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1.巣箱
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「父さん。あの巣箱、屋根が壊れているよ?」
マレは吹く北風にガタガタと音を立てる窓に張り付き、庭に目を向けた。窓に押し付けた鼻先が冷えて赤くなる。ガラスに霜がついた。
葉を落とし枝ばかりの寒々しい木の半ばに、野鳥の為の小さな巣箱が括りつけてある。
それはマレの指摘通り、風雪にさらされ、屋根が半分吹き飛んでいた。これでは外敵から丸見えだ。
この巣箱は、春先になるとやってくる渡り鳥の為に、父ルボルと共に作ったものだ。
ルボルが余った木の板で巣箱を作り、マレがクルミから取った油を塗りこんで。それを、ルボルが庭で一番大きく丈夫な木を選び、大人の身長くらいの高さに括りつけたのだ。
暖炉に薪をくべていたルボルは手を休めると、同じく窓辺に寄って、マレの肩に手を置くと窓の外にある木を見上げた。
「本当だ。あれじゃ、巣ごもりもできないなぁ。──よし。今日はちょうど非番だし、新しいのを作ろうか?」
「うん!」
マレは元気よく返事を返した。
その日の午後、早速、作業に取り掛かる。
ルボルの手によって、その辺に打ち捨てられていた木片が、あっという間に小さな巣箱となった。マレはその手元から目が離せなくなる。
ルボルはその手で作れないものなど何もなかった。
朝食の黄金色に輝くオムレツに、ミルク入りのふわふわスクランブルエッグ。まるく丸め、白く粉をふく丸パンに、クルミや干しブドウが入った、表面に砂糖がまぶされた甘いパン。
部屋の中央に置かれた大きな一枚板の食卓や丸いイス。マレの使う高さの調整できる勉強机も、それに合わせた背もたれのついたイスも。
なんでも作ってしまうのだ。マレから見れば、魔法使いか神さまかと言ったところ。
「どうだ。これでまた安心して巣ごもりできるな? 仕上げは頼んだ」
巣箱の出入口には、丁寧にノミで削った穴が開けてある。
「了解!」
マレは出来上がったそれに、前回と同じようにクルミ油をゴシゴシと塗り込む。
古びた布にクルミの実を入れたもので、しっかりとこすり擦り込むことで、木は腐りにくく防水にもなり丈夫になるのだ。
──うん。上出来、上出来。
ふうと一つ息をついて、額の汗を拭う。一仕事終えてふと顔を上げると、ルボルが優しい眼差しで見下ろしていた。
「よし。いい仕上がりだ。今日はもう遅いし、当分天気が悪い。晴れたらさっそく交換だ」
「うん。晴れたら、すぐね?」
「おう。すぐだ」
しかし、その数日後。
粉雪が舞う中、急な召集により、父ルボルは戦場へと旅立って行った。
去って行くルボルの背を、見えなくなるまで見送る。いつもの事だった。マレが物心ついてから、幾度となく繰り返されてきた風景。
ルボルはまるで、ちょっとそこの街まで出かけて来ると言った風に、気楽な様子で出て行く。そして、いつも無事に帰って来た。
『ただいま』
ニコニコ笑って、マレを抱き上げる。
今回もその一つ。そのはずだった。
✢
ルボルが戦場へ向かって数週間、晴れ渡ったその日。
──今日なら、巣箱をかけ替えるのにちょうどいいのにな。
うかうかしていると、渡り鳥が来てしまう。そう思いながら、窓枠に肘をつき、外に広がる景色を眺めていれば。
馬に乗った大柄な影が、家へと続く道の先に見えた。鎧を身に着けているが、肩にこぼれる金色の髪に確信する。父の友人ラーゴだ。
家の前まで来ると馬を降り、いつもの様に手近な木へ手綱を結ぶと、兜を小脇に抱えてやって来る。
その日は隣家に住む老婆が様子を見に来てくれていた。ラーゴは出迎えた老婆と何事か言葉を交わしたあと、こちらに向き直る。
ラーゴは戦場から直接こちらへ向かったのか、鎧の至るところに赤黒い血がこびりつき汚れたまま。兜を取った顔もげっそりとやつれて見える。
よく父のもとにやってきては、酒を酌み交わし騒いでいた陽気な姿は、そこにはなかった。
ラーゴは手にした五色の紐をマレに手渡すと、幼いマレにルボルの死を告げた。
その紐はルボルのものだ。母エクラが編んだ組紐で、お守り代わりに剣の柄に結んでいたのだ。
ルボルの剣は棺と一緒に納めるため、片身代わりにと、紐だけ解いて持ってきたのだと言う。
──ああ、父さんだ。
そう思った。手にしたとき、父が帰って来たのを感じたからだ。
その後、ラーゴは老婆と何事か話し合い、まだ父の死をよく理解できず、所在なげに丸イスに座ったマレに向かって微笑むと、
「一緒に行こう」
そう言って手を差し伸べてきた。それがラクテウス家での生活の始まりだった。
マレは吹く北風にガタガタと音を立てる窓に張り付き、庭に目を向けた。窓に押し付けた鼻先が冷えて赤くなる。ガラスに霜がついた。
葉を落とし枝ばかりの寒々しい木の半ばに、野鳥の為の小さな巣箱が括りつけてある。
それはマレの指摘通り、風雪にさらされ、屋根が半分吹き飛んでいた。これでは外敵から丸見えだ。
この巣箱は、春先になるとやってくる渡り鳥の為に、父ルボルと共に作ったものだ。
ルボルが余った木の板で巣箱を作り、マレがクルミから取った油を塗りこんで。それを、ルボルが庭で一番大きく丈夫な木を選び、大人の身長くらいの高さに括りつけたのだ。
暖炉に薪をくべていたルボルは手を休めると、同じく窓辺に寄って、マレの肩に手を置くと窓の外にある木を見上げた。
「本当だ。あれじゃ、巣ごもりもできないなぁ。──よし。今日はちょうど非番だし、新しいのを作ろうか?」
「うん!」
マレは元気よく返事を返した。
その日の午後、早速、作業に取り掛かる。
ルボルの手によって、その辺に打ち捨てられていた木片が、あっという間に小さな巣箱となった。マレはその手元から目が離せなくなる。
ルボルはその手で作れないものなど何もなかった。
朝食の黄金色に輝くオムレツに、ミルク入りのふわふわスクランブルエッグ。まるく丸め、白く粉をふく丸パンに、クルミや干しブドウが入った、表面に砂糖がまぶされた甘いパン。
部屋の中央に置かれた大きな一枚板の食卓や丸いイス。マレの使う高さの調整できる勉強机も、それに合わせた背もたれのついたイスも。
なんでも作ってしまうのだ。マレから見れば、魔法使いか神さまかと言ったところ。
「どうだ。これでまた安心して巣ごもりできるな? 仕上げは頼んだ」
巣箱の出入口には、丁寧にノミで削った穴が開けてある。
「了解!」
マレは出来上がったそれに、前回と同じようにクルミ油をゴシゴシと塗り込む。
古びた布にクルミの実を入れたもので、しっかりとこすり擦り込むことで、木は腐りにくく防水にもなり丈夫になるのだ。
──うん。上出来、上出来。
ふうと一つ息をついて、額の汗を拭う。一仕事終えてふと顔を上げると、ルボルが優しい眼差しで見下ろしていた。
「よし。いい仕上がりだ。今日はもう遅いし、当分天気が悪い。晴れたらさっそく交換だ」
「うん。晴れたら、すぐね?」
「おう。すぐだ」
しかし、その数日後。
粉雪が舞う中、急な召集により、父ルボルは戦場へと旅立って行った。
去って行くルボルの背を、見えなくなるまで見送る。いつもの事だった。マレが物心ついてから、幾度となく繰り返されてきた風景。
ルボルはまるで、ちょっとそこの街まで出かけて来ると言った風に、気楽な様子で出て行く。そして、いつも無事に帰って来た。
『ただいま』
ニコニコ笑って、マレを抱き上げる。
今回もその一つ。そのはずだった。
✢
ルボルが戦場へ向かって数週間、晴れ渡ったその日。
──今日なら、巣箱をかけ替えるのにちょうどいいのにな。
うかうかしていると、渡り鳥が来てしまう。そう思いながら、窓枠に肘をつき、外に広がる景色を眺めていれば。
馬に乗った大柄な影が、家へと続く道の先に見えた。鎧を身に着けているが、肩にこぼれる金色の髪に確信する。父の友人ラーゴだ。
家の前まで来ると馬を降り、いつもの様に手近な木へ手綱を結ぶと、兜を小脇に抱えてやって来る。
その日は隣家に住む老婆が様子を見に来てくれていた。ラーゴは出迎えた老婆と何事か言葉を交わしたあと、こちらに向き直る。
ラーゴは戦場から直接こちらへ向かったのか、鎧の至るところに赤黒い血がこびりつき汚れたまま。兜を取った顔もげっそりとやつれて見える。
よく父のもとにやってきては、酒を酌み交わし騒いでいた陽気な姿は、そこにはなかった。
ラーゴは手にした五色の紐をマレに手渡すと、幼いマレにルボルの死を告げた。
その紐はルボルのものだ。母エクラが編んだ組紐で、お守り代わりに剣の柄に結んでいたのだ。
ルボルの剣は棺と一緒に納めるため、片身代わりにと、紐だけ解いて持ってきたのだと言う。
──ああ、父さんだ。
そう思った。手にしたとき、父が帰って来たのを感じたからだ。
その後、ラーゴは老婆と何事か話し合い、まだ父の死をよく理解できず、所在なげに丸イスに座ったマレに向かって微笑むと、
「一緒に行こう」
そう言って手を差し伸べてきた。それがラクテウス家での生活の始まりだった。
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