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第六章 守り神
6-17 町はずれへ
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商店が立ち並ぶ区画に差し掛かると、ずらりとさまざまな店舗が軒を並べていた。表通りに面している店は比較的大きな店が多く、飲食店を始めとした食材店、裏に鍛冶屋を召し抱えた大きな武器防具店、織物や革などを扱った衣料品店、その他雑貨屋といろいろである。
「あれ? ……このお店はお休みかな」
その中でもかなり大きな店舗が、固く門戸を閉じていた。他の店同様、基本はレンガ造りではあるが、土台は切り出した石で、この町では珍しいガラスをはめた木枠の窓もあった。
セインが立ち止まっていると、買い物にきた婦人二人が同じようにこの店を見て噂話をしていた。
「なんでも脱税の上に、町長に怪我を負わせたらしく、財産没収の上、追放……あら、夜逃げだったかしら」
「そんな……ご主人、温厚で誠実な方だと思っていたのに」
婦人たちの話はまだ続いていたが、セインは再び歩き出した。
今回の依頼に無関係だったからだが、なぜか少し気になった。町長本人に会ったことはないが、あのボラックの叔父だということで、セインの中で好感度はあまり高くなかった。
ただの噂話とはいえ、財産没収や追放命令が本当なら問題だ。町長は貴族ではないと言っていたし、少なくとも、土地の権利や町民の移動など、ここの荘官のカナートの許可が必要だからだ。
「兄上は知っているのかな。機会があれば、聞いてみるか」
通りすがりの、ちょっと気になったくらいの案件なので、セインはそのまま町はずれへ向かった。当然ながらこっちが本題なのだ。
「もうすぐ砂漠方面への、町の出口付近だな」
後ろを歩いていたサキが、こほんっと小さく咳をした。
「す、すみません、喉が。ほこりっぽい、です」
何度か咳き込むサキの言うように、足元も砂でじゃりじゃりしている。
この辺りまでくると、貧しい人々の小さな家がごちゃごちゃと立ち並んでいる。それでも、通り沿いの家はまだましだった。
ほとんどが市民権、すなわち戸籍を持っており、中央の商店の店子や、カナートが立ち上げて役場が指導するレンガ作り、近くの石切り場への派遣などで生計を立てることができる。
それが裏通りともなると、流民を始め、他国からの難民などがたむろしており、一気に治安が悪くなる。カナートもいろいろ手を尽くしてはいるが、なかなか管理が行き届かないというのが実情だった。
『若い人はあまりおりませんね……』
「そうだね、ほとんど働きに出ているのだろう。でも、聞きたいのは年配の方にだから、問題ないよ」
ゆらの言葉に頷いたセインは、さっそく調査に移った。
家の修理のためだろうか、ひざ丈まで積んだレンガの上に腰かけている老婆がぼんやり空を眺めていた。
「少し、よろしいですか?」
声を掛けると、老婆はセインをつま先から頭まで見上げて、首を振った。
「こんなところになんの用だい? そんな恰好でこの辺をうろついて、攫われても知らないよ」
セインは決して高価な衣服を着ているわけではなかったが、袖も襟も擦り切れておらず、綻び一つ、汚れ一つなかった。たとえそれが、綿と麻混合の質素なシャツとひざ丈のズボン、サンダルといった格好だとしても。
これはカナートから勧められたこの土地の平均的な服装だと聞いた。それでも浮くというのだから、それだけこの辺り一帯が貧しい証拠とも言えた。
「あれ、そのお札……」
「これかい? 昨日息子が安く買い入れたレンガなんだが、どうもいわく付きでね。こうしてお札を貼って清めているのさ」
整った達筆な文字で書かれたお札。感じる力はそれほどではなかったが、それでも正しい形式に則った見るからに高価な墨で書かれたものだった。
まともなレンガさえ買えなかったというのに、これほど立派なお札が買えるものだろうかと、密かに疑問に思った。
『国の補助で安価だと言っておったじゃろう? だからではないのか』
セインの引っかかりを、正確に感じ取ったツクがそう言った。それに頷きながらも、セインはなぜか納得できない顔をしていたが、ともかく本題に入ることにした。
「ご婦人、少しお話よろしいですか?」
「……ふっ、ご婦人だって? わしのことなど、ババで十分だ。なんだい子供のくせに、妙に年寄り臭いね、この子は」
「で、では、おばあさんと呼ばせてもらいます」
セインは咳ばらいをして、カバンから、色あせた本を取り出した。
「こちらの本なんですが、この詩に出てくる人魚について、なにかご存じでしょうか」
手渡された本を怪訝そうに受け取った老婆は、セインの「人魚」という言葉を聞いて、ページをめくる前に「それがどうかしたか?」とでもいうように、あっけなく頷いた。
「もちろん知っておるよ。最近の若いもんや、余所から来たもんは知らんかもしれんが、このフラムで人魚といえば、こけら族のことさね」
「あれ? ……このお店はお休みかな」
その中でもかなり大きな店舗が、固く門戸を閉じていた。他の店同様、基本はレンガ造りではあるが、土台は切り出した石で、この町では珍しいガラスをはめた木枠の窓もあった。
セインが立ち止まっていると、買い物にきた婦人二人が同じようにこの店を見て噂話をしていた。
「なんでも脱税の上に、町長に怪我を負わせたらしく、財産没収の上、追放……あら、夜逃げだったかしら」
「そんな……ご主人、温厚で誠実な方だと思っていたのに」
婦人たちの話はまだ続いていたが、セインは再び歩き出した。
今回の依頼に無関係だったからだが、なぜか少し気になった。町長本人に会ったことはないが、あのボラックの叔父だということで、セインの中で好感度はあまり高くなかった。
ただの噂話とはいえ、財産没収や追放命令が本当なら問題だ。町長は貴族ではないと言っていたし、少なくとも、土地の権利や町民の移動など、ここの荘官のカナートの許可が必要だからだ。
「兄上は知っているのかな。機会があれば、聞いてみるか」
通りすがりの、ちょっと気になったくらいの案件なので、セインはそのまま町はずれへ向かった。当然ながらこっちが本題なのだ。
「もうすぐ砂漠方面への、町の出口付近だな」
後ろを歩いていたサキが、こほんっと小さく咳をした。
「す、すみません、喉が。ほこりっぽい、です」
何度か咳き込むサキの言うように、足元も砂でじゃりじゃりしている。
この辺りまでくると、貧しい人々の小さな家がごちゃごちゃと立ち並んでいる。それでも、通り沿いの家はまだましだった。
ほとんどが市民権、すなわち戸籍を持っており、中央の商店の店子や、カナートが立ち上げて役場が指導するレンガ作り、近くの石切り場への派遣などで生計を立てることができる。
それが裏通りともなると、流民を始め、他国からの難民などがたむろしており、一気に治安が悪くなる。カナートもいろいろ手を尽くしてはいるが、なかなか管理が行き届かないというのが実情だった。
『若い人はあまりおりませんね……』
「そうだね、ほとんど働きに出ているのだろう。でも、聞きたいのは年配の方にだから、問題ないよ」
ゆらの言葉に頷いたセインは、さっそく調査に移った。
家の修理のためだろうか、ひざ丈まで積んだレンガの上に腰かけている老婆がぼんやり空を眺めていた。
「少し、よろしいですか?」
声を掛けると、老婆はセインをつま先から頭まで見上げて、首を振った。
「こんなところになんの用だい? そんな恰好でこの辺をうろついて、攫われても知らないよ」
セインは決して高価な衣服を着ているわけではなかったが、袖も襟も擦り切れておらず、綻び一つ、汚れ一つなかった。たとえそれが、綿と麻混合の質素なシャツとひざ丈のズボン、サンダルといった格好だとしても。
これはカナートから勧められたこの土地の平均的な服装だと聞いた。それでも浮くというのだから、それだけこの辺り一帯が貧しい証拠とも言えた。
「あれ、そのお札……」
「これかい? 昨日息子が安く買い入れたレンガなんだが、どうもいわく付きでね。こうしてお札を貼って清めているのさ」
整った達筆な文字で書かれたお札。感じる力はそれほどではなかったが、それでも正しい形式に則った見るからに高価な墨で書かれたものだった。
まともなレンガさえ買えなかったというのに、これほど立派なお札が買えるものだろうかと、密かに疑問に思った。
『国の補助で安価だと言っておったじゃろう? だからではないのか』
セインの引っかかりを、正確に感じ取ったツクがそう言った。それに頷きながらも、セインはなぜか納得できない顔をしていたが、ともかく本題に入ることにした。
「ご婦人、少しお話よろしいですか?」
「……ふっ、ご婦人だって? わしのことなど、ババで十分だ。なんだい子供のくせに、妙に年寄り臭いね、この子は」
「で、では、おばあさんと呼ばせてもらいます」
セインは咳ばらいをして、カバンから、色あせた本を取り出した。
「こちらの本なんですが、この詩に出てくる人魚について、なにかご存じでしょうか」
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