ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

文字の大きさ
212 / 234
10章 この世界への溶性

素手の剣闘

しおりを挟む
「さて、やるか」
「えっ。本当に素手で? 私は剣士なのよ?」
「知ってる。けど、たまにはいいじゃないか。色々やれるのが稽古のいいところだ。実践じゃできることをやるしかないからな」
 ヘイグリットは少し逡巡してから頷いた。
「ううん、わかった。じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ。よろしくお願いします」
 一呼吸置いて顔を上げた瞬間、ヘイグリットから殺気がほとばしる。けれどもこれも本来、不要なものだ。
 剣がない以上、ヘイグリットはその拳を主武器とするだろう。ヘイグリットは慣れない素手の構えにわずかな混乱を滲ませている。
 ……俺はなぜこんなことをしているんだろうな。ふとそう思う。ヘイグリットを強化する。主人公が48階層を突破することが困難になる。
 けれどもそんなことはどうでもいいと思っている自分もいる。多分、魔王とか世界とか以前に、純粋に楽しいんだ、こうやりとりが。
「ヘイグリット。難しく考えるな。お前の望みは何だ」
「ミフネちゃんを殺して食べること」
「それを真ん中に据えて、出来ることを考えろ」
「出来ること?」
「そう。お前が身につけ、発展させた何かから、お前は既に独自性を得ている。お前の魂の形はなんだ」
「私の……?」
 殺気が静かに収束する。余分なものが統合される。そして、そこには確かにヘイグリットがいる、と感じた。
 そしてそれが『ヘイグリットの器』に収まらない別個に強大な存在であることも。
 やべ、油断したら死ぬな、集中しろ俺。
 呼気を静める。感覚を研ぎ澄ませて世界に深く潜りこみ、意識を世界に浸透させる。全てのものが俺と同じで、俺は世界の全て。けれども俺の世界、つまり間合いはやはり2メートル半程度が限界で、そしてそれより遥かに広いヘイグリットの間合いに触れた瞬間、急いで後ろに飛び退る。前に対峙したときより、ヘイグリットの世界は倍ほどには広かった。想定外だ。反則だろ。
 距離を取ろうにもピタリとくっつくように追い縋るヘイグリットのスピードに、素の俺のスピードが追いつかない。
 まずいな。こいつはマジで人じゃない。舐めていたわけじゃ全然ないが、既に人の範疇をとうに越えている。
 そう感じた瞬間、ヘイグリットは右腕を振り上げ、俺に振りかぶっていた。
 拳……じゃない。これは笠懸けさがけの手刀だ。やはりこいつは剣士だ。そしてこの手刀は退いても追ってくる。何故ならこの手刀の動きはアディーユの動きだからだ。ヘイグリットの中に存在するアディーユは刀身が伸びる。避けてもこの長大なヘイグリットの間合いの内側であれば、その剣は追ってくる。だから骨身を斬らせてでもその攻撃を断たねばならないが、ヘイグリットが刀を持っていた時と違ってその道が見えない。それほど今のヘイグリットの動きに隙はない。やべ、マジ死ぬ。
 けれどもハチドリがその羽を上下するほどの一瞬、手刀とヘイグリットの間に僅かな軋轢を感じた。何だ?
 けれども考えるのは後だ。隙が見えれば体は自然と動く。そのための訓練だ。退く動きを反転して前に踏み込み、振り上げたヘイグリットの右腕、手刀の動きがわずかに揺らぐうちにその懐に飛び込んで肩口から腕を切りとばし、そのままヘイグリットの頭を地面に叩きつける。このまま力を込めれば頭を潰せる。その意思を腕に乗せる。
 一拍置いて、ヘイグリッドの纏う気が雲散霧消した。それを確認して、俺も腕をどけた。見ると、俺の右腕がなんだかゴツゴツと変形していて、爪が長く伸びていた。
「参り、ましたぁ」
「はぁ、俺もマジ死ぬかと思った。ヤベェ」
「ミフネちゃん強すぎますぅ……」
 ヘイグリットはぐったりと地面に伸びたままハァハァと荒い息をつき、まだ起き上がれなさそうだ。
 少し離れたところに落ちていたヘイグリットの右腕を拾って肩口に付けて回復魔法で治療する。
 俺も結構ギリギリで、極度の緊張に体がぐったりと重かった。ヘイグリットの隣にへたり込む。マジキツかった。体がミシミシいうし。そう思って持ち上げた右腕に、やはり困惑する。人じゃない右腕。魔王の右腕。多分これは魔王の力の発露かなにかなんだろうと思う。

 俺はとっさに魔王の力を使おうとしたのかな。うーん、あんまり魔王と関係したくなかったけれど、死んだら元も子もない。だから無意識かもしれない。使えるものはなんでも使うというのは俺の魂に染み込んでいる。
 しばらくしたらもとに戻る気はするんだが、どうにも禍々しいなと思って眺めていると、ヘイグリットも俺の腕を見ているのに気がついた。
「その腕どうしたんですかぁ?」
「んあ? ああ、思わず魔王の力を使っちまった。魔人ってやっぱヤベェな」
「魔王様の? うん? えっ? じゃあ今までのは?」
「素のこの体の力と俺の技術?」
「意味わかんなぁい」
「それよりお前、あれアディーユだろ。でもなんか変だったぞ」
「そうそう、変なんですぅ。なんかアディーユが私じゃないみたいでぇ」
 アディーユがヘイグリットでは、ない?
 『魔剣アディーユ』は『幻想迷宮グローリーフィア』で『ヘイグリット』が選択する複数の魔剣のうちの一つだ。俺はてっきり、ヘイグリットが『ヘイグリット』になったように、もともとヘイグリットが持っていた何かが『アディーユ』という名前を冠したものかと思っていた。けれども違うのか?
 ヘイグリットに何かが混ぜられた可能性があるのだろうか。こんな強靭に鍛え上げた飽和水溶液のような狂人に何かを混ぜられるとは思えないんだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。 前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。 その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。

処理中です...