未熟な人魚姫の宝石

奈月 空

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1話 はじまりはdiscord

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 キラキラと輝くエメラルドグリーンの海、そこにポツリと小さな島国が存在した。

"オーランド国"

 小さい島国ながら貿易は盛んに行われ、様々な人々が出入りする活気ある国だ。
 その中でも世界一だと称されるのが"宝石"だ。
 宝石の煌めきも装飾さえ、どの国にも負けることはないが世界一だと言われるにはまた別の理由がある。

 オーランド国の作る宝石には魔力がやどり、その宝石は機械の動力や火・水を起こし人々の生活を支えてくれる特別な物である。
 宝石の生成を学ぶ学院もオーランド国にあるため4月の初めには大型船がいくつも港に止まる。

 街はずれの丘から大きな荷物を抱えた少女が海に浮かぶ何隻もの船を眺めていた。
 絹糸のように綺麗な桜色の髪を風になびかせ、青色の瞳は空の色よりも濃く、キラリと輝く。

「あの船にたくさんの学院生が乗っているんだなぁ」

 彼女は、そう呟き髪を耳にかけた。
 その耳は人間の耳とは違い、彼女と同じ髪の色の鱗とヒレで出来ている。彼女のような種族のことを人は、人魚と呼んでいた。

 少女は、ひとしきり船を眺めた後街へと続く道を歩こうと一歩、足を進めたが後ろから聞こえる足音にまた歩くのをやめる。

「シレーヌ! シレーヌ、待って」

 呼び止められた少女、シレーヌよりも少し小さい男の子が息を切らせて走ってきた。
 ふわふわとした蜂蜜色の髪が、くしゃりと乱れている。

「これ、学院の通行証」
「ありがとう」

 この通行証がなければ学院の中へとは入れない、入学式へも間に合わないところだった。

「べつに、礼はいいよ。学院入ったら僕はいないのだから、今日みたいに大事な日に忘れ物とかするなよ」
「大丈夫、忘れ物なんてしないよ。あ、お礼に1曲歌おうか?」

 シレーヌは、歌おうと息を吸い込むと顔を青くした彼に手で口を抑えられた。

「え!? いや、いい、いらない。それよりほら、早く行かないと遅刻するぞ!」
「あ、ほんとだ……。じゃあ、行ってきます」

 小さい頃から一緒に育った幼馴染に、大きく手を振って挨拶をすると彼には珍しく手を振りかえしてくれた。





「もう、耐えられねぇよ!」

 そう言い残し、勢い良く扉を開けて去っていく元パートナー。
 シレーヌは重いため息をはくと床に座り込んだ。
 入学して1ヶ月が経った。周りの人達は三年間共に学ぶパートナーを決めているのに、シレーヌはまだ決まっていなかった。
 正確には、パートナーは出来ても先程のように逃げ出し、パートナーを解消されてしまう。

 コンコンと扉を叩かれ、開けると艶やかな黒髪を肩ぐらいまで伸ばし、耳は黒に近い青色の鱗とヒレでできた人魚の女性と赤茶色の少し癖のある髪をした男性が立っていた。

「またなの?」

 女性が眉間にシワをよせながら聞いてくる。それに頷くとため息を吐かれた。

「次、この部屋借りているのだけど…… 練習見て行く?」
「うん、見て行く。ありがとう」

 まともな練習が今まで出来ていなかったシレーヌにとって彼女の申し出はありがたかった。
 部屋の端にイスを置くとシレーヌは、そこに座り練習の準備をする彼女らを眺める。
 黒髪の女性は、フェール。赤茶色の髪をした男性は、ラウト・クランツ。
 入学式の日、席が隣になりこの学校について詳しく教えてくれたのが彼女達だ。今もこうして話してくれる数少ない友人。

 ラウトがヴィオラを構え、弓を弾くとフェールがそれに合わせて歌い出す。
 ヴィオラの音と彼女の凛とした歌声が綺麗に合わさる。
 何分か歌っていると彼女の右目から一滴の涙が流れた。輝きを散りばめながら落ちた雫はコツリと音をたてて転がる。転がったのは真っ黒い石だった。
 フェールは黒い石を拾うと石のあちこちを観察してはため息を吐いた。

「失敗?」
「ええ、黒曜石でもないわ」

 フェールは肩をすくめるとラウトに石を渡す。ラウトもその石を眺め始めた。

 オーランド国の宝石作りは特殊だった。
 人が楽器でメロディを奏でそれに合わせて人魚が歌い涙を流す。不思議なことにその涙は宝石へと変わりさらに魔力が宿るようになるのだ。

「うん、本当にただの石だね」
「捨てようか」

 石はフェールの手に渡り、そのままゴミ箱に入れられそうになる。思わずシレーヌは、彼女の手を掴んだ。

「待って! その石、私に頂戴」
「え、でもただの石よ?」
「失敗もしたことないから参考に持っていたいの、お願い!」

 両手を組んでフェールに頼み込む。
 フェールは、シレーヌの頭に手をポンっと置くと微笑んだ。

「私は別に構わないわ。ただ、失敗もしたことないってどういうこと?」

 その微笑みのまま顔を近づけられ、ホッとしていたシレーヌは一気に冷や汗をかいた。
 ラウトが傍らであたふたしているのが見える。

「えっと、パートナーを何回も解消されているじゃない?いつも相方の方が練習途中で飛び出しちゃって……」
「宝石生成までいってないのね」

 フェールは、時間を確認するとラウトとシレーヌの顔を交互に見る。

「時間は、まだあるし…… ラウトと一回やってみたらどう?」
「いいの!?」

 フェールの両手を掴んで彼女の目をじっと見つめるとフェールは頷いてくれた。
 そのままラウトにも顔を向けるとにこりと笑ってくれた。

「いいよ、さっき弾いた曲でいいなら」
「うん、お願いします! 2人ともありがとう」

 フェールがシレーヌの座っていたイスに座るとラウトはヴィオラを構えた。
 チラッとシレーヌに目線を送るとゆっくり弓を動かし始めた。
 先程と変わらないメロディが流れる。
 ドキドキと胸が高鳴るのを感じながらシレーヌは歌い始めた。
 一瞬、ヴィオラの音がズレた気がしてラウトを見ると少し眉間にシワがよっている。温厚な彼にしては珍しい表情だった。
 ラウトの視線が向けられて慌てて歌に集中する。
 目を閉じて、声に気持ちをのせる。
 歌うことはこんなにも楽しく嬉しいことなのだと聴く人に届くように…………。

 曲が終盤に向うと不思議な感情が押し寄せてきた。
 悲しいような、苦しいような。その一方で楽しい、こんなにも好きなのだという感情が胸いっぱいに拡がる。
 耐え切れない程のその気持ちはシレーヌの一滴の涙となって溢れてきた。

 曲の最後の音が鳴ると同時にコツリと音をたててシレーヌの涙は床に落ちた。
 部屋の中が静かになるとシレーヌは力が抜けたのか床に座り込んだ。
 コロリと床に転がるのは、黒い塊。誰が見ても失敗だとわかるそれをシレーヌは愛しい我が子を初めて抱くように、ゆっくり手を伸ばし優しくその石を包み、拾い上げた。

「ラウト、フェール。本当にありがとう」

 ぎゅっと石を胸の上で握りしめ協力してくれた二人にもう一度お礼を言った。
 そんなシレーヌに、フェールは悲しげな表情でシレーヌを抱きしめ、ラウトは眉間にシワを寄せ苦しげな表情をしていた。

「シレーヌ、君は……」

 ラウトが何かを言いかけたその時、バンッと荒々しく扉が開かれた。
 反射的に三人は扉の方に視線を向けると険しい表情をした青年が立っていた。
 フェールと同じ艶やかな黒髪にキリッとした目の瞳はまるで銀色の月のように薄い灰色ながらも煌めき、身長180以上は、あるだろうか見上げるほど高くスラッとしていた。
 その美しい青年は三人をただ黙って3人を睨み付けていた。

「あ、あの何か?」

 フェールが恐る恐る声をかけると青年の視線はフェールに向けられ、その後フェールに抱き締められているシレーヌへと視線を移した。
 長い脚であっという間にシレーヌと青年の距離は縮まった。

「お前か」
「……はい?」

 シレーヌの声に突き動かされたのか、青年はシレーヌの首を掴んだ。
 突然の行動と彼の気迫にその場を縫いとめられたかのように動けない。

「その声、お前だな。先程歌っていた奴は……」
「……だったら何よ。何か文句でもあるの」

 彼に睨まれながらもシレーヌは負けじと言い返した。
 睨み付け怒ったシレーヌに青年は少し口角をあげると鼻で笑った。

「文句? はっ、おおありだね。お前の歌は美しい曲への冒涜だ。まぁ、奏者の演奏も聴くに堪えないものだったが……お前は、もはや問題外だ。人魚とは歌の上手い種族だと思っていたが例外も居たようだ考えを改めさせられたよ。即刻、この学校を退学することをお勧めしよう」

 青年は、扉に手を向け退場するよう促す仕種をしてみせた。
 その仕種にカチンときたシレーヌは立ち上ると青年の頬に向けて勢いよく手を振り上げた。
 バシンッと頬を打つ音が部屋中に響く。青年の頬は痛々しく赤くなっている。

「言いたいことはそれだけ? いきなり部屋に入ってきたと思ったら何? 私の歌に文句があるなら、的は私だけに絞ればいい。大切な友人を巻き込まないでちょうだい!」
「シレーヌ……」
「大切な友人ね、隠し事はもってのほか悪いとこを指摘もせずただ良いとこだけを並べ立てる、そんな友人なぞ意味もないだろう」

 青年は腕時計へと視線を向けると立ち去ろうとシレーヌ達に背を向けた。

「待ちなさい。あなた、人魚がこの学校を退学するということはどういうことかわかっていて言ったの?」

 フェールの問いかけに青年は立ち止まるとジッとフェールを見つめて言った。

「もちろんだ。俺は先生に呼ばれているからこれで失礼する。練習の邪魔をしてすまなかった」

 今度こそ青年は部屋から出て行った。
 静かに閉められた扉を3人はしばらく見つめる、静寂を破ったのはシレーヌだった。

「もう、あの男何様のつもりよ! 偉そうに、絶対友達いないわよ」
「彼は、ラルゴ・アルバーニ。今年首席入学してきた人だよ。僕も入学式の時に彼のピアノの演奏を聴いたけど素晴らしかったよ。あれで彼のメイン楽器じゃないなんて聞いて驚いたよ」
「そう、彼が噂の首席様だったのね」
「噂?」
「彼もパートナーが決まっていないのよ。顔よし、頭よしさらに首席なんだものパートナーなんて引く手数多よ。だけど練習があまりにも厳しいらしく堪えられなくて解消されてしまうらしいの」

 氷の貴公子なんて呼ばれているのよと聞いたときは、あまりにも彼にピッタリな呼び名に思わず笑ってしまった。

「偉そうにしていたわりに、私と同じでパートナーが決まっていないなんて笑っちゃうわ」

 シレーヌの言葉にラウトとフェールの笑いはぴたりと止まった。

「シレーヌ、あなた本気でパートナー探ししなければ危ないわよ」
「え、なんで?」
「一か月後に中間試験があるのは知っているよね、それに受けられなかった者は即退学って知っていた?」

 ラウトの発言に驚いたシレーヌは声を発することができず、ただ首を横に振った。

「僕達、人間が退学するのは別にいい、音楽は他でも出来るからね。でも、人魚は時間がないだろう?」
「え?」

 時間がない、どういうことだろうかとシレーヌは首を傾げる。

「人魚は18歳になるまでに自分に合った魔宝石を生成できなければ泡になって消えてしまう、知っているでしょう?」
「え、え?えぇえええええぇぇぇ!?」

 本来ならば親に伝え教えてもらえるそれを知らなかったシレーヌは、叫び声を学園中に響き渡らせた。

「ど、どうしよう。私、今16歳だからあと2年しかない……」
「だから、私達はこの学園に入学してきたんでしょう。音楽家が集まるこの学園に!」

 フェールは、シレーヌを落ち着かせるように言うと、シレーヌは「なるほど!」と手を叩いて見せる。

「この学園を出てしまうと外でパートナーなしの音楽家なんて見つけるのは不可能だわ」
「全ての音楽家はココに集まってくるからね」

 ふむふむ、と2人の話を真剣に聞いていると先程のラルゴ・アルバーニの言葉を思い出した。

『人魚とは歌の上手い種族だと思っていたが例外も居たようだ考えを改めさせられたよ。即刻、この学校を退学することをお勧めしよう』

 ということはなにか? この言葉は他の意味も持つことになるじゃないか。
 ふつふつと怒りが沸き起こってくる。

「あの男、私は泡になって消えてしまえ、って言いたかったってこと!?」

 ラウトが、あっと今気づいたように声を洩らし、フェールは気づいちゃったかと額を押さえる。

「やっぱり、あの男ムカつく!!」

 シレーヌの怒り声はラルゴ・アルバーニの元まで届いたのか。
 アルバーニは教師の前でくしゃみをしたとか、しないとか。
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