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第一章 灰かぶり公子
1-5 能無し
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セイン・ロルシー。
くすんだ灰色の髪と、薄い灰色の瞳を持った少年。
ロルシー侯爵家の九番目の男児で、母親は美しい銀の被毛を持つ能力者だったが、セインを出産後まもなくこの世を去った。
末端の息子であり、後ろ盾となる者も、庇ってくれるはずの母親もおらず、さらに、いつまでも成人の兆候がないため、いつしか父親からも見捨てられてしまった。
今や、召使にも劣る扱いだ。
妖狐族は、生まれた時こそ灰色の柔らかい毛だが、幼児期を過ぎる頃に生え変わりを迎え、この時、数日の間本来の姿へと変化する。それを経て、立派な大人の被毛へとなるのだ。発色は、主に金色やそれに近い黄褐色、そして強い浄化の能力を持つという白銀色。
白銀色は貴色とされ、妖狐族の中でも一割といない。また、その毛並みは美しければ美しいほど能力も強大だとされた。
――なるほど、落ちこぼれと言われても仕方がない、か。
なにしろセインはいまだに毛並み、つまり髪色も、瞳もただの灰色。成人の儀式である変化、すなわち妖の姿になる過程を踏んでない、とんだ未熟者ということだ。
セインは、やがて辿り着いた場所で一度足を止めた。
自らの部屋がある別館――。
あの白亜の豪邸とは似ても似つかぬ木造の古い館。もとは使用人たちの住処だったというのだから無理もない。ちなみに使用人たちの館は、新しく建てられたのでここにはセインしかいない。
あえて利点を挙げるとすれば、使用人の衣食住を賄っていたため、それら施設が一通りあるということだ。ベンは部屋の前までくると、さっさと去って行った。
仕事があるからと言っていたが、付き人の仕事は、本来主人であるセインの身の回りの世話や、その使いがほとんどであるはずだ。
ここに居たくないというのが一目瞭然だった。
そこは、家具も何もない掃除もろくにされてないひどい部屋だった。どこで寝るんだと思ったが、部屋の隅に折りたたんだ毛布らしきものがある。
なにしろ、大きな家具はもちろん個人の家具も、当然新しく建てた館に根こそぎ持って行った。要するに部屋だけでなく、館全体がボロボロの廃屋同然だったのだ。
数年前までは、本邸にあるそこそこ豪華な部屋を与えられていたが、妹が生まれたのを切っ掛けにこんなところへ追いやられてしまった。部屋など腐るほどあるだろうに、嫌味たらしいことこの上がない仕打ちだった。
――まあ、なんにせよ一人になれるのはありがたい。
セインは、リラックスした様子で唯一の家具である椅子に座った。悠然と足を組み、肘を抱えるように組むと、片腕を上げてゆっくりと顎のあたりを撫でる。
まるで、ひげを弄ぶようなしぐさだった。
水をぶっかけられるまでのことはぼんやりとしか思い出せなかったが、この数日、二つ歳上の兄であるイゼルがセインの指導(というかイビリだったが)をしていたようだ。
この家では、兄や姉が下の弟妹を指導するのが決まりだった。
イゼルはよくある黄褐色の被毛で、さして異能も振るわず、兄弟の中では落ちこぼれの方だ。そのため、より立場が弱いセインのことをいたぶり、あのように憂さを晴らしてたのだろう。
ようやく頭の中が、霧が晴れていくかのように整理されていった。
果たして本当に転生したのか、あるいは憑依したのかはともかく、安倍晴明の記憶を持ったまま、こうして見知らぬ場所へと放り出されたのは確かのようだ。
ろくな輪廻は望めぬと覚悟していたが、果たしてこれはどういった思惑が働いているのやら……と、抱えている肘をトントンと指で叩いた。
「それにしても能無し、か」
それこそ能力がありすぎて波乱万丈だった晴明は、これは果たしてどちらがマシなのだろうか? と苦笑した。
いっそ過ぎたる力などないほうがいい、と悪態をついたことさえある。
だが、それが本心だったかどうかはわからない。なにしろ、彼はどこまでも力を得ることに貪欲で、努力を惜しまない人物だったからだ。
――むしろ、面白い。
セインはくつくつと喉を鳴らし、どこか楽しそうに幼い顔に似合わぬ、ちょい悪な笑みを浮かべていた。
くすんだ灰色の髪と、薄い灰色の瞳を持った少年。
ロルシー侯爵家の九番目の男児で、母親は美しい銀の被毛を持つ能力者だったが、セインを出産後まもなくこの世を去った。
末端の息子であり、後ろ盾となる者も、庇ってくれるはずの母親もおらず、さらに、いつまでも成人の兆候がないため、いつしか父親からも見捨てられてしまった。
今や、召使にも劣る扱いだ。
妖狐族は、生まれた時こそ灰色の柔らかい毛だが、幼児期を過ぎる頃に生え変わりを迎え、この時、数日の間本来の姿へと変化する。それを経て、立派な大人の被毛へとなるのだ。発色は、主に金色やそれに近い黄褐色、そして強い浄化の能力を持つという白銀色。
白銀色は貴色とされ、妖狐族の中でも一割といない。また、その毛並みは美しければ美しいほど能力も強大だとされた。
――なるほど、落ちこぼれと言われても仕方がない、か。
なにしろセインはいまだに毛並み、つまり髪色も、瞳もただの灰色。成人の儀式である変化、すなわち妖の姿になる過程を踏んでない、とんだ未熟者ということだ。
セインは、やがて辿り着いた場所で一度足を止めた。
自らの部屋がある別館――。
あの白亜の豪邸とは似ても似つかぬ木造の古い館。もとは使用人たちの住処だったというのだから無理もない。ちなみに使用人たちの館は、新しく建てられたのでここにはセインしかいない。
あえて利点を挙げるとすれば、使用人の衣食住を賄っていたため、それら施設が一通りあるということだ。ベンは部屋の前までくると、さっさと去って行った。
仕事があるからと言っていたが、付き人の仕事は、本来主人であるセインの身の回りの世話や、その使いがほとんどであるはずだ。
ここに居たくないというのが一目瞭然だった。
そこは、家具も何もない掃除もろくにされてないひどい部屋だった。どこで寝るんだと思ったが、部屋の隅に折りたたんだ毛布らしきものがある。
なにしろ、大きな家具はもちろん個人の家具も、当然新しく建てた館に根こそぎ持って行った。要するに部屋だけでなく、館全体がボロボロの廃屋同然だったのだ。
数年前までは、本邸にあるそこそこ豪華な部屋を与えられていたが、妹が生まれたのを切っ掛けにこんなところへ追いやられてしまった。部屋など腐るほどあるだろうに、嫌味たらしいことこの上がない仕打ちだった。
――まあ、なんにせよ一人になれるのはありがたい。
セインは、リラックスした様子で唯一の家具である椅子に座った。悠然と足を組み、肘を抱えるように組むと、片腕を上げてゆっくりと顎のあたりを撫でる。
まるで、ひげを弄ぶようなしぐさだった。
水をぶっかけられるまでのことはぼんやりとしか思い出せなかったが、この数日、二つ歳上の兄であるイゼルがセインの指導(というかイビリだったが)をしていたようだ。
この家では、兄や姉が下の弟妹を指導するのが決まりだった。
イゼルはよくある黄褐色の被毛で、さして異能も振るわず、兄弟の中では落ちこぼれの方だ。そのため、より立場が弱いセインのことをいたぶり、あのように憂さを晴らしてたのだろう。
ようやく頭の中が、霧が晴れていくかのように整理されていった。
果たして本当に転生したのか、あるいは憑依したのかはともかく、安倍晴明の記憶を持ったまま、こうして見知らぬ場所へと放り出されたのは確かのようだ。
ろくな輪廻は望めぬと覚悟していたが、果たしてこれはどういった思惑が働いているのやら……と、抱えている肘をトントンと指で叩いた。
「それにしても能無し、か」
それこそ能力がありすぎて波乱万丈だった晴明は、これは果たしてどちらがマシなのだろうか? と苦笑した。
いっそ過ぎたる力などないほうがいい、と悪態をついたことさえある。
だが、それが本心だったかどうかはわからない。なにしろ、彼はどこまでも力を得ることに貪欲で、努力を惜しまない人物だったからだ。
――むしろ、面白い。
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