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狂骨紅籠 夜な夜な訪れる髑髏の話
2章 綺麗な家と白い骨
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忠兵衛に誘われ、鷹一郎と共に伊左衛門を訪れたのはその3日後だった。
「お初にお目にかかります。私、陰陽師をしております土御門鷹一郎と申します。本日はご友人の月島忠兵衛様のご紹介でお伺いしました」
「はぁ」
開口一番朗らかな鷹一郎に対照的な、たくさんの隈を作った胡乱げなどんぐりまなこがこちらを眺めた。
伊左衛門の生業は質屋である。
この御一新という革命は、多くの興隆と没落をもたらした。落ちぶれた家から家財一式を引き取り新しく興こった家にそれらを流す。それが伊左衛門の仕事だ。
そうして稼いだ金で、伊左衛門はこの土地区画整理によって新たに開発された逆城南に新しく店を構えたのだ。商家が立ち並ぶ一角そのを訪ねれば、まだ新しい質屋が見えてくる。
その店内に佇む伊左衛門は、確かにまるで骸骨だった。上品に見える青梅縞藍に総髪撫付という立ち姿で、光の差し込む明るい店内に、真昼の幽霊のように芒と佇んでいる。
店は簡素で、他に客はいない。質屋なのにやけに広々としていると思えば、倉庫は別にあるらしい。そこに商材を納めて売り捌くのがその商いのようだ。
ともあれ、ここでは何だと伊左衛門は休憩中の札を立てかける。店の奥に招かれると鰻の寝床のような住居に繋がり、その突き当たり、最奥の狭いスペースには小さな庭と池があった。
「それでその骸骨が現れるようになった切欠はあるのでしょうか」
「それがわからねえんだ」
鷹一郎のやけに朗らかな問いに息も絶え絶えという風情で答える伊左衛門。
綺麗な家と古びた骸骨。
新しい家に古い家財。
新築の匂いに少しの腐臭。
「そうですねぇ、では現れ始めた時に携わっていたお仕事はどちらで?」
「……水戸で一軒、東京で一軒、それから神津で二軒。扱うのは家財道具ばかりだな」
「手広くお仕事をなされているんですねぇ。絞れなくとも無理はない。では髑髏や呪物に心当たりは?」
「ねぇよ。仕事柄、新しい場所に運び入れるもんだ。変なもんを持ち込んだらケチがつく。怪しげなものは持ち込まねぇしきちんと清めるよ」
その言葉はやけにきっぱりとしていて、仕事への誇りが感じられた。
夜な夜な現れる髑髏は、女の声で闇の中で主人を探しているのだという。
けれども忠兵衛が言うには、この伊左衛門にはそもそも女の影がまるでない。仕事一辺倒で、結婚どころか恋愛といえるものもほとんどなく、たまに一見で遊女を買うくらいで馴染みというものすらないらしい。
鷹一郎は考えるように首を傾けた。
「お商い柄、あるいは付喪神の類かとも思ったのですが、お伺いした感じでは明確に人、なのですね」
「そう、だな。あれは人だ。人の慣れ果てだろう。やけにネトリと人の情感ってぇものを漂わせてやがる。最初は障子の外からか細い声が聞こえるだけだった。それで何だと思って開けちまったのが、良くなかったんだろうかね」
伊左衛門は暗く冷たい息を吐く。それに釣られたかのように、真夏の糞暑い中にもかかわらずびゅうと凍える風が吹いた。後を追うようにどこかでチリリと風鈴の涼しげな音が鳴る。
「そうですねぇ、呼び込んでしまったのでしょうか。それは最初はどのような姿でした?」
「最初も何もあれは初っ端から骸骨だよ。俺ぁ恐ろしくってぇすぐに障子を閉めて布団に閉じこもったんだ。けれどもいつのまにか俺の布団のまわりをヒタリヒタリとうろつく音がし始めた。それは毎日毎晩続いた。寝床を他所にうつしても同じだ。流石に他人の家に泊まればついてはこねぇが、誰もいなけりゃどこだろうが現れる」
「ふむなるほど。しかしこうも原因が解らなければ対症療法しかありませんねぇ」
「対処療法?」
鷹一郎は見えぬ何かを嗅ぎ取るように小さく鼻をひくつかせると、おもむろに何やら呪言を呟きはじめ、手を複雑な形に動かしながら九字を唱える。
朱雀、玄武、白虎、勾陣、帝久、文王、三台、玉女、青龍
そしてまたもごもごと呪言を唱えれば、さらりと空気が流れて場が清められた感触があった。鷹一郎といると、こんなふうに空気がガラリと変わる瞬間によく出会う。結界を張っているらしいが、俺には原理はわからん。けれども俺と同じようにそれを感じたのだろう、伊左衛門もガバリと居ずまいを正す。
「あ、あの、今ので髑髏は去ったのでございましょうか‼︎」
「まあ、しばらくは」
目を丸くする伊左衛門に向ける鷹一郎の声は涼やかなままだ。
「しばらく?」
「とりあえず、この建物からは邪気を祓いました。あなたが障子を開ける前の状態には戻っています。けれどもまだ、伊左衛門さん、あなたの方からも何かの繋がりを感じる。心当たりがないなら尚更、取り憑かれた原因があるはずです。あなたはどこかでそれに出会って縁を作ってしまったのでしょう。原因を除かない限り、再びやっては来るでしょう。だから寝る間はこの札を1枚、障子の間に貼りなさい。貼っている間は中に入れません」
「あ、ありがてぇ! ありがとうございます!」
伊左衛門は鷹一郎にすがりつき、恭しく2枚の札を受け取った。地獄で仏に出会ったような顔色。忠兵衛はよかったな、と慰める。
「あの、それでお礼はいかほど」
「今はお金はいりません。それにどうせあなたは障子を開けてそれを招き入れます」
「はっ?」
「そういうものなのです。恐らくね。それで招き入れてしまったら、急いでもう1枚の札をあなたの心の臓に貼り付けなさい。それで一度だけ、髑髏からはあなたが見えなくなる。せっかくなのでその姿をよく目に焼き付けて下さい。そうして私を呼ぶこと。よろしいですね」
鷹一郎はそう告げて、ぽかんとする伊左衛門の返事もまたずに宅を辞した。
白く照りつける陽の光の下、トンカンと金槌も盛んな通りを抜けながら、先程の伊左衛門の必死の眼差しを思い浮かべた。
「また来るのかよ」
「来るでしょうねぇ」
「完全に祓えはしねぇのか?」
「原因がわかりませんからね。それなりに凶悪だと思いますよ。何人も死んでいます」
「げぇ」
「いずれあの人は迎え入れるでしょう。そうすると、哲佐君の出番ですね」
そう言って鷹一郎はニコリと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。私、陰陽師をしております土御門鷹一郎と申します。本日はご友人の月島忠兵衛様のご紹介でお伺いしました」
「はぁ」
開口一番朗らかな鷹一郎に対照的な、たくさんの隈を作った胡乱げなどんぐりまなこがこちらを眺めた。
伊左衛門の生業は質屋である。
この御一新という革命は、多くの興隆と没落をもたらした。落ちぶれた家から家財一式を引き取り新しく興こった家にそれらを流す。それが伊左衛門の仕事だ。
そうして稼いだ金で、伊左衛門はこの土地区画整理によって新たに開発された逆城南に新しく店を構えたのだ。商家が立ち並ぶ一角そのを訪ねれば、まだ新しい質屋が見えてくる。
その店内に佇む伊左衛門は、確かにまるで骸骨だった。上品に見える青梅縞藍に総髪撫付という立ち姿で、光の差し込む明るい店内に、真昼の幽霊のように芒と佇んでいる。
店は簡素で、他に客はいない。質屋なのにやけに広々としていると思えば、倉庫は別にあるらしい。そこに商材を納めて売り捌くのがその商いのようだ。
ともあれ、ここでは何だと伊左衛門は休憩中の札を立てかける。店の奥に招かれると鰻の寝床のような住居に繋がり、その突き当たり、最奥の狭いスペースには小さな庭と池があった。
「それでその骸骨が現れるようになった切欠はあるのでしょうか」
「それがわからねえんだ」
鷹一郎のやけに朗らかな問いに息も絶え絶えという風情で答える伊左衛門。
綺麗な家と古びた骸骨。
新しい家に古い家財。
新築の匂いに少しの腐臭。
「そうですねぇ、では現れ始めた時に携わっていたお仕事はどちらで?」
「……水戸で一軒、東京で一軒、それから神津で二軒。扱うのは家財道具ばかりだな」
「手広くお仕事をなされているんですねぇ。絞れなくとも無理はない。では髑髏や呪物に心当たりは?」
「ねぇよ。仕事柄、新しい場所に運び入れるもんだ。変なもんを持ち込んだらケチがつく。怪しげなものは持ち込まねぇしきちんと清めるよ」
その言葉はやけにきっぱりとしていて、仕事への誇りが感じられた。
夜な夜な現れる髑髏は、女の声で闇の中で主人を探しているのだという。
けれども忠兵衛が言うには、この伊左衛門にはそもそも女の影がまるでない。仕事一辺倒で、結婚どころか恋愛といえるものもほとんどなく、たまに一見で遊女を買うくらいで馴染みというものすらないらしい。
鷹一郎は考えるように首を傾けた。
「お商い柄、あるいは付喪神の類かとも思ったのですが、お伺いした感じでは明確に人、なのですね」
「そう、だな。あれは人だ。人の慣れ果てだろう。やけにネトリと人の情感ってぇものを漂わせてやがる。最初は障子の外からか細い声が聞こえるだけだった。それで何だと思って開けちまったのが、良くなかったんだろうかね」
伊左衛門は暗く冷たい息を吐く。それに釣られたかのように、真夏の糞暑い中にもかかわらずびゅうと凍える風が吹いた。後を追うようにどこかでチリリと風鈴の涼しげな音が鳴る。
「そうですねぇ、呼び込んでしまったのでしょうか。それは最初はどのような姿でした?」
「最初も何もあれは初っ端から骸骨だよ。俺ぁ恐ろしくってぇすぐに障子を閉めて布団に閉じこもったんだ。けれどもいつのまにか俺の布団のまわりをヒタリヒタリとうろつく音がし始めた。それは毎日毎晩続いた。寝床を他所にうつしても同じだ。流石に他人の家に泊まればついてはこねぇが、誰もいなけりゃどこだろうが現れる」
「ふむなるほど。しかしこうも原因が解らなければ対症療法しかありませんねぇ」
「対処療法?」
鷹一郎は見えぬ何かを嗅ぎ取るように小さく鼻をひくつかせると、おもむろに何やら呪言を呟きはじめ、手を複雑な形に動かしながら九字を唱える。
朱雀、玄武、白虎、勾陣、帝久、文王、三台、玉女、青龍
そしてまたもごもごと呪言を唱えれば、さらりと空気が流れて場が清められた感触があった。鷹一郎といると、こんなふうに空気がガラリと変わる瞬間によく出会う。結界を張っているらしいが、俺には原理はわからん。けれども俺と同じようにそれを感じたのだろう、伊左衛門もガバリと居ずまいを正す。
「あ、あの、今ので髑髏は去ったのでございましょうか‼︎」
「まあ、しばらくは」
目を丸くする伊左衛門に向ける鷹一郎の声は涼やかなままだ。
「しばらく?」
「とりあえず、この建物からは邪気を祓いました。あなたが障子を開ける前の状態には戻っています。けれどもまだ、伊左衛門さん、あなたの方からも何かの繋がりを感じる。心当たりがないなら尚更、取り憑かれた原因があるはずです。あなたはどこかでそれに出会って縁を作ってしまったのでしょう。原因を除かない限り、再びやっては来るでしょう。だから寝る間はこの札を1枚、障子の間に貼りなさい。貼っている間は中に入れません」
「あ、ありがてぇ! ありがとうございます!」
伊左衛門は鷹一郎にすがりつき、恭しく2枚の札を受け取った。地獄で仏に出会ったような顔色。忠兵衛はよかったな、と慰める。
「あの、それでお礼はいかほど」
「今はお金はいりません。それにどうせあなたは障子を開けてそれを招き入れます」
「はっ?」
「そういうものなのです。恐らくね。それで招き入れてしまったら、急いでもう1枚の札をあなたの心の臓に貼り付けなさい。それで一度だけ、髑髏からはあなたが見えなくなる。せっかくなのでその姿をよく目に焼き付けて下さい。そうして私を呼ぶこと。よろしいですね」
鷹一郎はそう告げて、ぽかんとする伊左衛門の返事もまたずに宅を辞した。
白く照りつける陽の光の下、トンカンと金槌も盛んな通りを抜けながら、先程の伊左衛門の必死の眼差しを思い浮かべた。
「また来るのかよ」
「来るでしょうねぇ」
「完全に祓えはしねぇのか?」
「原因がわかりませんからね。それなりに凶悪だと思いますよ。何人も死んでいます」
「げぇ」
「いずれあの人は迎え入れるでしょう。そうすると、哲佐君の出番ですね」
そう言って鷹一郎はニコリと微笑んだ。
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