森のエルフと養い子

マン太

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18.行く手

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 行ってしまった。

 スウェルの告白を待つ気持ちより、不安の方が強い。
 城壁の石積みに手をかけ、その姿が丘を越え、森の中へと消えていくまでじっと見つめていた。外気はシンと冷えていたが、気にはならない。

 やはり、ついて行けば良かった。

 ニテンスが同行することで幾分、不安な気持ちは和らいだが、やはりこうして見ていると気持ちがはやる。
 自分一人が行ったところで、スウェルを全ての災いから守ることなどできない。

 分かっているけど──。

 一番危ないとき、その傍らにいて守りたかった。

「今から追うか?」

 背後から涼やかな声が聞こえた。振り返ると、ベルノが微笑を浮かべ立っている。タイドは小さく首を振ると。

「…いいえ。ここで待つと約束しました」

「その割には、冴えない顔色だ。本当はついていきたいのだろう? 私が引き留めたばかりに…。済まなかった」

「いいえ。王子の所為では。もともと、俺はここへ出て来てはいけなかったんです。それを、無理やり来てしまった…。これ以上、無理は通せません」

 本来ならエルフの里で待つべきだったのだ。
 すっかり気を落したタイドを励ます様に、ベルノは笑みを浮かべると。

「ここにいてもやることは沢山ある。君の力が必要だ。私の為にその力を貸してくれないか?」

「…もちろん。俺で役に立てるならいくらでも」

 ベルノの気遣いに心の内で感謝する。確かにやることは幾らでもある。気落ちしている場合ではないのだ。

「そうか、良かった。義妹のリオも喜ぶ」

「仲がいいのですね?」

「私は人見知りだが、あの子は物おじしない。いい子だよ」

「そうですね。俺も昨日はあちこち連れていかれて…」

「気に入られた証拠だ。──ああ、あと二人の時に敬語は必要ない。助けてもらったあの時と同じでいて欲しい。…君にはなにか近しいものを感じる。そうして欲しんだ」

「…わかりました。いや──ええっと、分かった─で正解?」

「そうだ。それでいい」

 ベそうしてベルノは笑うと、タイドと並んで歩き出した。
 こうして並ぶと、タイドとそう身長も体格も変わらない。髪の色は違うし、顔つきも異なるが、なにか馴染んだものを感じた。歳が近いせいもあるのだろうか。

「スウェル樣達がいなくなった分、警備に力を入れねばならない。良ければ城の周辺の警備に参加してもらいたい。いいか?」

「勿論。俺に出来ることは何でも。じっとしているのは苦手なんだ」

「それなら好都合だ。詳細は将軍に聞いてくれ。フォーティスは喜ぶだろう。人手があればある程。特にタイドの腕がいいのは知られている。実際、君の助力を何としても得たいと申し出ていたんだ。──ただ、スウェル樣には恨まれるだろうな? 君を危険にさらす…」

 ベルノは悪戯っぽく笑って見せる。タイドは口先を尖らせるようにしながら。

「スウェルだって、俺が大人しくしているなんて、思っていないよ。勝手に飛び出したくらいだし…」

「スウェル樣は、タイドをとても大切にしているようだな?」

「でも、ちょっと大事にし過ぎなんだ。もっと信用してくれればいいのに、いつも心配ばかりで…」

 するとベルノは優しい笑みを浮かべ。

「それは──タイドを愛しいと思っているからだろう?」

「え…」

「見ていればわかる──。羨ましいものだな…。私にはそんな風に思える相手も、思われることもいまだない。結婚も、国王の決めた相手とするのだろう。それが勤めであり、習わしだ。今更、どうと言う事はないが…タイドが羨ましくもある」

「そ、んな──。俺なんか…。ベルノが羨ましいなんてそんな風に思うことは──」

「生まれた時から、次期王として育てられてきた…。それが当たり前だったんだ。自分の立場も十分弁えている。それに不服があるわけではない。──しかし、ふと、タイドを見ていると、違う人生を歩んでみたいと思わないでもない…」

 そう言って、どこか遠い目をした。諦めた様にも見える笑顔を浮かべて見せ。

 なぜだろう。

 自分から見れば皆から愛され、敬われ、恵まれた環境に身を置いているはずなのに。
 ベルノの様子に、何か王子であることの不自由さ、辛さを垣間見た気がした。

✢✢✢

「くそ! オークめ! すべて奴らの所為だ!」

 スウェルは始終悪態をついていた。
 いよいよ山脈越えが始まり、雪深い山頂付近を巻いて峠を越えていく。
 一足ごとに深い雪の上に跡がつく。
 しかし、エルフらは沈むことはない。まるで宙に浮くように雪の上を歩けた。ついても僅かに沈むだけ。
 滑るようにそこを歩けたため、人より時間はかからなかったが、寒さを感じないわけではない。
 それぞれが分厚いフードを着込み、黙々と歩を進める。人間よりは忍耐強いが、それなりに準備していなければやられてしまうだろう。
 真っ白な雪原に反して空は青く高かった。
 
「スウェル様、まだまだ余裕の様ですね。あなたが元気だと士気が下がらず助かります…」

 傍らを歩くニテンスは、主をちらと見て答える。流石のエルフの兵らも寒さは堪えている様だったが。

「フン! これくらいで、やられるものか」

 あと少し。

 雪洞を掘って、二日山で過ごした。
 あと一日あれば山脈の向こう側へ到着できるだろう。
 王国セルサスの兵も出立したと聞いた。五日もあればやはりこちら側へ到着できるはず。
 スウェルは北に広がる森に目を向けた。
 太古からある深い森だ。闇のものが身を隠すのには好都合な場所。確かに目を向ければ、広がる深い森に黒い影を感じ取る事が出来る。

 さっさと、到着して奴らを一網打尽だ。

「待ってろよっ! オークの頭目め!」

 スウェルは拳を握り腕を突き上げる。
 およそ、エルフの王子とは思えない言い様に、ニテンスは額を押さえると。

「…スウェル様。どうか、これ以上、威厳を失わないよう。頼みます」

「ふん。俺なんてこんなものだ。隠すつもりもないな」

「そうですか…」

 スウェルにとって、タイド以外はどう思われようと、関係なかった。

 タイドにさえ、嫌われなければそれでいい。

 ニテンスの呆れかえった表情にも、怯むことはなかった。

✢✢✢

 薄暗い森の更に奥深くにある討ち捨てられた城跡、その玉座に座るものがいた。一匹のオークだ。
 周囲は松明がたかれ、ゆらゆらと炎がその黒光りする肌を照らし出す。
 至る所にある切り傷。失われた右腕と左目。そして、残された右目はギラギラと光り、暗い焔を宿している。
 恐れを知らぬものでも、その容姿を一目見れば、立ちすくむであろう。

『来たか…』

 どっかと座った玉座に、前かがみになって座り直す。

『奴ら、まっすぐこの森へやってきます』

『ふん。分かっていたか…』

『グルトン様、どういたしましょうか? いつでもやれる準備はできていますが』

『こっちに大軍を置いて、ひきつけろ』

『わかりました』

 部下のオークが去っていく。
 幾ら斥候を使った所で、そう易々とこの森深くまでは到達できない。こちらの動きを把握するのは困難だろう。

 こちらに地の利はある。

 奴が放った斥候は片っ端から捉え、ゴブリンや魔狼の餌にしてやった。

 エルフが憎い。奴らに復讐を。

 グルトンと呼ばれたオークはただ、その為にこの戦を起こしたのだった。

 村や町を襲い、騒ぎを起こせば必ず奴は出てくる──。

 エルフの里に近い王都フンベルを襲ったのもそのためだ。わざわざ遠方で騒ぎを起こし、王ネムスを誘い出した。
 案の定、近隣諸国と共に大軍を率いて遠征してきた。その間、逆に手薄になった王都周辺の村を襲い、腰の重いエルフを誘い出す算段だった。
 しかし、あの銀髪のエルフが出てくるとは限らない。それなら、出てくるまで戦い続けるだけだと考えていた。
 が、時待たずして以前と同じく、一番にあの銀髪のエルフが出てきたのだ。
 捕らえたエルフに吐かせると、どうやら奴はスウェルと言い、森のエルフの末の王子らしい。
 捕らえたエルフはそのまま魔狼の餌食となった。

 あのエルフだけは何としても、捕らえて無残な死を与えてやらねば気がすまねぇ。

 以前の戦いで、自身の父と弟を奴にやられたのだ。自身はかろうじて生き延びた。その復讐もある。
 グルトンの父がこの森の廃城跡で、とある宝を見出したのは遡ること数十年前。
 それは地中深くに封印され、けしてひと目にふれぬよう厳重に石の棺に封印されていた。
 縄張りを見回っていた際、その地を守る国の兵士に見つかり深手を負い、逃げた先、偶然落ちた地表の裂けめにそれを見出したのだった。
 父は死にかけていた。
 割れた石室の間から覗く、黒く怪しく光る石のついた首飾り。禍々しさは魔に属する生き物を惹きつけた。
 それを手にして、父は強力な力を得るに至った。ちょっとやそっとの事では死に至らない強靭な肉体を得たのだ。
 その力を用い、人間をあちこちで狩った。父と弟、自分の三人のみで村や街を滅ぼした事もある。
 しかしその最中、たまたま立ち寄った村で、弟は運悪く銀色の髪を持つエルフに出くわし、光の刃で粉々に斬り殺されてしまったのだ。
 その後の戦いで父は殺され、グルトン自身も崖の淵まで追い詰められ、銀色のエルフに斬り捨てられた。
 左目、右手を失い、そのまま谷に落ち死ぬものと思ったが、直前に父から託されていた黒い石が命を救った。
 お陰で深手を負っても死ぬことはなく、こうして復讐のため、立ち上がることができたのだ。

 許さねぇ。

 憎らしい人間ども。それに加勢するエルフ達。全て滅ぼし、残ったものは奴隷にしてやる。
 スウェルとかいう銀色のエルフは捕らえて、永遠の苦痛を与えてやろう。

 一瞬で命を奪うことなどしてやるものか。

 禍々しい闇が、オークを、森を覆いつくしていた。

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