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17.謁見
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「ベルノ、王都周辺は無事だったようだな? 良く守った」
王の間、洋卓を囲み、王ネムスは上座に置かれた玉座に座り、斜め横に座る王子ベルノに声をかける。落ち着いた威厳に満ちた声音だ。
同じくベルノの傍らには、大臣クルメンや、王ネムスと行動をともにしていた将軍フォーティス、主だった騎士団長、隊長らが座していた。
「いえ、私はなにも…。恥ずかしながら、こちらの森のエルフの王子、スウェル様のご尽力によってなんとか生き延びられただけのこと。彼らの協力がなければこうして王に謁見することはかないませんでした。ことに彼の養い子、タイドには何度命を救われた事か。彼らには感謝の言葉以外なにもありません」
その言葉にネムスは視線を、ベルノとは対面に座るスウェルとその横に座るタイドに向けた。
「お二方とも、王子ベルノを、この王国を助けていただき感謝する。ことに森のエルフの王、グリューエン殿にはこのように強力な力添えをいただき誠に感謝の念に堪えない。改めて礼を言おう。ありがとう、スウェル殿」
「いいえ。セルサス王国の危機は、森のエルフの王グリューエンも心を痛めておりました。王国の危機はそのまま近隣に住む者たちの危機でもあります。助力は惜しみません」
「ありがとう。その言葉、心強い。──その養い子であるタイド殿も、よく王子を守ってくれた。感謝する」
「いえ…。お心遣い感謝いたします」
ネムスは目礼して見せたタイドをジッと見つめていたが、その返答に満足気に頷くと、皆に向き直り。
「して、今後についてだが──」
「はい。それについては提案があります」
スウェルが声を上げた。皆の視線が注がれる。スウェルは卓の中央に置かれた地図に視線を落とす。そこには近隣諸国の詳細な地形が記されていた。スウェルはその地図の北方の一か所を指でさし示すと。
「私たちの調べによると、どうやらこの反乱の主は北の森に潜んでいるようです。もともとそこは闇の力が強い場所。潜んでいても可笑しくない場所です」
「そこを叩くと? だが、北の森との間にはいくつもの山脈が聳えている。先に現れたオークのようにトンネルのようにつづく洞穴でもあればいいが…。迂回には時間がかかる」
将軍フォーティスが身を乗り出し問う。
無骨な風体で、相当な場数を踏んで来た者の気配がある男だ。他の国出身で、流れて来たものだと言う。それで将軍までのし上がったのだから、相当な切れ者でもあるのだろう。
「そこは私たち、エルフの隊が動きます。先触れとして、私が先陣を切りましょう。その間に出発準備を整えていただき、後を追っていただければ。今は帰還したばかりで兵も休みたい処でしょうし」
「しかし、その間までスウェル殿の力がもつのか? 失礼だが、そこまでの大軍を引き連れているとは聞いてはいない」
「はは! 確かに。ですが、少数精鋭です。ただの兵ではない。ひとりが、何十人分の力を発揮します。私たちは明日早朝にも出立しましょう。迂回せずとも三日もあれば山脈は越えられます。私たちは深い雪の中もその上をすべるように歩けますから。あなた方は十分休息をとり、国内の警備を固めておいてください。その後裂ける人数をこちらに寄こしていただければ──」
「しかし、やはりそれでは我らが到着したころに、スウェル殿が不利な状況においこまれているのではないか?」
フォーティスは眉間に皺を寄せるが。スウェルは胸を張ると。
「大丈夫です。もし、危うければその時はさらなる増援を森のエルフの王グリューエンに頼みましょう。向こうも既に戦いの準備は整っております」
それを引き取って、フォーティスは王ネムスに顔を向け。
「いかがでしょう、王。いい策だと思いますが…」
「わかった。スウェル殿の提案に従おう。それでは私たちは提案通り、この王国の守備を強化し兵士に休息を与えよう」
「は。かしこまりました」
将軍フォーティス以下、大臣クルメンも皆そこへ直る。それで会議はいったんお開きとなった。
✢✢✢
「スウェル、今度は俺もついて行っていいでしょ?」
すぐに出立の準備を始めたスウェルに、タイドは後をついて回る。
スウェルは厚く織られたフードを手にした所だった。これはどんな寒さでも耐えられるよう、特殊な技術で織られた布で作られたフードで。厚い生地であるのに持てば軽い。エルフの技のなせるものだった。
それを一旦、置きなおすと。
「…タイド。幾ら野山を駆け回っていた君でも、今回の山脈越えは無理だ。かなりの難業になる。王の前では簡単だとは言ったが、オークを倒すより厳しいだろう。まあ、死にはしないがな。大人のエルフでなければ耐えられない」
「でも…!」
スウェルはタイドの肩に手を置く。
「だめだ、タイド。今回も君は置いて行く。これは決定事項だ。王子から君を傍に置きたいと言われている。それに──彼女からもな?」
「彼女?」
「ああ。タイドが相手をしてあげた例の第三王妃の娘リオだ。第三王妃もいたく君を気に入ってね。この不安な日々に、誰か信用のおける者を傍に置いておきたいそうだ。タイドは人より優れているし並みのエルフでは敵わない腕を持つ。山を越えオークの頭目を討つのと同じくらい、大事な用向きだ。頼まれてくれるか?」
「…ずるい」
そうまで言われて、断れるタイドではない。スウェルはひとつ肩で息をつくと。
「そう言うな…。俺としても安全なここへ君を置いておきたいんだ。失くしたくはない…」
頬に指を滑らせると、タイドはその手を振り払った。
「タイド?」
「ずるい! スウェルは、そうやって思わせぶりな事ばかり口にして、肝心なことは言ってくれない! …ねぇ、俺をどう思っているの? 失くしたくないって、それは養い子として? 俺はスウェルが好きなんだ! 大事なんだ…! オークなんかにやられて欲しくない。危険な目に遭わせたくない! それなのに──!」
「タイド──」
逃げるように後退したタイドを、スウェルは追うが、
「何かあったら許さない! 俺も後を追うから!」
「タイド!」
そう言うと、タイドは振り向きもせず、部屋を飛び出していった。
残されたスウェルはその場に立ち尽くす。
今はすぐにでも出陣しなければ間に合わないのだ。これ以上、タイドに構っている時間がない。
すまない、タイド。必ず、戻るから──。
初めてタイドに振り払われた手が、酷く傷んだ。
✢✢✢
タイドは廊下を駆けたが、途中で足を止める。
背後を振り返ったが、月明かりに照らされる廊下が続くばかりで、求めるものの姿はない。
スウェルは早朝出立だ。ろくに休まずに行く事になる。自分を追いかけて来るはずもない。僅か時間でも惜しいはず。
我儘だな…。
国の存亡に関わる戦いに赴くと言うのに、自分の為に時間を割いてほしいだなんて。
でも、たった一言が欲しくて。
そのひとことがあれば、俺は幾らでも待つ事が出来るのに。
「…タイド」
気落ちして歩き出したタイドに声をかけるものがあった。
振り返れば、フードを背に落しながら、滅多に見ることのできない微笑みを僅かに浮かべてみせるエルフがいた。艶のある栗色の髪が肩からこぼれる。
「ニテンス…!」
思わず駆け寄った。
「タイド。まったく、あなたも困ったものです。まさかこんな所まで出張って来るとは。いくら探しても見つからないはずです」
「…! ごめん。ニテンス。俺…」
するとニテンスはそっとその肩に手を置いた。
「分かっています…。タイドの気持ちは。けれど、あなたはここで待機なのでしょう? 代わりに私がスウェル樣のお側について行きましょう。これでも、伊達にスウェル樣の従者はしておりません」
ニテンスもかなりの腕前だ。手合わせもしてもらっていたが、その隙のない動きに、毎回刃が立たないのだ。
「ありがとう。ニテンス…」
「さあ。そんな情けない顔をせず、笑顔で送り出して差し上げなさい。それで、スウェル樣は安心して戦いに向かう事ができます」
「分かった…。そうする」
「スウェル樣は何より、タイドを大切に思っています。一時、あなたを手放した後のスウェル樣は、目も当てられませんでした。それは確かな事なのですから」
「うん…」
タイドはニテンスに慰められ、背を支えられるようにしてそこを後にした。
✢✢✢
「なんだ。ニテンスまで来たのか…」
スウェルが部屋で、あれやこれやと、袋へ詰めては出してを繰り返しつつ、出立の準備を整えていれば、そこへニテンスが現れたのだ。
「不服な様ですね? ですが私はスウェルさまの従者です。ついてきて当然です。だいたい、主も不在、世話をするべき者が家には誰もいないのですから。いる意味がありません」
「どうせなら、タイドを連れて帰ってくれないか? 王子には気に入られてしまったが、やはりここに置いておくのも心配だ…」
「タイドは帰りませんよ。スウェル様と共にでないと。タイドはどうしてもスウェル様が心配なようなので、代わりに私がスウェル様に付いて行く事にしました。何かと周りの世話をするものも必要でしょう?」
「おまえ…。来るのか?」
スウェルはやや意外な顔をする。
ニテンスは腕が立つが、当人があまり戦を好まない為、こういった戦があっても連れて歩くことはなかったのだ。そのため、主に家の管理ばかり任せている。
「でないと、タイドがまたこっそりついていくでしょう。彼の為に私が行きます」
「タイドは好かれているのだな…」
ニテンスも何だかんだ言って、タイドに甘い。ついぽつりとそう漏らせば。
「タイドはいい子に育ちました。人ながら、エルフの世界にも馴染んでいます。多くはないにしろ、友人も得ました。理解を得る事が出来ずとも、決して周囲のエルフを疎んじることもありません。全てを受け入れて、自分の道を歩んでいる…。優しくまっすぐな心の持ち主です」
ニテンスは静かな口調でそう答えた。だが、視線は何かを訴えるように強い。その、何かをスウェルは感じ取って、視線を逸らす。
「…まっすぐ。だろうな。そうなる様に育ててきたが、もともと、そう言う質だったんだ」
「タイドの思いを分かっているのでしょう?」
スウェルは無言になった後、
「タイドに──告白されたよ。その前から気づいていたが…。けど、分かっているからこそ、適当な返事をしたくないんだ。この戦いが終わって──いや。さっさと終わらせる。それから──伝える。必ずだ」
「わかりました…。では、これ以上何も言いません。出立の準備を整えましょう」
「すまない、ニテンス。助かる」
「これが私の仕事ですから」
そう言うと、モタモタしていたスウェルを手伝い、装備の準備を素早く整えた。
まだ夜も明けきらない中、出立となった。
街は静まり返っている。つかの間の休息を邪魔しないよう、エルフの隊は静かに城を後にした。
ふと、視線を感じてスウェルは今、後にしたばかりの城壁を見上げる。
松明の揺らぎの中、そこには心配げな顔でこちらを見つめているタイドの姿があった。あのあと、声を掛ける間もなく。
必ず戻ってくる。それまで待っていてくれ。
見つめると、タイドも気づき、幾分気恥ずかしそうにしたが、それでも視線は反らさず見返して来た。
赤茶色の髪が風に煽られ舞う。新緑の瞳はこちらをじっと見つめていた。
その姿をしっかりと目に焼き付け、スウェルは城を後にした。
王の間、洋卓を囲み、王ネムスは上座に置かれた玉座に座り、斜め横に座る王子ベルノに声をかける。落ち着いた威厳に満ちた声音だ。
同じくベルノの傍らには、大臣クルメンや、王ネムスと行動をともにしていた将軍フォーティス、主だった騎士団長、隊長らが座していた。
「いえ、私はなにも…。恥ずかしながら、こちらの森のエルフの王子、スウェル様のご尽力によってなんとか生き延びられただけのこと。彼らの協力がなければこうして王に謁見することはかないませんでした。ことに彼の養い子、タイドには何度命を救われた事か。彼らには感謝の言葉以外なにもありません」
その言葉にネムスは視線を、ベルノとは対面に座るスウェルとその横に座るタイドに向けた。
「お二方とも、王子ベルノを、この王国を助けていただき感謝する。ことに森のエルフの王、グリューエン殿にはこのように強力な力添えをいただき誠に感謝の念に堪えない。改めて礼を言おう。ありがとう、スウェル殿」
「いいえ。セルサス王国の危機は、森のエルフの王グリューエンも心を痛めておりました。王国の危機はそのまま近隣に住む者たちの危機でもあります。助力は惜しみません」
「ありがとう。その言葉、心強い。──その養い子であるタイド殿も、よく王子を守ってくれた。感謝する」
「いえ…。お心遣い感謝いたします」
ネムスは目礼して見せたタイドをジッと見つめていたが、その返答に満足気に頷くと、皆に向き直り。
「して、今後についてだが──」
「はい。それについては提案があります」
スウェルが声を上げた。皆の視線が注がれる。スウェルは卓の中央に置かれた地図に視線を落とす。そこには近隣諸国の詳細な地形が記されていた。スウェルはその地図の北方の一か所を指でさし示すと。
「私たちの調べによると、どうやらこの反乱の主は北の森に潜んでいるようです。もともとそこは闇の力が強い場所。潜んでいても可笑しくない場所です」
「そこを叩くと? だが、北の森との間にはいくつもの山脈が聳えている。先に現れたオークのようにトンネルのようにつづく洞穴でもあればいいが…。迂回には時間がかかる」
将軍フォーティスが身を乗り出し問う。
無骨な風体で、相当な場数を踏んで来た者の気配がある男だ。他の国出身で、流れて来たものだと言う。それで将軍までのし上がったのだから、相当な切れ者でもあるのだろう。
「そこは私たち、エルフの隊が動きます。先触れとして、私が先陣を切りましょう。その間に出発準備を整えていただき、後を追っていただければ。今は帰還したばかりで兵も休みたい処でしょうし」
「しかし、その間までスウェル殿の力がもつのか? 失礼だが、そこまでの大軍を引き連れているとは聞いてはいない」
「はは! 確かに。ですが、少数精鋭です。ただの兵ではない。ひとりが、何十人分の力を発揮します。私たちは明日早朝にも出立しましょう。迂回せずとも三日もあれば山脈は越えられます。私たちは深い雪の中もその上をすべるように歩けますから。あなた方は十分休息をとり、国内の警備を固めておいてください。その後裂ける人数をこちらに寄こしていただければ──」
「しかし、やはりそれでは我らが到着したころに、スウェル殿が不利な状況においこまれているのではないか?」
フォーティスは眉間に皺を寄せるが。スウェルは胸を張ると。
「大丈夫です。もし、危うければその時はさらなる増援を森のエルフの王グリューエンに頼みましょう。向こうも既に戦いの準備は整っております」
それを引き取って、フォーティスは王ネムスに顔を向け。
「いかがでしょう、王。いい策だと思いますが…」
「わかった。スウェル殿の提案に従おう。それでは私たちは提案通り、この王国の守備を強化し兵士に休息を与えよう」
「は。かしこまりました」
将軍フォーティス以下、大臣クルメンも皆そこへ直る。それで会議はいったんお開きとなった。
✢✢✢
「スウェル、今度は俺もついて行っていいでしょ?」
すぐに出立の準備を始めたスウェルに、タイドは後をついて回る。
スウェルは厚く織られたフードを手にした所だった。これはどんな寒さでも耐えられるよう、特殊な技術で織られた布で作られたフードで。厚い生地であるのに持てば軽い。エルフの技のなせるものだった。
それを一旦、置きなおすと。
「…タイド。幾ら野山を駆け回っていた君でも、今回の山脈越えは無理だ。かなりの難業になる。王の前では簡単だとは言ったが、オークを倒すより厳しいだろう。まあ、死にはしないがな。大人のエルフでなければ耐えられない」
「でも…!」
スウェルはタイドの肩に手を置く。
「だめだ、タイド。今回も君は置いて行く。これは決定事項だ。王子から君を傍に置きたいと言われている。それに──彼女からもな?」
「彼女?」
「ああ。タイドが相手をしてあげた例の第三王妃の娘リオだ。第三王妃もいたく君を気に入ってね。この不安な日々に、誰か信用のおける者を傍に置いておきたいそうだ。タイドは人より優れているし並みのエルフでは敵わない腕を持つ。山を越えオークの頭目を討つのと同じくらい、大事な用向きだ。頼まれてくれるか?」
「…ずるい」
そうまで言われて、断れるタイドではない。スウェルはひとつ肩で息をつくと。
「そう言うな…。俺としても安全なここへ君を置いておきたいんだ。失くしたくはない…」
頬に指を滑らせると、タイドはその手を振り払った。
「タイド?」
「ずるい! スウェルは、そうやって思わせぶりな事ばかり口にして、肝心なことは言ってくれない! …ねぇ、俺をどう思っているの? 失くしたくないって、それは養い子として? 俺はスウェルが好きなんだ! 大事なんだ…! オークなんかにやられて欲しくない。危険な目に遭わせたくない! それなのに──!」
「タイド──」
逃げるように後退したタイドを、スウェルは追うが、
「何かあったら許さない! 俺も後を追うから!」
「タイド!」
そう言うと、タイドは振り向きもせず、部屋を飛び出していった。
残されたスウェルはその場に立ち尽くす。
今はすぐにでも出陣しなければ間に合わないのだ。これ以上、タイドに構っている時間がない。
すまない、タイド。必ず、戻るから──。
初めてタイドに振り払われた手が、酷く傷んだ。
✢✢✢
タイドは廊下を駆けたが、途中で足を止める。
背後を振り返ったが、月明かりに照らされる廊下が続くばかりで、求めるものの姿はない。
スウェルは早朝出立だ。ろくに休まずに行く事になる。自分を追いかけて来るはずもない。僅か時間でも惜しいはず。
我儘だな…。
国の存亡に関わる戦いに赴くと言うのに、自分の為に時間を割いてほしいだなんて。
でも、たった一言が欲しくて。
そのひとことがあれば、俺は幾らでも待つ事が出来るのに。
「…タイド」
気落ちして歩き出したタイドに声をかけるものがあった。
振り返れば、フードを背に落しながら、滅多に見ることのできない微笑みを僅かに浮かべてみせるエルフがいた。艶のある栗色の髪が肩からこぼれる。
「ニテンス…!」
思わず駆け寄った。
「タイド。まったく、あなたも困ったものです。まさかこんな所まで出張って来るとは。いくら探しても見つからないはずです」
「…! ごめん。ニテンス。俺…」
するとニテンスはそっとその肩に手を置いた。
「分かっています…。タイドの気持ちは。けれど、あなたはここで待機なのでしょう? 代わりに私がスウェル樣のお側について行きましょう。これでも、伊達にスウェル樣の従者はしておりません」
ニテンスもかなりの腕前だ。手合わせもしてもらっていたが、その隙のない動きに、毎回刃が立たないのだ。
「ありがとう。ニテンス…」
「さあ。そんな情けない顔をせず、笑顔で送り出して差し上げなさい。それで、スウェル樣は安心して戦いに向かう事ができます」
「分かった…。そうする」
「スウェル樣は何より、タイドを大切に思っています。一時、あなたを手放した後のスウェル樣は、目も当てられませんでした。それは確かな事なのですから」
「うん…」
タイドはニテンスに慰められ、背を支えられるようにしてそこを後にした。
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「なんだ。ニテンスまで来たのか…」
スウェルが部屋で、あれやこれやと、袋へ詰めては出してを繰り返しつつ、出立の準備を整えていれば、そこへニテンスが現れたのだ。
「不服な様ですね? ですが私はスウェルさまの従者です。ついてきて当然です。だいたい、主も不在、世話をするべき者が家には誰もいないのですから。いる意味がありません」
「どうせなら、タイドを連れて帰ってくれないか? 王子には気に入られてしまったが、やはりここに置いておくのも心配だ…」
「タイドは帰りませんよ。スウェル様と共にでないと。タイドはどうしてもスウェル様が心配なようなので、代わりに私がスウェル様に付いて行く事にしました。何かと周りの世話をするものも必要でしょう?」
「おまえ…。来るのか?」
スウェルはやや意外な顔をする。
ニテンスは腕が立つが、当人があまり戦を好まない為、こういった戦があっても連れて歩くことはなかったのだ。そのため、主に家の管理ばかり任せている。
「でないと、タイドがまたこっそりついていくでしょう。彼の為に私が行きます」
「タイドは好かれているのだな…」
ニテンスも何だかんだ言って、タイドに甘い。ついぽつりとそう漏らせば。
「タイドはいい子に育ちました。人ながら、エルフの世界にも馴染んでいます。多くはないにしろ、友人も得ました。理解を得る事が出来ずとも、決して周囲のエルフを疎んじることもありません。全てを受け入れて、自分の道を歩んでいる…。優しくまっすぐな心の持ち主です」
ニテンスは静かな口調でそう答えた。だが、視線は何かを訴えるように強い。その、何かをスウェルは感じ取って、視線を逸らす。
「…まっすぐ。だろうな。そうなる様に育ててきたが、もともと、そう言う質だったんだ」
「タイドの思いを分かっているのでしょう?」
スウェルは無言になった後、
「タイドに──告白されたよ。その前から気づいていたが…。けど、分かっているからこそ、適当な返事をしたくないんだ。この戦いが終わって──いや。さっさと終わらせる。それから──伝える。必ずだ」
「わかりました…。では、これ以上何も言いません。出立の準備を整えましょう」
「すまない、ニテンス。助かる」
「これが私の仕事ですから」
そう言うと、モタモタしていたスウェルを手伝い、装備の準備を素早く整えた。
まだ夜も明けきらない中、出立となった。
街は静まり返っている。つかの間の休息を邪魔しないよう、エルフの隊は静かに城を後にした。
ふと、視線を感じてスウェルは今、後にしたばかりの城壁を見上げる。
松明の揺らぎの中、そこには心配げな顔でこちらを見つめているタイドの姿があった。あのあと、声を掛ける間もなく。
必ず戻ってくる。それまで待っていてくれ。
見つめると、タイドも気づき、幾分気恥ずかしそうにしたが、それでも視線は反らさず見返して来た。
赤茶色の髪が風に煽られ舞う。新緑の瞳はこちらをじっと見つめていた。
その姿をしっかりと目に焼き付け、スウェルは城を後にした。
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