賢者の世迷言

テルボン

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第1章 賢者の世迷言

世迷言 その壱

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 亜空間のゲートを通過して降り立った場所は、タンジット王国の王都タンバル、その王城の正面口である。
 出て直ぐに、数名の衛兵達が駆け寄って来た。片手には長槍を持ち、その矛先はヨハンに向けられている。

「止まりなさい!賢者殿が、ここに何用ですか⁈」

 全く立ち止まる事なく歩き続けるヨハンに、明らかに警戒した体制で四方から牽制する。

「タンジット王に話があるだけじゃ。話をしたら直ぐに帰るわぃ」

 槍に軽く杖を当てると、連鎖的に衛兵達は矛先を下ろして立ち止まった。全身に虚脱感を与えてあげたのだ。

「あまり好き勝手されては困りますな。ヨハン殿」

 前方から見知った顔が現れた。とは言っても、好きでは無い顔だが。

「これはこれは、宰相殿。お出迎えご苦労様」

 フン、と鼻を鳴らし、宰相は細い目を更に細くしてヨハンの姿を見た。まるで汚らしい物を見るような視線に、ヨハンは軽く咳払いをする。

「王との謁見は可能ですが、その杖は預からせて頂きましょうか」

 まぁ、仕方ないなと杖を差し出すと、宰相は汚れ物を摘むように受け取り、後ろにいた部下に渡す。
 それでも、約束通り謁見の間まですんなりと通してくれた。

「タンジット王様、ヨハン=アシュミードが謁見に参っております」

「宜しい。入るがよい」

 扉が開かれ、敷かれている赤絨毯の先に、大きな玉座に座るタンジット王が居た。
タンジット王。正確にはタンジット23世にあたる。歳もまだ三十と、父の病死が原因で早い段階で王位の継承をすることになった若き王である。

「久しいな、マリク坊」

「ヨハン爺、その呼び方はよしてくれ。今はタンジット王、昔の私では無い」

 タンジット王の小さい頃を知るヨハンは、周りの反応も気にせず馴れ馴れしく話し掛けながらも、王より20歩程離れた位置で止まり、片膝をつき軽く頭を下げる。後ろで舌打ちをする宰相が居るから、形的には敬意を表するべきだろうからね。

「巷では、御主の話しで持ちきりだそうだな。して、噂は真実であるか?」

「滅相も無い。全くの虚偽ですじゃ。何の利が有って、我々がその様な労力を費やす必要があるというのかの?」

「…まぁ、父の代より懇意にしている御主を信用はしている。しているが、他国の王や民はそうでは無い。今や不可侵条約は無効となり、賢者を引き渡すか処刑しろと言う輩まで現れてきている。私としては、捕らえたという形で牢で大人しく余生を過ごしてもらいたいが…」

 残念そうに話すタンジット王には、葛藤の念が見て取れる。政治的判断には、国王一人の感情ではどうにもならない事もあるだろう。

「ふむ。仰る事は分かりますが、少々早計な判断ではございませんかな?」

「しかし、こうも広がった虚偽を、どうやって抑えると言うのだ?」

「先ずは根源になった一つを叩く事からですかの」

「根源…?」

「左様。今回の流言飛語や各地の小競り合いは、魔王達の仕業に他ならん。他にもいろいろと画策している様子じゃから、こちらも牢で大人しく待つのでは無く、返しの一手を出してやろうと思うての?」

「い、いかん!直ぐに取り押さえろ!」

 宰相はいち早く、ヨハンが何か行動を起こすと感じ、衛兵達に捕獲の命を下した。しかし、杖を持たないヨハンであっても、衛兵達はその場で眠らされる事になった。
 杖はあくまでも発射台であり、魔力を収束・発現・安定しやすくする為の道具なのである。よって、上級の魔術師は杖無しでも魔法を発現する事は可能なのだ。

「儂は、捕獲から逃げたという事で発表しても構いませんぞ?実際に出て行くからの」

「何処に行くというのだ?御主を味方する国は、最早世界には無くなるかもしれんというのに」

「言ったじゃろ?返しの一手と。先ずは魔王の一角を落とすかの?」

「世迷言を!奴等ら人類が仇なす強敵ぞ⁉︎たかだか上級魔術師如きが、どうにかなる相手ではないわ!」

 宰相が憤怒して飛び掛かって来る。サラリと躱して杖を取り返すと、宰相の目の前に杖を突き出す。

「ならば、国々で協力してその強敵に立ち向かえば良かろう?不可侵条約により各国々が力を蓄えた今、魔王達やつらが真に怖れるものを考えよ!気付くのじゃ、魔王達が怖れそれを消す為に儂達を利用しているという事に!」

 宰相は腰を抜かしてその場にヘタリ込む。ヨハンはタンジット王を見て軽く会釈をする。

「儂はもう行く。先代の頃から領内に住まわせてもらって、とても感謝しとるぞ、マリク坊」

「待て!この国から、そう易々と逃げれると思うのか⁉︎」

 後から来た衛兵に支えられながら、宰相が懲りずに向かってくる。その時、室外で騒ぎの声が上がっている事に気付いた。

「どうやら迎えが来たようじゃな」

 宰相の前に、半分取り乱した衛兵達が駆け寄って来た。

「も、申し上げます‼︎お、お、屋上にど、ドラゴンが現れましたっ‼︎」

「な、何だと⁉︎まさかっ⁈」

 宰相はヨハンの仕業かと睨み付けると、亜空間のゲートを半分通過するヨハンと目が合った。

「なぁに、儂の連れじゃよ。直ぐに出て行くから、間違ってもはせんように、な?」

 そう言って、ニカッと笑って消えた場所に宰相は衛兵の槍を投げ付けた。当然、当たる事無く槍は床で音を立てて転がる。その後に宰相の怒号が響き渡った。

「ドラゴンが連れって何だよーっ‼︎」

「…宰相、落ち着け。最早、捕まえる事は叶わぬ」

 タンジット王は、今の事態に何処と無く安堵の表情を見せていた。


「ああ、来てくれて助かったよフィリア。思った以上に早かったね?」

『当然だ。夫の頼みを叶える為に、努力せね妻など居らぬだろう?』

 城の屋上に、異様と思える光景があった。白い竜鱗のエンシェントドラゴンが、元の姿に戻ったヨハンに頭を撫でられ、気持ち良さそうにしている。

「すまないが、私を連れてある島まで行って欲しい」

『それは構わぬが、テレサには伝えてあるのか?』

 ヨハンはドラゴンの背によじ登り、スッとうなじを撫でる。すると、少し身を捩る動きをする。彼女はここがとても弱いのだ。

「彼女にはまだ伝えて無い。後々には伝えるつもりだが、今はフィリアの助けが、私には何よりも必要なのだ」

『…分かった。ならば従おう。だが忘れるな?必ず後で伝えるのだぞ?今回は抜け駆けでは無いと!』

 両翼を広げると、離れて警戒・監視していた衛兵達が逃げ出した。

「そんなにテレサが怖いかな…?」

『だ、第一夫人のテレサを裏切る事はあってはならんという事だ。決して怖いという感情では無い!』

 フィリアは感情を悟られない様にと思ってか、急にバサッバサッと勢いを増して空へと飛び立った。
その勢いは凄まじく、あっという間に雲の高さまで到達する。

『して、どの島へ向かうのだ?』

「火山島アヴァロン。島の沿岸部は全て高い山脈に囲まれ、海からの侵入は山脈が唯一途切れる入り江のみ。侵攻困難な屍魔王ネクローシズの根城さ。世迷言かどうかは、やってみないことには分からないよね?」

 分からないと言いつつも、ヨハンのその表情は、楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
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