ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

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1章 噂の乙女ゲー転生と魔王様へと至る道、その阻害要因である王子

王子よ、なぜ真面目に攻略しているの?

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 誤算、誤算だ。誤算はやはりウォルターだ。
 ウォルターは予想外にもダンジョンを真面目に攻略をしてる。それが攻略深度から窺えた。そしてとうとう30階層に到達した、らしい。
 そういった噂はジャスティンが王宮の中でどこからともなく拾ってくる。ジャスティンは真面目でとても人あたりがいい。人間関係を円滑に運ぶのがとても上手い。ずっとこの部屋に引きこもってばかりの私にとって、その情報収集能力は侮れない。マリオン様の従者であることを不憫に見られることが許せないと怒っているけれども。

「マリオン様、王子パーティは昨日30階層に到達したそうです。間に合うでしょうか」
「私たちは今22階層ですからまぁ、なんとかなる範囲でしょう」
「申し訳ありません。私が弱いばかりに」
「何を言っているの? あなたは全く戦闘経験がないところから22階層まで到達したのよ? しかもたった1人で。大したものです」
「いえ、それは全てマリオン様のバフのおかげです」

 ジャスティンはそういうけれど、わたしはただバフをかけただけで敵を倒すのは全てジャスティンまかせ。それなのに全く戦闘経験もスキルもない中、たった1ヶ月で、しかも22階層に到達するなんて普通は考え難い。きっと前世の『幻想迷宮グローリーフィア』の中でもなし得た者はいないだろう。
 それほどジャスティンの成長ぶりは凄まじかった。攻撃力とすばやさ以外はほとんど成長は見られなかった。けれども、その2つの能力はずば抜けていた。恐らく同レベルで換算するとアレクすらも上回りそうなほど。

 私たちが迷宮に潜り始めてから約1年潜ってやっと到達した階層は24。平均すると1月あたり階層2つずつだった。
 なのにジャスティンは1ヶ月で階層を22上げている。そう考えるとジャスティンの能力の上昇ぶりこそが異常なのだ。

 けれども比べるべきは今。このダンジョンは比例的に攻略何度が上がっていく。
 ジャスティンの集めた情報ではウォルター達のいる階層は30。1か月で階層を6上げている。
 そんなだから、あたかも以前は私が足を引っ張っていたかのように言われるので余計に癪なのだけど。けれどもまあそれも今更な話で、少しずつ思い出してくる記憶の中で、そもそも国民からは『色仕掛け』呼ばわりされ続けていた気はする。ゲームでは全然そんな情報はなかったはずなのに。

 それはともかく今のウォルターの進み具合はおかしい。
 私たちのパーティが伸び悩んでいたのは確か。けれどもその原因はウォルターだった。私がいなくなって攻略スピードが上がるというものでは断じてないはずだ。
 あのポンコツ王子はド天然に動き回ってデバフなどなくても全てを遅延させていた。あっちに何かキラッと光ったと思えばどう見ても攻略に関係ない場所に遠征し、あと一息でボスを倒せるというタイミングで、なんかもう今日は疲れたから帰るとのたまい帰還してしまう。
 ダンジョンの細部は定期的に刷新され、日を跨ぐとボスの体力も回復してしまうというのに。時には攻略の途中でダンジョンが刷新されたのに、同じものが見つかるはずと無駄に同じ階層に居座ることもあった。
 この間ジャスティンと訪れた『星空の岩場』なんてダンジョン内に発生すること自体が珍しい。そんな場所はたくさんあって、存在しない場所をウォルターが諦めるまで無駄な探索するの。

 そんなウォルターの態度にアレクもソルも、ウォルターにほとほと愛想をつかせていた。けれども二人ともダンジョンの入場権を持つウォルターの意向を無視するわけにはいかなかった。ダンジョンの入場は管理されていて、王家が各貴族家に発行されるダンジョン入場許可証が必要だ。外国出身の二人はパーティから追い出されるとダンジョンに入ることができなくなる。
 だから私とアレクとソルは、お互いに次には必ずもっと進みましょうと励まし合いながらダンジョンを潜っていた。基本的にグローリーフィアは攻略した階層までは転移ワープができる。だから一歩ずつ進むことに無駄はない、この一歩に意味はあるのと。
 ゲームの中でもウォルターは突拍子もない行動をしてもプレイヤーに選択権が委ねられていたけれど、この世界で生まれ育った過去の私に王子様という権力を制御できなくてもおかしくはないと思う。というより私は男爵令嬢に過ぎない私のこの世界の常識では、王子を制御なんて考えられもしない身分なんだから。けれどその身勝手な言動があちらこちらに溢れるからこそ、私はこのウォルターというキャラクターが生理的に受け付けられなかったわけで。

 けれども今のウォルターの攻略スピードは私の前世におけるグローリーフィアガチ勢の勢いに匹敵していた。
 ウォルターは頭でも打っていい方向に頭がおかしくなったのか、スケルトンメイジに精神魔法でもかけられたのか。よくわからないけれどもこちらもスピードを落とすわけにはいかなくなってしまった。だってウォルターに魔王が倒されてしまったら私のこの世界の運命が固定化されてしまうもの。ウォルターはきっとその功績で持ち上げられ、私は駄目な王太子妃として酷い一生を送ることになる。それは今の王宮の私の扱いからも明らか。

 けれども攻略スピードは未だ私たちの方が圧倒的に勝っている。ジャスティンは迷宮グローリーフィアに入ったことがなんてなかったから第1階層からの攻略になった。従前のウォルターの攻略スピードならすぐに追いつくと思っていたのもあって。あまり悠長にもしていられないけど。
 でも本当に一体何が起こっているの?
 けれどもこのグローリーフィアは全部で50階層。まだ余裕は、ある。
 だからそのためにもこの装飾を仕上げなければ。私は再び針と糸を手に持って装飾に取り掛かる。

「マリオン様、無理はなされないでください」
「いいえ、私はどうしてもウォルターたちより早くダンジョンをクリアしないといけないの。そうじゃないと私の立場はこのまま……ジャスティンごめんなさい。ジャスティンには直接関係ないことなのに」
「そんなことを仰らないで下さい。私はマリオン様の従者です。私にはマリオン様の幸せが全てです。小さい頃から」
「ありがとう。そのためにこの装飾も早く仕上げないと」

 ジャスティンの少し心配そうで残念そうな瞳をスルーして仕事に戻ることにした。
 私の役割はバッファー。正式には魔法付与師という補助的な職業。戦闘能力自体は全くない。そして正直なところ、強化弱体化はその効果を客観的に把握することは難しい。だから後衛でぼーっとしているだけに見える私はパーティ外からは私はダンジョンにおいて役立たずと看做されていた。
 いつだったかこんな話があった。

「そんなバッファーよりうちのラフィルをパーティに入れませんか? 回復魔法が使えてお役に立てますよ」
「マリオンのバフは特級品だ。あるとないとじゃぜんぜん違う」
「そうそう、魔法のキレが全然違うんだ」
「でもそんなの、気の所為じゃないですか? そこまでかわらないでしょう?」

 それが普通の感想。
 悪意がある人や王子のパーティに娘や親類をねじ込みたい人たちが私たちのパーティについてそう評するのをよく聞いていた。バッファーというのは実際は誤差かもしれない。そう思い始めると、その違いや効果を実感するアレクとソルは私のバフはものすごく役に立っていると私を庇ってくれた。けれどもだいたいはウォルターの一言で台無しになる。

「マリオンは役に立たなくてもかわいいからいいんだ」
「ウィル、何を言う!」
「だってかわいいのは本当のことだもん」
「うちのマクリーンもかわいいしその上お役に立ちますよ」
「やだ。マリオンのほうがかわいいんだもん」

 そんな斜め上の返事をするから私はますます『色仕掛け』呼ばわりされていたと思う。
 けれどもその時の私は何故かウォルターを気に入っていて、アレクやソルの正当な評価よりウォルターのその何の意味もない、客観的に見ると悪意に満ちた天然の返答の方を嬉しく思っていた。つまり頭が湧いていたの。

 ゲーム上では国民好感度なんて表示されないし一般市民やパーティに娘を入れようとする貴族との会話シーンなんて存在しなかったのだけど、この世界で地に足をつけて人として暮らすのであれば当然関わるもののはずだ。日常生活にスキップ機能なんてない。だから実際の私の頭の中はそんなシーンをたくさん記憶に収めている。
 けれども記憶を取り戻す前の私はウォルター同様相手の反応なんて全く気にしていなかった。鈍感すぎるのか鉄メンタルなのかわからないけれど、でも頭の中はおかしくても町で見られる視線に敵意や侮蔑が込められていたことが私の頭の片隅に記録されていた。それが今の私の精神に重くのしかかる。
 これ、一々気にしていたらダンジョン攻略は続けられないほど鬱落ちしそう。今私がパーティに戻れたとしても、その往来であの視線を浴びせかけられるのは正直つらい。結局ウォルターはかばってくれずに同じような発言を繰り返しそうな予感がするから、ウォルターパーティから弾かれたのはむしろ僥倖のような気がしてきた。

 私はバッファーとしてそれなりの腕がある。バフをかけるアレクとソルがいうのなら恐らくそうなのだろう。
 さらに私は前世では裁断師をしていた。裁断師というのは様々な素材、前世では主に布や皮だけれど、それを用途に沿って限られた生地面から表や見返し、襟やポケットといったパーツを最も効率的に切り分ける地味な仕事。私は服飾の専門学校も出たから縫製も一応出来る。
 だからバッファーのような本人にしか効力が理解できないものではなく、そのバフの技術を利用して誰でも目に見えるような装備を作れば汚名返上できるのではないかと考えた。そしてその技術が今、この世界での装備づくりに役に立っている。不思議なものだ。
 
 魔法は指向性がある。それを今世の私の体は長年の経験から知っていた。
 これまでは漫然と対象にバフ・デバフ効果を付与していたところを、バフを補助する模様を装備や装飾自身に刻みつけることで効果を上げることができるんじゃないか。そんな発想。
 試しに作った力を増す呪文を紋様化して刻みつけた皮長手袋は、はめるとそれだけでわずかに力が強くなり、そこに更にバフをかけると効果は高まった。今はバフの研究をすすめてより細分化し、よりバフの効率的に効果を得られる装備を作る。服飾に刻みつける紋様を工夫して効果を重複し、より詳細かつ効果的な術式を運用できることに気がついた。
 貴重な素材から無駄なく切り出された部位に刻みつけられた紋様は、効果を発動するときに光のラインを形作る。それはなんだかとても美しかった。
 そしてその装備をまとって戦うジャスティンはとても美しい。しなやかな体が形作る閃光のような鮮やかな動きに思わず目を奪われる。

 そうやってジャスティンが倒して得た様々な素材を用い、ダンジョンで得た使わない素材や財宝を売却して更に必要な素材を買い集め、それらを裁断して最適な効果を付与する。つまりジャスティンには敏捷性とクリティカルヒット率が上昇する装備、私は魔力付与とその効果増大率の高い装備を身に纏う。戦闘時にはさらにジャスティンに直接攻撃力上昇のバフ、敵に弱体化のデバフをかける。そして得た素材を材料を売り捌き、より効果の高い装備を作る。
 そんなふうにモンスターを倒すにつれ、だんだん強くなっていった。
 今はユニコーンの足の毛皮からリングを作っている。呪いや穢れの効果を弾くリング。これはこの下から始まる墓場の階層でゾンビやゴーストの呪いから守ってくれるはず。
 私はたくさんのモンスターを倒すジャスティンの姿を夢想しながら朝が来るまで針を進めた。
 私たちが一番最初に魔王を攻略することを夢見て。
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