[短編]PANDEMIC - 僕と感染少女 -【R-18】

朔村ナギ

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PANDEMIC

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 空が青かった。
 白い雲との絶妙なコントラストは、まるで雑誌のグラビアか旅行会社のチラシのようにあざやかだ。
 階段を駆け上がって来たためやや汗ばんだ躰に、風が気持ちいい。印刷物ではこの涼やかな風までは表現できないだろう。
 校舎の屋上は静かで、まるで足もとで起きている惨劇が嘘のようだった。



 閉じていたドアがゆっくり開いた。
 たったひとり屋上まで逃げてきた僕の前にあらわれたのは、おなじクラスの緋邑那由子ひむら なゆこだった。

 緋邑那由子であったもの、と言うべきだろうか。

 彼女は理知的で容姿も性格も良く、ほかの生徒からの人気も上々でクラス委員長を任されていた。
 しかし、いまやその面影はまったくなく、緩慢な動作で近づいてくる姿は、まるで映画で見た「生ける屍」のようだ。
 緋邑那由子はあきらかに感染していた。



 突如としてあらわれた新種のウイルスは、なんの対処法も見いだされないまま、爆発的に感染者を増やしていった。
 わかっているのは体液によって感染することと、感染すると理性を失い性の欲求のみで行動するようになることくらいである。つまり、強姦魔になって犯しまくり、犯された者もまた強姦魔になるわけである。幻獣だか悪魔だかの名前を取って一般的には「サキュバスウイルス」と呼ばれている。感染の仕方は違うがゾンビみたいなものだ。
 それがなんの前触れもなく下の階から広まり、あっという間に学校全体に蔓延してしまった。
 予兆はあったのかもしれないが、気づいたときには感染者が教室に殺到してきていた。
 ちょうどトイレから戻っていた僕は廊下にいた感染者たちを振り切って走った。
 いまも僕の足の下では感染した生徒たちがやりまくっているに違いない。
 助けを呼ぼうにも住宅街からは遠く、声の届きそうな範囲に人影は見えない。
 人気がないと言えばなさ過ぎる。どこかのクラスが体育の授業をやっていてもいいはずだが、グラウンドにも誰もいなかった。
 感染者は理性は失ってもおぼろげながら過去の記憶は残っているという。
 誰も屋上に来ないのは、ここに鍵がかかっていることを知っているからか、ここで過ごした記憶がないからだろう。
 「かかっていないこと」を知っていて、ここへきた経験があるのは、僕と緋邑那由子だけだった。
 彼女は記憶をたどって、ここに僕という「獲物」がいることを思いついたのだろうか。



 なんとなく居場所がなくて屋上にたどり着いた。
 友達がいないとか、特別まわりに合わせられないというわけではない。
 だけど、集団でいるよりはひとりのほうが楽だった。
 ドアノブをガチャガチャまわしてみると思いがけず扉が開いた。
 試しにまたノブを捻ると、今度はロックされた。
 どうやら、鍵が壊れているらしい。
 以来、毎日昼休みはここで過ごしていた。
 そこに、緋邑那由子があらわれた。

「屋上に出られたんだ……ここ、式守しきもり君の秘密の場所?」

「いや……そんなことはないけど」

 僕はたどたどしく答えた。
 他愛のない会話を少しだけしたはずだ。
 女子と突然ふたりきりになって舞い上がっていたのでよく覚えていない。
 彼女もまたひとりになれる場所を探していたとか言っていたと思う。

「またお邪魔してもいいかな」

 昼休みが終わるころ、彼女が知性あふれる深い輝きをたたえた瞳で僕を見つめながら聞いてきた。
 長い真っ直ぐな髪が風に揺れている。
 僕は「もちろん」と答えた。
 それから彼女は週に一、二度屋上に来るようになった。
 ふたりでいるときは、とくに会話が盛り上がるでもなく、ならんでぼんやりと風景を眺めてることが多かった。
 ある日、彼女が言った。僕が空を見ながら「最近、毎日上がって来るなあ」と思ってたときだ。

「はじめてここに来たとき、じつは式守君のあとをつけてたんだ……いつも昼休みいないけど、どこに行ってるのかなあって。図書館や部室ものぞいてみたんだけど見つけられなかったから」

 それは僕に興味があると受けとっていいのだろうか?
 「これは会話を上手く進めれば告白の流れになるのかもしれない!」と思ったが、どぎまぎした僕は「そうなんだ……?」としか言えなかった。
 彼女は僕がもう少しなにか言うのかと待っていたようだが、なにも言わなかったので、小さく「うん」とうなずいてニコリと笑いかけたあと、また風景を眺めていた。



 それが、一週間ほど前になる。
 僕が毎日図書館に行っていれば、彼女も図書館に来るようになっただろうか?
 彼女の気持ちを聞く機会は永遠に失われてしまった。



 いま、こちらへ歩いて来ているのは緋邑那由子であって緋邑那由子ではない。
 乱れてはいるものの長い黒髪はそのままだが、澱んだ眼差しにはかつての知性の光は一片もなかった。
 僕は彼女の姿を見て、いたたまれない気持ちになった。
 制服は着ているがところどころ破れ、胸もとがはだけている。本来の彼女であればこんな姿はけっして人には見せないだろう。
 なによりも痛ましいのは、白いソックスが太股の内側をつたってきた血で赤く染まっていることだ。
 感染しているということは、つまり犯されたということである。生理中ということも考えられるが、男の噂など聞いたことがないので、おそらく処女だったのではないだろうか。
 僕は思わず目をそらした。
 彼女をこんなにしたやつらが許せなくて、爪が手のひらに刺さるほど拳を握りしめた。
 緋邑那由子が目前まで迫ってきた。
 背後は落下防止用の柵である。
 彼女を振りきっても、階下には感染者がひしめいている。
 無事に校舎から脱出することを半ばあきらめてはいたが、感染者を間近に見ると躰が勝手に震え出した。
 彼女が下からのぞき込むように顔を近づけてきた。
 どんな目に合わされたのだろう。毛細血管が切れて片目は真っ赤になっているうえに、唇の端は青紫色に変色し血が滲んでいた。

「シき……モリ、く……ん」

 驚いたことにその唇から言葉が発せられた。
 感染すれば完全に知性はなくなるものだと思っていたが、彼女は僕が誰だかわかっているらしい。
 僕の頬を包むように両手のひらを伸ばしてくる。
 手の甲や指関節の辺りも傷だらけだった。

「ナゆこ……よご、レタ……」

 犯されたことを言っているのだろう。
 いっそう胸が苦しくなった。

「でモ……スキ」

 彼女の目に大粒の涙が溜まっていた。
 このくらい理性が残っているのならまだ病院に行けば助かるのではないかと思った。

「すっ……すきっ、すきすきすきすきスキスキスキスキスゥ!」

 だが、甘かった。
 彼女は僕の顔を抑えると唇にむしゃぶりついてきた。「情熱的」という言葉をはるかに越えた激しさで唇をむさぼり、舌で力強く舐め上げる。犬が大喜びで飼い主の顔を舐めるときよりひどい。
 彼女の躰を手で押しのけようとするが、僕の頭を掴んでいる力のほうが何倍も強く離すことができない。押す手が彼女の柔らかい胸を裂けた制服の上から掴んでいるが気にしている余裕はない。
 「痛いよ、緋邑!」と言おうとして口を開いたため舌の侵入を許してしまった。
 押し倒された。
 女と思えない力だった。
 息が荒い。まるで獲物に食らいつく野獣のようだ。
 いま愛の告白をされたような気がするが、確認している間もなかった。
 緋邑は僕の上に馬乗りになると、凄まじい力で僕の制服を破りだした。
 ベルトを引きちぎるほどの力である。逃げ出せるはずもなかった。
 彼女がふたたび唇を求めて覆いかぶさる。
 片手は僕の股間をまさぐっていた。
 こんな状況にあるにもかかわらず、僕のモノは大きくなっていた。
 これがウイルスの威力なのだ。感染者の近くにいるだけで欲情してしまう。感染していなくても、触れられただけで性欲の虜になってしまうのだ。
 だが、いまはウイルスのせいにはしたくない。
 緋邑だからだ。
 相手が緋邑だからこんなことになっていると思いたかった。
 緋邑が僕のモノを自分の股間にあてがった。
 あふれ出す分泌液でそこはヌルヌルだった。
 腰を落とし狭くきつい穴にニュルンと飲み込む。

「アアアアアアアア!!」

 彼女が背中をのけ反らせ獣のように叫んだ。

「うわぁっ……!」

 僕もはじめての感触に思わず声を上げた。
 まさかこんなかたちで童貞を喪失するとは思っていなかった。相手が緋邑なのがせめてもの救いだ。

「アアッ、アアッ……ジッ、ジギモリグン……ギモヂイイィッ!」

 彼女はロデオでもするように僕の上で腰を揺さぶった。

「ううっ!」

 僕はあっけなく彼女の膣内なかで果てた。我慢なんてできないほど、彼女の動きと締めつけは激しかった。
 射精しても僕のモノはまったく萎えるようすはなかった。それどころか、さらに硬く大きくなっている。

「ひっ、緋邑ぁっ!」

 僕は彼女の尻に手をまわし、鷲掴みにすると、下から激しく突き上げた。
 そのまま、また射精する。しかし、欲情は狂おしいほどに高まる一方だ。

「シ、シキ……モリ……」

 緋邑が僕を見下ろしていた。
 視点が定まらず、どこか死人のようでもあるが、その目から大粒の水滴があふれて、僕の頬に落ちた。

「ナユ……コ、ウレ……シ」

 僕はその言葉を聞いていただろうか。
 欲情に駆られ、自分でも信じられない力で緋邑の制服を左右に引き裂くと、あらわになった乳房を揉みしだきながら腰を振った。

「ヒアアアアアアアッ!!」

 空を仰ぎ歓喜の声を上げる緋邑の膣内にまた大量の精液を放った。
 射精するたびに脳から火花が出るようだ。
 だんだんなにも考えられなくなる。
 最後に見たのは僕の上で狂ったように腰を振る緋邑那由子。
 最後に聞いたのはその雄叫びのようなあえぎ声。
 そして、緋邑の向こうに見えるあざやかな青い空が……なんだかバタバタとうるさいような気がした。





 「第二空挺部隊、現場上空に到着、校舎周辺は陸上部隊によりすでに封鎖が完了。屋上に生徒が二名、パターン赤と青……いえ、赤に変わりました、感染した模様です」

 「第二部隊は屋上の二個の汚染体を排除、その後屋上に降下、屋内の汚染体をせん滅せよ」

 「了解、屋上の汚染体を排除後降下し屋内を浄化……作戦開始します」

 二十人乗りの軍事用ヘリの中で無線を持った兵士が重々しく頷くと、数人が校舎の屋上に向かってライフルを構えた。





 PANDEMIC

 END
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