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22.夢
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そのあと、また意識を失って。
次に気が付いた時には、屋敷のベッドに寝かされていた。
見覚えのある寝室。だが、それはマレの借りていた部屋ではない。
華やかな唐草模様の彫刻の施された天蓋、薄いカーテンには細かい刺繍が施されている。それは、リーマの世話をするときに目にしていたものだ。
──どうして、ここにいるんだろう…。
ここへ寝かされる理由が分からない。ここで眠れるのは主だけ。マレのはずがない。
と、目を覚ました気配に気づいたのか、控えていた看護師が声をかけてきた。
「お目覚めですか?」
「…は、い」
そこで、あれ? と思う。出した声が思っていたよりも低い。水を飲んで咳き込んだせいで枯れたのだろうか。それにしては喉に痛みがない。
「すぐに医師をお呼びします…」
看護師は別室へと医師を呼びに向かった。
おかしい。何かが腑に落ちない。そうだ。意識を失う前。おかしな事を耳にした。
(あと、数日後には…帰るはずだったのに…。マレ…)
──マレは僕なのに。
と、にわかに部屋の外がにぎやかになり、慌ただしく医師が入室してきた。
「リーマ様、具合はいかがですか?」
白髪の医師が鼻眼鏡ごしに、そう言って顔を覗き込んでくる。
──なぜ、リーマと呼ぶのだろう。
そう思いながらも、問いかけに答える。
「…少し、身体が重いくらいで、あとは…。──その、なぜリーマと?」
すると、医師は片眉を上げて驚いた表情を見せたあと、同じく入室した執事に目を向けた。
すると、執事はそれに軽く首を振って見せた後、こちらに向け柔らかな笑みを浮かべ。
「あなたはリーマ様です。…先生、少しお記憶が?」
「……そのようですな。診察して、身体に異常がなければ、当分横になっていた方がいい。時間が経てば混乱した記憶も、ただされるでしょう…」
──混乱? って、だって。僕はマレだ。間違い様がない。
本人がそう思うのだ。幾ら時間が経ったところで、変わるはずもないと言うのに。
「そうです、リーマ様はどうなったのですか?」
すると、執事は諭すような顔つきになって。
「リーマ様はあなた様です。…マレについてお尋ねなら、お答えします。彼は──亡くなりました…」
そう言った執事の表情に影がさす。
「亡くなった? だって、マレは僕だ。僕は生きてる! なのにどうして? 亡くなったのは、リーマ様では?」
わけが分からなかった。
「『マレ』は足に岩を挟まれ、溺れたようです。リーマ様がなんとか助け出したようですが…。そのあと、リーマ様もマレと共に流され。リーマ様は助けられましたが、マレは……。残念です」
「そんな……」
執事の言葉に絶句する。
するとそれまで聴診器を胸に当て、診察をしていた医師はそれをしまい、改めて執事をみると。
「…やはり、混乱されておられるようですな。これ以上は興奮させない方がよろしいでしょう。お話しは、またあとがよろしいかと…。睡眠薬をご用意いたしますので、眠れないようでしたらそれを。今は安静にするのが一番ですな」
「わかりました…」
執事は頷き、退出する医師の後に続いた。
「……信じられない」
──どうして、僕がリーマだと?
起きている事態を飲み込めず、ただ混乱するばかりで。
すると、控えていた侍女が、
「お休みください…」
そう言って上掛けをかけようとしてくるが、マレはそれを手で制し。
「…そこに、手鏡は?」
「ございますが…」
いつもベッドわきの棚にそれは置かれていた。美しい銀細工のついた手鏡。
「とってもらえるかな…?」
「はい…。でも、それが済んだらお休みを」
「…わかったよ。──鏡を」
侍女は仕方ないと言った具合に、棚に置かれていた鏡を手に取り、こちらに差し出してきた。それを震える手で受け取る。美しい銀細工のそれを表に返せば──。
「…うそ…」
鏡の向こうに映る顔を見つめ、凝視した後、それを思わず伏せた。
鏡に映っていたのは──。
濡れ羽色の黒髪に、氷のように冷えたアイスブルーの瞳。
口元を手で押さえる。信じられない状況を理解しようとするが、無理だった。理解したくとも、理解できない。したくない。
なぜ、こんなことが起きているのか。これは夢だろうか? 溺れて意識を失くしている自分が見ている夢。
──けれど──。
怖くなって、それ以上、鏡を見ることができなかった。
「リーマ様、御鏡をお預かりいたします。さあ、お休みを…」
そう言って、侍女がベッドの上に落とされ伏せられた鏡を持っていく。
周囲の者は、自分を『リーマ』だと言う。でも、自分はマレだ。
言われるまま、ベッドに横になるが、形ばかりで寝ることなどできず。次に人の気配がするまで、ずっと起きていた。
✢
その後、しばらくして執事に話を聞くと、ことの次第が知れた。
どうやら、この屋敷で最近雇った下僕が、リーマを敵視する者たちと通じていたらしい。
下僕の様子を怪しんだリーマが捕らえて詰問すると、リーマごと橋を爆破し亡き者にしようと計画しているというのだ。
しかし、リーマの代わりに馬車に乗ったのはマレで。
マレの家までの道は城へ行く道と重なる。爆薬を仕掛けた橋も当然通ることとなった。
すでに計画は実行に移されており、馬車に乗って出たのがマレだと知った下僕は、慌てて連絡に走ろうとしたが、そこを捕らえられ。今からではきっと間に合わないだろうと口にした。
それを聞き、リーマは自身で馬を駆ってマレを追いかけたのだ。
馬車の方が速度は遅い。一か八かで追いかけ、橋を渡りかけた所に間に合ったらしいのだが、そのまま爆破に巻き込まれ。
川に馬車ごと落ち、二人とも溺れたのだと言う。
すぐに無事だった御者や近くにいた村人に助け出されたが、マレは死亡し、リーマはかろうじて息を吹き返した。
マレはやはり、岩場に足を挟まれたのが良くなかったらしい。
「…それで、『マレ』は?」
今の状況を理解できないが、周囲にそれをいくら訴えた所で通じるはずもない。外見上は自分は『リーマ』なのだから。
執事は声音に落胆をにじませながら。
「ラクテウス家が喪主となり、明日、葬儀がとり行われます。式はいかがなされますか? まだ、お身体の加減がよろしくないかと思われますが…」
執事は行かせたくはないらしい。けれど。
「……行くよ。準備を」
「しかし──」
「大丈夫。…どうしても、会いたいんだ」
「…わかりました」
そうして、執事は下がった。
会った所で、サイアンに分かるはずがない。姿はリーマなのだ。
しかも、リーマの所為でマレが命を落としたと言ってもいい。サイアンにとって憎い仇だ。そんな途方もない話しを信じるはずもない。
──それでも、僕は生きている。
例えこの姿になったとしても、サイアンに会いたかった。マレが死んだ事で、どれほど悲嘆にうちひしがれているか。
それを思うと胸を突かれるように痛んだ。もし、逆の立場であれば、マレは立ち直れないだろう。
──サイアン。どうしても、ひと目会いたいんだ。
✢
そうして、当日。
教会で葬儀が行われた。参列者は近親者のみ。マレと生前、親しかったものたちだけだった。
リーマは出席を望んだが、ラクテウス家からは丁寧に断りの連絡を受けた。身内だけで静かに送りたいから、そう伝えられ。
しかし、どうしてもサイアンに会いたかったマレは、少し離れた場所に馬車を待たせ、引き留める従者を後にひとり徒歩で向かった。ひと目見て、帰るつもりだった。
教会の入口の木戸を押すと、丁度、司祭の言葉が終わり、皆がお別れを告げている最中だった。あとは運び出し地中に埋めるだけ。
やや上段に据えられた壇上に、棺が置かれ、そこに伏すようにしてサイアンが片膝をついていた。周囲からも嗚咽が漏れる。
──サイアン。
美しい金糸は乱れ、顔色は健康からはほど遠い蒼白さを示していて。遠目からもやつれたのが見て取れる。
今にも走り出して、僕はここにいるのだと叫びたかったが。
「…リーマ様」
一番後ろに座っていたものが、扉が開いたの気付き、ふりかえった所で、その主をみて僅かに声をもらした。
見つかってしまった。どうしようかと戸惑っていれば。
「──リーマ…?」
棺に伏していたサイアンが顔を上げた。
姿をみとめるや否や、その表情が一変し、険しいものとなる。
ふらりと棺から立ち上がり、コツコツと靴音を立てながら、石畳の敷かれた寺院の通路をこちらに向かってきた。
周囲の者が不安げな視線を送る。そして、その手がゆっくりと腰に帯びた剣にかけられた。
「サイアン!」
気付いたラーゴが声を荒げ、あとを追った。
「貴様──! よくも──! お前のせいで、マレは! マレは…っ。──ここで、叩き斬ってやるっ!」
すらりと鞘から引き抜かれた刃は、ためらいなく、驚きその場から動けなくなったマレに向けられた。
振りかざされた剣の先を見つめる。刃のきらめきが美しくもあり、悲しくもあり。
──サイアン……。
涙があふれた。
──僕は、ここにいるのに。
避けなければ殺られる。けれど、そんな事も忘れて、ただ呆然とそれが振り下ろされる様を見つめていた。
しかし、振りかぶられたそれは、ガン! と音を叩て、動けなくなったマレの肩を掠め、その横に落とされた。石畳にぶつかり火花が散る。
「やめるんだ! サイアン! そんなことをしても、マレは帰らん!」
背後からラーゴが羽交い絞めにしていた。そのおかげで間一髪、逸れたのだ。
後を従者や葬儀に参加した隊員が続き、サイアンを押さえる。そのまま、ラーゴはこちらに目を向け。
「リーマ様、今は帰ってください。──お願いします!」
「逃げるな! お前を生かしてはおかない! おまえがっ! おまえが、マレを殺した…っ!」
サイアンはひきとめられながらも、尚もこちらに食ってかかろうとする。
「……っ」
石のようにそこへ固まっていたマレを、追いついた従者が引き戻し、教会を後にした。
そのまま馬車に乗せられ、屋敷へと帰ったが、その後の記憶がない。何か言われても耳に入って来なかった。
気が付けば寝室で寝かされていて。サイアンの言葉とあの目が忘れられない。
荒げられた声音、見たことのないこちらを断罪する鋭い眼差し。愛するものを奪われれば、皆そうなるだろう。
──愛するもの。
そう、このリーマはマレが命を失うきっかけとなった。恨まれて当然だ。
この屋敷に、リーマに仕えなければ、こんな事態にはならなかった。今も、サイアンとラーゴらに囲まれ、日々を楽しく平和に、幸せにつつまれ過ごしていたに違いない。
──なのに。
それを、リーマが奪った。
──でも、サイアン。僕はここにいるんだ。
声にならない叫び。
しかし、この姿で幾ら訴えた所で、誰も信じないだろう。それを証明してくれるものなど何もないのだから。
✢
その夜、夢を見た。
明け方近かったのかもしれない。目覚めた時に朝だと知れたからだ。
夢の中で、マレは淡く白い光に包まれた場所にいた。どこをみても真っ白。まるで濃い霧の中のようだ。手を伸ばすと、その指先が見えなくなってしまう。
暫くそんな中を進むと、視線の先に蹲る影を見つけた。
──あれは。
蹲るのはまるで赤子のように丸く身体を縮めた人だった。白い着衣を身につけ眠っている。その姿に見覚えがある。
黒い髪に、透き通るほど白い肌。
「……リーマ様?」
目を閉じたままピクリともしない。深く眠りについていた。
その傍らに膝をつき軽く肩に触れ揺さぶった。──起きない。
それならと、もう少し強くゆすってみたが──やはり、目覚めなかった。
『起きたくないんだ』
──え?
背後から唐突に聞こえた声に振り返れば、そこにリーマが立っていた。
まるでヴェールでも被っているように、色が薄く今にも消え入りそうだ。マレと同じように眠る自身を傍らで見下ろしている。
『もう…。ここで眠りにつきたい。あとは──君に任せる…』
何を言っているのだろう。訝しく思い首をかしげるが。
『君は生きたいと願った。そして私は、君に生きろと願った…。私は人生を終わらせたかったんだ。──未練はない。あとは好きにするといい…』
「どこへいくのですか?」
リーマは薄く笑うと。
『命が尽きるまで、ここで眠る。それだけだ。君は私の分まで生きてくれ…』
「でも! 生き残ったのはあなただ! 僕は──」
すると、リーマがそっとその白い指先をマレの唇に押し当てた。ひんやりとした感触が唇に伝わる。
『生は存外、短いものだ。マレ、よく聞け。これからどんなに辛くとも最後まで生き抜け。お前のしたいように生きろ。君なら道を間違えないだろう。勝手を言ってすまない。だが、それで、私も安心して眠りにつける…』
「リーマ様!」
『最後に君に会えて、良かった──』
それだけ言うと、あとはすうっと白い光に溶けて消えていった。
「待ってください! リーマ様!」
真っ白な空間に手を伸ばしても、それは空を掴むばかりで。
振り返って、足元に蹲る人影を見下ろした。それもまたリーマのはずだった。
「リーマ様! 起きてください! リーマ様!」
必死にその身体を揺すって起こそうとするが、ピクとも動かない。そうしているうちに目覚めた。
気が付けば、頬に涙が伝っている。
ぼやける視界に映るのは、美しい装飾の施された天蓋。刺繍の施されたカーテン。否が応でも、現実をつきつけられた。
──僕はリーマなのだと。
次に気が付いた時には、屋敷のベッドに寝かされていた。
見覚えのある寝室。だが、それはマレの借りていた部屋ではない。
華やかな唐草模様の彫刻の施された天蓋、薄いカーテンには細かい刺繍が施されている。それは、リーマの世話をするときに目にしていたものだ。
──どうして、ここにいるんだろう…。
ここへ寝かされる理由が分からない。ここで眠れるのは主だけ。マレのはずがない。
と、目を覚ました気配に気づいたのか、控えていた看護師が声をかけてきた。
「お目覚めですか?」
「…は、い」
そこで、あれ? と思う。出した声が思っていたよりも低い。水を飲んで咳き込んだせいで枯れたのだろうか。それにしては喉に痛みがない。
「すぐに医師をお呼びします…」
看護師は別室へと医師を呼びに向かった。
おかしい。何かが腑に落ちない。そうだ。意識を失う前。おかしな事を耳にした。
(あと、数日後には…帰るはずだったのに…。マレ…)
──マレは僕なのに。
と、にわかに部屋の外がにぎやかになり、慌ただしく医師が入室してきた。
「リーマ様、具合はいかがですか?」
白髪の医師が鼻眼鏡ごしに、そう言って顔を覗き込んでくる。
──なぜ、リーマと呼ぶのだろう。
そう思いながらも、問いかけに答える。
「…少し、身体が重いくらいで、あとは…。──その、なぜリーマと?」
すると、医師は片眉を上げて驚いた表情を見せたあと、同じく入室した執事に目を向けた。
すると、執事はそれに軽く首を振って見せた後、こちらに向け柔らかな笑みを浮かべ。
「あなたはリーマ様です。…先生、少しお記憶が?」
「……そのようですな。診察して、身体に異常がなければ、当分横になっていた方がいい。時間が経てば混乱した記憶も、ただされるでしょう…」
──混乱? って、だって。僕はマレだ。間違い様がない。
本人がそう思うのだ。幾ら時間が経ったところで、変わるはずもないと言うのに。
「そうです、リーマ様はどうなったのですか?」
すると、執事は諭すような顔つきになって。
「リーマ様はあなた様です。…マレについてお尋ねなら、お答えします。彼は──亡くなりました…」
そう言った執事の表情に影がさす。
「亡くなった? だって、マレは僕だ。僕は生きてる! なのにどうして? 亡くなったのは、リーマ様では?」
わけが分からなかった。
「『マレ』は足に岩を挟まれ、溺れたようです。リーマ様がなんとか助け出したようですが…。そのあと、リーマ様もマレと共に流され。リーマ様は助けられましたが、マレは……。残念です」
「そんな……」
執事の言葉に絶句する。
するとそれまで聴診器を胸に当て、診察をしていた医師はそれをしまい、改めて執事をみると。
「…やはり、混乱されておられるようですな。これ以上は興奮させない方がよろしいでしょう。お話しは、またあとがよろしいかと…。睡眠薬をご用意いたしますので、眠れないようでしたらそれを。今は安静にするのが一番ですな」
「わかりました…」
執事は頷き、退出する医師の後に続いた。
「……信じられない」
──どうして、僕がリーマだと?
起きている事態を飲み込めず、ただ混乱するばかりで。
すると、控えていた侍女が、
「お休みください…」
そう言って上掛けをかけようとしてくるが、マレはそれを手で制し。
「…そこに、手鏡は?」
「ございますが…」
いつもベッドわきの棚にそれは置かれていた。美しい銀細工のついた手鏡。
「とってもらえるかな…?」
「はい…。でも、それが済んだらお休みを」
「…わかったよ。──鏡を」
侍女は仕方ないと言った具合に、棚に置かれていた鏡を手に取り、こちらに差し出してきた。それを震える手で受け取る。美しい銀細工のそれを表に返せば──。
「…うそ…」
鏡の向こうに映る顔を見つめ、凝視した後、それを思わず伏せた。
鏡に映っていたのは──。
濡れ羽色の黒髪に、氷のように冷えたアイスブルーの瞳。
口元を手で押さえる。信じられない状況を理解しようとするが、無理だった。理解したくとも、理解できない。したくない。
なぜ、こんなことが起きているのか。これは夢だろうか? 溺れて意識を失くしている自分が見ている夢。
──けれど──。
怖くなって、それ以上、鏡を見ることができなかった。
「リーマ様、御鏡をお預かりいたします。さあ、お休みを…」
そう言って、侍女がベッドの上に落とされ伏せられた鏡を持っていく。
周囲の者は、自分を『リーマ』だと言う。でも、自分はマレだ。
言われるまま、ベッドに横になるが、形ばかりで寝ることなどできず。次に人の気配がするまで、ずっと起きていた。
✢
その後、しばらくして執事に話を聞くと、ことの次第が知れた。
どうやら、この屋敷で最近雇った下僕が、リーマを敵視する者たちと通じていたらしい。
下僕の様子を怪しんだリーマが捕らえて詰問すると、リーマごと橋を爆破し亡き者にしようと計画しているというのだ。
しかし、リーマの代わりに馬車に乗ったのはマレで。
マレの家までの道は城へ行く道と重なる。爆薬を仕掛けた橋も当然通ることとなった。
すでに計画は実行に移されており、馬車に乗って出たのがマレだと知った下僕は、慌てて連絡に走ろうとしたが、そこを捕らえられ。今からではきっと間に合わないだろうと口にした。
それを聞き、リーマは自身で馬を駆ってマレを追いかけたのだ。
馬車の方が速度は遅い。一か八かで追いかけ、橋を渡りかけた所に間に合ったらしいのだが、そのまま爆破に巻き込まれ。
川に馬車ごと落ち、二人とも溺れたのだと言う。
すぐに無事だった御者や近くにいた村人に助け出されたが、マレは死亡し、リーマはかろうじて息を吹き返した。
マレはやはり、岩場に足を挟まれたのが良くなかったらしい。
「…それで、『マレ』は?」
今の状況を理解できないが、周囲にそれをいくら訴えた所で通じるはずもない。外見上は自分は『リーマ』なのだから。
執事は声音に落胆をにじませながら。
「ラクテウス家が喪主となり、明日、葬儀がとり行われます。式はいかがなされますか? まだ、お身体の加減がよろしくないかと思われますが…」
執事は行かせたくはないらしい。けれど。
「……行くよ。準備を」
「しかし──」
「大丈夫。…どうしても、会いたいんだ」
「…わかりました」
そうして、執事は下がった。
会った所で、サイアンに分かるはずがない。姿はリーマなのだ。
しかも、リーマの所為でマレが命を落としたと言ってもいい。サイアンにとって憎い仇だ。そんな途方もない話しを信じるはずもない。
──それでも、僕は生きている。
例えこの姿になったとしても、サイアンに会いたかった。マレが死んだ事で、どれほど悲嘆にうちひしがれているか。
それを思うと胸を突かれるように痛んだ。もし、逆の立場であれば、マレは立ち直れないだろう。
──サイアン。どうしても、ひと目会いたいんだ。
✢
そうして、当日。
教会で葬儀が行われた。参列者は近親者のみ。マレと生前、親しかったものたちだけだった。
リーマは出席を望んだが、ラクテウス家からは丁寧に断りの連絡を受けた。身内だけで静かに送りたいから、そう伝えられ。
しかし、どうしてもサイアンに会いたかったマレは、少し離れた場所に馬車を待たせ、引き留める従者を後にひとり徒歩で向かった。ひと目見て、帰るつもりだった。
教会の入口の木戸を押すと、丁度、司祭の言葉が終わり、皆がお別れを告げている最中だった。あとは運び出し地中に埋めるだけ。
やや上段に据えられた壇上に、棺が置かれ、そこに伏すようにしてサイアンが片膝をついていた。周囲からも嗚咽が漏れる。
──サイアン。
美しい金糸は乱れ、顔色は健康からはほど遠い蒼白さを示していて。遠目からもやつれたのが見て取れる。
今にも走り出して、僕はここにいるのだと叫びたかったが。
「…リーマ様」
一番後ろに座っていたものが、扉が開いたの気付き、ふりかえった所で、その主をみて僅かに声をもらした。
見つかってしまった。どうしようかと戸惑っていれば。
「──リーマ…?」
棺に伏していたサイアンが顔を上げた。
姿をみとめるや否や、その表情が一変し、険しいものとなる。
ふらりと棺から立ち上がり、コツコツと靴音を立てながら、石畳の敷かれた寺院の通路をこちらに向かってきた。
周囲の者が不安げな視線を送る。そして、その手がゆっくりと腰に帯びた剣にかけられた。
「サイアン!」
気付いたラーゴが声を荒げ、あとを追った。
「貴様──! よくも──! お前のせいで、マレは! マレは…っ。──ここで、叩き斬ってやるっ!」
すらりと鞘から引き抜かれた刃は、ためらいなく、驚きその場から動けなくなったマレに向けられた。
振りかざされた剣の先を見つめる。刃のきらめきが美しくもあり、悲しくもあり。
──サイアン……。
涙があふれた。
──僕は、ここにいるのに。
避けなければ殺られる。けれど、そんな事も忘れて、ただ呆然とそれが振り下ろされる様を見つめていた。
しかし、振りかぶられたそれは、ガン! と音を叩て、動けなくなったマレの肩を掠め、その横に落とされた。石畳にぶつかり火花が散る。
「やめるんだ! サイアン! そんなことをしても、マレは帰らん!」
背後からラーゴが羽交い絞めにしていた。そのおかげで間一髪、逸れたのだ。
後を従者や葬儀に参加した隊員が続き、サイアンを押さえる。そのまま、ラーゴはこちらに目を向け。
「リーマ様、今は帰ってください。──お願いします!」
「逃げるな! お前を生かしてはおかない! おまえがっ! おまえが、マレを殺した…っ!」
サイアンはひきとめられながらも、尚もこちらに食ってかかろうとする。
「……っ」
石のようにそこへ固まっていたマレを、追いついた従者が引き戻し、教会を後にした。
そのまま馬車に乗せられ、屋敷へと帰ったが、その後の記憶がない。何か言われても耳に入って来なかった。
気が付けば寝室で寝かされていて。サイアンの言葉とあの目が忘れられない。
荒げられた声音、見たことのないこちらを断罪する鋭い眼差し。愛するものを奪われれば、皆そうなるだろう。
──愛するもの。
そう、このリーマはマレが命を失うきっかけとなった。恨まれて当然だ。
この屋敷に、リーマに仕えなければ、こんな事態にはならなかった。今も、サイアンとラーゴらに囲まれ、日々を楽しく平和に、幸せにつつまれ過ごしていたに違いない。
──なのに。
それを、リーマが奪った。
──でも、サイアン。僕はここにいるんだ。
声にならない叫び。
しかし、この姿で幾ら訴えた所で、誰も信じないだろう。それを証明してくれるものなど何もないのだから。
✢
その夜、夢を見た。
明け方近かったのかもしれない。目覚めた時に朝だと知れたからだ。
夢の中で、マレは淡く白い光に包まれた場所にいた。どこをみても真っ白。まるで濃い霧の中のようだ。手を伸ばすと、その指先が見えなくなってしまう。
暫くそんな中を進むと、視線の先に蹲る影を見つけた。
──あれは。
蹲るのはまるで赤子のように丸く身体を縮めた人だった。白い着衣を身につけ眠っている。その姿に見覚えがある。
黒い髪に、透き通るほど白い肌。
「……リーマ様?」
目を閉じたままピクリともしない。深く眠りについていた。
その傍らに膝をつき軽く肩に触れ揺さぶった。──起きない。
それならと、もう少し強くゆすってみたが──やはり、目覚めなかった。
『起きたくないんだ』
──え?
背後から唐突に聞こえた声に振り返れば、そこにリーマが立っていた。
まるでヴェールでも被っているように、色が薄く今にも消え入りそうだ。マレと同じように眠る自身を傍らで見下ろしている。
『もう…。ここで眠りにつきたい。あとは──君に任せる…』
何を言っているのだろう。訝しく思い首をかしげるが。
『君は生きたいと願った。そして私は、君に生きろと願った…。私は人生を終わらせたかったんだ。──未練はない。あとは好きにするといい…』
「どこへいくのですか?」
リーマは薄く笑うと。
『命が尽きるまで、ここで眠る。それだけだ。君は私の分まで生きてくれ…』
「でも! 生き残ったのはあなただ! 僕は──」
すると、リーマがそっとその白い指先をマレの唇に押し当てた。ひんやりとした感触が唇に伝わる。
『生は存外、短いものだ。マレ、よく聞け。これからどんなに辛くとも最後まで生き抜け。お前のしたいように生きろ。君なら道を間違えないだろう。勝手を言ってすまない。だが、それで、私も安心して眠りにつける…』
「リーマ様!」
『最後に君に会えて、良かった──』
それだけ言うと、あとはすうっと白い光に溶けて消えていった。
「待ってください! リーマ様!」
真っ白な空間に手を伸ばしても、それは空を掴むばかりで。
振り返って、足元に蹲る人影を見下ろした。それもまたリーマのはずだった。
「リーマ様! 起きてください! リーマ様!」
必死にその身体を揺すって起こそうとするが、ピクとも動かない。そうしているうちに目覚めた。
気が付けば、頬に涙が伝っている。
ぼやける視界に映るのは、美しい装飾の施された天蓋。刺繍の施されたカーテン。否が応でも、現実をつきつけられた。
──僕はリーマなのだと。
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彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
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