ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

文字の大きさ
79 / 234
5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し

目に見えて崩壊を始めた世界の姿

しおりを挟む
「あらぁ? そういえば次は31階層なのね」

 突然の声に驚き振り返ると、ヘイグリットが手元を覗き込んでいた。

「ここはモンスターを見かけたらすぐに倒して場所を離れるしかないわよねぇ」
「あの」
「あら、申し遅れました。私はヘイグリット・パッサージオ。踊り子をしているわ」
「踊り子?」
「ええ。このあたりの踊り子は女の子がひらひら踊るのが主流だそうだけど私は剣舞なの。新年に職人街で踊るからよろしかったら見に来て頂戴な」

 そう行ってヘイグリットは両腰に穿いた2振りの剣を示した。双子の魔剣ヘクサヘクサか。わずかに金色を帯びた柄頭が鈍く光る。
 パッサージオ?
 ヘイグリット、というかユニークボスに氏なんてなかったと思うのだけれど。それに踊り子?

「ねぇ、あなたも一緒に飲まない? とっても楽しいの」
「マリオン様はお酒を召されません」
「あら、そうなの。残念ねぇ。じゃぁまた。何かご縁があれば」

 ヘイグリットが手を振りながら立ち去るのを確認してジャスティンが低い声で告げる。

「マリオン様。見えないかも知れませんがなかなかの使い手です」

 それはそうでしょう。ヘイグリットは魔人。48階層の階層ボス。剣技だけであれば魔王をも凌ぐ。
 いずれ倒さねばならない相手。

「勝てそう?」
「彼にですか? ……私では無理でしょう。アレクサンドル様もおそらく」
「そう、そんなに強いのね」

 けれども戦うのはまだ18階層も先。それにアレクはここから固有の剣技を覚えて更に強くなる。
 だからきっと倒せる。
 倒す? 彼を?

 ユニークボスは攻略対象としなければ倒して進むしかない。ユニークボスは一度倒せば同じ階層に入り直しても復活しない。1人しかいないボス。だから倒すということはつまり殺すということ?
 私たちは彼を殺さなければならないの?
 今も冒険者たちと杯を打ち合っている彼を。先程私に話しかけてきたヘイグリットはこちらに対して敵意も何もなかった。それどころか一緒に飲まないかと話しかけてきた。

 ヘイグリットは魔人だ。だから厳密な意味では人ではない。迷宮に住まっている。
 けれどもこれまで戦ったドラゴンやワイバーンなんかのモンスターとは違う。41階層以降に登場する階層ボスはいずれもアレクやソルタン、ジャスティンと同じようにそれぞれに個性がありイベントが設定された攻略対象キャラクター。
 酒場で楽しそうに冒険者と酒を酌み交わす姿を見ると人と同じにしか思えない。

 それはまだ先だけれども漠然と、この道の先には彼らを殺すという未来がつながっている。本当に?
 殺す。彼を? 何故? ボスだから?
 酷くもやもやとした気分。

「マリオン様、そろそろ夕食を取りましょう」
「そう、ね」
「先程の彼に美味い食事処を教えてもらいました。旅人だそうですが都下の飲食店を食べ歩いているようです」

 食べ歩いている。
 ゲーム内にそんな情報はなかったけれど、王都をうろつくなら当然食事もするだろう。
 おすすめの店は住宅街の入口にあり、落ち着いた雰囲気のレストランだった。
 ここならばと思ってジャスティンに相席をすすめる。

「いえ、マリオン様と同席するわけにはいきません」
「駄目よジャス。ここは庶民のお店なの。令嬢なんて来ないわ。私たちのことを知っている人なんて誰もいない。それに私は平服。貴族だなんて気づかれない。ジャスが後ろで立っていると随分浮いてしまうもの」
「しかし」
「駄目、いいから座って」

 無理やり前の席に座らせる。
 ジャスティンと向かい合って座るのはどのくらいぶりだろう。恐らく7歳とか8歳くらい。それ以降はダンジョンで軽食を作る時以外、つまり食事の席というものに同席するのは随分久しぶりだった、
 おずおずと私の前に座るジャスティンはいつもと違って落ち着かなさそうに見える。実家を離れて1年と3ヶ月ほど。おそらく実家にはもはや私の居場所はないだろう。だから私の縁者はもうジャスティンだけだ。
 小さいころは兄妹のように育った、はずだ。でも私の今世の記憶はぼんやりとして霞がかっている。私とジャスティンはどんな関係だったのかな。
 食事はとても美味しかったけれども無言で進み、デザートも食べ終えた。

「マリオン様。今後はこのようなことはお止めください」
「そう、残念」
「お心遣いに感謝致します」

 感謝されたくて一緒にご飯を食べたわけではないのだけれど。

 私たちはプローレス伯爵家の離れに戻り、その翌日は装備の改造と装飾品の新調に費やした。アイス・ドラゴンの皮革は私たちのパーティにとっても重要な素材。そこに術式を刻んでいく。ジャスティンはその間、自らの訓練をして過ごしている。
 私たちはダンジョンを倒すことを目的としている。そのための行動。

 ダンジョンを倒してしまったら、私はどうするのかな。
 誰かとのトゥルーエンドを生きるというのも1つだし、冒険者としてのトゥルーエンド、ゲームでは誰との好感度も規定値に満たない失敗エンドとみなされるけれど、そんなエンドも悪くない。私はエンドの後もこの世界で生きていくのだから。

 けれども翌朝、私のその考えは見込み違いであると思い知らされた。

 夜開け前に私はジャスティンに起こされた。
 とても寒い朝。手足のかじかみを温めて軽く食事を取り、着替えて出かける。
 冷たい石畳を通る間も人の息吹が感じられた。真っ暗だけれど、みんなが新年を祝うために動き出してひっそりと身を潜めている、そんな朝。

 パナケイア商会にたどり着いて店前に並べる屋台の最終確認をしていた時、王都教会の鐘の音がガランゴロンと鳴り響いた。
 間も無く夜が明ける。街中の皆が道に出て、東の方向を眺める。新しい太陽の訪れを祝うために。
 そしてそのオレンジ色の輝きがゆるゆると遠くに見える山々の間から現れて星々の瞬きを塗りつぶしながら上昇しようとした時だった。

 世界を揺らすザリザリとした音が聞こえた。
 そしてバチリ、と電源が落ちたかのように世界に闇が満ちた。先程の太陽も様々に煌めく星の灯も全て失せた真の闇。
 その後一瞬だけ、モニタがバグった時のようにバラバラとカラフルな四角いノイズが空一面に浮かび、次の一瞬の後にはブゥンと世界が振動する音とともにもとの光景に戻った。
 何事もなかったように新しいオレンジ色の太陽がゆっくりと空に登っていく。
 幻? 幻覚?
 けれどもそれを目撃したのは私だけではなかった。周囲は大きくざわめき、凶兆だという声も聞こえる。

「マリオン様、今のは何でしょう。幻覚でも見たのでしょうか」
「わからない。わからないけどきっと、何かのバグ」
「バグ、ですか?」

 この世界はバグっている。
 私が1年目の終わりにノーマルエンドを迎えることを拒否したから。
 だからバグが現れている。狂ったウォルター、設定にない廃嫡、アレクのいたという知らない名前の国、全ての記憶を失ったグラシアノに壊れたマクゴリアーテ、予定より速いヘイグリットの登場。そして、ゲーム時間では訪れなかったはずの2回目の初日の出。

 私の前に現れる様々なバグ。世界に隠され、その計算を次々に、場合によっては加速度的に増加させているかも知れないバグ。
 この世界を正常に戻すためには、何かが致命的に破壊される前に何らかのエンディングを迎えないといけないのかもしれない。ふと、そう思った。
 でもエンディング後はどうなってしまうの?
 このゲームは全て終わってしまって新しいゲームがスタートする?
 今ある全てを忘れ去って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。 前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。 その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。

処理中です...