DEVIL

Beeya

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 夕暮れ時のとある東北の田舎道を、少年は歩いていた。

 周りは山に囲まれており、田んぼからは蛙の鳴き声が、近くの林からはセミの鳴き声が流れており、それはまるで、自然という舞台上での、オーケストラを聞いているようだ。
 
 その中を少年は、拾った木の棒をしきりに振り回している。どうやら最新の戦隊ヒーローの真似をしているようだ。
 しかし、振り回すその棒の音が異常に鋭くてでかい。少年の力というよりも、まるで鍛え上げられた大人か、何かの機械で振り回しているようであった。
 同じ年頃の子供がその旋風に巻き込まれたら、大怪我か、もしくは命に関わってしまうのではないか。そんな事を容易に思わす異常な力だった。

 「おーい、勝吾!」

 彼の後方から、昭和から抜け出してきたような、ランニングシャツと半ズボンをはいた坊主頭の少年が、そう叫びながら駆けてきた。
 力の強い少年は振り返り、駆けてきた少年と向き合う。その身体は駆けてきた少年よりも、ふた回りほど大きく、そのTシャツの下にある体からは、少年らしからぬ筋肉の発達による、盛り上がりが見て取れる。

 「勝吾、おめえ、また宇宙戦隊スカイジャーの真似してたべ?すげえなあ、本当のスカイジャーみでえにすげえスピードだったべやぁ。」

 駆けてきた少年が屈託のない笑顔で、大声ではしゃいだ。力の強い少年の名は勝吾。彼も優しい笑顔でこたえた。

 「んだ。最近また、スピードあがってきたんだ。俺もなんだかビックリしでんだ。んで、急いでどうしだんだ?聡史(さとし)?」

 すると昭和の面影の少年「聡史」は、細い目を精一杯大きく開いて、ボクシングの真似をしながら大声で喋りだした。

 「なんでか?っておめえ、何言ってんだ。今日は井上尚哉の再来って言われてる、工藤竜馬の試合だべや!早くかえんねえと、はじまっちまうべぇ。」

 「んだった、んだった。危なぐ忘れちまうとこだった。早く帰ってみっぺや。」

 勝吾は、駄々っ子のようにリアクションを取る聡史の肩を叩き、二人で家路を急いだ。
 肩を叩かれた聡史は、「いってえ!」と叫びながらも、勝吾の力の強さと体の大きさを、まるで自分の事のように誇らしげな笑みを浮かべて、勝吾の後ろを駆けていった。

 2035年。スマホはもう過去の物で、10年ほど前にスマートグラスというメガネが出たが、更に進化して「スマートリング」という、左右の指に装着しておくと、その間に画面がでて、それを操作する。という時代になっていた。
 東京ではすでにほとんどの電柱は無くなり、電線は地中に埋まり、街並みも大きく変わっていた。車のほとんどは自動運転車が走っている。
 そんな時代でも、未だに地方の田舎では電柱があり、田んぼの広がる地域が、当たり前のように存在した。
 
 勝吾達は、そんな田舎の片隅で生まれ育った。2023年。世界を苦しめたウイルスもほぼ終息を迎えたが、
 2028年。南海トラフ地震が日本を襲い、四国地方近辺では多くの被害者が出た。
 しかし、東北の大震災のように、再び日本は結束が強まり、進みはじめていた頃でもあった。
 ほとんど被害がなかった東北地方でも、以前の大震災の恩返しだ。と、東北の多くの人が復興の手助けに向かっていた。勝吾の父親も普段は農家として働いていたが、行けるタイミングをみては、度々四国にボランティアに向かっていた。今日その父親が帰宅しているはずだ。
 
 勝吾も聡史も12歳だった。そんな年の夏。日本の伝説的世界ボクサーである井上尚哉が引退してから数年たった2035年。再び伝説的ボクサーが、日本に誕生しようとしていた。
 
 その名は、工藤竜馬。若干18歳でデビューし、今現在3戦3KOだが、すでに今日行う4戦目の世界スーパーライト級の世界戦で、世界チャンピオンになると言われている天才ボクサーだった。
 日もくれて星が見え始める頃。勝吾と聡史は家に着いた。二人の家は隣同士である。

 二人の家は家族ぐるみの付き合いで、聡史は自分の家にせわしなく帰った後、 大声で「母ちゃん、勝吾の家さ行ってくる!」と叫びながら、大げさに手足をバタつかせながら勝吾の家に走った。
 
 「始まっちまうぞー。」
 
 呑気な調子で勝吾は聡史を迎えた。勝吾の家も聡史の家も、比較的新しく大きな家と庭だった。外には様々な農機具が置かれた倉庫もある。
 この周辺の家も雰囲気も、どこか昭和の面影を残していた。
 
 勝吾の父親の毅(つよし)は、まだ30代中盤で非常に体格が良い。
 最近流行りの、大きくて薄い一枚のシートでできた、壁にはるタイプのテレビに向かって、部屋中響き渡る声で叫んでいる。
 
 「おう、始まったぞ。聡史も早くしろ!」
 
 聡史と毅はボクシングの大ファンだ。それもそのはず、毅は若い頃にアマチュアでボクシングをやっていた。
 高校生の時はインターハイにも出場し、ウェルター級の準優勝までいった男だった。
 
 聡史の父親である吉郎(よしろう)とは同い年の親友であり、昔から隣同士で暮らす、いわば腐れ縁の仲であった。
 吉郎も、若い頃毅とともにボクシングに熱中した。その影響が聡をボクシングファンにしていた。
 「俺たちの腐れ縁が、奇しくも息子達まで受け継ぐとはな。」とは、毅と吉郎の間の口癖である。
 その吉郎は今日は仕事でいなかった。それで聡史はボクシングファンの毅と見たいと思い、勝吾の家にきたのだった。

 19時ピッタリに、テレビが工藤竜馬の試合中継を開始した。
 ひとしきりアナウンサーや歴代のボクサー、芸能人達が挨拶をした後、工藤が入場し、その後アメリカの黒人ボクサー。
 WBC世界スーパーライト級チャンピオン。アーチー·ドナルドが入場してきた。
 
 彼は世界的にも有名な選手で、19戦全勝18KO無敗。
 去年までに1階級下のライト級で5度の防衛を果たし、今年の冬にスーパーライト級のチャンピオンになった。
 今後同階級の統一を目指す、世界中が今後の活躍を期待するチャンピオンだ。
 表情には緊張感も無く堅さもない。コンディションは上々のようだ。
 
 毅と聡史が盛り上がるなか、つまみとビールを出す勝吾の母、早百合(さゆり)と勝吾だけはにこやかにぽけっと眺めていた。

 勝吾は生まれつき体格も力も人並み外れて大きな少年だが、性格はとても穏やかで優しい少年だ。
 なので、父と聡史が盛り上がる気持ちが良くわからない。ただ喜ぶ父親と聡史の様子を見ているのが好きだった。
 
 将来は天文学者になるのが夢だった。しかし、勝吾は子供ながらに感じていた。
 自分の力が明らかに他の同級生達とは違う事を。いつも手加減をしていた。体育の時、運動会の時、友人とのじゃれあいの時、友人と喧嘩になってしまった時。
 小さい時からそうだ。オモチャも、虫も、木の枝も、友人も。 
 少し力を込めただけで、壊れるか、潰れるか、粉々になるか、怪我をさせるかしてしまう。

 本気を出してみたい。本気で走り、本気でじゃれあい、本気で暴れてみたい、本気で喧嘩をしてみたい。
 そんな燃えるような自分が、内側で小さな火種として存在する事を知っていた。
 
 一番恐ろしいのは、人を相手にした場合の結果だった。元来優しい勝吾には、本気で人と対峙した際の結末が恐ろしかった。
 くすぶる小さな自分は、心のタンスにそっと閉まった。そんな小さなものよりも、宇宙科学を勉強したい。学者になりたい。いずれ宇宙に飛び立ちたい。

 遥かにその思いが勝っていた。

 テレビに映る工藤の調子は万全だった。爽やかで端正な顔には自信が満ち溢れている。
 うっすら汗をかいたその体は、筋肉の鎧を着ているかのようだ。
 チャンピオンの名前が呼ばれたあと、工藤の名前が呼ばれる。

 その時、工藤がコーナーから3歩前に出て右手を天に上げ、ゆっくりとそれをチャンピオンへと向ける。
 工藤がデビュー以来必ずやるパフォーマンスだった。
 まだデビューしてから4戦目だが、誰もそれをバカにしたりけなしたりしなかった。
 彼には、人を惹き付けてやまない独自の華と強さがある。

 場内が割れんばかりの歓声をあげる。日本人ボクサーでデビュー間もない選手が、ここまで人々を沸かせるのは極めて珍しい。
 まるで、辰吉丈一郎のように、観客を一つにしてしまう力がある。
 聡史も、父の毅も、鼓膜が割れんばかりの歓声を上げる。
 勝吾は声を発っさなかったが、彼の胸の中では不思議なざわつきが起こっていた。それがなにかは、本人もよくわからないまま、テレビの中の工藤から目が離せない。


 カーン!
 
 ゴングが鳴った。
 二人は軽く左拳を合わせる。と、同時に、ドナルドが飛び込むような左フックを放った。
 
 工藤は小さく上半身を後ろへ引いてよける、いわゆるスウェーバックでかわす。
 しかし、引いたその顎めがけてドナルドが右ストレートを打ってきた。
 スピードも体重も乗った、当たればそれで試合が終わりかねない一撃だった。

 ズバン!そんな音が場内に響いた。
 当たった。当たってしまった!工藤が倒れる。
 勝吾はそう思った。しかし、倒れたのはドナルドだった。

 聡史と毅も場内の観客も、大声で叫んだ。
 毅の声は良く響くので、母は顔をしかめて毅に何か言っている。謝る毅。大きく口を開けた友人の聡史。何が起こったのか勝吾にはわからなかった。

 ドナルドが右を打ってきたそのパンチに、すかさず工藤は右に避けざま左フックを被せてドナルドの右顎を打ち抜いた。
 いわゆるクロスカウンターだ。たまらずドナルドは膝から倒れた。
 膝も笑っているが、彼の口も笑っていた。「こいつ、あのパンチにあわせてきやがった。」という驚きの表情で。
 レフェリーがカウントを進める。セブン、エイト、ナイン。
 立った。膝はまだ震えているが、まだ闘志は切れてない。

 終われるかよ。俺はこれからこの階級にいる他の団体の奴らを倒して、統一王者となり、上の階級に行き、メイウェザーやモハメドアリみたいになる男なんだ。こんなジャップに開始早々やられるわけにゃいかねえ!

 工藤は焦らなかった。ドナルドの目が死んでいない。ここで行くと逆にいいパンチをもらってしまうかもしれない。
 工藤は19歳でまだ若いが、精神的にも落ち着いていた。
 まだ様子を見る。去年まで一階級下のライト級を5度防衛してきた男だ。甘くはない。そう判断した工藤は、ジャブと軽い連打でドナルドをガードの上から叩く。
 そのガードの向こうの目が光っている。左頬のガードが甘い。ドナルドはわざと左頬のガードを甘くした。

 工藤がここを狙ってくる。そこにカウンターで右ストレートを入れて、形勢を逆転するつもりだ。
 だが、工藤はそれを察していた。

 チャンピオンがカウンターを狙っている。ということは、やはり足にまだ力が入らず、自分からは力の入ったパンチはだせないな。
 んじゃ、ここら辺でギアチェンジするか。

 工藤が連打する拳を早めた。ガードの上から構わずだ。
 速い。すごく速い。異常に速い。凄まじく速い。
 
 速さが尋常ではない。軽量級ボクサーよりも速い。勝吾達も、観客も、その光景に静まりかえった。

 いったい何発殴っているんだ?しかも最初ガードの上をお構い無しに当てていたのが、徐々にガードの隙間を狙ってドナルドの顔面を的確に捉え始める。
 ドナルドは驚愕した。なんだこれは?こんな速いパンチは始めてだ。しかもキレが凄くて、当たる度に目の前が真っ白になり体に電流が走ったようになる。こんな速いパンチにカウンターなんか取れるわけない...。しかし、負けるわけにゃいかねえ。とにかく俺も手を出さなきゃ、手を。ここで…。次の…パンチ…に、合わせ…て……。。
 


 気がつくと、大歓声が上がるなか、ドナルドは仰向けになっており、レフェリーが頭上で手を大きく降りながらマウスピースを外していた。
 
 たったの1ラウンド45秒。ドナルドのTKO負けであった。

 
 聡史と毅が横で大はしゃぎするなかで、勝吾は目を丸くして小さく震えていた。いつの間にか拳を固く握りしめていた。

 体に電撃が走ったようだった。衝撃だった。人間があんなに速いパンチを放てるのか?あんなに強そうな外人を、結局1発ももらわずに一方的に倒してしまった。
 大歓声を受けてリング上で子供のようにはしゃぐ工藤が、勝吾には光輝いて見えていた。

 勝利者インタビュー。工藤は薄く涙を流しながら、筋肉質でしっかりした体格に不釣り合いな、甲高い声で語っている。
 親やジムの会長やスタッフに感謝を述べる。更にアナウンサーが聞く。

 「しかし、とんでもないスピードでしたね。今までの3戦では、あそこまでの速い連打は出していませんでしたね?」

 「はい。今までは正直あそこまで速いパンチを出さずとも、勝てたので。世界戦では本気のスピードでやろうと、きめてたんす。
 自分は生まれつき、まわりの友達とかよりも、力も速さも、全然違ってたんですよ。」

 工藤はまだ19歳らしい、幼さの残る表情と口調で明るく答えた。
 それがまた彼らしい。不思議と憎めない。不思議な魅力だった。

 勝吾は工藤のその発言に更に衝撃を受ける。
 生まれつき、友達よりも力も速さも違う…。
 この人は、僕と同じなのではないか?僕は心の中で人と違うことを、どこか隠そうとしている。
 いつも加減をしながら、友人と接している。
 でもこの人は、隠すことなく明るく皆に話している。
 そして、僕も皆もその力に魅了されている…。

 驚愕と感動が勝吾を埋め尽くした。

 「僕もこの人のようになりたい。」
 
 無意識に勝吾は声に出していた。
 頬を紅潮させながら立ち尽くし、握っているその拳は小刻みに震えていた。
 
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