森のエルフと養い子

マン太

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その後 ー遠い記憶ー

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 ニテンスは仲良く額を寄せ合う様にして、居間の窓辺から外の景色を眺めている二人を、背後から見つめる。
 お昼過ぎ、ゆったりとした時間が流れていた。
 スウェルはしっかりタイドの腰に腕を廻し、相変わらずのベッタリぶりだ。思いを隠す必要がないのだ。それは、そうもなるだろう。

『ニテンスは綺麗だな』

 窓辺に佇むのが好きだった彼の言葉だ。
 いつだったか、エルフの学校での授業が終わり、二人きりになった講堂で言われた言葉。
 ガランと静まり返った空間に、時折、鳥のさえずりが響く。そんな中で言われた。
 ニテンスは唐突な言葉に、頬を染めながらも、そんな事は無いと否定したが。
 彼は更にそれを否定して、褒め称えた。
 あの辺りで、確実に恋に落ちたのだと思う。

 日に焼けた所は、タイドによく似ている。

 スウェルの言葉に笑っている。屈託なく笑う姿も、彼を彷彿とさせた。

 よく笑い、よく食べ、よく遊ぶ。およそエルフらしからぬ人物で。
 ニテンスは当時に思いを馳せる。
 外へ出かけるのが好きで、度々遠乗りに誘われた。他にもたくさん気心の知れた友人はいただろうに、何故かいつもニテンスを誘う。
 一度、尋ねたことがあった。どうしていつも自分を誘うのか、と。
 すると、彼はニテンスが一番、気楽でいられるからと言った。自分を飾らず、そのままでいられるのだと。
 確かにニテンスは、彼がどんな振る舞いをしても、それが彼だと認めていたし、否定したり馬鹿にしたりすることはなかった。
 全てを受け入れていたのだ。

 人間の娘を好きになったと言われた時は──流石に驚いたが。

 あの時ばかりは、彼の思いを否定した。このまま彼女を愛しても、お互い不幸になるだけだ、と。
 彼は仮にもエルフの王子で。彼女は人間。過去の例にあるように、どちらかが自分を犠牲にしない限り、関係はいつか終わる。
 彼女がエルフの仲間となるのが一番だが、家族や今まで生きて来た環境、全てを捨てられるのか。
 また、彼もエルフの王子と言う身分、永遠に生きられる命を捨て、人として生きられるのか。

 きっと無理だ。

 ニテンスは反対した。彼の行動に初めて異を唱えたのだ。そこには嫉妬も多分に含まれていたのを否定はしない。
 彼は哀しく笑んだ。

『ニテンスでも、やっぱり、理解はしてくれないか…』

 彼の笑みに胸が痛んだが、どう考えても、幸せな未来は見えなかった。
 その後、彼は彼女と生きる為、エルフとしての生を捨て、人として生きる選択をする。
 それを聞いて、必死に彼を引き止め、絶対にしないと決めていた、彼への思いを告白した。
 
 キスまでせがんで。

 あの時はただ必死だった。彼と離れたくなくて、失いたくなくて。一緒にいたくて。
 しかし、どんなに必死になっても彼の思いを止めることは出来なかった。
 彼は言った。ニテンスの事は嫌いでは無いと。もし、彼女と出会う前だったなら、考えたかもしれないと──。
 けれど、彼女と出会ってしまった。だから、ニテンスとは一緒にいられないと言った。
 あの時のやるせなさは、今も強く覚えている。もっと早く思いを告白していれば、違う展開もあったかもしれないのに。
 ニテンスは窓辺の二人を見つめた。
 
 タイドとスウェルには、幸せになって欲しい。

 タイドがスウェルを好いていると知って、同じく、スウェルもタイドを心から好いていると知って。
 それなら、二人の思いを遂げさせたかった。あの時の自分の二の舞は避けたいと強く思い。
 時には厳しく接しもしたが、それはスウェルの気持ちを確かめる為。スウェルが自堕落な日々を送っていたのは事実で。
 その時の様な生半可な思いで、タイドと接して欲しくは無かった。
 
 それは私の杞憂でもあったが…。

 スウェルは真剣だった。
 だからこそ、危うい部分もあったが──全ては収まる所へ収まったのだ。
 これから先も、きっと二人は強い絆で結ばれ、離れる事は無いだろう。そんな二人を見守る事が、今の自分の務めだと思った。

 二人に私が必要ないとなれば、私も海を渡り彼の地へ向かう事になる。

 年を経たエルフが辿る道。海を渡った先には、また別の世界が広がる。こことは繋がらない、精霊だけが住む世界。
 
 そうなれば、二度とここへは戻れない。

 いや。渡る心境になると言うことは、この世界に未練が無くなった証拠。

 いつか、そんな日が私にも来るのだろうか…。

 と、タイドがふとこちらを振り返った。

「ニテンス! 来て。珍しい鳥が来ているんだ」

 嬉しそうに早く早くとニテンスを誘う。ニテンスは微かな笑みを口許に浮かべ、傍へ寄った。タイドはニテンスの腕を取って、枝の間を指し。

「あそこ。ほら、枝と枝の間──」

 枝の先には、青い羽根を持つ小柄な鳥がいた。長い尾羽根を小刻みに揺らしている。

「ああ、あれは…渡り鳥ですね。暖かくなると渡って来ます。子育て後、また北へ帰るでしょう」
 
 タイドのほわほわした赤茶の髪が頬をくすぐる。と、不意にタイドのニテンスの腕を掴む手に力が入った。

「タイド?」

「ニテンスは…何処にも、行かないよね?」

「……」

 落した声音。視線も鳥から外れ、地面を見つめている。自分が何者か、スウェルからそれとなく聞いたのかも知れない。
 スウェルはただ、黙ってそんなやり取りを見つめていた。
 ニテンスは今度はしっかりと笑むと。

「大丈夫です…。タイドがもういいと言わない限り、ご一緒させていただきます」

「そんなこと、言わない! ──ニテンスがいない毎日なんて、想像つかないよ…。ずっと、一緒にいて欲しい。嫌じゃなければ、だけど…」

 いつか、彼に言われた言葉とは真逆。

 欲しかった言葉を、ようやく『彼』から聞けた──。

 ニテンスはタイドの頬に触れると、視線を合わせ。

「先ほども言いました。タイドが必要ないと言わない限り、いつまでも傍にいましょう」

「ニテンス…」

「ああ、ほら──鳥が増えています。渡りの季節ですね」

「あ…、本当だ」

 つられる様に、ニテンスが示す方向に目を向けたタイドは、

「ニテンスが行く時は、俺達も一緒だから」

 一時、目を瞠ったあと、傍らのスウェルに目を向けた。スウェルも頷く。それから、鳥に目を向けるタイドを見つめ。

「ありがとうございます…」

 長い年月を経て、ようやく欲しいもの手に入れた瞬間だった。

「ニテンス。頼むから、その気を出さないでくれよ?」

 スウェルのからかい加減の、でも半ば本気の言葉に、笑みを浮かべるだけにとどめた。
 
「なに? 本気って…」

「タイドは気にしなくていい。こっちの話しだ」

 スウェルはタイドを抱き寄せ額にキスを落とす。スウェルからタイドを奪う気など更々ない。ただ、二人が幸せである様に願うだけ。
 ニテンスは同じく窓辺から、外の景色に目を向ける。緑の葉が揺れ、木々の間から日が射し込む。先ほどの渡り鳥が、また枝にとまった。

 ブロンテー。私はあなたの子孫を見守ると約束しました。しかし、あなたにした約束を、私はここで反故にします。
 この先、私はタイドとスウェルだけを見守り、共に生きます。
 
 あなたが与えてくれた思いを胸に、永遠に──。
 
「ニテンス! あそこに巣がある…。見て!」

 タイドがそう言って、またニテンスの腕を取った。その温もりが心から嬉しい。
 
「しばらく、成長が見られますね」

「うん! だね」

 こちらを見上げるタイドは、キラキラと輝いて見える。これからもこの笑顔を見続けることができるのだ。
 タイドがいて、スウェルがいて。その傍らに自分いる。
 長い間、望んだ未来が、そこにあった。
 渡り鳥が三人を祝福するように、ひと声美しいさえずりを響かせる。

 愛していました。ブロンテー。
 愛しています──。
 
 ニテンスは、傍らのタイドとスウェルに、そっと優しい眼差しを向けた。


ー了ー
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