森のエルフと養い子

マン太

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20.過去

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「俺─…。やっぱり行く」

 もう、耐えられなかった。不安の中で待つことは。

 なんとしても、スウェルの無事をこの目で確かめる。

 セルサスの兵と森のエルフの兵は数日前に出立していた。今から行った所で、到底間にあうとは思えないが、もうここでスウェルの帰りをじっと待つことは出来なかった。

「タイド! だめだ。君はここへ残るべきだ! ──いや、残らねばならない…」

 タイドが部屋を出ようとすると、ベルノが引き止めた。タイドはその言葉に、思わず足を止め振り返る。

「…どうして?」

 そこまで言い切るのか。

 振り返った先にあったベルノの表情には、沈痛な面持ちが浮かんでいた。スウェルに言いおかれた為だけとは思えない表情。
 ベルノは一つ息をついたあと、観念した様に。

「君は──王ネムスの息子だからだ」

「今、なんて…?」

 タイドは息を詰める様にしてベルノを見つめる。ベルノはどこか泣き出しそうな顔をすると。

「タイド。君は、私の…弟だ」

「……」

 余りに突然の告白に言葉をなくす。

「一番の証拠は腰に帯びているその短剣。私を救ってくれたものだ。あの時、まさかとは思ったが…。柄や鞘、刀身にも竜の紋がある。それはセルサス王国の紋章だ。君もそれとなく気付いていたのではないか?」

「あ…」

 いつか、エルフの里を訪れた使者ビーデのマントに縫い取られた紋章に、そう思った事はあった。けれど、その時はまさかと思っただけで終わらせていたのだ。

「父は…昔、遠征中に世話をしてくれた村の娘と懇意になった。別れの時、自分の子を身ごもった娘に、後日これを持って城を訪ねて来いと、王家伝来の短剣を託した…」

「そ、んな…。間違いだ…。俺は──捨てられて…」

 するとベルノは首を振り。

「そう。君は捨てられた…。しかし、それは追手から君を守るため」

「追手?」

「君の母上は父に会いに行くつもりは無かったらしい。だが、出産後、生活に苦しくなり仕方なく君の為に城を訪れた。しかし、父は不在だったそうだ。偶然、その存在を知った私の…今は亡き母、第一王妃が一方的に恨みを抱き、母子ともに亡き者にしようと、父に内密で刺客を放ったんだ」

 刺客──。

 ベルノは疲れた様な笑みを浮かべると。

「恥ずかしい話しだ…。嫉妬に狂った母からの追跡を逃れる為、君の母上は居所を転々と変えたが、とうとう逃げ切れないと悟ると、君をエルフの住む森の大樹へ置いて行ったのだ。当時住んでいた村では、大樹が人々を守ってくれると言い伝えがあったからだ。──この話しは、君の母を追った刺客が村人から聞き出したらしい…」

「……っ」

「その後、村は近隣の戦に乗じて焼き払われ、母上は刺客をひきつけるため自ら囮となって命を落とした…。刺客は森に君を探しに行ったが、大樹の根本にその姿は無かったそうだ」

「そ、んな…。嘘だ…。だって──」

「私も母がそのような所業をしたとはにわかに信じ難かった。母は私に対していつも優しかったからな…。だが、母が病で亡くなり、職を辞した年老いた侍女が、自身が亡くなる前、良心の呵責に耐え切れず、父と私に全て話してくれたのだ…。だが、こうして会えるとは思っていなかった…」

「今更…そんな事を言われたって…。どうしろと? 俺はただの、タイドだ! スウェルの養い子で、エルフの里で育った──。そんな過去はいらない!」

 そう言って部屋を出ようとしたタイドの行く手を、衛兵が現れ阻む。既に顔見知りになった者も幾人か混じっていた。皆、苦しげな表情を浮かべている。

「どうして? 行かせて! ベルノ!」

 ベルノを振り返るが。

「…だめなんだ。これは──」

 視線を落とすベルノ。その衛兵の向こう、もうひとり姿を現したものがいた。

「私の命だ。大事な息子を、危険な戦場になど行かせはしない。部屋で大人しくしているんだ。我が息子──タイド」

 王ネムス。黒い髪に新緑の瞳を持つ。威厳に満ちたその眼差しは、厳しくもあり悲しげでもあり。

 あ…。

 足の力が抜け、その場に崩れるように座り込む。

 スウェル。スウェル──。

 力の抜けた身体を衛兵に支えられ、両脇から抱えられるようにして立ち上がる。逃げ出そうにも、こうまで取り囲まれれば逃げ道はない。

「イヤだ…! 離せっ!」

 それでも、掴まれた際に抵抗を見せるが。

「お前は、もう養い子ではない。タイド・スプレンドーレ、セルサス王国の第二王子。それがお前の本当の姿だ」

「……!」

 その宣告にタイドは言葉を失う。

 俺は──。

「部屋に連れて行け。見張りは怠るな。逃せば家族、親族共々それ相応の処分がある。──心しておけ」

「は」

 それまで、タイドに同情的な素振りを見せていた兵の表情が引き締まる。

「イヤだ! お願いだからっ! 戻って来たら、何でも言う事を聞く…! だから、今はスウェルのもとに──!」

「お前が逃げ出せば、周囲の者が責任をとる事になる。──それでも、行くと言うか?」

「──っ!」

 タイドは何も言えず、その場に固まる。そのまま、半ば抱えられるようにして充てがわれた部屋に戻された。

 俺が──王の子?

 信じられない。そんな話し。

 部屋に連れて行かれ、扉を閉ざされると、タイドはそこへヘタリと座り込み、ただ呆然としていた。
 話しは合う。件の短剣もその証拠だ。
 確かにこれはセルサス王国の紋章。腰に帯びた短剣を見直せば、疑いようもなかった。
 
 でも。俺は──。

 スウェルの顔を思い浮かべる。

 俺は、スウェルと生きたい。

 王子の地位など要らない。ただの捨て子、エルフの養い子として、生きたい。

 それで十分だ。

 スウェルの傍にいられない人生など、考えられなかった。スウェルがいてこその自分で。王ネムスの命など、関係ない。

 この戦が終われば、俺はスウェルと二人、生きて行く。例え非難され、人々から認められなくとも──。

 タイドが決心を固めた所で、部屋を訪れたものがいた。

「失礼する…」

 開いた扉の向こう、涼やかな声に顔を上げれば、入ってきたのは。

「グリューエン様…」

 金糸を揺らしスウェルと同じ翡翠の瞳で見つめて来る、エルフの王、グリューエンの姿がそこにあった。

✢✢✢

 スウェルはありったけの力を、制限なく解放した。バカみたいにあふれ出てくるそれを止めることもせず。
 前に使った時は抑えていた。これが解放され過ぎれば、人々にも害をなすと分かっていたからだ。
 光は闇に染まったもののみ焼き尽くすが、光の柱だけならまだしも、刃となったそれは容易に人も切り裂く。

 しかし、今は手加減はいらない。

 敵が砕け散るまで永遠に開放すればいいのだ。
 光の渦は心地よかった。このまま、この光に飲まれて消滅してもいいと思えるほど。

 だが、俺にはタイドがいる──。

 飲み込まれるわけにはいかなかった。

 早く帰って、タイドに言うんだ。

 好きだと。この先もずっと一緒にいたいと。きっと、タイドはその答えを待っている。

 だから──。

『うぐっ!?』

 流石にグルトンも立ってはいられず、よろよろと数歩よろめいた後、片膝をつき、ついにはそこへ伏した。
 しかし、何としても石を手から離さない。首飾りを握り締め苦悶の表情を浮かべていた。それを離せば自分が斬り刻まれ、消滅すると分かっているからだ。

 往生際の悪い。

 スウェルはゆっくりと歩を進め、剣を掲げると、グルトンの首目掛けて振り下ろした。

「くっ…!」

『──!』

 グルトンの赤黒い体液が飛び散る。先とは違い、確かな手応えがあった。
 流石に今度という今度は、石もグルトンを守り切れなかったらしい。首から先が胴体と切り離される。
 オークは声を上げる間もないまま、一瞬にて消滅した。

 しかし──。

 石はそこに残った。

 こいつもやらないと、終わらない。

 鎖の切れたそれは、光の渦の中、地面に転がっていた。
 闇が封じ込められた石。いや、これはもしかしたら、魔とこの世を繋ぐものなのかもしれない。

 だが、ここまで光を吸い込めば──。

 既に中心にあった黒い焔は消えていた。力が弱まっているのだ。スウェルは狙いを定め、その石に目がけ剣を突き立てる。
 カツン! と、小さな音を立て、僅かなひびが入ったと思った瞬間、一気にそれが全体に廻り砕け散った。石は跡形もなく消え去る。
 散る瞬間、どこかで魔の叫びを聞いた気もした。

 さて、これで終わり──なのだが…。

 この光の収め方が分からない。
 すっかり解放され、幾らスウェルが収めようとしても収まらないのだ。

 これは──まずいな。

 流石のスウェルも冷や汗が額に浮かぶ。これ以上、解放し続ければ、やがて大地を覆い、人々を飲み込む。
 刃ではないから即、死には至らないが、流石にこれに晒され続ければ、消滅も免れないだろう。それに、スウェル自身も消えかねなかった。

 まずい。まずいぞ。

 剣自身も鞘に収めようにも、あまりに溢れた力に、収まりそうにない。

 いったい、どうすれば──。

 途方に暮れ、うろたえるスウェルの背後。

「スウェル様…! 失礼──」

 どこかで聞いた声がする。

 この声は──。

 次の瞬間、トンと首の後ろに衝撃を受け、気を失った。



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