくい体質なのだとか。

 こわいぞ。ブラウ。

 俺はブラウの顔を覗き込みながら。

「それで、危なくないのか? 勝手に火傷とかしてないのか?」

「──痛くないからな。様子を見れば怪我の度合いは分かる」

「なるほど…」

「お前は弱そうだな」

「…悪かったな。どうせ俺はお前らと比べれば弱くてよちよち歩きのひよこだよ」

 すると、ブラウが。

「──いや。猫だな…」

 そう言って微かに笑みを浮かべた気がしたのだ。
 あれ以来、ブラウの笑みを見た記憶がない。
 でもそれを見られたということは、やはり気心が知れてきた──と、思うのだが、ブラウはその後もつっけんどんで変わってはいないのだ。
 俺は意識を現在へ引き戻し、目の前のカラザに目を向けた。目下、ブラウのご主人様だ。
 カラザは済まなそうに頭をかきつつ、

「直ぐに捕まると思ったテロリストの頭がなかなか捕まらなくてな。ある程度目星はついているんだが…。そこで、お前に頼みがある」

「なんだ? 俺を頼るって早々ないよな?」

「お前じゃなきゃ無理なんだ。──囮になって欲しい」

「囮? 誘い出す気か?」

「そうだ。奴はお前が今もセルサスの従者だと思っているはずだ。そのお前がふらついていれば、奴も手を出してくるだろう。お前を捕まえて、セルサスに自身の身柄の安全を保障しろと要求するはずだ」

「奴につかまればいいんだな?」

「──そうだ。だが俺達が奴の周囲は見張っているから安心していい」

「でも、どうやって? 居所はつかめていないんだろう?」

「奴の部下が訪れそうな場所に出入りしてくれればそれでいい。そこでどれだけ自分がセルサスを好いているか、おおっぴらにしゃべってくれればなおいいな。──お前だと直ぐに知れて、奴らが乗り出してくるだろう」

「──で、俺が捕まる…」

「俺たちはその後をつける。どうせ部下を捕まえた所で吐くわけがねぇ。必ずお前をリーダーの元へ連れて行くはずだ」

「なるほど…。いいぞ。手を貸す」

「そうか。なら早速だが──」

 そう言って、カラザはざっと今後の行動について指示をしてきた。
 簡単だ。奴らがたまり場にしていると思われるバー数カ所へ飲みに行って、そこで騒ぐだけ。自分がセルサスの従者だと知らせればいいのだ。

 楽勝、楽勝。

 のこのこ俺を拉致しに出てきた奴らの後を追って、カラザが頭を捕まえる。
 ありがちなシナリオだ。俺はそれに乗って演じればいいだけ。危険は承知だ。今更この程度でビビる俺ではない。



 それは直ぐに実行された。
 カラザから伝えられたその次の日の夜。
 俺は早速、教えられたバーの一つに向かった。
 行ったところでその日にテロリストの部下がいるとは限らない。とにかく餌にかかるまで、地道に続けるしかないのだろう。
 ちなみに資金はカラザから得ている。食べ放題飲み放題だ。
 とは言っても、ビール一杯も飲めば酔えてしまう。酔い過ぎてはどんなぼろをだすかも分からない。
 結局出されたビールをちびちびやりながら、したたかに酔ったふりをして、入った店のマスターに話しかけた。

「この辺もだいぶ治安は良くなったのかな?」

 マスターはちらと視線を上げ、俺を見た後。

「…らしいですね」

 壮年の男だった。無精ひげを生やし、腕は太く刺青も入っている。けれど笑えば人懐こい笑みになるから、人が悪そうではなかった。
 実際、イムベルの治安は回復の兆しを見せていた。セルサスが特に力を入れたからだ。モデルケースにするらしい。
 俺はわざと声をひそめると。

「俺はこう見えても、帝国軍の兵士なんだ…」

「──そうですか。この辺りにはあまり見かけませんが、大通りの店には結構、出てきている様ですね」

 男は他の客に注文されたカクテルを作っている。俺はグラスを傾けつつ。

「そうなんだ。他の店も行って見たくなってここまできたんだけれど、なかなかいい店だね?」

 俺は店内を見回しそう口にする。
。嘘ではなく雰囲気は良かった。時代を経てはいるものの、その古さがいい味を出している。明るすぎない照明も落ち着いていて良かった。

「有難うございます」

 男はそこで嬉しそうに笑みを浮かべて見せた。うん。やはり人がいい笑顔だ。俺は続ける。

「セルサス様はかなり美形だろう? 知っているかい?」

「…ああ、ニュースで見たことはありますが」

「ちょっと前に来ただろ? ここの市長に会いに。カッコいいよなぁ」

「まあ、お綺麗なお顔ですね…」

 やはりラファガの影響が強いのか、マスターの表情はまた渋くなる。

「ここだけの話、俺はセルサス様のお側に仕えているんだ」

「──本当ですか?」

 男の片眉が上がった。俺は大きく頷く。

「そう。今はこうしてここで駐留するように言われているけれど、帰ればまた仕えることが決まってる」

 嘘だ。

 俺は胸を張って見せ。

「こう見えて、俺は結構優秀なんだ。──そう見えないだろうけど」

「いいえ。そんなことは──」

「いいんだ。無理に合わせなくっても。どうせほらを吹いていると思っているんだろう? 信じられなくて当たり前だって。いいんだ。これはここだけの話だから。どうせ、こうやって本当の事をいったって誰も信じやしない」

 俺は残ったビールをグビッと煽り席を立つ。
 急に立ったせいでクラリとしたが、何とか踏ん張って踏みとどまった。カウンターに代金を置くと。

「じゃ、また。この辺りちょっと回って来るよ」

「いってらっしゃい」

 マスターは気持ちよく送り出してくれたが──俺は店を出た途端、吐き気を覚えて路地に駆け込んだ。

 うえっ。気持ち悪い…。

 久しぶりに飲んだアルコールだったせいか直ぐに酔いが回った。ろくにつまみを食べていなかったのもいけない。
 セルサスと夕食を共にした時も、飲みはした。けれど、本当に僅かで俺が酔いやすいのを知って以来、勧めてはこなくなったのだ。飲んでも食前酒程度。セルサスはひとりでワインを一本開けても変わらなかったが。
 全て過去形になる事が悲しい。

「大丈夫かぁ?」

 背後から何処か間の抜けた声がする。酔っ払いだろうか。何処かで張っているはずのカラザの部下ではない。

 でも、どっかで聞いた事があるな。何処だろう?

 しゃがんで俯く俺の背に手がかかる。

「良かったら送ってくのに手を貸すぞ?」

「あ、ありがとう…。でも、大丈夫だ──」

 顔を上げようとすれば。

「ああ、やっぱり。あの時の奴か──」

 そう言われた。
 驚いて顔を急いであげれば、黒に灰色のメッシュの入った髪が目に入った。続いてピアスがやたら耳や鼻、唇を飾り、刺青が肌を覆う男の姿が目に入る。

「お前──」

 ここで一番最初に会った男だ。セルサスと逃げていた時の。

「こんな所でうろうろしてんのが運の尽きだな?」

 そう言ってひゃひゃっと笑ったかと思うと、立ち上がろうとした俺の首筋に、躊躇なくスタンガンを突き付けてきた。

「っい──!」

 避ける間もない。痛みと痺れと。強烈な衝撃にそこへ再びしゃがみこむ。声も上げられなかった。

「──お前をつけてる奴らはあっちで伸びてんな。残念だったな?」

「──っのぉ!」

 何とか起き上がろうと、裏返しにされてのたうつカメのごとく、腕に力を入れて身体を起こそうとしたが、そこに二度目の衝撃が首に来て、俺は再びダウンした。

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