ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

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5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し

ヘイグリットとの模擬戦、ゲーム設定上のスキルとそれ以外のもの

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 一通りの確認を終えて解散する。
 残ったのはヘイグリットとフィーリエットだ。

「おら、てめぇも解散しろ」
「魔王、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの? あなたは一体誰なの?」
「あ゛ぁ? 俺が誰だろうとお前らになんか関係あんのかよ。魔王だよ」
「ごまかされないんだから!」
「別にごまかすつもりはねぇよ。正確にいうと俺は魔王グローリーフィア・ミフネだ」
「何よそのミフネって」
「設定外事象だ」
「わけわかんない!」
「以上だ、出てけ。叩き出すぞ」

 フィーリエットはぷりぷりしながら部屋を出ていった。
 フィーリエットはその言動から、恐らく魔王の地位を狙っているのだろうな、とは思う。フィーリエットはゲームでは妖精女王という設定だった。けれどもあれはそれを装っているだけにしか思えない。
 いや、本当はやっぱりよくはわからない。1年を経過して変化した存在ではないかと思っているがこいつはそもそも認識をいじるからな。俺は影響をうけていないとは思うがそこの認識自体をいじられてればよくわからない。

 基本的には俺が厳密な意味で『魔王グローリーフィア』でなくなってから、その態度を変えた者はいる。ヴェスティンクニッヒなんて呼んだって反応1つしやしねぇ。ヴァッサカリアはまだ存在しないからわからんが。だがそれは別にいい。俺はこのダンジョンにいる意思ある者全てに『好きにしろ』と言ってある。
 ポップするモンスター類は自由もなにもなくダンジョンのシステムに従っているが、名前のある奴らには多少なりとも自由意志というものがある。

「さて魔王様、今日もお手合わせをお願いしたいわぁ」
「いいぜ。俺も腕が鈍るしな」

 ヘイグリットの支配する48階層に向かうと清涼な竹林が現れた。サラサラという水と風の音が心地いい。
 この階層は変わっている。著しく狭い。ここにあるのはヘイグリットの稽古場と鍛冶場、それから1人住まい用の狭い家。それが重層的にこの空間に配置されているだけだ。そしてそれを包む竹林。
 ここにあるのはただそれだけで、階層の広さとしてはおそらく30メートル四方もないだろう。
 冒険者にとって48階層は転移陣を抜けるとすぐボス部屋ってやつだ。最初に来た冒険者は驚くだろうなぁ。
 でもまぁこの世界で未だここに到達したやつはいない。今の最大深度は未だ37階のはずだ。

 ヘイグリットは外にいる時はちゃらちゃらしているけれどもその中身は極端にストイックで、自宅、というか自階層では愛する武器に囲まれて稽古に明け暮れながら暮らしている。幸福度は多分結構高い。

「今日はどこでやるんだ?」
「そうねぇ、久しぶりにシンプルにやりましょうか。あと魔王様、こちらをお返し致します」
「うん? またなんだか禍々しくなったなこれ」
「頂けるって言ったじゃないですかぁ。文句はなしですよぅ」
「まぁ別にいいんだがよ」

 黒く光る小太刀を受け取り懐に忍ばせ布都御魂ふつのみたまを呼び出す。ずしりとした重みと冷たさが手のひらに伝わる。布都御魂は上古刀という古いタイプの刀で内反りの珍しい剣だ。使いづれぇ。だがこれがいい。体に馴染むよう2、3振ればフォンと俺に共振する。
 そうしているうちにフィールドが揺らいで赤土が露出しならされた。階層主はそのフィールドを好む環境に改変することができる。
 ヘイグリットの今日の武器は魔剣アディーユか。白銀の太めの刀身に柄周りの精緻な彫刻。刀とサーベルの中間のような姿。あれは粘り気があっていい剣なんだがしつこいんだよな。

 俺はダンジョン内では武器も防具も思いのままにポップできる。だがヘイグリットたちがネームドでただ一人しか存在しないように、1つしか存在しないネームド武器というものがある。冒険者に奪われたら取り返さねえと再入手できない類のものだ。
 この布都御魂はそれに当たり、おそらくヘイグリットのアディーユもそうだと思う。
 
 上着を脱ぎ捨てて靴やら靴下もをその辺に放り投げて荒れ地を踏む。足指の間にざざりと薄く赤土が入り込む。大地に足が根を張る。
 戦闘だとやってられないが、今この世界には俺とヘイグリットしかいない。悠長にやったって誰も怒らない。
 自然と空いた距離はおおよそ3メートル半。
 俺の間合いよりヘイグリットの間合いのほうがやや広い。これはヘイグリットの距離だ。

 ふうと薄く息を広げる。この階層はいつも清浄だ。ヘイグリッドが常に美しく保っていて余分な情報がない。そこに自己を広げていく。呼吸を吐き、浅く吸い上げる。俺が感得できる密度をゆるゆると増やしていく。この空間の全てを把握する。
 戦場じゃぁやっぱりこんな悠長にやってらんねえが、稽古だから別にいい。

 正面のヘイグリッドはその右腰にアディーユを構えている。その目は次第に赤く染まり皮膚表面にくまどりのような文様が浮いてくる。
 脇構え。
 軽く右足を引いて左半身を俺に晒し、刀と右半身を背後に隠す構え。見えない位置から真っ直ぐに伸びる剣筋は読みにくい。しかもアディーユは生きている。だからその剣身は伸びる。獲物の長さがわかりづれえ。
 でもそんならわかるまでよ。

 浅く降り積もった呼気にのせ、じわりと広げた認識は間も無くヘイグリットに到達する。それにつれて視界はだんだんと暗くなり余分な情報を次々と削ぎ落としていく。
 タイマンに必要な情報ってもんは驚くほど少ない。すでに俺の世界から色は消え、音は消え、彼我の肉体とその延長たる獲物と魂を残して余剰な情報はパリパリと薄氷のように割れ落ち切り落とされる。自らがやいばそのものと化すまで感覚を研ぎ澄ます。
 ヘイグリットの全身を繋ぐしなやかな筋肉の動きと口腔から漏れ出る白い呼吸、それからこちらの動きをじっと探るその瞳。視線から意思が伝わる。俺を殺すという冷ややかな強い意志。熱く焦がれる相手の生命への渇望が凝縮されていく。その呼吸に音に情報がぽろぽろと漏れている。
 まだまだだな。

 対する俺はヘイグリットに正面に相対し、剣先をわずかに下げて下段に構える。
 目を合わせ、柔らかくアディーユを包むヘイグリットのその手の平がわずかに力を帯びた瞬間、布都御魂をわずかに下げて攻めを誘う。それを隙とみたヘイグリットはアディーユを下段から滑らかに這い上ぼらせ、間に挟まる空気や腕ごと俺の正中を真っ直ぐに断ち割ろうとする。けれども俺はその弧を描く太刀筋のわずかに外側に足を滑らせながら、ヘイグリットの懐深くに踏み込む。ヘイグリットの太刀筋と共に上がったその肘を下からさらに跳ね上げ、勢いのまま喉元に布都御魂を突きつける。刀身からふつと音が響いた。
 剣を引くとヘイグリットはふぅ、と大きく息を吐く。
 目の色はすっかり元の色に戻り、模様は既に消え失せている。

「参りましたぁ」
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございますぅ。お茶でも飲んでいかれますぅ?」
「もらおうか」

 ヘイグリットが階層をいじると小さな木造家屋が現れた。少々お待ちくださいねぇというヘイグリットを見送りその縁側に腰を下ろすと庭には満開の桜が舞い散り、鶯がさえずりはじめる。遠くには霞のような雲がたなびき若草色の山が見える。
 ヘイグリットのメイングラフィッカーは明け大山人あけのだいさんじんさんだ。何度か一緒に飲んだことがあるが、俺はこの人の風流な和グラが好きだった。まさかその世界に入り込めるとは思わなかったが。そういえば某ゲームにドハマリされてて剣の話で盛り上がったな。
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