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その後
1.蜜月
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あれから、いくつかの街や村を通りすぎ、ようやく、父と母の生まれた国へと来ることができた。
この辺りは標高も高く気温も低い。夏だと言うのに、湿気はなく空気はすっきりと澄んでいた。
国境を越えた辺りの村の宿に落ち着き、一息入れていれば。
「マレ、足の痛みは?」
ブルーナが温かいお茶を淹れて、ベッド脇のサイドテーブルへと置いてくれた。宿の主人にお湯をもらってきてくれたらしい。
ちなみに茶葉はマレ特製のもので。乾燥させた薬草が入っている。サイアンにもよく作っていたものだ。
「だいぶ楽だよ。ここで少し休めば治りそうだ」
ベッドに座って足のふくらはぎを揉む。かなり歩いたせいで、そこまで鍛えられていないマレの足は悲鳴を上げだしていた。
それでも、長旅で普通の旅人並みにはなってきたとは思っていたのだが。くるぶし辺りが僅かに赤い。炎症を起こしているのだろう。
「無理は禁物だ。当分、荷物は俺が持とう」
「でも──」
「いいや。その足では無理だ。腫れがひどい…。本当はマレごと背負ってもいいくらいだ」
「…ブルーナには面倒かけっぱなしだよ。お荷物にはなりたくないのに…」
するとブルーナはため息をつき、腰に片手をあてると。
「あなたをお荷物などと思ったことは一度もない。むしろ──」
ブルーナはそう続けると、マレの傍らに座って手を組むと。
「ブルーナ?」
「…宝だと思う。あなたは、とても大切な存在だ」
「──」
「前に告白したのを覚えているか? ──あのあと、うやむやになってしまったが」
「…そ、それは──。覚えてるよ…。忘れられないよ。僕なんかに…。もっと別の人だっているのにって…」
「マレが、好きだ」
ブルーナは改めて口にする。
「……」
「マレの気持ちが、あの方に向いていてもかまわない。俺はなにもかも、全て引っくるめて、あなたを好いているんだ」
「──」
「けれど、そう簡単には受け入れないだろうと思っている…。せいぜい、俺の立ち位置は、頼れる気心の知れた友人だ。──それでもいい…」
──愛している。
そう、瞳が語っている。
ドクリと心臓が鳴って。思わず胸を掴んだ。
「マレ?」
「…僕」
すると、そんな様子に何を思ったか、ブルーナは苦笑を口元に浮かべ。
「──もうそろそろいいかと思ったが、やはり、まだだったか…。──いいんだ。無理に受け入れようとしなくていい。あの人を思っていることは十分わかってる…。今まで通りでいい。傍にいられればそれで──」
ブルーナはそう言って、立ち上がりかけるが。
「だって、でも──。それじゃ、ずるいよ。気持ちを知って、知らん顔なんて…」
「…同情で好かれたくはない。そんなものはいらないんだ。あなたは自分の気持ちに素直でいてくれればいい」
「ブルーナ……」
「大切な人の傍にいたい。それだけなんだ」
ブルーナの眼差しは、飽くまでも優しかった。
✢
ブルーナは優しい人間だ。
──ずっと、そうだった。
出会った頃から、ずっと。
当初はマレを許してはいなかったはず。それでも、端々にブルーナの気遣いを感じていた。
あの火事以降、それは日増しに強くなって。それに、どれだけ救われてきたか。
──サイアン。あなたを思う気持ちは今も変わらない。幸せをいつも願っている。
でも、より身近にいて、自分を大切に思ってくれる存在を無視はできなかった。
──僕にはもう、あなたを幸せにすることはできないのだから。
この身体のままでは、無理だった。サイアンはきっと、リーマである自分を恋人の様に触れる事はない。
あの川での事故で、サイアンの愛する『マレ』は永遠に失われてしまったのだから。
サイアンとの思い出は、大切な場所に閉まって、今の自分でできることをしようと思った。
──こんな僕を好いてくれるひとに、報いたい。
それは同情などではなく、心からそうしたいと思うからだ。
その日、マレは一日、宿で待機となった。ブルーナはその間に、ひとりで村周辺の様子を見に行った。
もう少し先に進むと、マレの両親が生まれた村につくらしい。
帰って来たブルーナと共に、宿の食堂で夕食を取ったあと、部屋へと戻る。浴室は狭いが各部屋にあって、ゆっくりすることができた。
「マレ。髪を拭こう」
浴室を出ると、待ち構えていたブルーナに、イスに座るよう促される。ブルーナは先に湯を使った後だった。その方がマレが気兼ねなく入れるからと、そうしたのだ。
「…ブルーナ」
すっかり白くなった髪を拭くブルーナに声をかける。
「──どうした?」
ブルーナは丁寧に拭きながら、耳を傾けてきた。マレは思い切って口を開く。
「…僕は──ボロボロで。身体は火傷の痕が酷いし、髪もこんな状態で…。中がどうあれ、経歴も酷い…。罪人だ」
「マレ?」
ブルーナの声色が怪訝なものになる。それにかまわず続けた。
「──それでも。そんな僕でもいいなら─…。ブルーナの気持ちに応えたい」
「……」
「僕にそんな資格があるのか、分からないけど…。『僕』はあなたが好きだよ。今、傍にいてくれるあなたが、好きだ…」
振り仰げば、灰緑の瞳が見開くようにしてこちらを見降ろしていた。手は止まっている。
「同情──じゃ、ないのか?」
「…違うよ。サイアンを大切に思うのは変わらない。──けど、今、一番身近にいてくれるブルーナを大切にしたいと思うんだ」
「マレ─…」
呼ばれたと同時に、イスに座ったまま抱きしめられた。
「──やっぱり違ったと言っても、受け付けない」
「言わないよ。そんなこと…」
「──あなたの思いが変わらないうちに、確かめたい」
真摯な言葉に、待ったとは言えない。それに、マレも同じ思いで。
「…ん」
小さく返事を返した。
✢
ブルーナの腕の中はあたたかい。
それは、幾分、過去を思い起こさせたけれど──。それとはまた別の温もりだった。
まだ夜も明け切らない中、ベッドに横になったブルーナは、醜い傷跡を晒すマレの背中を、背後からしっかりと抱き締め、その髪を梳く。
すっかり白くなった髪は、梳かれてサラサラと零れ落ちた。
「──正直、あなたを自分のものにできるとは、思っていなかった…」
ブルーナはため息をつくようにして、そう漏らす。マレは背後を振り返ると。
「…僕だって、自分にそんな価値があるなんて、思ってなかったよ…」
「十分ある。あなたは、愛されるに値する人間だ。──愛している。マレ」
ブルーナは笑んでそう口にすると、それまで横になっていた身体を起こし、マレに覆いかぶさりキスをしてくる。
それにたどたどしく応えれば。顔にかかった髪をブルーナは梳きながら。
「だめだな…」
「な、何が?」
まずいことでも、してしまったのかと思えば。
「かわいくて仕方ない…。──もう少し、だけ付き合って欲しい。…いいか?」
「……う、うん…」
真っ赤になって答えれば、ブルーナは嬉しそうに笑んで。
「ありがとう…」
それから、その思いの丈を全身で受け止めた。それはとても幸せな時間で。
出会った頃には、思いもしなかった。ブルーナとこんなふうになるなんて。誰かに愛される事があるなんて。
誰かをもう一度、愛する事があるなんて──。
「大好きだ。──マレ」
ブルーナに見つめられ、体温が上がる。
二人の時間は、これからも続く。
ー了ー
この辺りは標高も高く気温も低い。夏だと言うのに、湿気はなく空気はすっきりと澄んでいた。
国境を越えた辺りの村の宿に落ち着き、一息入れていれば。
「マレ、足の痛みは?」
ブルーナが温かいお茶を淹れて、ベッド脇のサイドテーブルへと置いてくれた。宿の主人にお湯をもらってきてくれたらしい。
ちなみに茶葉はマレ特製のもので。乾燥させた薬草が入っている。サイアンにもよく作っていたものだ。
「だいぶ楽だよ。ここで少し休めば治りそうだ」
ベッドに座って足のふくらはぎを揉む。かなり歩いたせいで、そこまで鍛えられていないマレの足は悲鳴を上げだしていた。
それでも、長旅で普通の旅人並みにはなってきたとは思っていたのだが。くるぶし辺りが僅かに赤い。炎症を起こしているのだろう。
「無理は禁物だ。当分、荷物は俺が持とう」
「でも──」
「いいや。その足では無理だ。腫れがひどい…。本当はマレごと背負ってもいいくらいだ」
「…ブルーナには面倒かけっぱなしだよ。お荷物にはなりたくないのに…」
するとブルーナはため息をつき、腰に片手をあてると。
「あなたをお荷物などと思ったことは一度もない。むしろ──」
ブルーナはそう続けると、マレの傍らに座って手を組むと。
「ブルーナ?」
「…宝だと思う。あなたは、とても大切な存在だ」
「──」
「前に告白したのを覚えているか? ──あのあと、うやむやになってしまったが」
「…そ、それは──。覚えてるよ…。忘れられないよ。僕なんかに…。もっと別の人だっているのにって…」
「マレが、好きだ」
ブルーナは改めて口にする。
「……」
「マレの気持ちが、あの方に向いていてもかまわない。俺はなにもかも、全て引っくるめて、あなたを好いているんだ」
「──」
「けれど、そう簡単には受け入れないだろうと思っている…。せいぜい、俺の立ち位置は、頼れる気心の知れた友人だ。──それでもいい…」
──愛している。
そう、瞳が語っている。
ドクリと心臓が鳴って。思わず胸を掴んだ。
「マレ?」
「…僕」
すると、そんな様子に何を思ったか、ブルーナは苦笑を口元に浮かべ。
「──もうそろそろいいかと思ったが、やはり、まだだったか…。──いいんだ。無理に受け入れようとしなくていい。あの人を思っていることは十分わかってる…。今まで通りでいい。傍にいられればそれで──」
ブルーナはそう言って、立ち上がりかけるが。
「だって、でも──。それじゃ、ずるいよ。気持ちを知って、知らん顔なんて…」
「…同情で好かれたくはない。そんなものはいらないんだ。あなたは自分の気持ちに素直でいてくれればいい」
「ブルーナ……」
「大切な人の傍にいたい。それだけなんだ」
ブルーナの眼差しは、飽くまでも優しかった。
✢
ブルーナは優しい人間だ。
──ずっと、そうだった。
出会った頃から、ずっと。
当初はマレを許してはいなかったはず。それでも、端々にブルーナの気遣いを感じていた。
あの火事以降、それは日増しに強くなって。それに、どれだけ救われてきたか。
──サイアン。あなたを思う気持ちは今も変わらない。幸せをいつも願っている。
でも、より身近にいて、自分を大切に思ってくれる存在を無視はできなかった。
──僕にはもう、あなたを幸せにすることはできないのだから。
この身体のままでは、無理だった。サイアンはきっと、リーマである自分を恋人の様に触れる事はない。
あの川での事故で、サイアンの愛する『マレ』は永遠に失われてしまったのだから。
サイアンとの思い出は、大切な場所に閉まって、今の自分でできることをしようと思った。
──こんな僕を好いてくれるひとに、報いたい。
それは同情などではなく、心からそうしたいと思うからだ。
その日、マレは一日、宿で待機となった。ブルーナはその間に、ひとりで村周辺の様子を見に行った。
もう少し先に進むと、マレの両親が生まれた村につくらしい。
帰って来たブルーナと共に、宿の食堂で夕食を取ったあと、部屋へと戻る。浴室は狭いが各部屋にあって、ゆっくりすることができた。
「マレ。髪を拭こう」
浴室を出ると、待ち構えていたブルーナに、イスに座るよう促される。ブルーナは先に湯を使った後だった。その方がマレが気兼ねなく入れるからと、そうしたのだ。
「…ブルーナ」
すっかり白くなった髪を拭くブルーナに声をかける。
「──どうした?」
ブルーナは丁寧に拭きながら、耳を傾けてきた。マレは思い切って口を開く。
「…僕は──ボロボロで。身体は火傷の痕が酷いし、髪もこんな状態で…。中がどうあれ、経歴も酷い…。罪人だ」
「マレ?」
ブルーナの声色が怪訝なものになる。それにかまわず続けた。
「──それでも。そんな僕でもいいなら─…。ブルーナの気持ちに応えたい」
「……」
「僕にそんな資格があるのか、分からないけど…。『僕』はあなたが好きだよ。今、傍にいてくれるあなたが、好きだ…」
振り仰げば、灰緑の瞳が見開くようにしてこちらを見降ろしていた。手は止まっている。
「同情──じゃ、ないのか?」
「…違うよ。サイアンを大切に思うのは変わらない。──けど、今、一番身近にいてくれるブルーナを大切にしたいと思うんだ」
「マレ─…」
呼ばれたと同時に、イスに座ったまま抱きしめられた。
「──やっぱり違ったと言っても、受け付けない」
「言わないよ。そんなこと…」
「──あなたの思いが変わらないうちに、確かめたい」
真摯な言葉に、待ったとは言えない。それに、マレも同じ思いで。
「…ん」
小さく返事を返した。
✢
ブルーナの腕の中はあたたかい。
それは、幾分、過去を思い起こさせたけれど──。それとはまた別の温もりだった。
まだ夜も明け切らない中、ベッドに横になったブルーナは、醜い傷跡を晒すマレの背中を、背後からしっかりと抱き締め、その髪を梳く。
すっかり白くなった髪は、梳かれてサラサラと零れ落ちた。
「──正直、あなたを自分のものにできるとは、思っていなかった…」
ブルーナはため息をつくようにして、そう漏らす。マレは背後を振り返ると。
「…僕だって、自分にそんな価値があるなんて、思ってなかったよ…」
「十分ある。あなたは、愛されるに値する人間だ。──愛している。マレ」
ブルーナは笑んでそう口にすると、それまで横になっていた身体を起こし、マレに覆いかぶさりキスをしてくる。
それにたどたどしく応えれば。顔にかかった髪をブルーナは梳きながら。
「だめだな…」
「な、何が?」
まずいことでも、してしまったのかと思えば。
「かわいくて仕方ない…。──もう少し、だけ付き合って欲しい。…いいか?」
「……う、うん…」
真っ赤になって答えれば、ブルーナは嬉しそうに笑んで。
「ありがとう…」
それから、その思いの丈を全身で受け止めた。それはとても幸せな時間で。
出会った頃には、思いもしなかった。ブルーナとこんなふうになるなんて。誰かに愛される事があるなんて。
誰かをもう一度、愛する事があるなんて──。
「大好きだ。──マレ」
ブルーナに見つめられ、体温が上がる。
二人の時間は、これからも続く。
ー了ー
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