17 / 137
第一章 灰かぶり公子
1-17 侯爵とフロン2
しおりを挟む
「取り壊し予定の旧使用人邸へ移ったそうだな? フロンに戻してやってくれと懇願されたが、そのような命令はしておらんはずだがな」
そう話を切り出した侯爵の視線は、セインの手のひらに乗っている「ひよこ」にくぎ付けになっている。
「あら? そうだったの。わたくし、お父様がそう命じたと聞いたのだけど……」
フロンは、地面に座り込んだ二人の弟を見下ろしつつ、ちらりとベンに視線を移した。
「お付きのベンにも確認したくらいよ」
その頃には、ベンは地べたに膝をついてガタガタ震えている。
「……わしに、挨拶に来なくなったのは?」
「え、これからは本邸へ立ち入るなと、父上が……そう、おっしゃったんですよね」
見上げてくるセインに、侯爵は小さくため息をつく。
ばあやが亡くなって数日は、確かにセインは誰にも会わず部屋に籠っていた。その間に、それまで出入りしていたメイドや召使いが部屋に近づかなくなり、やがて家庭教師も来なくなった。
後でわかったことだが、家庭教師はセインが自らの意思で解雇したことになっていたのだ。
「イゼルにビサンド。お前たちの母親は確か、アミラだったか」
淡々とした侯爵の声に、二人はビクッと肩を跳ね上げた。
「なるほどな……、確か執事の秘書の一人が、おまえたちと同じ家系の傍流であったな」
「どれだけ説得しても本邸に戻らない、セインが意地を張っていると、ベンがわたくしに報告したのは嘘だったのね」
フロンは基本的に侯爵邸に滞在することが少なく、召使たちの伝言による報告に頼るしかなかった。なので、一人で別邸にいるセインを気遣い、ベンを通じて幾度か食事や衣類、家具などを持たせていたというのだ。
当然ながら、セインのもとにはこれっぽっちも届いていない。
食事のちょろまかしだけじゃなかった。せこい食糧欲しさからの馬鹿げた行為だと思ったが、なかなかどうして、かなりの物資の横流しがあったようである。
この時点で、ベンは先ほどから侯爵の前で額に土を付けて土下座状態だ。
火傷を負ったビサンドの側で、イゼルはとうとう泣きべそをかいているし、彼らの召使いは、その後ろでおろおろしているだけだった。
そんな中、ビサンドは地面についた手を、グッと握りしめてようやく声を上げた。
「ちっ、父上っ! 俺……私は、先日より札づくりに参加してます! 少なくとも、変化の儀も終えてないそいつより役に立っているつもりです。なのに、できそこないのセインや、まだ幼いルチアまでが俺たちより待遇がいいのが、どうしても納得いかないのです」
自分は優れているアピールからの、依怙贔屓による不公平が原因であって、俺は悪くないの論理である。ちなみに、ルチアとは次女であり、セインにとっては姉であり、ビサンドやイゼルからは妹となる。
「馬鹿なの?」
それを一刀両断したのは、フロンである。
「……へ?」
はあ――――、とフロンは大きなため息をつく。
「まあ、確かにうちは能力主義なところがあるのは認めるわ。私や、ルチア、六男のウーセは特別待遇で自分の馬車や一人部屋を与えられてる。だけどね!」
私たちは、高給取りなのよ! と、ビシッと言い切った。
「だ、だけど……ル、ルチアはそうかもしれないけど、あいつは落ちこぼれで」
兄に追従するように、べそをかきながらもイゼルが頼りない助け舟を出した。
「そうね、セインはまだ髪色も変わらないし、実力もわからない。でも、あのお部屋はセインに、というよりセインのお母様に与えられたものなのよ。だから、イゼル、お前がどうこうできるものではないのよ」
イゼルは口を噤んだが、それは納得したというより、フロンの圧に押されたといった方が正しい。
「フロン、その辺にしなさい」
「……はい、お父様」
言い足りないとでもいうように唇を尖らせつつも、父親の制止には素直に頷いた。くるっと長い髪を翻しつつ、足元のベンを一瞥することもなく、セインの方へ歩いて行った。
そう話を切り出した侯爵の視線は、セインの手のひらに乗っている「ひよこ」にくぎ付けになっている。
「あら? そうだったの。わたくし、お父様がそう命じたと聞いたのだけど……」
フロンは、地面に座り込んだ二人の弟を見下ろしつつ、ちらりとベンに視線を移した。
「お付きのベンにも確認したくらいよ」
その頃には、ベンは地べたに膝をついてガタガタ震えている。
「……わしに、挨拶に来なくなったのは?」
「え、これからは本邸へ立ち入るなと、父上が……そう、おっしゃったんですよね」
見上げてくるセインに、侯爵は小さくため息をつく。
ばあやが亡くなって数日は、確かにセインは誰にも会わず部屋に籠っていた。その間に、それまで出入りしていたメイドや召使いが部屋に近づかなくなり、やがて家庭教師も来なくなった。
後でわかったことだが、家庭教師はセインが自らの意思で解雇したことになっていたのだ。
「イゼルにビサンド。お前たちの母親は確か、アミラだったか」
淡々とした侯爵の声に、二人はビクッと肩を跳ね上げた。
「なるほどな……、確か執事の秘書の一人が、おまえたちと同じ家系の傍流であったな」
「どれだけ説得しても本邸に戻らない、セインが意地を張っていると、ベンがわたくしに報告したのは嘘だったのね」
フロンは基本的に侯爵邸に滞在することが少なく、召使たちの伝言による報告に頼るしかなかった。なので、一人で別邸にいるセインを気遣い、ベンを通じて幾度か食事や衣類、家具などを持たせていたというのだ。
当然ながら、セインのもとにはこれっぽっちも届いていない。
食事のちょろまかしだけじゃなかった。せこい食糧欲しさからの馬鹿げた行為だと思ったが、なかなかどうして、かなりの物資の横流しがあったようである。
この時点で、ベンは先ほどから侯爵の前で額に土を付けて土下座状態だ。
火傷を負ったビサンドの側で、イゼルはとうとう泣きべそをかいているし、彼らの召使いは、その後ろでおろおろしているだけだった。
そんな中、ビサンドは地面についた手を、グッと握りしめてようやく声を上げた。
「ちっ、父上っ! 俺……私は、先日より札づくりに参加してます! 少なくとも、変化の儀も終えてないそいつより役に立っているつもりです。なのに、できそこないのセインや、まだ幼いルチアまでが俺たちより待遇がいいのが、どうしても納得いかないのです」
自分は優れているアピールからの、依怙贔屓による不公平が原因であって、俺は悪くないの論理である。ちなみに、ルチアとは次女であり、セインにとっては姉であり、ビサンドやイゼルからは妹となる。
「馬鹿なの?」
それを一刀両断したのは、フロンである。
「……へ?」
はあ――――、とフロンは大きなため息をつく。
「まあ、確かにうちは能力主義なところがあるのは認めるわ。私や、ルチア、六男のウーセは特別待遇で自分の馬車や一人部屋を与えられてる。だけどね!」
私たちは、高給取りなのよ! と、ビシッと言い切った。
「だ、だけど……ル、ルチアはそうかもしれないけど、あいつは落ちこぼれで」
兄に追従するように、べそをかきながらもイゼルが頼りない助け舟を出した。
「そうね、セインはまだ髪色も変わらないし、実力もわからない。でも、あのお部屋はセインに、というよりセインのお母様に与えられたものなのよ。だから、イゼル、お前がどうこうできるものではないのよ」
イゼルは口を噤んだが、それは納得したというより、フロンの圧に押されたといった方が正しい。
「フロン、その辺にしなさい」
「……はい、お父様」
言い足りないとでもいうように唇を尖らせつつも、父親の制止には素直に頷いた。くるっと長い髪を翻しつつ、足元のベンを一瞥することもなく、セインの方へ歩いて行った。
0
あなたにおすすめの小説
天才王子、引き篭もる……いや、引き篭もれない
戯言の遊び
ファンタジー
平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」
辺境に飛ばされた“元サラリーマン王子”、引き篭もるつもりが領地再生の英雄に――!
現代日本で社畜生活を送っていた青年・レオンは、ある日突然、
中世ヨーロッパ風の王国「リステリア」の第五王子として転生する。
怠惰で引き篭もり体質なレオンは、父王により“国の厄介払い”として
荒れ果てた辺境〈グレイア領〉の領主を任される。
だが、現代知識と合理的な発想で領内を改革していくうちに、
貧困の村は活気を取り戻し――気づけば人々からこう呼ばれていた。
『良領主様』――いや、『天才王子』と。
領民想いのメイド・ミリア、少女リィナ、そして個性派冒険者たちと共に、
引き篭もり王子のスローライフ(予定)は、今日もなぜか忙しい!
「平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」
社畜転生王子、引き篭もりたいのに領地がどんどん発展していく!
――働きたくないけど、働かざるを得ない異世界領主譚!
こちらは、以前使っていたプロットを再構成して投稿しています
是非、通学や通勤のお供に、夜眠る前のお供に、ゆるりとお楽しみ下さい
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
超能力者なので、特別なスキルはいりません!
ごぢう だい
ファンタジー
十歳の頃に落雷の直撃を受けた不遇の薫子は、超能力に目覚める。その後十六歳の時に二度目の落雷により、女神テテュースの導きにより、異世界へ転移してしまう。ソード&マジックの世界で、薫子が使えるのは超能力だけ。
剣も魔法も全く使えない薫子の冒険譚が始まる……。
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~
九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。
ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。
そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。
しかも精霊の力に満たされた異世界。
さて…主人公の人生はどうなることやら。
俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ
『壽命 懸(じゅみょう かける)』
しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。
だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。
異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる