恒久の月

Tempp

文字の大きさ
26 / 30
連載

欠ける月

しおりを挟む
 何故李に会えぬのだ。朕が叶えられぬ望みなどないはずなのに。
 李よ。何故会えぬ。今日こそは何としても会う。

 李、そなたほど野の花のような荒々しい美しさを持つ女は見たことがない。
 衛も舞芸は美しく、後宮のお高く止まった女どもとは違う子供のような純粋さがあった。だがあれはどこか後宮の匂いがした。もともと姉上の婢で長安で生まれ育ったからだろう。どこか奇麗にまとまって訓練された美しさがあった。
 変わった貴妃もこの後宮には多くいた。西方から集めた貴妃には野趣あふれる者や珍しい姿形の者も多くいた。けれどもやはり中華のものとは相容れぬのだ。

 そこで李だ。李の華のような艶やかさと美しさ。そして北方生まれの玉のように白く吸い付くような肌と鈴のような美しい声。それに野の花のように逞しくもありつつも都会の洗練さを兼ね備えている趣き。同じようなものは延年くらいだ。だが延年と李では少し違う。
 延年は延年で何か妙に透き通った美しさがあり、従順なのに何か朕にも明かさぬ謎めいた部分がある。李は謎めいていつつも何か妙に暖かかった。女というものはこういうものなのだろうか。

 後宮は冷たい。8000人からの女がいても見ているのは朕の子種だけだ。ここはそういう場所でそれが貴妃の仕事だ。だから貴妃は自らを美しく飾り、それ以外の部分は隠す。意見なぞ言わぬ。どこかで聞かれれば悪いように使われてしまうからな。けれども李は隠さなかった。朕が許せば朕と異なる意見を述べ、時には戯れた。
 それから李は同士だった。朕が信じる神仙の話を喜んで聞き、そして朕が聞いたことがないような、旅先だからこそ知り得る各地の神仙の話を語ってくれたのだ。他の貴妃に話してもこうはいかぬ。表面はにこやかに繕いながらもその目からは興味がないことは明らかだった。李のように朕の話を聞いて頷いたりはせぬ。

 もう5日も李に会うてない。
 延年は病が酷いと聞いていたが、ならば余計見舞いにいかねばならぬ。だから強引に室に入った。

 ところが李は体を包帯で巻いた上で袖と首の長い服ですっかり体を覆い隠し、顔も枕で強く隠していた。これではあの白く輝く肌すら見る事も叶わぬ。あの白魚のような美しい指先すらも包帯で覆われている。

「李や、朕にその顔を見せておくれ」
「何卒ご勘弁下さい、後生です、どうか、何卒」
「ならぬ、顔を見せよ」
「恐れながら申し上げます」

 傍に控える延年が奏上する。

「李夫人は未だ病に蝕まれております。帝に病が感染るやもしれませぬ。お控え下さいませ」
「ならぬ。これほど元気ではないか」
「妹だからこそわかるのです。妹は帝に病を感染さぬよう全身を布で巻き、その息が帝を害さぬよう隠しております」
「主様。ふがいなく、申し訳ございません」

 朕のためだと言う。そこまで言われてしまうと、何も言えぬ。朕は引き下がるしかなかった。
 朕が引き下がるとは本来あってはならぬこと。けれどもこの李がそこまで言うのであればそのようにしよう。

「わかった。早く回復せよ」

 だが会えぬとなるとますます李のことが気にかかる。このようなことは初めてだ。後宮の女どもに来訪を拒否されたことなど一度もない。ありえぬ。
 良薬仙薬を李に送るよう申し付ける。早く良くなるように。
 李よ。
 足下に延年が侍っている。李によくにた男。延年を見るたびに李への想いが募る。

◇◇◇

「兄上、私は死にます」
「すまないな」

 兄は優しく私の頭を撫でた。
 すまないな。
 その一言だけで全てが伝わっていることがわかった。
 毎夜兄は明け方近くに私の室を訪れる。そのころには夜番の下働き以外はみな眠りについている。夜半に男が室に忍ぶといっても兄は実の兄で宦官だ。私が病という理由もあり、何も言われることはなかった。

「兄上、私はしばらく顔を見せないまま帝に会おうと思います。顔を見せぬままであれば美しい私がずっと帝の心に残るでしょう。私の死とともに」
「そうだね、それであれば体も見せぬほうがよい。よい布を用意しよう」
「ありがとうございます」
「それから美しい絵を沢山かかせようね。その美しさがずっと心に残るように」
「私は美しかったのでしょうか。兄上より」
「妹よ、そなたは誰よりも美しい。そうでなければならない。一緒に家族を幸せにしよう」
「そうですね。劉髆のことだけがが心配です。まだ幼いのに」
「お前が死んだ後に帝に劉髆を諸侯に封じて頂けるよう進言しよう。帝は最近ますます不安定であらせられる。長安からは離れたほうがよいとの進言にはご納得頂けるように思う」
「私の死が劉髆の役に立つのですね」

 妹はゆるりと微笑んだ。
 まずはお前の子だ。妹よ。
 俺はお前の子を李家の呪縛から解き放つ。お前の死を契機にして。
 喜べ妹よ。
 劉髆が、お前の子がきちんとした身分を得て生きていくことができるように。体を売ることもなく末永く過ごしていけるように。
 そう言うと妹はさらに微笑んだ。

「劉髆も広利兄さんも幸せでありますように。兄上も」
「代わりに帝とどのような話をしたのか教えておくれ。特に神仙のことを。続きは俺が引き継ぐ。劉髆は俺が必ず守る。約束する」

 それから帝は私の室に何度か訪れ、その度に兄は帝を止めた。
 私はすっかり元気になった。けれども肌はちっともよくはならず、ますますただれて妙な汁を吹き出すようになった。頻繁に包帯をかえて清潔に保ち続けなければ膿の匂いが室を漂う。

「兄上、そろそろお別れです」
「そうだね、いい阿片を手に入れた。苦しまずに逝けるだろう」
「ありがとうございます。帝と広利兄さんに手紙を書きました」
「俺が必ず届ける。約束する。妹よ。俺は君も幸せにしたかった」

 兄上は私が眠りにつくまでずっと側にいて、手袋越しに包帯で包まれた手を握ってくれた。
 兄上、不甲斐なくて申し訳ありません。
 私は先に参ります。
 どうかこの先、兄上に不幸が訪れませんよう。
 そして兄上が念願を果たして李家の呪縛を説いてくださりますことを。
 さようなら、大好きな兄上。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。