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24.拘束
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「──?」
頬に固く冷たい感触を受けた。砂まじりの床。──いや、地面だろうか。
腕をついて体を起こそうとして、それが無理だと気がついた。
目の前の放り出された両手首に、手錠がかけられているのが目に入ったからだ。
足も同じ。両足首を鎖でつながれていて、その鎖は歩こうと思えば歩けるが、走るまでは行かないほどの長さ。
あー、やられた。
深く息を吐き出すと、体に異常がないか調べた。あちこち動かし、痛みがないか確認する。首すじにひりひりとした痛みがあるものの──例のスタンガンのせいだ。くそ──手も足も、痛みはなかった。
横向きになっていた身体を反転させ、上向く。それからゆっくりと上体を起こしてみた。
「よっ…と」
腹筋だけで起き上がれるのは訓練のたまものか。
身体を起こし周囲を見回し分かったのは、ここは窓もない、コンクリートに囲まれた部屋だと言う事だ。
裸電球に照らされた室内の上部には、僅かに通風孔があるが、僅か数十センチのそれで、人が通れるような大きさではない。
床だけはコンクリではなく地面のまま。所々、赤黒い染みが残っているのは──気付かないふりをした──気のせいだろう。
まあ、血が流れれば放っておくか、上から新しい土を盛れば消えるしな…。
そこまで考えてぞっとした。
どうやら飛んでもない所に閉じ込められているらしい。俺を捕まえたのはテロリストの残党か。
あの男、きっとそっちの部下だったんだな。
カラザではない方の勢力。ラファガの片腕、元秘書の息のかかった連中だ。
俺を捕まえたってことは、セルサス様と交渉する気か?
けど、俺はすでに見限られた身。いくら交渉を持ち掛けても、セルサスは応じないだろう。
形ばかり応じたとしても、俺ごときの身の上をそこまでは案じていられないはず。
大事なのは国を立て直すこと。アホな奴らの保身のために、いいなりになどなっている場合ではないのだ。
あいつら、俺が使えないと分かって、がっかりするだろうな。
がっかりどころか、八つ当たりで始末される可能性もある。そんなことになれば一大事だ。
俺の命はセルサスの為だけにある。ただの八つ当たりで死ぬなどあり得なかった。
俺は、改めて部屋を見渡す。
出入口は一か所。五段ほどの階段を上がった先にすっかり錆びの浮いた鉄扉があった。その上部に小さなのぞき窓がついている。
部屋の中は汚物とカビの匂いでかなりのものだった。トイレらしきものがない所を見ると、ここに閉じ込められたものは、そのまま垂れ流しなのだろう。
ふざけるなよー。
これでも俺は綺麗好きだ。せめてスコップくらいは欲しい。出したものは掘って埋めたい。
てか、昨日の夜、ろくに食べてねぇし。腹減った。喉が乾いた…。
ここでできる奴なら、直ぐに逃げる算段をするのだろうが、残念ながら俺はその辺にいる一般的なモブだ。すぐに脱出は諦めた。
だってそうだろう? どこに逃げ口あると言うんだ。
あの錆びたいかにも重そうな鉄扉に、鍵がかかっていないとでも言うのだろうか。
その上、手足も拘束されている。たとえ、外へ出たとしても、走れない以上、直ぐに捕まるのは目に見えていた。
俺、どうなるんだろう?
もし、ここにいる連中が、知らぬ間に一掃されてしまえば、俺がここにいることを誰も知られずに終わる──なんてこともあり得るかもしれない。
誰にも知られぬまま、この地下室らしき場所で飢えて死んでいく……。
ふざけるなっ!
いくらなんだって、それじゃなんの役にも立ってない。セルサスの知らぬところで命を落としたとしても、それはセルサスの為でなければならないのだ。
俺が勝手に決めた誓いではあるが。
…とりあえず、扉の近くまで行ってみるか。
他に外と通じる逃げ道はない。開いていないにしても、一度確認する必要はあった。
「んっ──と」
両足を繋ぐくさりは短い、半歩分あるかないか。無理して歩けばすぐにこけてしまう。
俺はよちよちペンギン歩きでなんとか階段下まで向かい、その後、この歩幅で階段を上がることは不可能と判断すると、座ってそのままケツで上った。
◇
「よっこらしょっと」
最上段まで行くと、立ち上がってのぞき窓から覗いてみた。
格子上になったそこは向こう側から閉じられてて、俺から伺うことはできない。あたり前だ。
それから、ドアノブに手をかけた。ただ、通常のノブとは違い、鍵はこちら側についていない。ただ引くだけの取っ手のようなものだ。
僅かな、薄い紙一枚の期待をこめて取っ手を掴み手前に引いてみたが──びくともしなかった。
引いてだめなら──。
押してみたが、びくともしない。これも当たり前だ。
「ふー…。さて、どうすっか」
俺は鉄のドアに背をあずけ、ずるずると座り込む。
扉は厚く、向こう側の音を通さない。人の気配も、物音も分からなかった。感じからすると翌日の午前中くらいかとも思うが、それも定かではない。
当たり前だが、持っていた連絡用の端末も銃器も、ナイフも取り上げられていた。
裸にむかれなかっただけましだ。ここは底冷えする。南国のはずなのに、通風孔からは終始ヒンヤリとした風が吹き込んできていた。
俺が誰もが目を瞠るような美貌のもち主でなくて良かったと思う。でなければ、今頃どうなっていたか。
いや。むしろそっちの方が生きのびることはできたか?
下衆な男相手に従順なふりをしていれば、逃げだすチャンスがあったかもしれない。
が、ありがちに変な薬でも盛られて、まともな人間に戻れなくなってしまう可能性もある。
薬を使うなんて当たり前だろうしな…。
中毒患者は目も当てられない。二度と元には戻れないからだ。どっちにしたって、まともじゃいられない。
俺のこと、忘れてんのか? せめて、水くらいよこせってんだ。
大事な人質だろうに。──価値はないが。
ぐーと腹の虫が鳴って、俺は盛大なため息をついた。
と、そこへ唐突に鉄の扉がガガっと音を立てて開いた。
「!!」
背を預けていた俺は、扉に引きずられるように横倒しとなった。扉は横に開く仕様だったらしい。
ま、紛らわしい…。
「なんだ、お前。そこにいたのか?」
見下ろしてきたのは例の灰色のメッシュの入った男だ。手には水の入った瓶とバー状になった携帯食を持っている。
「…一応きくが、なんで俺を捕まえた?」
「決まってんだろ? お前を使ってセルサスと交渉するためだって。──ほら、やるよ」
そう言って男は瓶とバーを放る。それを不自由な手であわあわと受け取りながら、
「もう交渉したのか?」
「さて。俺は知らねぇな。何かあればまた指示があんだろ。それまではお前を殺すわけにいかねぇからな」
「俺が交渉材料になると思うのか?」
「頭はそう考えてんだろ? 俺の知ったこっちゃねぇ。…役に立たなきゃ殺すまでだ」
男はそう言って背中に刺してあったナイフを取り出し手でもて遊び始めた。
「ちょっとずつ切り刻んでさ…。はじめは強気な奴が最後は泣き叫んで命乞いするんだ。それが面白れぇんだよ…。お前も気は強そうだな?」
男の目がいっている。こいつはかなりやばい奴だ。俺はごくりと唾を飲み込んだ後。
「俺はすぐ命乞いする方だ…」
当たり前だ。ここでこんないっちゃってる奴にやられるわけには行かないのだ。
「なんだ、つまんねぇな。なら、お前ははじめから何でもするから助けてっていう奴?」
「…どうだろうな」
なんでも、に力が入ったのが怖い。男は値踏みするように俺を上から下まで見た後。
「若いだけが取り柄ってとこか…。ま、いっか」
そう言うと、男は俺の前髪を掴んで引き上げた。
「っ!」
突然訪れた痛みに顔をしかめれば。男はそこへ顔を近づけて。
「──用なしになるの、楽しみだよ」
ニヤリと笑って見せた。
──こいつ、いったい何をさせる気だ?
そうして、男は俺を再び階段下へと突き飛ばすと、笑いながら扉を引いて鍵をかけていった。
◇
「てぇな…」
階段から転げ落ち、地面にしたたかに背中や頭をぶって、痛みに顔をしかめる。引っ張られた頭皮も痛んだ。
まさかウサギの耳でもつけて、バニーガールをさせるわけでもないだろう。腕立て百回、腹筋二百回でもなさそうだ。
だいたい、なんでもしたからって、助かる見込みはゼロに等しいだろう。結局最後は殺されるのだ。
おもちゃにされて捨てられる──。
ここへ来た時、カラザにそう言われた。捕まれば皆そうなると。銃の餌食か、刃物の餌食か。
俺も例にもれず、か。
目の前に転がった水の入った瓶があった。とにかく、これで体力をつけておくことは重要だ。
同じく転がった携帯食も取り上げ、軽く上着のシャツで拭くと膝の上に置いた。水も同じく軽くふいて、口を開けて飲んだが──。
「!?」
一口含んで、吹いた。噴水もびっくりだ。
「──んだよっ、これ。アルコールかよ?」
無色透明なそれは、かなり度数の強い奴だった。
ウォッカ? テキーラ?
なんだろう、色のない酒って。
「…くそう」
俺がアルコールに弱いと知っての仕打ちか。知るはずもないだろうが。
仕方なく、僅かに含んで飲み込んだ。
もうちょっと、人質をいたわれっての。
バーの方はいたって普通のシリアルバーだった。チーズ味がする。
ほっとしたものの、ろくな水分がないため、もそもそする。口の中の水分はすべて持っていかれてしまい、余計に喉が乾いた。
こんなの飲み切ったら、いざって時に逃げられないって。てか、悪ければアルコール中毒で死ぬぞ?
すでにふわふわと身体がして顔も上気してきた。身体が温かくなるのはいいが、なりすぎてしまうのは困りものだ。
しかし忘れ去れてはいなかったものの、これはかなり危険な状況には変わりない。帝国がテロリストの要求に応じるはずもないのだから。
あとはカラザ頼りだった。どうにかして見つけてもらわねばならない。
しかし、どうやって?
隙を見て逃げ出すにも、先ほど俺に酒と食糧を持ってきた男が担当となると、隙はなさそうだった。
以前、セルサスを助けるため、色仕掛け作戦を実行したが、その手は通用しないだろう。よほど、油断しない限り無理だった。
俺はとぼとぼと、最後の頼みの綱、通風孔に向かった。
ここからは終始冷たい風が吹き付けてくる。時折それに混じって、何か焼いたような油の匂いが混じってきた。外と通じている証拠だ。外に屋台でもあるのかもしれない。
ここで呼べば、誰かが気付くだろうか。
気付いたからと言って、それが助けになるものとは限らない。
そこを通り過ぎる犬猫かもしれないし、屋台を広げているおじいちゃんかも知れない。彼女といちゃついている青年かもしれないし、薬漬けのジャンキーかもしれない。
だいたい、ここがテロリストの根城なら、その関係者がいると思った方が良さそうだった。
それでも──。
ここから扉の外の音は何も聞こえない。と言う事は、向こうからもこの部屋の音は聞こえていないはずだ。思いきり怒鳴った所で聞こえないはず。
俺は通風孔下に行って背伸びすると、
「おーい! 誰かいるかぁ?」
声を張り上げた。
数回それを繰り返すが──返事はない。
当たり前と言えば当たり前。そんな所から声が聞こえるとは思えないし、しても返そうとは思わないだろう。
それでも、何度も繰り返す。最後にはカラザへの悪態となった。
「カラザの嘘つきー! あとをつけるっていっただろー! 大丈夫だって言ったじゃねぇかー! やられてんじゃねーよー! 役立たず—! 使えねー! 俺のこと言えねぇなー!」
声を張り上げてやった。そして、どっと疲れる。
俺はその下へずるずると座り込んだ。
地面にはゲジゲジやワラジムシが這いまわり、カマドウマがとび跳ねる。裸電球は時折点滅した。
なんとなく、そこで眠ると、こいつらの餌にされそうで、俺はまた階段の上に戻る。
上からは地面の赤黒い染みが嫌でも目に入った。そんなに古くはないらしい。ここで何人が死んだのか。俺もそのうちの一人にされるのか──。
嫌だな…。
せめて、セルサスの役にたって死にたいのに、それさえ許されないのか。
今まで、俺は俺なりに真面目に生きてきた。まっすぐではないにしろ。それでも、結果はこれなのか。
「最後にひと目、会いたかったな…」
俺は膝を抱えて目を閉じた。
あれだけ壁に貼りまくったポスターもブロマイドも、今は一枚もない。記憶のセルサスを辿るだけだ。
でも、そちらの方が鮮明だった。
最後に一緒に眠ったのはいつだったか。握り締められた手の感触を、今でも思い出すことができる。
俺の宝物だ──。
目の端に涙が滲んだが、それを無視して体力温存の為無理やり眠りについた。
頬に固く冷たい感触を受けた。砂まじりの床。──いや、地面だろうか。
腕をついて体を起こそうとして、それが無理だと気がついた。
目の前の放り出された両手首に、手錠がかけられているのが目に入ったからだ。
足も同じ。両足首を鎖でつながれていて、その鎖は歩こうと思えば歩けるが、走るまでは行かないほどの長さ。
あー、やられた。
深く息を吐き出すと、体に異常がないか調べた。あちこち動かし、痛みがないか確認する。首すじにひりひりとした痛みがあるものの──例のスタンガンのせいだ。くそ──手も足も、痛みはなかった。
横向きになっていた身体を反転させ、上向く。それからゆっくりと上体を起こしてみた。
「よっ…と」
腹筋だけで起き上がれるのは訓練のたまものか。
身体を起こし周囲を見回し分かったのは、ここは窓もない、コンクリートに囲まれた部屋だと言う事だ。
裸電球に照らされた室内の上部には、僅かに通風孔があるが、僅か数十センチのそれで、人が通れるような大きさではない。
床だけはコンクリではなく地面のまま。所々、赤黒い染みが残っているのは──気付かないふりをした──気のせいだろう。
まあ、血が流れれば放っておくか、上から新しい土を盛れば消えるしな…。
そこまで考えてぞっとした。
どうやら飛んでもない所に閉じ込められているらしい。俺を捕まえたのはテロリストの残党か。
あの男、きっとそっちの部下だったんだな。
カラザではない方の勢力。ラファガの片腕、元秘書の息のかかった連中だ。
俺を捕まえたってことは、セルサス様と交渉する気か?
けど、俺はすでに見限られた身。いくら交渉を持ち掛けても、セルサスは応じないだろう。
形ばかり応じたとしても、俺ごときの身の上をそこまでは案じていられないはず。
大事なのは国を立て直すこと。アホな奴らの保身のために、いいなりになどなっている場合ではないのだ。
あいつら、俺が使えないと分かって、がっかりするだろうな。
がっかりどころか、八つ当たりで始末される可能性もある。そんなことになれば一大事だ。
俺の命はセルサスの為だけにある。ただの八つ当たりで死ぬなどあり得なかった。
俺は、改めて部屋を見渡す。
出入口は一か所。五段ほどの階段を上がった先にすっかり錆びの浮いた鉄扉があった。その上部に小さなのぞき窓がついている。
部屋の中は汚物とカビの匂いでかなりのものだった。トイレらしきものがない所を見ると、ここに閉じ込められたものは、そのまま垂れ流しなのだろう。
ふざけるなよー。
これでも俺は綺麗好きだ。せめてスコップくらいは欲しい。出したものは掘って埋めたい。
てか、昨日の夜、ろくに食べてねぇし。腹減った。喉が乾いた…。
ここでできる奴なら、直ぐに逃げる算段をするのだろうが、残念ながら俺はその辺にいる一般的なモブだ。すぐに脱出は諦めた。
だってそうだろう? どこに逃げ口あると言うんだ。
あの錆びたいかにも重そうな鉄扉に、鍵がかかっていないとでも言うのだろうか。
その上、手足も拘束されている。たとえ、外へ出たとしても、走れない以上、直ぐに捕まるのは目に見えていた。
俺、どうなるんだろう?
もし、ここにいる連中が、知らぬ間に一掃されてしまえば、俺がここにいることを誰も知られずに終わる──なんてこともあり得るかもしれない。
誰にも知られぬまま、この地下室らしき場所で飢えて死んでいく……。
ふざけるなっ!
いくらなんだって、それじゃなんの役にも立ってない。セルサスの知らぬところで命を落としたとしても、それはセルサスの為でなければならないのだ。
俺が勝手に決めた誓いではあるが。
…とりあえず、扉の近くまで行ってみるか。
他に外と通じる逃げ道はない。開いていないにしても、一度確認する必要はあった。
「んっ──と」
両足を繋ぐくさりは短い、半歩分あるかないか。無理して歩けばすぐにこけてしまう。
俺はよちよちペンギン歩きでなんとか階段下まで向かい、その後、この歩幅で階段を上がることは不可能と判断すると、座ってそのままケツで上った。
◇
「よっこらしょっと」
最上段まで行くと、立ち上がってのぞき窓から覗いてみた。
格子上になったそこは向こう側から閉じられてて、俺から伺うことはできない。あたり前だ。
それから、ドアノブに手をかけた。ただ、通常のノブとは違い、鍵はこちら側についていない。ただ引くだけの取っ手のようなものだ。
僅かな、薄い紙一枚の期待をこめて取っ手を掴み手前に引いてみたが──びくともしなかった。
引いてだめなら──。
押してみたが、びくともしない。これも当たり前だ。
「ふー…。さて、どうすっか」
俺は鉄のドアに背をあずけ、ずるずると座り込む。
扉は厚く、向こう側の音を通さない。人の気配も、物音も分からなかった。感じからすると翌日の午前中くらいかとも思うが、それも定かではない。
当たり前だが、持っていた連絡用の端末も銃器も、ナイフも取り上げられていた。
裸にむかれなかっただけましだ。ここは底冷えする。南国のはずなのに、通風孔からは終始ヒンヤリとした風が吹き込んできていた。
俺が誰もが目を瞠るような美貌のもち主でなくて良かったと思う。でなければ、今頃どうなっていたか。
いや。むしろそっちの方が生きのびることはできたか?
下衆な男相手に従順なふりをしていれば、逃げだすチャンスがあったかもしれない。
が、ありがちに変な薬でも盛られて、まともな人間に戻れなくなってしまう可能性もある。
薬を使うなんて当たり前だろうしな…。
中毒患者は目も当てられない。二度と元には戻れないからだ。どっちにしたって、まともじゃいられない。
俺のこと、忘れてんのか? せめて、水くらいよこせってんだ。
大事な人質だろうに。──価値はないが。
ぐーと腹の虫が鳴って、俺は盛大なため息をついた。
と、そこへ唐突に鉄の扉がガガっと音を立てて開いた。
「!!」
背を預けていた俺は、扉に引きずられるように横倒しとなった。扉は横に開く仕様だったらしい。
ま、紛らわしい…。
「なんだ、お前。そこにいたのか?」
見下ろしてきたのは例の灰色のメッシュの入った男だ。手には水の入った瓶とバー状になった携帯食を持っている。
「…一応きくが、なんで俺を捕まえた?」
「決まってんだろ? お前を使ってセルサスと交渉するためだって。──ほら、やるよ」
そう言って男は瓶とバーを放る。それを不自由な手であわあわと受け取りながら、
「もう交渉したのか?」
「さて。俺は知らねぇな。何かあればまた指示があんだろ。それまではお前を殺すわけにいかねぇからな」
「俺が交渉材料になると思うのか?」
「頭はそう考えてんだろ? 俺の知ったこっちゃねぇ。…役に立たなきゃ殺すまでだ」
男はそう言って背中に刺してあったナイフを取り出し手でもて遊び始めた。
「ちょっとずつ切り刻んでさ…。はじめは強気な奴が最後は泣き叫んで命乞いするんだ。それが面白れぇんだよ…。お前も気は強そうだな?」
男の目がいっている。こいつはかなりやばい奴だ。俺はごくりと唾を飲み込んだ後。
「俺はすぐ命乞いする方だ…」
当たり前だ。ここでこんないっちゃってる奴にやられるわけには行かないのだ。
「なんだ、つまんねぇな。なら、お前ははじめから何でもするから助けてっていう奴?」
「…どうだろうな」
なんでも、に力が入ったのが怖い。男は値踏みするように俺を上から下まで見た後。
「若いだけが取り柄ってとこか…。ま、いっか」
そう言うと、男は俺の前髪を掴んで引き上げた。
「っ!」
突然訪れた痛みに顔をしかめれば。男はそこへ顔を近づけて。
「──用なしになるの、楽しみだよ」
ニヤリと笑って見せた。
──こいつ、いったい何をさせる気だ?
そうして、男は俺を再び階段下へと突き飛ばすと、笑いながら扉を引いて鍵をかけていった。
◇
「てぇな…」
階段から転げ落ち、地面にしたたかに背中や頭をぶって、痛みに顔をしかめる。引っ張られた頭皮も痛んだ。
まさかウサギの耳でもつけて、バニーガールをさせるわけでもないだろう。腕立て百回、腹筋二百回でもなさそうだ。
だいたい、なんでもしたからって、助かる見込みはゼロに等しいだろう。結局最後は殺されるのだ。
おもちゃにされて捨てられる──。
ここへ来た時、カラザにそう言われた。捕まれば皆そうなると。銃の餌食か、刃物の餌食か。
俺も例にもれず、か。
目の前に転がった水の入った瓶があった。とにかく、これで体力をつけておくことは重要だ。
同じく転がった携帯食も取り上げ、軽く上着のシャツで拭くと膝の上に置いた。水も同じく軽くふいて、口を開けて飲んだが──。
「!?」
一口含んで、吹いた。噴水もびっくりだ。
「──んだよっ、これ。アルコールかよ?」
無色透明なそれは、かなり度数の強い奴だった。
ウォッカ? テキーラ?
なんだろう、色のない酒って。
「…くそう」
俺がアルコールに弱いと知っての仕打ちか。知るはずもないだろうが。
仕方なく、僅かに含んで飲み込んだ。
もうちょっと、人質をいたわれっての。
バーの方はいたって普通のシリアルバーだった。チーズ味がする。
ほっとしたものの、ろくな水分がないため、もそもそする。口の中の水分はすべて持っていかれてしまい、余計に喉が乾いた。
こんなの飲み切ったら、いざって時に逃げられないって。てか、悪ければアルコール中毒で死ぬぞ?
すでにふわふわと身体がして顔も上気してきた。身体が温かくなるのはいいが、なりすぎてしまうのは困りものだ。
しかし忘れ去れてはいなかったものの、これはかなり危険な状況には変わりない。帝国がテロリストの要求に応じるはずもないのだから。
あとはカラザ頼りだった。どうにかして見つけてもらわねばならない。
しかし、どうやって?
隙を見て逃げ出すにも、先ほど俺に酒と食糧を持ってきた男が担当となると、隙はなさそうだった。
以前、セルサスを助けるため、色仕掛け作戦を実行したが、その手は通用しないだろう。よほど、油断しない限り無理だった。
俺はとぼとぼと、最後の頼みの綱、通風孔に向かった。
ここからは終始冷たい風が吹き付けてくる。時折それに混じって、何か焼いたような油の匂いが混じってきた。外と通じている証拠だ。外に屋台でもあるのかもしれない。
ここで呼べば、誰かが気付くだろうか。
気付いたからと言って、それが助けになるものとは限らない。
そこを通り過ぎる犬猫かもしれないし、屋台を広げているおじいちゃんかも知れない。彼女といちゃついている青年かもしれないし、薬漬けのジャンキーかもしれない。
だいたい、ここがテロリストの根城なら、その関係者がいると思った方が良さそうだった。
それでも──。
ここから扉の外の音は何も聞こえない。と言う事は、向こうからもこの部屋の音は聞こえていないはずだ。思いきり怒鳴った所で聞こえないはず。
俺は通風孔下に行って背伸びすると、
「おーい! 誰かいるかぁ?」
声を張り上げた。
数回それを繰り返すが──返事はない。
当たり前と言えば当たり前。そんな所から声が聞こえるとは思えないし、しても返そうとは思わないだろう。
それでも、何度も繰り返す。最後にはカラザへの悪態となった。
「カラザの嘘つきー! あとをつけるっていっただろー! 大丈夫だって言ったじゃねぇかー! やられてんじゃねーよー! 役立たず—! 使えねー! 俺のこと言えねぇなー!」
声を張り上げてやった。そして、どっと疲れる。
俺はその下へずるずると座り込んだ。
地面にはゲジゲジやワラジムシが這いまわり、カマドウマがとび跳ねる。裸電球は時折点滅した。
なんとなく、そこで眠ると、こいつらの餌にされそうで、俺はまた階段の上に戻る。
上からは地面の赤黒い染みが嫌でも目に入った。そんなに古くはないらしい。ここで何人が死んだのか。俺もそのうちの一人にされるのか──。
嫌だな…。
せめて、セルサスの役にたって死にたいのに、それさえ許されないのか。
今まで、俺は俺なりに真面目に生きてきた。まっすぐではないにしろ。それでも、結果はこれなのか。
「最後にひと目、会いたかったな…」
俺は膝を抱えて目を閉じた。
あれだけ壁に貼りまくったポスターもブロマイドも、今は一枚もない。記憶のセルサスを辿るだけだ。
でも、そちらの方が鮮明だった。
最後に一緒に眠ったのはいつだったか。握り締められた手の感触を、今でも思い出すことができる。
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