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10章 この世界への溶性
私の代金
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「カステッロ様。負けてしまいましたぁ」
「そのようだな」
「今晩39階層に行ってきますう」
「ああ」
カステッロ様は私の方など見もせずに淡々と書類をめくり印鑑をついている。後ろに立つ私を振り返ることもない。従者というのはそもそも後ろに立っているものだから、こういうものではあるのだけど。寧ろただの従者がカステッロ様に話しかけることも少ないのだろう。
私についての話し合いもこんな風に私の前で淡々と行われた。数日前、ソルタンとウォルター様が当家にお越しになった。
「従兄弟殿、単刀直入に申し上げる。そこのギローディエはダンジョンの呪いにかかっている」
「ダンジョンの呪いだと? 本気か?」
「ああ。うちのグラシアノもだ。従兄弟殿もギローディエがグラシアノや他の者の位置がわかるのはご存知だろう。この効果は互いに自動で効果が発動する呪いだ。ビアステッド家においてもゲンスハイマー家に逐一その位置を知られるのは問題が出るだろう?」
話を聞くと、私がグラシアノちゃんや他の存在を感知できるのは、ダンジョンの呪いの作用らしい。ウォルター様はそう切切と説く。現在はお互いの位置情報がわかる程度だが、今後より深く潜っていけば、どのような影響が出るかはわからない。だから私からその呪いを取り出す。
ウォルター様はそのように述べて朗らかに微笑んだ。カステッロ様とお話しする際、ウォルター様はいつも楽しそうな表情をされている。けれども二人とも目が全然笑っていなくて、空気がとてもピリピリしている。
「要件を言え」
「当パーティの負担でギローディエの呪いを解こう。具体的にはギローディエには呪いの種が埋め込まれている。それを取り除きたい。命に別状はない」
「断る。現在当家に支障はない。その呪いとやらを取り出せば、こいつに変化が訪れるかもしれんのだろう?」
「いいのかカステッロ・ビアステット。その呪いの種は育つものだ。育てばどうなるかはわからん。発芽して手に追えなくなる可能性はある。奴隷紋が効かなくなる可能性がある」
ソルタンが口を挟む。
カステッロ様の肩がピクリと揺れた。
私の中にある種?
それが何だかはわからないけれど、私は確かに私以外の何かがここに存在することを感じる。私と違うことを考えている。これがグラシアノちゃんをものすごく嫌ってる。これが発芽するってどういうことなんだろう。グラシアノちゃんと戦うってことなのかな。それはなんだか、嫌。
「奴隷紋が? まさか。賢者殿でも他人の施した奴隷紋をどうこうすることはできないだろう?」
「通常はそのとおりだ。けれどもそもそも奴隷紋というのはその個体を対象として縛るものだろう? つまりギローディエを対象としている。そして呪いの種は対象、つまりギローディエ本人を変質させるものだ。対象が大幅に変化すれば、奴隷紋は同一性を認識できず、効果を失う」
「……そうなのか? ギローディエ」
カステッロ様が振り返って私を眺める。その瞳は何も感情を映していないけれど、強く返答を促す圧がある。
「わからないわ……奴隷紋をどうこうしようとか思ってないもの」
「ふん。じゃあ試してみるか?」
思わず私の肩がびくりと上がった。きっと禄でもない命令が飛んでくる。
カステッロ様は疑り深い。きっと私が心情的にも拒否したいような命令をして、それを打ち破れとでも命じるのだろう。けれども私は拒否できない。嫌だな。でもあの暗闇よりはずっといい。
「カステッロ・ビアステット、今試しても意味はない。おそらく今のギローディエには今の奴隷紋は有効だ」
「要領を得ないな。では何が問題なのだ? 賢者殿、お前のところの従魔も呪いにかかっているのなら、お前のところの呪いを解けばいいだけだろう? その種とやらが原因なら、それで問題はなくなるはずだ。何故わざわざうちに来る」
「うちのグラシアノはすでに呪いが発芽した。その成長に合わせて、一般的な奴隷紋では制御できなくなっている。今は俺がオリジナルの紋でなんとかしている」
オリジナルの紋?
そういえば普通の奴隷紋はその身に削り込むものだけれど、グラシアノちゃんの紋は筆で描くもので痛くないみたい。それに命令も最低限って聞いた。羨ましい。あの魂に直接楔を打ち込まれるような痛みと不快感。思い出すと体が硬直する。あれを感じなくていいなんて。
「その発芽というのは何なのだ?」
「それを調べたい。ギローディエから種を取り出し、俺の素体に植えて観察する。すでに同様の個体で実験を行っている。ギローディエに関して後遺症等が生ずる可能性は極めて低い」
「ギローディエを貸すとして、対価は?」
「従兄弟殿、これは貴家に利益があることなんだがな」
ウォルター様が肩をすくめる。私はその、発芽をすると私じゃなくなっちゃうのかな。この私の奥底にあるとても冷たい何か。これが無くなると、きっと随分楽になりそう。けれどもカステッロ様はビアステット家に利益がなければ動かないだろう。
「東部街道近くに建設中の駅近くの空き地をビアステット家に開放しよう。5年間無償で使用していい。物流拠点にでも小規模市場を立てるにも自由にするがいい」
ウォルター様はカステッロ様の机の上に地図を広げる。カステッロ様は手元の用紙にさまざまな計算を書き付ける。私にはさっぱりわからないけれど、ウォルター様がこうすれば利益があがるとか意見を述べ、カステッロ様が構想をメモしながら値段を折衝する。
最終的に、8年の無償貸与と、それ以降も優遇的借款する権利で纏まった。
よくわからないけど、ものすごく利益が出るみたい。私はそれをぼんやりと聞いているだけだ。
「そのようだな」
「今晩39階層に行ってきますう」
「ああ」
カステッロ様は私の方など見もせずに淡々と書類をめくり印鑑をついている。後ろに立つ私を振り返ることもない。従者というのはそもそも後ろに立っているものだから、こういうものではあるのだけど。寧ろただの従者がカステッロ様に話しかけることも少ないのだろう。
私についての話し合いもこんな風に私の前で淡々と行われた。数日前、ソルタンとウォルター様が当家にお越しになった。
「従兄弟殿、単刀直入に申し上げる。そこのギローディエはダンジョンの呪いにかかっている」
「ダンジョンの呪いだと? 本気か?」
「ああ。うちのグラシアノもだ。従兄弟殿もギローディエがグラシアノや他の者の位置がわかるのはご存知だろう。この効果は互いに自動で効果が発動する呪いだ。ビアステッド家においてもゲンスハイマー家に逐一その位置を知られるのは問題が出るだろう?」
話を聞くと、私がグラシアノちゃんや他の存在を感知できるのは、ダンジョンの呪いの作用らしい。ウォルター様はそう切切と説く。現在はお互いの位置情報がわかる程度だが、今後より深く潜っていけば、どのような影響が出るかはわからない。だから私からその呪いを取り出す。
ウォルター様はそのように述べて朗らかに微笑んだ。カステッロ様とお話しする際、ウォルター様はいつも楽しそうな表情をされている。けれども二人とも目が全然笑っていなくて、空気がとてもピリピリしている。
「要件を言え」
「当パーティの負担でギローディエの呪いを解こう。具体的にはギローディエには呪いの種が埋め込まれている。それを取り除きたい。命に別状はない」
「断る。現在当家に支障はない。その呪いとやらを取り出せば、こいつに変化が訪れるかもしれんのだろう?」
「いいのかカステッロ・ビアステット。その呪いの種は育つものだ。育てばどうなるかはわからん。発芽して手に追えなくなる可能性はある。奴隷紋が効かなくなる可能性がある」
ソルタンが口を挟む。
カステッロ様の肩がピクリと揺れた。
私の中にある種?
それが何だかはわからないけれど、私は確かに私以外の何かがここに存在することを感じる。私と違うことを考えている。これがグラシアノちゃんをものすごく嫌ってる。これが発芽するってどういうことなんだろう。グラシアノちゃんと戦うってことなのかな。それはなんだか、嫌。
「奴隷紋が? まさか。賢者殿でも他人の施した奴隷紋をどうこうすることはできないだろう?」
「通常はそのとおりだ。けれどもそもそも奴隷紋というのはその個体を対象として縛るものだろう? つまりギローディエを対象としている。そして呪いの種は対象、つまりギローディエ本人を変質させるものだ。対象が大幅に変化すれば、奴隷紋は同一性を認識できず、効果を失う」
「……そうなのか? ギローディエ」
カステッロ様が振り返って私を眺める。その瞳は何も感情を映していないけれど、強く返答を促す圧がある。
「わからないわ……奴隷紋をどうこうしようとか思ってないもの」
「ふん。じゃあ試してみるか?」
思わず私の肩がびくりと上がった。きっと禄でもない命令が飛んでくる。
カステッロ様は疑り深い。きっと私が心情的にも拒否したいような命令をして、それを打ち破れとでも命じるのだろう。けれども私は拒否できない。嫌だな。でもあの暗闇よりはずっといい。
「カステッロ・ビアステット、今試しても意味はない。おそらく今のギローディエには今の奴隷紋は有効だ」
「要領を得ないな。では何が問題なのだ? 賢者殿、お前のところの従魔も呪いにかかっているのなら、お前のところの呪いを解けばいいだけだろう? その種とやらが原因なら、それで問題はなくなるはずだ。何故わざわざうちに来る」
「うちのグラシアノはすでに呪いが発芽した。その成長に合わせて、一般的な奴隷紋では制御できなくなっている。今は俺がオリジナルの紋でなんとかしている」
オリジナルの紋?
そういえば普通の奴隷紋はその身に削り込むものだけれど、グラシアノちゃんの紋は筆で描くもので痛くないみたい。それに命令も最低限って聞いた。羨ましい。あの魂に直接楔を打ち込まれるような痛みと不快感。思い出すと体が硬直する。あれを感じなくていいなんて。
「その発芽というのは何なのだ?」
「それを調べたい。ギローディエから種を取り出し、俺の素体に植えて観察する。すでに同様の個体で実験を行っている。ギローディエに関して後遺症等が生ずる可能性は極めて低い」
「ギローディエを貸すとして、対価は?」
「従兄弟殿、これは貴家に利益があることなんだがな」
ウォルター様が肩をすくめる。私はその、発芽をすると私じゃなくなっちゃうのかな。この私の奥底にあるとても冷たい何か。これが無くなると、きっと随分楽になりそう。けれどもカステッロ様はビアステット家に利益がなければ動かないだろう。
「東部街道近くに建設中の駅近くの空き地をビアステット家に開放しよう。5年間無償で使用していい。物流拠点にでも小規模市場を立てるにも自由にするがいい」
ウォルター様はカステッロ様の机の上に地図を広げる。カステッロ様は手元の用紙にさまざまな計算を書き付ける。私にはさっぱりわからないけれど、ウォルター様がこうすれば利益があがるとか意見を述べ、カステッロ様が構想をメモしながら値段を折衝する。
最終的に、8年の無償貸与と、それ以降も優遇的借款する権利で纏まった。
よくわからないけど、ものすごく利益が出るみたい。私はそれをぼんやりと聞いているだけだ。
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