賢者の世迷言

テルボン

文字の大きさ
上 下
6 / 11
第1章 賢者の世迷言

屍魔王城への侵攻開始

しおりを挟む
 雲の隙間から抜け出して、火山島アヴァロンが眼下に見えて来た。
 アヴァロンに現在ある活火山は、島の中央に座す標高4000mを誇るアスヴァロ山のみである。島を囲む沿岸部の山脈は、実は山ではなく、過去にアスヴァロ山が大爆発した際に隆起した岩盤でできたのである。しかし、それでも標高は高く、外海からの侵入を阻むには充分な高さである。しかし、ヨハン達みたく上空からの侵入ならば、自然の防壁も意味をなさないが。
 現在も、少量ではあるがアスヴァロ山からは噴煙が見えている。頂上にある火口から、さほど離れていない八合目の位置に城らしき建物が見える。

「おそらくあれが屍魔王の根城だろう」

『ヨハン、彼処にそのまま降りるのか?』

「フィリア、城には私一人で構わない。ほら、彼処にこの島で唯一の入江がある。そこに数隻の帆船が見えるだろう?」

 旋回して入江を見下ろすと、港と呼ぶには貧相な場所に、四隻のボロボロな帆船が停泊しているのが見える。

帆船あれにはおそらく屍魔王の部下のアンデット系の魔物が乗っている筈だ。君にはそれらを全て殲滅してもらいたい。退路を断つ為に帆船は全て破壊していいよ」

『了解した。…しかし、本当に一人だけで大丈夫か?』

 飛行ルートを再び城に戻し、徐々に高度を下げていく。

「フフ…。私の体質を知っているだろ?それに城内は狭そうだ。人型になった君を巻き込む心配が無い方が、私には気兼ねなく戦い易いよ」

 ヨハンはフィリアの背中に軽くキスをすると、じゃあ行ってくると城の上空で飛び降りた。彼が屋根に着地するのを確認すると、フィリアは入江へと進路を変えて飛び立った。

「さて、久々に暴れるかな」

 ヨハンは、準備運動で指や首をパキパキと鳴らす。
今嵌めている指輪には、それぞれに呪いが掛けられていた。
 一般的に呪いが掛けられているアイテムには、その危険リスクに見合う効能・効果・特殊な能力が込められている。
 九つの指輪には、減速・虚脱・吸魔・吸精・麻痺・猛毒・腐敗・盲目・幻聴の呪いと、超跳躍・怪力・魔力増大・絶倫・超五感・耐異常・活性化・透視・万物念話の効果がある。相対する呪いが掛けられるのは良くある事で、外している後一つの指輪には、老化の呪いの代わりに変身の効果がある。これにより、賢者としての外観は年々歳を重ねて見せていたのだ。まぁ、親しき者達だけは本来の姿を知っていたけれど。
 アイテムに掛かる呪いは解呪をすれば、効果だけを得る事が出来るのだが、ヨハンはあえて解呪しなかった。というより、する必要が無かったのである。
 何故なら彼は、生まれつき呪いを無効・吸収してしまう体質であったのだ。だから、指輪は、盗難防止の意味も込めて解呪しないでいたのだ。

「先ずは…」

 城の最上部に向けて右の掌を翳し、左手の杖は空へと向けて詠唱を開始する。

「太古より枯れ果てた地を這う地龍アネモスよ…其方の通りし軌跡に恵の水を。妨げしものは大地を肥やす灰塵と化せ!…アネモスフォール‼︎」

  詠唱の完了と同時に、上空の雲や噴煙が杖へと収束しだし、掌から巨大な蠕虫が出現した。頭部には大きな口だけがあり、鋭利な牙が無数に広がっている。
 アネモスは、勢い良く頭部を城壁に打つけると、そのまま食い破って突き進む。

 アネモスの進んだ後を、ヨハンはゆっくりと歩いて行く。破壊音を立てながらアネモスは下へ下へと進んでいるようだ。アネモスの通り道には、排出される体液(聖水)と砂へと消化した石壁、巻き込まれた屍人ゾンビらしき魔物の一部が散らかっている。

「やはりこの城は地下に伸びて作られているようだな。さしづめ、屍魔王は最下層に居るという事だろうな」

 これだけの音や振動があれば、当然だが魔物達が次々と現れ始める。
 屍人ゾンビやスケルトンだけでなく、レイスやゴーストといった霊体の魔物も居るようだ。
 屍人ゾンビやスケルトンといったアンデット系は、どの様な攻撃にも弱いが体を失わない限り何度でも復活する。つまり、火炎系による焼失か、戻る体を失う程の寸断・紛失が効果的である。
 霊体系の魔物には、物理系の攻撃は効果が無いので、魔力弾の様な魔法攻撃に限られる。

「結局、燃やしちゃうのが、一番手っ取り早い方法だよな」

 杖と掌による火炎弾攻撃で、現れる全ての魔物を問答無用で焼失して進む。火炎魔法による酸素低下と二酸化炭素の増加は、アネモスの通過した通路が、聖水による浄化効果と通気口としての役割を果たしているので何の問題もない。手当り次第に焼き払いながら、そのまま下へと進んで行く。

「ふむ。そろそろ中層といったところか…」

やがて、壁や床部が人工的な石材ではなく、岩盤を掘った様な洞窟的になっていた。整地されていない分進み辛くはなるものの、通路自体は高く広くなっている。

「ここは、大体六合目付近かな?」

 まだまだ先は長いかもなと、ヨハンは歩む速度を上げることにした。



 一方、入江でも全ての帆船が燃え上がっていた。着いて早々に、フィリアの火炎ブレスで焼き払ったのだ。海へと逃げる魔物達を、掴んでは地に放り投げ、地上ではそれらを全て踏み潰して紛失していく。元々地上に居た魔物達がフィリアへと襲い掛かるが、振り払い・焼き払い・踏み潰しによる一方的な蹂躙が続いていた。

『早く終わらせて、ヨハンの下へ急ぎたいのに、次から次へと湧いて来る…ああっ、面倒なこと‼︎こんな事ならカインを連れて来るんだった‼︎』

 彼女は、ヨハンと二人きりで甘い時間を過ごすという考えが先に立った為に、同伴したいと言ってきた息子を置いて来た事を今更ながらに後悔していた。




「おのれ!まだ作戦は途中段階だというのに、こうも早く賢者が動き出すとは!何としても奴をここで取り押さえ、時間を稼ぐのだ!」

 最下層にいる屍魔王は、中層まで侵攻して来た賢者に対し、焦燥感に駆られありったけの戦力を向かわせる様に命じる。兎に角、この事態を他の魔王に知らせる為に、何とか逃走時間を稼がなければ。

「いや、待てよ…これはチャンスでもあるな…」

 彼は思い止まった。魔王が逃走という恥を味わうより、他の魔王やつらに我の偉大さを見せ付けるチャンスだと。

「我を只の小間使いとして見下してきた奴等に、どちらが上か知らしめてやる」

 ネクローシズは頬骨を吊り上げ、クックックッと不気味な笑い声を漏らした。
しおりを挟む

処理中です...