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5.子守唄
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それから、スウェルはまた以前の生活に戻る──はずだった。
はずだったのだが、なぜか以前の様に美しい花々に向かおうという気が起きない。
まるで気が抜けた様になって、幾ら気合をいれて、さあでかけよう、そう思っても足が一向に動かないのだ。
気がつけば、日がな一日、窓辺に腰かけ外の景色を眺めている。
「スウェル様、夕餉をお召し上がりください」
すでに日は傾き、ひんやりとした空気が辺りを包み込んでいる。草木の間から虫の音が微かに響いた。だが、そこに求める声はない。
「…ああ、もうそんな時間か…。そこへ置いておいてくれ。後で食べる…」
そうしてまた外に目を向ければ、ニテンスは深いため息をつき。
「昨日もその前も、そうおっしゃってお食べになりませんでした。幾ら丈夫な身体をお持ちとは言え、それではもちません。どうか一口でもお召し上がりください」
エルフの身体は意外に頑丈だ。少しくらい食べずとも、ある程度は生きて行ける。自然からエナジーを受ける事が出来るからだ。
しかし、それでも数週間食べなければ生命を、危険にさらす事になる。
スウェルは苦笑し、抱えた脚に顎を乗せると。
「食べる気が起きんのさ。これと同じ状態になったのは、相当昔の話だが…。あの時もお前は心配ばかりしていたな?」
あの頃、ニテンスは王の館で従者をしていた。スウェル付ではなかったが、館に居候していた当時、何かと面倒を見てくれる事は多かった。
「…ですから、言ったのです。手放してはいけないと」
するとスウェルは口先を尖らせるようにして。
「出来るわけがない。あの子の幸せを考えれば、俺の勝手な事情で引き留めることなど出来るはずがない。…今頃、暖かな暖炉の前で家族三人、楽しい夕餉を迎えているだろう」
「スウェル様…」
そうして、また外に目を向けたスウェルに、ニテンスはもう何も言わずにその場を下がった。
こうなることを見越していたのだ。ニテンスは。
以前を知っている彼なら当然、分かった事だろう。しかし、タイドの幸せを一番に考えれば、自分のこんな状態など、取るに足らないことだ。
タイドが幸せなら、それでいい。
リュウールの時と同じだ。彼女が幸せならそれでいい。
だが、今回は違った事がある。
それは、タイドが誰のものでもなかったと言う点だ。見つけたのはスウェルで。その采配で如何様にも出来たはず。
あのままここで過ごせば、今頃ニテンス含め三人で、暖かな暖炉の前で楽しい夕餉を過ごしていた事だろう。
しかし、それを手放した。
辛いな──。
覚悟していたとは言え、こうまで辛いとは思わなかった。たった小さな赤子ごときに、ここまで落ち込むとは。
今更ながら、自分の弱さを自覚する。そして、思った以上にタイドの存在が深く刻まれていた事を知った。
なんにしても、別れはスウェルにかなりの痛手を負わせてはいた。当分、このままの日々が続くだろう。
スウェルは深いため息をついた後、タイドの為に歌った唄を口ずさもうとして、それを止めた。
もう、歌わなくともいいのだ。この声は彼に届かない。
「…っ」
手で顔を覆う。タイドの深い緑の瞳を思って、声を出さず人知れず泣いた。
✢✢✢
ルフレはスウェルを焚きつけた手前、今回の事態を申し訳なく思っていた。
自分がちゃんと世話をしろと言ったばかりに、スウェルは対抗意識で誰に任せることもなく、熱心にタイドの面倒を見た。これにはシリオとともに驚きを隠せなかったが。
どうせ口先だけで、ニテンスに全て任すか、途中で放り出し、適当な村人へ引き渡すと思っていたからだ。
しかし、スウェルは手放す最後まで面倒を見続けた。
一度、そんなスウェルの様子を、シリオと共に覗きにいったルフレは、余りの変わり様に驚いたものだった。
それは丁度おむつを替えている時で。
濡れたおむつを替えられたのが嬉しかったのか、心地よかったのか、替えたばかりなのにタイドはそこへ粗相をしてしまう。が、スウェルは怒りもせず。
「おいおい。次からミルクの量を控えるぞ? 覚えて置け?」
そう言って笑みさえ浮かべて、替えたばかりのオムツをまた交換していたのだ。
これが、あのスウェルか? 傲慢で気位が高い、遊び好きで根無し草の。
まるで別人だった。
確かに、これでルフレの鼻は明かしたのだが。
この熱心さが災いして、手放した後、スウェルは放心状態となった。まるで、中身のないクッションだ。
心配して屋敷を訪れると、ニテンスから、過去にも一度こんな状態になったことがあると聞かされ。
どうすればもとに戻るのかと問うと、放っておくしかないのだと首をふった。
普段、無表情なニテンスにしては珍しく、そこには主人をいたわる色が浮かんでいるように見えた。
「あれは…当分、あのままだな」
家に戻ると、居間のソファに座ったシリオは顎に手をあて、深いため息をつく。
「当分って…。ろくにものも食べていないって…。あれじゃあ身がもたない」
「だが、無理やり口に突っ込んだところで、奴は吐き出すだろう。何も受け付けはしない」
「困ったことになったね…」
「ニテンスが付いている。大丈夫だとは思うが…」
「まさかあんな状態になるとは…。申し訳ないことしたな…」
ルフレはシリオの傍らに座ると肩を落した。するとシリオは笑んで、ぽんとルフレの頭に手を置くと。
「誰の所為でもないさ。それぞれの選択の結果だ。…スウェルはそれを受け入れがたかったと言う事だ。だが、いずれは──受け入れる日が来るだろう…」
「だといいけど…」
ルフレはシリオの肩に頭を預けると、小さくため息を漏らした。
はずだったのだが、なぜか以前の様に美しい花々に向かおうという気が起きない。
まるで気が抜けた様になって、幾ら気合をいれて、さあでかけよう、そう思っても足が一向に動かないのだ。
気がつけば、日がな一日、窓辺に腰かけ外の景色を眺めている。
「スウェル様、夕餉をお召し上がりください」
すでに日は傾き、ひんやりとした空気が辺りを包み込んでいる。草木の間から虫の音が微かに響いた。だが、そこに求める声はない。
「…ああ、もうそんな時間か…。そこへ置いておいてくれ。後で食べる…」
そうしてまた外に目を向ければ、ニテンスは深いため息をつき。
「昨日もその前も、そうおっしゃってお食べになりませんでした。幾ら丈夫な身体をお持ちとは言え、それではもちません。どうか一口でもお召し上がりください」
エルフの身体は意外に頑丈だ。少しくらい食べずとも、ある程度は生きて行ける。自然からエナジーを受ける事が出来るからだ。
しかし、それでも数週間食べなければ生命を、危険にさらす事になる。
スウェルは苦笑し、抱えた脚に顎を乗せると。
「食べる気が起きんのさ。これと同じ状態になったのは、相当昔の話だが…。あの時もお前は心配ばかりしていたな?」
あの頃、ニテンスは王の館で従者をしていた。スウェル付ではなかったが、館に居候していた当時、何かと面倒を見てくれる事は多かった。
「…ですから、言ったのです。手放してはいけないと」
するとスウェルは口先を尖らせるようにして。
「出来るわけがない。あの子の幸せを考えれば、俺の勝手な事情で引き留めることなど出来るはずがない。…今頃、暖かな暖炉の前で家族三人、楽しい夕餉を迎えているだろう」
「スウェル様…」
そうして、また外に目を向けたスウェルに、ニテンスはもう何も言わずにその場を下がった。
こうなることを見越していたのだ。ニテンスは。
以前を知っている彼なら当然、分かった事だろう。しかし、タイドの幸せを一番に考えれば、自分のこんな状態など、取るに足らないことだ。
タイドが幸せなら、それでいい。
リュウールの時と同じだ。彼女が幸せならそれでいい。
だが、今回は違った事がある。
それは、タイドが誰のものでもなかったと言う点だ。見つけたのはスウェルで。その采配で如何様にも出来たはず。
あのままここで過ごせば、今頃ニテンス含め三人で、暖かな暖炉の前で楽しい夕餉を過ごしていた事だろう。
しかし、それを手放した。
辛いな──。
覚悟していたとは言え、こうまで辛いとは思わなかった。たった小さな赤子ごときに、ここまで落ち込むとは。
今更ながら、自分の弱さを自覚する。そして、思った以上にタイドの存在が深く刻まれていた事を知った。
なんにしても、別れはスウェルにかなりの痛手を負わせてはいた。当分、このままの日々が続くだろう。
スウェルは深いため息をついた後、タイドの為に歌った唄を口ずさもうとして、それを止めた。
もう、歌わなくともいいのだ。この声は彼に届かない。
「…っ」
手で顔を覆う。タイドの深い緑の瞳を思って、声を出さず人知れず泣いた。
✢✢✢
ルフレはスウェルを焚きつけた手前、今回の事態を申し訳なく思っていた。
自分がちゃんと世話をしろと言ったばかりに、スウェルは対抗意識で誰に任せることもなく、熱心にタイドの面倒を見た。これにはシリオとともに驚きを隠せなかったが。
どうせ口先だけで、ニテンスに全て任すか、途中で放り出し、適当な村人へ引き渡すと思っていたからだ。
しかし、スウェルは手放す最後まで面倒を見続けた。
一度、そんなスウェルの様子を、シリオと共に覗きにいったルフレは、余りの変わり様に驚いたものだった。
それは丁度おむつを替えている時で。
濡れたおむつを替えられたのが嬉しかったのか、心地よかったのか、替えたばかりなのにタイドはそこへ粗相をしてしまう。が、スウェルは怒りもせず。
「おいおい。次からミルクの量を控えるぞ? 覚えて置け?」
そう言って笑みさえ浮かべて、替えたばかりのオムツをまた交換していたのだ。
これが、あのスウェルか? 傲慢で気位が高い、遊び好きで根無し草の。
まるで別人だった。
確かに、これでルフレの鼻は明かしたのだが。
この熱心さが災いして、手放した後、スウェルは放心状態となった。まるで、中身のないクッションだ。
心配して屋敷を訪れると、ニテンスから、過去にも一度こんな状態になったことがあると聞かされ。
どうすればもとに戻るのかと問うと、放っておくしかないのだと首をふった。
普段、無表情なニテンスにしては珍しく、そこには主人をいたわる色が浮かんでいるように見えた。
「あれは…当分、あのままだな」
家に戻ると、居間のソファに座ったシリオは顎に手をあて、深いため息をつく。
「当分って…。ろくにものも食べていないって…。あれじゃあ身がもたない」
「だが、無理やり口に突っ込んだところで、奴は吐き出すだろう。何も受け付けはしない」
「困ったことになったね…」
「ニテンスが付いている。大丈夫だとは思うが…」
「まさかあんな状態になるとは…。申し訳ないことしたな…」
ルフレはシリオの傍らに座ると肩を落した。するとシリオは笑んで、ぽんとルフレの頭に手を置くと。
「誰の所為でもないさ。それぞれの選択の結果だ。…スウェルはそれを受け入れがたかったと言う事だ。だが、いずれは──受け入れる日が来るだろう…」
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ルフレはシリオの肩に頭を預けると、小さくため息を漏らした。
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