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10章 この世界への溶性
闇の中の矢
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「ポナイウェウヌ」
気づけばそう発音していた。その瞬間、グラシアノが距離を取り、ショートソードを掲げる。
何? 何で。
私はグラシアノちゃんが……嫌い。
そう認めると、これまで必死で押さえつけていた何かが箍が外れたかのように心の中を暴走し、私の心を暗く埋め尽くす。憎い。嫌い。いなくなって。死んで。
「シリクンネ」
そう唱えると長弓からぽとぽとと闇が漏れ出した。私は思わず悲鳴を上げる。けれどもその闇は私のいた33階層の凍えるような闇とは違い、垂れ落ちる血のように暖かかった。私に馴染んだ。その闇に包まれると、酷く安心した。だから私は矢を番え、グラシアノに打ち込んだ。
弓から垂れた夜はこの辺り一体を闇に変え、けれども私はその闇の中であれば遠くまで物事の陰影を見通すことができた。
温かい闇は裏腹に乾きを産む。
私は一人だ。
この闇の中でただ一人。
この世界では誰も私を見つけることができない。
そんな孤独感が心のうちをじわじわと侵食していく。それはあの、33階層の冷たい闇と一体何が違うの。あの冷たい闇の中で私を助けてくれたのはカステッロ様。けれどもそんな思い出は闇にかき消され、目の前のグラシアノへの憎しみに収斂していく。
無意識に放った最初の矢を、グラシアノは避けたようだ。
次々と矢を放つ。このクネニの弓は番えさえすれば矢など無限に出てくるんだ。私は何故だかそれを知っている。闇色の弓は次々とグラシアノのいる場所、その左腕部に到達し、カカカと硬質な音を立てる。盾か何かを装備して防いでいるのかもしれない。場所を変え、左側面に回って再び矢を放つ。やはり硬質な音に阻まれた。
特殊な防具でも使っているのか。例えば飛び道具を弾き飛ばすような。そんなアイテムは存在すると聞く。グラシアノの装備は先程と変わったようにはみえなかった。武闘大会では武器防具由来の特殊効果はキャンセルされるから、それで効果が発動しなかったのかもしれない。
グラシアノが私に突進する。それもわかる。闇が教えてくれる。
闇を固めて盾と成し、その突進をいなす。先程の闘技場の負けが思い浮かぶ。グラシアノは最後、予想外の速度で突進してきた。だからひょっとしたら、また何か隠し玉を用意しているかもしれない。
たくさんの闇盾を設置する。その闇盾の隙間を縫ってグラシアノに矢を射掛ける。グラシアノの腕は、よく見れば矢は衾のように矢が刺さっていた。けれどもグラシアノはそれを物ともせず、闇盾飛び越え、掻い潜り、正確に私の位置を追ってくる。
何故こちらの位置がわかるのか。足音は全て闇に溶かしているのに。
そう思ってふと、私のまわりにほわりと微かな光が漂っているのが見えた。それを目で追うと、背嚢が薄っすらと光っていた。銀林檎の枝……。咄嗟に背嚢を投げ捨てようとして躊躇する。銀林檎の枝は綺麗に梱包して持ち歩いている。私が闇に飲まれたときのために。
けれども、こんな戦場で投げ捨ててしまえば壊れるのではないか。あるいはグラシアノが私と間違えて攻撃してしまうのでは? あの綺麗で丸い、温かい光はそれで壊れてしまうかもしれない。そういえばこの闇から感じる暖かさはあの林檎の暖かさに似ている。ひょっとしてあの林檎がこの闇に温かさを与えているのかもしれない。
それならば、林檎を失えば私は本当に、この闇の中に取り残されるかもしれない。嫌だ。真っ暗闇はもう嫌。
一瞬の動転。その間にグラシアのは間近に迫っていた。慌てて長弓で薙ぎ払い、距離を開ける。
駄目だ、集中しなくては。
でも銀林檎をどこかに置いてくる余裕なんてまるでない。だから私の選択肢は林檎ごと背嚢を投げ捨てるか、このまま戦うか、だ。
私の中の魔王は躊躇せず投げ捨てようとする。
けれどもこれは、私にとって大切なものだ。カステッロ様が私にくれた大切なもの。
魔王。あなたは私に何をくれたというの。あの真の闇が漂うフィールドで、あなたは何も私にくれなかったじゃない。私を助けてくれたのはカステッロ様だ。これで暗闇が怖くないだろう、と私にくださったものだ。エルフの森で唯一得られた財宝だったのに。そういえばどうしてくれたんだろう。奴隷の私に。
けれども今は目の前のグラシアノだ。
そう思えば、再びブワリと魔王がさざめく。グラシアノを殺さなければ。
短弓からたくさんの矢を作り、中空で保持する。この矢は私が命令すれば望む位置に飛んでいく。
続いて長弓に力を乗せる。これまでの矢はきっと貫通力が低かった。グラシアノに私の位置がわかるとしても、私にもグラシアノの位置がわかる。必ず貫けるほど力を込める。そう思って見たグラシアノの姿はなんだか奇妙だった。その外縁が妙にぐにぐにと不確かに蠢いている。
何? 装備の特殊能力?
けれども攻撃することには変わりがない。グラシアノがどんな防御をしても貫けるほどの威力の矢を。
「クンネアイウェウヌ」
クネニの長弓は私の左腕と溶け合い、混ざる。それを通じて強い魔力を込める。本来僅かな魔力で強い矢を射出する弓だ。けれども中途半端な威力ではおそらく貫けないだろう。私は魔王グラシアノを必ず殺さなければならない。そうしなければこの乾きは癒されない。だから私は私の持つ魔力、それほど魔力は多くはないけれど、その残りの大半を弓に注ぐ。
そうすると、右手の中で生まれた矢は、何本もの束ねた矢が濃縮するように集まり束ねられ、より細く全てを飲み込むような、暗黒を顕現するかのような矢が生まれた。
気づけばそう発音していた。その瞬間、グラシアノが距離を取り、ショートソードを掲げる。
何? 何で。
私はグラシアノちゃんが……嫌い。
そう認めると、これまで必死で押さえつけていた何かが箍が外れたかのように心の中を暴走し、私の心を暗く埋め尽くす。憎い。嫌い。いなくなって。死んで。
「シリクンネ」
そう唱えると長弓からぽとぽとと闇が漏れ出した。私は思わず悲鳴を上げる。けれどもその闇は私のいた33階層の凍えるような闇とは違い、垂れ落ちる血のように暖かかった。私に馴染んだ。その闇に包まれると、酷く安心した。だから私は矢を番え、グラシアノに打ち込んだ。
弓から垂れた夜はこの辺り一体を闇に変え、けれども私はその闇の中であれば遠くまで物事の陰影を見通すことができた。
温かい闇は裏腹に乾きを産む。
私は一人だ。
この闇の中でただ一人。
この世界では誰も私を見つけることができない。
そんな孤独感が心のうちをじわじわと侵食していく。それはあの、33階層の冷たい闇と一体何が違うの。あの冷たい闇の中で私を助けてくれたのはカステッロ様。けれどもそんな思い出は闇にかき消され、目の前のグラシアノへの憎しみに収斂していく。
無意識に放った最初の矢を、グラシアノは避けたようだ。
次々と矢を放つ。このクネニの弓は番えさえすれば矢など無限に出てくるんだ。私は何故だかそれを知っている。闇色の弓は次々とグラシアノのいる場所、その左腕部に到達し、カカカと硬質な音を立てる。盾か何かを装備して防いでいるのかもしれない。場所を変え、左側面に回って再び矢を放つ。やはり硬質な音に阻まれた。
特殊な防具でも使っているのか。例えば飛び道具を弾き飛ばすような。そんなアイテムは存在すると聞く。グラシアノの装備は先程と変わったようにはみえなかった。武闘大会では武器防具由来の特殊効果はキャンセルされるから、それで効果が発動しなかったのかもしれない。
グラシアノが私に突進する。それもわかる。闇が教えてくれる。
闇を固めて盾と成し、その突進をいなす。先程の闘技場の負けが思い浮かぶ。グラシアノは最後、予想外の速度で突進してきた。だからひょっとしたら、また何か隠し玉を用意しているかもしれない。
たくさんの闇盾を設置する。その闇盾の隙間を縫ってグラシアノに矢を射掛ける。グラシアノの腕は、よく見れば矢は衾のように矢が刺さっていた。けれどもグラシアノはそれを物ともせず、闇盾飛び越え、掻い潜り、正確に私の位置を追ってくる。
何故こちらの位置がわかるのか。足音は全て闇に溶かしているのに。
そう思ってふと、私のまわりにほわりと微かな光が漂っているのが見えた。それを目で追うと、背嚢が薄っすらと光っていた。銀林檎の枝……。咄嗟に背嚢を投げ捨てようとして躊躇する。銀林檎の枝は綺麗に梱包して持ち歩いている。私が闇に飲まれたときのために。
けれども、こんな戦場で投げ捨ててしまえば壊れるのではないか。あるいはグラシアノが私と間違えて攻撃してしまうのでは? あの綺麗で丸い、温かい光はそれで壊れてしまうかもしれない。そういえばこの闇から感じる暖かさはあの林檎の暖かさに似ている。ひょっとしてあの林檎がこの闇に温かさを与えているのかもしれない。
それならば、林檎を失えば私は本当に、この闇の中に取り残されるかもしれない。嫌だ。真っ暗闇はもう嫌。
一瞬の動転。その間にグラシアのは間近に迫っていた。慌てて長弓で薙ぎ払い、距離を開ける。
駄目だ、集中しなくては。
でも銀林檎をどこかに置いてくる余裕なんてまるでない。だから私の選択肢は林檎ごと背嚢を投げ捨てるか、このまま戦うか、だ。
私の中の魔王は躊躇せず投げ捨てようとする。
けれどもこれは、私にとって大切なものだ。カステッロ様が私にくれた大切なもの。
魔王。あなたは私に何をくれたというの。あの真の闇が漂うフィールドで、あなたは何も私にくれなかったじゃない。私を助けてくれたのはカステッロ様だ。これで暗闇が怖くないだろう、と私にくださったものだ。エルフの森で唯一得られた財宝だったのに。そういえばどうしてくれたんだろう。奴隷の私に。
けれども今は目の前のグラシアノだ。
そう思えば、再びブワリと魔王がさざめく。グラシアノを殺さなければ。
短弓からたくさんの矢を作り、中空で保持する。この矢は私が命令すれば望む位置に飛んでいく。
続いて長弓に力を乗せる。これまでの矢はきっと貫通力が低かった。グラシアノに私の位置がわかるとしても、私にもグラシアノの位置がわかる。必ず貫けるほど力を込める。そう思って見たグラシアノの姿はなんだか奇妙だった。その外縁が妙にぐにぐにと不確かに蠢いている。
何? 装備の特殊能力?
けれども攻撃することには変わりがない。グラシアノがどんな防御をしても貫けるほどの威力の矢を。
「クンネアイウェウヌ」
クネニの長弓は私の左腕と溶け合い、混ざる。それを通じて強い魔力を込める。本来僅かな魔力で強い矢を射出する弓だ。けれども中途半端な威力ではおそらく貫けないだろう。私は魔王グラシアノを必ず殺さなければならない。そうしなければこの乾きは癒されない。だから私は私の持つ魔力、それほど魔力は多くはないけれど、その残りの大半を弓に注ぐ。
そうすると、右手の中で生まれた矢は、何本もの束ねた矢が濃縮するように集まり束ねられ、より細く全てを飲み込むような、暗黒を顕現するかのような矢が生まれた。
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