月の光に

マン太

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プロローグ

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「ラーゴ団長、ここは危険です! 下がって下さい!」

 そう言って、部下のルボルが馬上のラーゴを庇うように、敵兵との間に立ち塞がった。兜に収まりきらなかった銀の髪が、月の光をうけてキラと輝く。
 正面から敵兵が雪崩れ込んでくる。あと少しで敵地城門が陥落するという所で、最後の抵抗にあったのだ。
 今、ラーゴとルボルが相対しているのは、隣国オスクロの兵。ふたりの属する大国クレーネー王国に戦いを挑んだ小国だった。
 もともと、不穏な噂の絶えない国だったが、前王が逝去し歳若い新王へ代替わりしたとたん、クレーネー王国へと攻め込んできたのだ。
 小国ではあったが、かなり年月をかけ、力をため込んでいたと見えて手こずる。
 それでも、こうして敵を自国まで追いやり籠城させ、門前まで攻め込むことができたのは、やはり大国のなせる技か。が、あと少し、というところでこの抵抗。
 ルボルとはラーゴが二十歳の成人を迎え、正式に騎士団入隊が決まって以来の仲だ。
 以後、気の置けない友人として、ラーゴが率いる青の騎士団の団長となってからも、つねに傍らにあった。
 貴族出身のラーゴに対し、二つ歳上のルボルは平民の出。しかも流民だった。
 通常なら反りが合わないだろうが、貴族然とはしてないラーゴに、気安いルボルは互いに気が合い、出会ったその日から意気投合し、酒場で盛り上がるほどの仲となった。
 ルボルは、瞳の色こそありがちな鳶色だが、珍しい白銀の髪を持つ青年で。濃い色の肌が異国を思わせた。聞けば北方の出だと言う。
 金髪碧眼のラーゴとはよく対比された。
 剣の腕はかなりのもので、二人で手合わせすれば、十回の内、ラーゴが勝てるのは二、三回まで。王国の中でも一、二を争うほどの剣の使い手だ。
 そのルボルが危機を知らせる。普段、焦ることのない彼が顔色を変えると言うことは、相当に切羽詰まっているのだ。
 確かに敵は少数ながらかなりの手練で、しかも、最後の抵抗と力を振り絞って突っ込んでくるのだから、たまったものではない。
 王の隊の前衛を務めるラーゴら青の騎士団を狙った所からも、せめて敵の王に一太刀と言うところか。

 ──させるものか!

 ラーゴは敵を討ち払いながら、

「大丈夫だ! あと少しで城門は落とせる! 俺たちが引けば、王の部隊にも影響が──」

 言い終わらないうちに、横合いの森から新手の一団が、鬨の声と共にドッと躍り出てきた。暗闇に月の光を受けた槍の穂先が光る。

「!」

 咄嗟に馬の手綱を引いたが、間に合わない。馬がいなないて前脚を蹴り上げた。
 馬が脚を下ろしたと同時、敵兵の手にした鋭くとがった槍の矛先が、胸元目がけ突っ込んで来る。
 その切っ先が手綱をかすめ、ぷつりと切れた。更に伸びたそれは過たず、ラーゴの心臓を狙う。

 ──これまでか──。

 ラーゴは避けられないと悟った。
 が、鋭い切っ先が胸元へ迫るその瞬間、鈍い打撃音と共に柄が断ち切られる。
 跳ね上がった矛先は、宙を舞ってどこぞへと飛んでいった。

「いけ! ここは俺が見る!」

 切っ先を断ち切ったのはルボルだ。部下と上官のそれではなく、口調がいつもの調子に戻っている。
 ルボルは槍を突き出した敵兵を一撃で叩き斬ると、そのまま、敵に背を向けたラーゴの乗る馬の尻を叩き、迫る敵とは逆方向に走らせた。

「ふざけるな! ルボル!」

 先ほどの攻撃で手綱は切れていた。馬の首へ必死にしがみつくばかりで、方向を転換しようにもその術がない。

「騎馬のものはラーゴ団長をお守りしろ! 徒歩かちのものは俺に続け!」

 後方に続く王の部隊は直ぐそこまで来ている。敵の勢いが治まれば、数も力もこちらが優勢だった。
 ここでルボル等が持ちこたえる事ができれば、追いついた後続の力で助けられる。

「すぐに兵を引き連れ戻る! ルボル! それまで持たせろ!」

「おう!」

 肩越し振り返って見た、見慣れた頼もしいルボルの背中。いつも通り、気合の入った声音。
 それが、長年連れ添った友人、無二の友ルボルの元気な姿を見た最期だった。



 それから後、半刻ほどでラーゴは王の軍を引き連れ戻ってきた。
 すでに強襲をかけて来た敵兵の姿はない。ルボルらの手によって蹴散らされたのだ。
 王の軍はそのまま、城壁を打ち壊し、城内へとなだれ込んでいく。
 力の差は歴然だった。あっという間にオスクロは陥落し、首謀者の新王は討ち取られた。
 ラーゴは戦が粗方収まると、すぐにルボルを探した。城門に至るまでの森や平原には累々と屍が折り重なり、敵も味方も分からぬほど。

「ルボル!」

 濃い血の匂い。
 部下と共に生存者を探しながら、旧知の友の姿を探す。

「……」

 どこかで自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
 ハッとして周囲を見回せば、森の裾、大木を背に足を投げ出し座り込む姿を見つけた。
 手に握られた剣の柄に見覚えがある。珍しい五色の紐が巻かれているからだ。ルボルの生まれた村の工芸品で、亡き妻が編んだのだと自慢気に見せてくれたものだ。
 まさかと駆け寄る。

「ルボル…!」

 正面に回ると、はたしてそれはベルノの変わり果てた姿だった。
 額からは血が流れ、守っていたはずの兜は飛んでなくなっていた。鎖帷子を幾つもの刺し傷が貫いている。矢の幾つかは刺さったまま。途中、柄が折れているのは自身で切り落としたからだろう。
 出血がひどかった。座った木の根元には血だまりができ、地面を黒く染めていた。

「ルボル……」

 ラーゴの問いかけに、微かに瞼が震え目を開けた。
 よくもったと言うべきだろう。彷徨う視線に合わせるように、ラーゴは片膝をつき身体をかがめる。
 ルボルはラーゴの姿を認めると、口元にわずかな笑みを浮かべ。

「……バ、カ。泣く、な…」

 ラーゴは眉を顰め、首を振ると。

「…しゃべるな。すぐに手当てさせる」

 手当など間に合わないと互いに分かっていた。それでも、それを認めたくないラーゴは、鎖帷子を外す為、手をかけるが。
 その手に、ひたりと血に濡れたルボルの手が重なる。

「……ラ、ゴ…。マレ、を──」

 そこまで口にして、すうっと深く息を吸ったあと、ベルノは視線を遠いどこかへ向け、ガクリと頭を落とした。血に濡れた白銀の髪が月夜に光る。

「っ…」

 ラーゴは顔を伏せ唇を噛みしめた。
 それまで、幾人もの仲間を、部下を上官を失ってきた。けれど、これほど辛く、堪えるものはなかった。



 この戦の前、ルベルと酒場で飲んだ時、ラーゴは託された。

「俺の一人息子、マレなんだが──」

「ああ、お前に似ず、随分賢く素直な子に育ったな? 亡き奥方に似たな?」

「……余計な一言だな? ──まあ、それは認めるけどな。…なあ、もし、俺に何かあったら、あいつを頼めるか?」

 ラーゴは口にしていた酒の入ったコップをテーブルに置くと。

「そう言うのはいただけんな。まるで最後の言葉だ」

「わかってるって。縁起でもないってな。けど、いつか言おうと思ってたんだ。あいつは、俺がいなくなれば誰も頼るもんがいなくなる。俺も妻も流民だ。親族は遠い異国。ほかに託せる奴がいないんだ…。頼まれてくれないか? 下働きで充分だ。成長すれば、どこかへ出してくれてかまわない。あいつはきっとどこでもやって行ける…。それまでは屋敷の片隅にでも置いてやってくれないか?」

「馬鹿を言うな。お前の息子をそんなぞんざいな扱いにできるか。家で預かるなら、息子同然に扱うさ。──しかし、そんな機会は金輪際ないだろうがな? お前がやられる姿なんて想像もできん。敵がその足元に累々と倒れ積み重なる姿はみえるがな」

 ルボルは肩をすくめて、酒に口をつけながら。

「俺だって人間だ。何が起こるかはわからんさ。──じゃあ、頼んだぞ?」

「もちろんだ。──だが、俺はお前とは白髪のジジイになっても、こうやって飲みたいんだ。……長生きしてくれ」

「ふん。俺は美しい女と一緒に飲みたいがな?」

「まったく。減らず口が。ま、お前ならそうだろうな?」

 そうして笑いあって、酒を酌み交わした。ほんの数週間前のこと。

 ──それが。

 目の前には表情をなくし、虚ろな入れ物となったルボルがいる。

「……ジジイになると、約束しただろう?」

 涙で視界がぼやけた。
 青い月の光が、二人を煌々と照らす。部下が呼びに来るまで、ラーゴはずっとその場に頭を垂れ佇んでいた。

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