月の光に

マン太

文字の大きさ
13 / 45

11.闇

しおりを挟む
 サイアンは騎士団としての勤務が始まり。
 ラーゴより、かなり早めに屋敷を出ていき、帰りはラーゴより遅くなる。もっぱら雑用が主な仕事だと話してくれた。
 巡回前の準備、剣や槍、その他道具の手入れ。馬に関してもそうだった。馬具やその他必要なものを手入れし、いつでも出発出来るよう準備を整える。
 皆が共有するものの整備、準備に関しては、一切、新入団員の仕事だった。
 階級が上がれば、専属に人をつけたり、武具も専用となる為、自身で手入れする者が多くなる。ラーゴも武具は自身で手入れしていたし、馬は専属の厩番がいた。

「大変だね…」

 日もすっかり落ちた頃、帰宅したサイアンを出迎える。ラーゴはすでに帰宅し、夕食まで書斎にいた。
 マレはサイアンが脱いだローブを受け取る。本来、これは従者の仕事なのだが、サイアンはそれを持たない。マレにその役を頼んでいたのだ。
 従者になるものは、主と近い距離になる。そんな存在になれるのは、マレひとりで充分だとラーゴに言ったからだ。
 マレもそれを望んだ。昔よりぐんと一緒にいられる時間が減ったせいで、少しでもサイアンの傍にいたかったのだ。
 他の誰かをサイアンとの間に置きたくない、というのも理由の一つかもしれない。
 ちなみに、この屋敷の使用人は、執事一人に下僕が三人。ラーゴの従者。あとは料理人にキッチンメイド、ハウスメイドが数名。厩と庭番を務めるものがひとり。
 屋敷は広いが使っている部屋は少ない。貴族にしては、かなり少ない使用人の数だが、ラーゴは過ぎる贅沢は嫌う。これで丁度いいらしい。

「それでも楽しいよ。それに、疲れて帰っても、マレに会える…。寮にいたときはそうはいかなかったからね」

 サイアンの腕がマレの腰に廻り、抱えられるようにして一緒に上階のサイアンの自室に向かう。夕食前に着替えて、身なりを整える必要があったからだ。
 すでに湯あみの支度も整えてあった。浴室には湯船にたっぷりと湯が張られ、上がった時用に湯も沸かし終えている。
 これも、本来メイドの仕事なのだが、マレが買ってでていた。とにかく、傍にいる限りはサイアンの為になにかしたいのだ。

「僕…役に立ててる?」

 ローブ片手に廊下を歩きながら、傍らのサイアンを見上げる。

「もちろん。マレが傍にいてくれるだけで癒されるし、力が湧いてくる。それに、いつも僕を気にかけてくれるからね。──そうそう。水筒に入れてくれる紅茶。あれがとても良く効くよ」

「あれは、薬草が入っているから…。それだけだと強すぎるから茶葉と混ぜているんだ。強すぎたら言ってね? 調整するから」

「ううん。あれで丁度いい。疲れた時に飲むと身体が軽くなる気がする…。そう言う薬効なの?」

「うん! 疲れがよく取れるように、血行が良くなったり、気分がすっきりするような薬草が入っているんだ。サイアン専用だよ」

 胸を張ってそう言えば。

「ありがとう。──マレ」

 部屋の扉を開け中に入りながら、マレの額にキスを落とすと、ようやく手を放し、着衣を脱ぎだす。
 マレはキスされた額を意識しつつ、着替えに手をかしながら、シャツを脱いで露になった背中に目を向けた。
 白いシミ一つない背中には、均整の取れた筋肉が無駄なくついている。幼い頃とは違って、いつのまにかすっかり大人の身体つきになっていた。

「サイアン。随分、引き締まったね? なんだか、すっかり大人だ…」

 サイアンはマレの七つも上だ。大人になって当たり前だと言うのに、どこか置いて行かれるような心地になる。
 マレはいまだに身体の線も細く、筋肉のつきも良くない。鍛えていないが、これでも畑に出て身体は動かしている。それなりに成長をみせてはいるはずなのだが。
 すると肩越しに振り返ったサイアンは。

「マレはそのままでいい。──そのまま健やかに成長して、早く僕だけのマレになって欲しい…」

「サイアン…」

 マレから手渡されたガウンを羽織ったサイアンは、そのままマレを引き寄せ抱き締める。

「あと四年。…待ち遠しいな」

「うん…」

 抱きしめられた胸もとから、普段より近くサイアンの熱を感じる。鼓動が早くなって、自分もサイアンを求めているのだと感じた。



 あの件以降、第四王子リーマはなにもしてこなかった。
 あらゆる手立てで対抗しようとしていたラーゴは肩透かしを食らうが。
 諦めたとは思えない。少し調べれば、サイアンがマレを溺愛していることは分かるはず。そうなれば、なにか嫌がらせをされないとも限らない。
 用心を怠らず、サイアンはマレをなるべく王宮には近づけないようにした。王宮で開かれる家族同伴の催しでも、ことごとくマレを出席させなかった。

 その夜。王宮にて、王女の誕生日会が開かれた。
 王には四人の王子の他に、第二、第三王妃が産んだ娘がそれぞれ二人ずついた。そのうち第三王妃の産んだ一番下の娘だ。
 まだ、七つになるかならないか。会の中盤では流石に飽きたらしく、一つ上の壇上にすえられた椅子の上で足をブラブラさせている。
 もちろん、王にはじまり、王子全てが参加していた。そこには第四王子リーマの姿もある。
 会には騎士団団長らと、その家族も呼ばれた。けれど、マレは体調不良を理由に連れてはこなかった。できるだけ、リーマの視界に入れたくない。
 サイアンはそれとなく、リーマの様子を伺いつつ歓談していたが、これと言って行動が移されることはなく。深夜近くなり、そろそろ会もお開きという所で。
 緊張を強いられた会もこれで終わる。ひと息いれるため、サイアンはすっかり闇に包まれるテラスへひとり出た。
 壁際に置かれた、燭台のロウソクの炎が微かに揺れる。空はあいにく薄曇りらしく、星は見ることができなかった。そうなると、辺りは闇ばかり。月も雲に隠されている。
 見渡しても、暗闇に森が広がるばかり。風もやんで、むっとした湿気が辺りを包み込んでいた。晴れぬ気分に、すぐ戻ろうとすれば。

「サイアン・ラクテウス…」

 静かだが、冷たい響きのする声音に呼び止められた。
 振り返ると暗闇から何かが進み出てくる。黒を基調とした衣装を身に着けている為、まるで、闇そのものが動いたかに見えた。
 濡れ羽色の髪、病的なほど白い肌。氷のような青い瞳。

「…リーマ王子」

 そう口にして、かるく頭を垂れた。視線は外す。すると、リーマはくすと笑ったようで。

「──こうして見ると、やはり美しいな…」

 足音が近づいてくる。コツコツと。その音が近づくごとに警戒心が増した。そうして、ひたと靴音が止まり。

「面をあげよ。──許す」

「…は」

 それでも、直視はせず、やや胸元辺りに視線をむけると。

「おくゆかしいな…。だが、そこにあるのは警戒だけだろう?」

「……」

 見透かす言葉に、サイアンは答えない。リーマは自身が人に対して何を抱かせるか、分かっているのだ。

「いいさ。それも仕方ない。…私は一度欲しいと思ったものを諦めるつもりはない。──だが、この年齢故、できることは限られている。そなたを手元に置きたいと父に申し出ても、早々、許しはでない…」

「わたくしに、その任はつとまりません」

「それは私が決める」

 きっぱり言い切ると、手にしていたセンスが顎に触れた。仕方なく顔をあげる。
 そこでリーマと目があった。凍る様に冷たい視線。感情をそこに読み取ることはできない。

「…美しい。あんな下賤なものにやるのは惜しい」

 下賤。それが誰をさすのか知って、サイアンの瞳に炎が灯る。
 が、ここで怒っては相手の手の平に乗ることになる。サイアンは心の中で大きく息を吐き出すと。

「──私が彼を欲しているのです。彼に見合う人間になれるよう、ここまで精進してきたつもりです」

 すると、それまで顎に当てていたセンスを外し、パチンと鳴らすと。

「ふん…。見る目はないようだな」

 面白くなさそうに口にした後、

「それも、いつか改めさせる。──待っていろ」

 それだけ言い残すと、サイアンの返答は待たず、側近とともに、また闇の中へ消えていった。
 去った後、サイアンは重いため息をついた。どうやら、しっかりと目をつけられてしまったようだ。

 ──この容姿を変えられるなら、変えてしまいたいものだが。

 今更、不出来な騎士の振りもできない。また、マレの為にも不誠実な真似はできなかった。だが、このままではリーマの関心を惹くばかり。

 ──どうしたものか。

 ラーゴは力の限り盾となってくれるだろうが、やはり団長ともなれば、王命には背けない。その命が下れば受けるしかないだろう。逃げ道はない。
 サイアンは知らぬうちに拳を握り締めていた。

 ──王子と言うだけで、何もかも許されると言うのか。

 憤りを禁じ得なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...