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1章-4 月が欠ける
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アイネお兄さんはそのつるりとした扉を軽くノックした。
「失礼します。『無法と欠けた月』様に『右舷と虹色の夢』様からのお届け物です」
「届け物?」
「そう、僕は商人で、必要なものを必要なところに運ぶんだ」
少し待てば目の前の扉はするりと開き、けれどもその部屋の中は真っ暗だった。僕の村ではドアは手で開けるものだけれど、他の場所だと勝手に開くものなのかな。
けれどもちょっとの先も見えない闇。
闇って美味しいのかな。つぷりと指を挿してみると、なんだかふわりと闇が動く。なんだろう? 指先がほんのり暖かくなったから、真っ黒いところをぺろりと舐めてみたけれと特に味はしなかった。
「ラヴィ! 貴様!」
「うわぁラヴィ君勇気あるねぇ」
同時にカプト様とアイネお兄さんの声が聞こえた。
「え? 何がですか?」
アイネお兄さんはなぜだか目を丸くした。
「普通魔女様の部屋にあるものを舐めたりはしないよ」
「こやつの胃袋はもう何を言っても無駄だ。それによく考えれば、ここの魔女は気にせぬだろう」
「まぁそうでしょうけどね」
『直接舐められたのは初めてだ』
部屋の中の闇が静かにしゅるしゅると部屋の真ん中の方に集まり、次第に濃縮されてぎゅぎゅっと絞られ、細長い黒い影になった。部屋の中の壁は卵色で、目の前の細長い影から伸びた細い糸みたいな影がごちゃごちゃと四方八方に伸びて、部屋の内側に蜘蛛の巣のような模様ができている。美味しいのかな。
「魔女様。今回もご機嫌麗しゅう。次の百年につきましてお喜び申し上げます」
「あなたが魔女様ですか? 食べられるの?」
「馬鹿!」
ええ? だって他に食べ物ないじゃん。酷い。アイネお兄さんがいつのまにか少し遠くに飛び退いている。酷い。
『面と向かって食べられるか聞かれたのも初めてだ。なるほど渡り鳥の子か』
影の魔女様はずるずると床を這うようにぐねぐねと変形しながら僕に近づいて、僕に真っ黒な指を近づけてきたからパクッと齧ったらカプト様が何か叫んだ。
かしゅかしゅしたマシュマロみたいな感じであんまりおいしくはない。あれ? 何か真っ暗でよくわからなくなってきた。
『魔女そのものと思って齧られたのも初めてだ、ふむ』
「魔女よ、どうか寛大に。この者は真に頭が悪いだけなのだ。信じられぬかもしれぬが他意はない」
カプト様酷い……。
でも頭と体がうまく働かない。魔女様って毒なのかな。そういえば前にも似たようなことがあったような。
むゆゆ、ぼんやりする。気がつけば世界が斜めになっている。
『ふむ、真実何らかの意図で我を害そうとするなら、もう少しましな方法を取るであろう。構わぬ。『右舷と虹色の夢』に変わりはないか』
「はい。全て変わらずでございます」
『ならばよい。それとなぜこれを連れてきた。『右舷と虹色の夢』の意志か』
「いえ。私が面白そうだと思ったから、連れてきました。まさか許可を取ろうとすらせずにいきなり齧るとは思いませんでしたが」
『ふうむ。相変わらず奇矯よの。しばし待て』
ぼんやり見ていると、黒く集まった影がさらにぎゅにゅっと絞られ、そして絞られきった細い線の内側から圧力に耐えきれなくなったみたいにつるりと白い光が転がり出た。
『我も変わりないと伝えよ』
「畏まりました」
さっきまでは黒い影から声が聞こえていたけど、今は白い光かがピカピカ光るのと一緒に声が聞こえる。あれも魔女様?
美味しいのかな。なんだか美味しそうな気がする。
『今の我は食べてはならぬ。死ぬぞ』
死んじゃうのは困る、な。
いい匂い。
でも体はくてっと床に倒れていてもうちっとも動かないし。
アイネお兄さんが床に散らばった影を手繰り寄せて鞄に詰めている。あれはあんまり美味しくなかったけど。
それで僕も担ぎ上げられた。アイネお兄さんは結構力持ち。
「それでは失礼致します。おそらくまた次の百年後にもお会いできますれば」
その後はすぐに魔女様の部屋を出て、気がついたら廊下を抜けてお外に出ていた。ビュウビュウと吹き荒ぶ風がさっきより随分強くなっている。
「ふむ。魔女は天候も管理しておるのか」
「この領域は結構特殊でね。昔の勇者がメチャクチャしたからバランスが崩れてるんだよ。でも『無法と欠けた月』の魔女様がお役目以外しないのは、それよりずっと前からだけど」
「勇者はやはりろくでもないのう」
見上げる世界には星しかなくて、なんだか空に浮かんでいる気分。
アイネお兄さんはカバンの中からするすると魔女様の影を出して強い風に吹き流していく。寝転ぶ僕の視界を遮って影は綿菓子のようにふわふわと膨らみ、そのうち自重に耐えきれなくなったのか、ゆたゆたと地上に落ちていった。
「ほう、魔女の肉はこうやって作られていたのか」
「そうですね。まあ捨ててるだけなんですけど」
「あの黒いふわふわしてるのは同じ味?」
「あれ? ラヴィ君起きたの?」
寝てはいなかったような気はするけれど、頭がぼんやりしてよくわかんないや。
「起きてるけど体が動かない」
「あぁまぁ、それはそれで不思議はないというか」
「魔女なんぞ食うたから食あたりしたんだろ」
「魔女様って毒なの?」
「毒……というかそれ以前の問題のような気はするんだけどねぇ」
アイネお兄さんはばさりばさりとかばんをひっくり返し、最後の影も流そうとしている。
「失礼します。『無法と欠けた月』様に『右舷と虹色の夢』様からのお届け物です」
「届け物?」
「そう、僕は商人で、必要なものを必要なところに運ぶんだ」
少し待てば目の前の扉はするりと開き、けれどもその部屋の中は真っ暗だった。僕の村ではドアは手で開けるものだけれど、他の場所だと勝手に開くものなのかな。
けれどもちょっとの先も見えない闇。
闇って美味しいのかな。つぷりと指を挿してみると、なんだかふわりと闇が動く。なんだろう? 指先がほんのり暖かくなったから、真っ黒いところをぺろりと舐めてみたけれと特に味はしなかった。
「ラヴィ! 貴様!」
「うわぁラヴィ君勇気あるねぇ」
同時にカプト様とアイネお兄さんの声が聞こえた。
「え? 何がですか?」
アイネお兄さんはなぜだか目を丸くした。
「普通魔女様の部屋にあるものを舐めたりはしないよ」
「こやつの胃袋はもう何を言っても無駄だ。それによく考えれば、ここの魔女は気にせぬだろう」
「まぁそうでしょうけどね」
『直接舐められたのは初めてだ』
部屋の中の闇が静かにしゅるしゅると部屋の真ん中の方に集まり、次第に濃縮されてぎゅぎゅっと絞られ、細長い黒い影になった。部屋の中の壁は卵色で、目の前の細長い影から伸びた細い糸みたいな影がごちゃごちゃと四方八方に伸びて、部屋の内側に蜘蛛の巣のような模様ができている。美味しいのかな。
「魔女様。今回もご機嫌麗しゅう。次の百年につきましてお喜び申し上げます」
「あなたが魔女様ですか? 食べられるの?」
「馬鹿!」
ええ? だって他に食べ物ないじゃん。酷い。アイネお兄さんがいつのまにか少し遠くに飛び退いている。酷い。
『面と向かって食べられるか聞かれたのも初めてだ。なるほど渡り鳥の子か』
影の魔女様はずるずると床を這うようにぐねぐねと変形しながら僕に近づいて、僕に真っ黒な指を近づけてきたからパクッと齧ったらカプト様が何か叫んだ。
かしゅかしゅしたマシュマロみたいな感じであんまりおいしくはない。あれ? 何か真っ暗でよくわからなくなってきた。
『魔女そのものと思って齧られたのも初めてだ、ふむ』
「魔女よ、どうか寛大に。この者は真に頭が悪いだけなのだ。信じられぬかもしれぬが他意はない」
カプト様酷い……。
でも頭と体がうまく働かない。魔女様って毒なのかな。そういえば前にも似たようなことがあったような。
むゆゆ、ぼんやりする。気がつけば世界が斜めになっている。
『ふむ、真実何らかの意図で我を害そうとするなら、もう少しましな方法を取るであろう。構わぬ。『右舷と虹色の夢』に変わりはないか』
「はい。全て変わらずでございます」
『ならばよい。それとなぜこれを連れてきた。『右舷と虹色の夢』の意志か』
「いえ。私が面白そうだと思ったから、連れてきました。まさか許可を取ろうとすらせずにいきなり齧るとは思いませんでしたが」
『ふうむ。相変わらず奇矯よの。しばし待て』
ぼんやり見ていると、黒く集まった影がさらにぎゅにゅっと絞られ、そして絞られきった細い線の内側から圧力に耐えきれなくなったみたいにつるりと白い光が転がり出た。
『我も変わりないと伝えよ』
「畏まりました」
さっきまでは黒い影から声が聞こえていたけど、今は白い光かがピカピカ光るのと一緒に声が聞こえる。あれも魔女様?
美味しいのかな。なんだか美味しそうな気がする。
『今の我は食べてはならぬ。死ぬぞ』
死んじゃうのは困る、な。
いい匂い。
でも体はくてっと床に倒れていてもうちっとも動かないし。
アイネお兄さんが床に散らばった影を手繰り寄せて鞄に詰めている。あれはあんまり美味しくなかったけど。
それで僕も担ぎ上げられた。アイネお兄さんは結構力持ち。
「それでは失礼致します。おそらくまた次の百年後にもお会いできますれば」
その後はすぐに魔女様の部屋を出て、気がついたら廊下を抜けてお外に出ていた。ビュウビュウと吹き荒ぶ風がさっきより随分強くなっている。
「ふむ。魔女は天候も管理しておるのか」
「この領域は結構特殊でね。昔の勇者がメチャクチャしたからバランスが崩れてるんだよ。でも『無法と欠けた月』の魔女様がお役目以外しないのは、それよりずっと前からだけど」
「勇者はやはりろくでもないのう」
見上げる世界には星しかなくて、なんだか空に浮かんでいる気分。
アイネお兄さんはカバンの中からするすると魔女様の影を出して強い風に吹き流していく。寝転ぶ僕の視界を遮って影は綿菓子のようにふわふわと膨らみ、そのうち自重に耐えきれなくなったのか、ゆたゆたと地上に落ちていった。
「ほう、魔女の肉はこうやって作られていたのか」
「そうですね。まあ捨ててるだけなんですけど」
「あの黒いふわふわしてるのは同じ味?」
「あれ? ラヴィ君起きたの?」
寝てはいなかったような気はするけれど、頭がぼんやりしてよくわかんないや。
「起きてるけど体が動かない」
「あぁまぁ、それはそれで不思議はないというか」
「魔女なんぞ食うたから食あたりしたんだろ」
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