森のエルフと養い子

マン太

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19.闇と光りと

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 山を越え、休息もそこそこに、北に広がる深い森へと入った。分け入った途端、戦闘となる。
 王都フンベルを立って六日。報告の通り、オークは森の中に大軍を潜ませていた。
 これは、ようやく近くまで行くことが出来た斥候からもたらされた情報だった。それまで放った斥候は誰ひとり帰っては来ず。
 彼が言うには、オークの大群の奥には深い闇が潜み、それ以上、捜索は不可能ということだった。
 
 ただのオークが、こいつ等を束ねているとは思えない。

 この森には詳しくない。様子を探るため、スウェルは森の中だけに兵を集中させず、先方と後方に隊を分け、内を探りつつも、森の外部からの攻撃にも備えた。
 深く暗い森だった。枝からは苔が垂れ下がり、鬱蒼としている。空気はかび臭く澱んでいた。オークはその木々の間から、続々と飛び出して来る。

「おい! あまりばらけるな! 固まって叩け!」

 森の中では視界も効き辛い。
 それでも、エルフは聡い耳と目を持つ。木の上だろうと、茂みの陰だろうと、相手が襲い掛かって来る前に、気付くことができた。
 しかし数が多く、流石のエルフの兵も疲れを見せ始める。
 伝令によれば、王国セルサスの兵と共に、兄たちも同行するとのことだった。
 彼らが到着すれば、オークの群れなどあっという間に蹴散らされることだろう。

 それまで何とか耐えないとな…。

 あと一日ほどで到着する。短いようでいて長い時間だと感じた。

「スウェル様! ここはいったん、引きましょう! 深追いは危険です!」

 ニテンスが数匹を切り倒し、背後のスウェルを振り返る。スウェルは剣をひらめかせ、更に数匹切り捨てると。

「そうだな…。確かにきりがない。皆! いったん、引き上げる!」

「は!」

 すぐに伝令が飛ばされ、エルフの隊は後退を始めるが。

「スウェル様! 後方から魔狼の群れが!」

「なに? そっちは守りを固めていたはず──」

「私たちの隊と、守備隊の間に突然、現れたようで」

「くそ! とにかく固まれ! ばらばらにはなるな! 急いで守備隊と合流する!」

 このままここに入ればじりじりと削がれ劣勢に回ってしまう。中継地点を絶たれる前に、後退し魔狼を始末してしまわなければならない。

「ここは俺が引き受ける! いいから引け!」

 こちらが引き出すのを待っていたかのように、突然、オークが力を盛り返してきた。このままでは危惧した通りになってしまう。

「ニテンス! お前も引け!」

「しかし──」

「俺が力を解放すれば、敵味方関係ない! いいから引け!」

「わかりました…」

 そう言うと、まだ戦おうとする他の兵を下がらせる。
 それを見届け、スウェルは一息つくと、腰に帯びたもう一方の剣に手をかけた。
 なんとしても、ここを切り抜け、タイドに話さねばならないのだ。こんな所で、てこずっている場合ではない。

 タイドの為に──。

 すっと鞘から白く光る剣を引き抜き、天に向かってその剣先を突き上げる。
 途端に光の柱がそこから迸った。周囲にいたオークやゴブリンがひるむ。
 しかし、彼らにできたのはそこまでで、後は剣から迸った光の刃に飲み込まれ、塵のように粉砕されていった。

✢✢✢

 光が去って、あとに残ったのは形も成さないオークらの屍の山と、黒々と焼けた木々の残骸のみ。
 光りは闇に染まったものを焼く。魔の影響を受けた植物も例外ではない。
 しかし、今は黒く焼け落ち無惨な姿をさらしていても、一年と経たないうちに、青々とした草木が茂りだすだろう。清浄な地になる事が約束されていた。

「ふう…」

 これで終わりではない。
 しかし、一旦は引くことができるだろう。
 剣を鞘へ納めようとしたその時、前方の焼けた岩陰から、のそり、と闇が動いた。
 いや、正しくは闇を背負った生き物、だろうか。

 オークか…?

 現れたのはかなり巨漢のオーク。
 右腕は肩から欠損しているものの、筋骨隆々。左目のある場所には大きな切り傷があり、見えていないようだったが、意に介していない様子。
 体中に見受けられる傷跡が、そのオークに気迫を添えていた。

 これは──厄介そうだな。かなり。

 収めようとした剣を再び構え直す。ふと、どこか見覚えがある気がした。

「わざわざ、やられに来たのか?」

 スウェルは剣に再び光を迸らせた。しかし、オークはひるまない。それどころか、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
 その無骨な手には、大きな一振りの舶刀が握られていた。刃先はぎざぎざでドス黒く鈍い光を放つ。あんなもので斬りつけられれば、相当の傷を負う事になるだろう。

「お前が…スウェルか?」

「だったらなんと? お前こそ、オークの頭目か?」

 じりと間合いをとりながら、オークを睨む。すると、オークは不敵な笑みを浮かべ。

「そうだ。グルトンだ。数十年前、俺の親父おやじと弟はお前にやられた。それに俺もこの深手を負った…。これは復讐だ。──お前を生きては返さねぇ」

「ああ、思いだしたぞ…。十七前、最後に取り逃がした奴だ。あれだけの傷を負って生きていたのか? まさしく化け物だな。しかし、お蔭で多くの民が兵が犠牲になった…。その報いを受ける覚悟はあるか?」

「ふん。人など餌だ。エルフも同じ。お前こそ、俺の親父おやじや弟を殺した罪を償ってもらおう!」

 そうして手にした舶刀を振りかざしてきた。ブンと空気がうなる。それに合わせ、スウェルも身をひるがえすと、剣を構えた。

「お前に情けは必要ないな…! もとより、オークにかける情はないがっ」

 刃に光が宿る。
 鋭い切っ先をグルトンへと向けた。
 スウェルが剣を振りかざすと、閃光がグルトン目掛けて飛んでいく。周囲の灰と化した木々が飛び散り、地表が割れた。
 グルトンはそれで真っ二つになる──筈だったのだが。

「なんだ?」

 剣を構えたまま、スウェルは光が裂いた方向を見つめる。そこには無傷で立つグルトンの姿があった。
 胸もとには、見たこともない黒々とした石を配した首飾りを垂らしていた。
 真っ黒な石の中心に赤い焔が見える。それはシュウシュウと黒い気を放っていた。

「こいつに光は効かねぇ。全て吸い込んじまう。その力がなければ、お前などひとひねりだ! ひ弱なエルフめ!」

 石を胸もとで揺らしながら、ブンと舶刀をひらめかせ、飛びかかってくる。
 あれをまともに受ければかなりの衝撃だ。なんせ、体格差もある。力で押しきられてしまうだろう。

 光が──効かない?

 いや。グルトン当人には効かないはずがない。

 あの妙な石さえどうにかすれば──。

 再び、突き出された刃を避けると、ひらりと宙を舞った。

「このっ!」

 力はあるが、エルフほどの機敏さはない。
 避けるのは容易だが、それだけで逃げ切れるとは思わない。それに、こいつにはとどめを刺さねば、何時までも追ってくるだろう。そうなれば、被害がもっと拡大する。

 こいつには、ここで消えてもらわねばなるまい。

 スウェルは再び剣を構えなおすと、狙いをグルトンの首元に向けた。そこには件の石が光る。

 あれを断ち切る──。

 幾ら鋼のような身体でも、石を止める鎖はこの世のもの。切れないはずがない。首から切り離してしまえばお終いだ。

「はっ!」

 声を上げ、鎖目掛け全体重を剣に乗せ斬りつけた。

「うぐっ!」

 ガキン! といやな音がして、首筋に当たった剣は大きく跳ね返された。グルトンは後退し、そこへ片膝つく。

 なに? 

 すぐに飛びのき体勢を整える。

 奴の身体が弾いたというより、この感覚は──。

 スウェルはまだオークの胸もとにある石を睨みつけた。
 あの、石の力が弾いたに違いない。石から発せられる闇の力が、グルトンの身体を薄く膜のように覆っているのだ。

「くっ…! この、許さねぇ!」

 そこへ片膝をついたグルトンは再び身体を起こし、こちらに向かってくる。
 ぐわりと振られた切っ先が、スウェルの二の腕を掠めた。はじめてそこで血が飛び散る。

「っ…!」

 グルトンはそれを見てニヤリと笑んだ。

「おまえなど、寸刻みに切り刻んでやる…。この手に捕らえて、永遠に暗い牢獄に閉じ込め、苦痛を与えてやる。その気に入らない目もほじくり出し、耳も鼻も削いで、爪も一枚一枚、はぎ取ってやろう。皮膚も剥いでやってもいい…。しかし、殺しはしねぇ。気が狂ってもそのままだ」

「それは…。えらく歓迎されたものだな? だが、私とて君を許すことはできないのだよ。悪戯に命をもてあそぶオークはこの世に必要はない。…根絶やしにする」

 スッと剣を構えた。
 なんとしても、あの石をグルトンから取り上げねば、決着がつかない。

 光は効かない──か。

 だが、そうは言っても限界がないわけではないだろう。スウェルはこの剣を通して、光の力を召喚しているに過ぎない。底はないのだ。

 あの石がどれほどもつか、試してみる価値はある。

 ただ、その行為がスウェル自身にどれほど負荷をかけるかは分からなかった。器がもたなければ、先にこちらが倒れてしまう。
 しかし、今は賭けるしかなかった。

 早く終わらせて、タイドに告白するんだ。

 こんな、薄汚く極悪なオークごときにてこずっている場合じゃない。

「よし──。決まった」

 そうすると、スウェルは再び剣先を天へと向けた。グルトンは嗤う。

「どうせまた弾かれるぞ? やってみるがいいさ…。俺の目には苦痛にのたうち回るお前の姿が見える様だぜ」

 ニタニタ笑うグルトンを前に、スウェルはただ無になった。そうして、天から降りた光を剣を通して受け取る。

 滅する──!

 ドォン! と、空気を震わす光の柱が降り立った。この古い森をも飲み込んでいく。
 闇に蝕まれた木々は次々と形を失くしていった。

✢✢✢

「スウェル様…」

 ニテンスは思わず手を握り締めた。
 スウェルの邪魔をしない為、一旦引いた所に新たな敵が現れたらしい。
 だが、安易に近づけば、スウェルの光の刃の巻き添えになる。それに、スウェルも存分にその力をふるえないだろう。
 そう思い見守るしかなかったのだが。
 今までにないくらいの光の柱の出現に、ニテンスは心配を隠せなかった。皆も一様に驚き、スウェルの身を案じる。

 いったい何が起こっている?

 ニテンスは皆をもっと安全な場所へ退避させると、自身はいつでも駆けつけられるぎりぎりの場所に残った。
 光の柱は終わりを見せない。滝のごとくある一点に向けて注がれていく。

 こんなに力を解放して。スウェル様は無事なのか?

 すでに周囲にいたオークやゴブリン、魔狼らは一掃されていた。
 闇の者はこの光に耐えられないのだ。刃に裂かれたわけでもないのに、増していく光に悲鳴を上げ、霧散していった。
 それは遠く離れた王国セルサスの王都フンベルでも見ることができた。
 山脈の向こう、季節外れの雷の様な光がその空に現れたのだ。雷鳴のような轟音と共に。
 それを、タイドはベルノの部屋のテラスから目にした。
 ベルノに呼ばれその部屋で過ごしていたのだが、ふと、顔を上げた先、外に異変を感じ、直ぐに跳び出すと、山の向こうの空に光の迸りを見たのだ。

 スウェル?

 強い気配を感じた。
 嫌な汗が手に滲んでくる。体温はぐっと下がるよう。

「どうした? タイド」

 同じく後から部屋を出てテラスに来た王子ベルノは、タイドの見つめる方向に光を見た。白い光だった。

「あれは…?」

「スウェルが…」

 それ以上、何も口にできなかった。
 あの光のもとにスウェルがいる。あれを起こしたのはスウェル自身。危機が迫っているのだ。

 あんなに力を解放して。

 実際、タイドがその力を目にするのは初めての筈だったが、どこか記憶の片隅に残されている気がした。

 この気配。昔も感じたことがある…。

 鬼気迫る波動。何物も滅する力。深い怒りと悲しみと。

 スウェル。何があった?
 
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