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第一章 灰かぶり公子
1-10 ベン
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部屋に戻ると、ベンが待っていた。
どこか不満そうな顔なのは、朝食がすでにセインによって受け取られていただめだろう。
身を乗り出すように何かを言いかけたベンを、遮るように口を開く。どう考えても朝の挨拶を述べるものではないと察したからだ。
「……今日は練習場へは行かない、イゼルにそう伝えろ」
出鼻をくじかれて、思わず開きかけた口をぱくぱく動かしたベンは、そのまま縫い付けられたように口を噤んだ。しばらく状況がつかめたかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったように固まっていたが、やがてしぶしぶ「はい」と、ものすごく小さな声で答えた。
なんとも不機嫌そうな顔を隠さず、ふいっと横を向く。
主人と顔を合わせて、開口一番で挨拶ではなくいきなり文句を言いかけるとは何事か、と思わず「今どきの若い者は」的なことを言わなかっただけでもセインを褒めてやりたい。
「それから、もう食事は持ってこなくてもいい。これからは自分で取りに行く」
続けざまにそう言って、さっさと出ていけとばかりに手のひらを振った。
その動作と言動に、思わずカッとなったベンは、見るからに赤らんだ顔で振り向く。それこそ手でも出さないかという勢いだ。普段から、どのようにセインに接していたか火を見るより明らかだった。
「そん、な……勝手に」
「……勝手?」
すっ、とセインがベンを睥睨した。
咄嗟に喉がひゅっとなったベンは、自らが怯んでしまったことを恥じ入るように唇を噛んだ。納得した様子はなかったが、それでも大人しくうつ向いて「わかりました」とだけ、何とか絞り出す。
どう考えてもいつもとは違うセインに、ベンは心底戸惑いつつも「失礼します」と逃げるように去っていく。言葉こそ取り繕っていたが、その態度はどう見ても「後悔するぞ」と捨てセリフのひとつでも吐きそうだった。
乱暴に閉められた扉が、しばらくギシギシと軋む。
セインはゆっくりと歩いてゆき、全体重を乗せるように椅子に座った。そして、天井を見上げるようにして、目にかかるほどの長い前髪をかき上げる。
「……ったく、この身体は」
膝の上に乗せられたこぶしが小さく震えている。
記憶が戻っても、身体の奥底に染み付いた恐れや萎縮はそう簡単に克服できないらしい。身体の大きなベン相手とはいえ、仮にも専属の召使いにさえこれなのだ。もっと立場が上の兄弟や、ましてや父親に会ったら失神してしまわないかと、本気で心配になる。
しばらくして、セインは綺麗とは言えない床に座り込んで、大きな葉や、枯草を束ねたものをポケットから取り出した。情けないことに、札や道具を作ろうにも紙さえないのだ。もともと持っていた道具や荷物は、すべて取り上げられてしまった。
セインはかつてそれを侯爵の指示だと思っていたが、これまでの使用人たちの態度を見るに、彼らが懐に入れたことに疑問の余地はない。
能力を開花できないみっそかすの息子の、そんな細かなことをわざわざ指示するほど関心があるとは思えなかったからだ。
それでも糸を引く者はいたかもしれない。
使用人たちとて、後ろ盾がなければ迂闊なことはしないだろうから。
「まあ、今更だな。関心がないというなら、それもまた重畳。すなわち勝手にしろってことだ」
どこか不満そうな顔なのは、朝食がすでにセインによって受け取られていただめだろう。
身を乗り出すように何かを言いかけたベンを、遮るように口を開く。どう考えても朝の挨拶を述べるものではないと察したからだ。
「……今日は練習場へは行かない、イゼルにそう伝えろ」
出鼻をくじかれて、思わず開きかけた口をぱくぱく動かしたベンは、そのまま縫い付けられたように口を噤んだ。しばらく状況がつかめたかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったように固まっていたが、やがてしぶしぶ「はい」と、ものすごく小さな声で答えた。
なんとも不機嫌そうな顔を隠さず、ふいっと横を向く。
主人と顔を合わせて、開口一番で挨拶ではなくいきなり文句を言いかけるとは何事か、と思わず「今どきの若い者は」的なことを言わなかっただけでもセインを褒めてやりたい。
「それから、もう食事は持ってこなくてもいい。これからは自分で取りに行く」
続けざまにそう言って、さっさと出ていけとばかりに手のひらを振った。
その動作と言動に、思わずカッとなったベンは、見るからに赤らんだ顔で振り向く。それこそ手でも出さないかという勢いだ。普段から、どのようにセインに接していたか火を見るより明らかだった。
「そん、な……勝手に」
「……勝手?」
すっ、とセインがベンを睥睨した。
咄嗟に喉がひゅっとなったベンは、自らが怯んでしまったことを恥じ入るように唇を噛んだ。納得した様子はなかったが、それでも大人しくうつ向いて「わかりました」とだけ、何とか絞り出す。
どう考えてもいつもとは違うセインに、ベンは心底戸惑いつつも「失礼します」と逃げるように去っていく。言葉こそ取り繕っていたが、その態度はどう見ても「後悔するぞ」と捨てセリフのひとつでも吐きそうだった。
乱暴に閉められた扉が、しばらくギシギシと軋む。
セインはゆっくりと歩いてゆき、全体重を乗せるように椅子に座った。そして、天井を見上げるようにして、目にかかるほどの長い前髪をかき上げる。
「……ったく、この身体は」
膝の上に乗せられたこぶしが小さく震えている。
記憶が戻っても、身体の奥底に染み付いた恐れや萎縮はそう簡単に克服できないらしい。身体の大きなベン相手とはいえ、仮にも専属の召使いにさえこれなのだ。もっと立場が上の兄弟や、ましてや父親に会ったら失神してしまわないかと、本気で心配になる。
しばらくして、セインは綺麗とは言えない床に座り込んで、大きな葉や、枯草を束ねたものをポケットから取り出した。情けないことに、札や道具を作ろうにも紙さえないのだ。もともと持っていた道具や荷物は、すべて取り上げられてしまった。
セインはかつてそれを侯爵の指示だと思っていたが、これまでの使用人たちの態度を見るに、彼らが懐に入れたことに疑問の余地はない。
能力を開花できないみっそかすの息子の、そんな細かなことをわざわざ指示するほど関心があるとは思えなかったからだ。
それでも糸を引く者はいたかもしれない。
使用人たちとて、後ろ盾がなければ迂闊なことはしないだろうから。
「まあ、今更だな。関心がないというなら、それもまた重畳。すなわち勝手にしろってことだ」
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