拳で語るは村娘

テルボン

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第1章 奇跡の村娘降臨

第6話 決戦 アルテ vs ナイトバロン

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 ナイトバロンは頭を再び胴体に戻すと、長槍を構えて馬を走らせる。先ずは助走をつけるように広場を駆け回る。
 悟は中央でステップを刻みながらタイミングを見る。
 その様子を遠目からアレックス達は見守っていた。

「お姉ちゃん・・・」

 アンナは、口調や行動が全く違う姿の姉を、頭では理解していても未だに受け入れられなかった。
 リリムが、アレックス達の元にゆっくりと降りてきた。その表情は疲労が伺える。

「MP切れそうになっちゃった。悪いけど、一休みするわね。しっかりと守りなさいよ?」

 そう言ってそのまま地面に座り込む。本当にギリギリの状態なのだろう。事実、あの広範囲魔法の威力は凄まじいものであったし、それに必要な魔力と精神力はかなりの量だったと思われる。
 今彼女達を守ることができるのは自分だけだと、アレックスはより一層気を引き締めて辺りを索敵サーチして警戒するのだった。

「行くぞ!!」

  ナイトバロンは土埃を上げながらもの凄い勢いでアルテに突進してくる。アルテは体勢を整えて迎え撃つ構えを取る。
 アルテの作戦は実にシンプルで先ずは武器を奪うのみだ。
 馬の額には角状の槍が装置してある。長年ナイトバロンと共に戦って来たのだろう。何の迷いも無く額の槍先をアルテに向け突進した。
  サイドステップで躱す。しかし体勢がまだ不安定なアルテにナイトバロンは長槍を突き出した。

「貰った!」

 しかし、その長槍はアルテの肩を掠めただけで終わる。そのままナイトバロンはまた助走に移る。
(おかしい、一瞬だが我の槍の力が奪われたぞ?!)
  それは悟が突かれた長槍にさり気なく触れて【白刃取り】を試みたからである。
(う~ん。まだ熟練度レベルが足りないって事か?)タイミングは合わせて発動したのだが、全ての力をゼロまでは出来なかった。これでは武器破壊も奪うのも困難だ。ならば…!

 再び勢いを付けた騎馬がアルテに向かい突進を開始する。先程よりも速さが増している。
 悟は正面から立ち向かった。馬の刺突をバックステップで一瞬勢いを殺し、その額の槍を掴んで白刃取りを発動する。それを読んでいたナイトバロンの長槍がアルテの足に突き刺さった。

「うぐっ!」

 しかし倒れたのはナイトバロン達であった。悟の狙いは馬だった。槍を掴み技能スキルを発動したと同時に、膝を馬の喉元に打ち込んでいたのだ。
 何度も回転しながらナイトバロンは地面を転がって兜や槍も投げ出される。馬の方は転がって倒れた後に泡を吹いて痙攣している。

「へっ、とりあえず動きは止めれたな」

「抜かせ!その足ではお前も簡単には動けまい!」

 アルテの右ふくらはぎには槍による刺し傷と流血が痛々しく見える。それを見たナイトバロンは不敵な笑みを浮かべる。
ところが、その笑みはやがて怒りの表情へと変わった。

「何だそれは!?何故傷が塞がっているんだ?!」

 それは悟の新たな技能スキル【チャクラ】の効果だった。始めに受けた肩の傷は既に完治し、ふくらはぎの傷も穴は埋まり出血は止まっている。静止した状態程、時間が経つに連れて回復が早まる。

「ふざけるな!!」

 落ちた長槍を拾い上げ、アルテに向かって走り出した。最早構えなど無い、槍を両手で持ち相手の心臓部のみを狙う、全速力の突貫、ナイトバロンはこの一撃に賭けて出たのだ。

「これで終わりにしよう」

  アルテは半身の構えで息を整える。相手の呼吸に合わせてその瞬間を待った。

「うぉぉぉぉっ!!」

 突き出された長槍の切っ尖を左手の裏拳で軌道をずらし、前のめりになった足を払う。軽く宙に浮いたその瞬間、ナイトバロンの腹部に拳を押し当てる。そのタイミングで、
 技能スキル【発勁】!!

「グガァァァァァァァァッ!?」

 ナイトバロンの体はくの字に折れ曲り、石壁に凄い勢いで激突した。ナイトバロンの胴体から頭が転がり落ちる。
 ゆっくりとアルテは歩み寄る。最早動くことはできないだろう事は姿を見れば一目瞭然だった。外傷よりも体内に集中した衝撃が、修復不可能な程に骨や臓器をことごとく粉砕していた。

「これでアルテの仇は果たしたな」

  転がった頭を足で踏み付け固定する。まだナイトバロンは顔だけは生きていた。体を失った事でみるみる弱っていくが、睨み付けるその表情は怒りと憎しみに満ちている。

「貴様は一体何者なんだ?!」

「一度は殺された、元勇者候補さ」

「全く、勇者候補を生き返らせるなんて、リリムあの女は何を考えているんだ?」

 全くだと悟も頷いた。それを見て、ナイトバロンは力無く笑った。
 そこへアレックス達が駆け寄ってくる。

「アレックス、アンナに剣を貸せ」

「えっ?あ、はい」

 アレックスは、急に呼ばれて緊張するアンナに片手剣を渡す。ずっしりと普段持った事の無い剣の重さに戸惑う。

「アンナ、ナニゲ村とアルテの仇だ。お前が殺れ」

 震える手で剣持ち、紫色の生首の前に立つ。鼓動が早くなり、ドクンドクンと鳴る音が周りの音を支配している。
 ナイトバロンは最早何も語らない。目を閉じて最後の時を待っている。
 片手剣を両手で握るアンナは力を込めるも、震えが全く止まらない。

「大丈夫だ」

 震えるその手に悟は手を添える。伝わるその手の温もりが、アルテが、姉が生きていると感じさせる。不思議と震えは止まっていた。

「いきます!!」

 アンナは剣を振り上げて、勢いよく対象を両断した。伝わる確かな感触に苦悶の表情をするも、すぐさまアルテに抱き着き忘れる様に胸に顔を埋める。

「良くやったな」

 そう言ってアンナの頭にポンと手を乗せる。潤んだ目で見上げてくるその表情に、悟はウッとたじろいだ。
(ヤバッ!?マジで可愛いく見えてしまった)
 予想が的中し、直ぐに体に変化が現れる。悟は急いでアンナを引き離した。どうしたの?と彼女は不思議そうに見る。

「あーーっ!?悟、貴方ねぇーっ!!」

もの凄い勢いでリリムが飛び込んで来た。かなりの御立腹である。
 無理も無い。変わり始めたその体は、身長は元より高く伸び、体付きは筋肉隆々となって、アルテとは似ても似つか無い別人の男に変わったのだから。
 生前の頃より若干若い時の、二十歳くらいの体格の新垣 悟の姿になっている。
その姿を見たアレックスを始め、女性達は絶句していた。ただ一人、生前を知るリリムを除いて。

「やっぱり悟、我慢してたでしょう?その体なら、更に強かったでしょうに」

 背後から抱き着き離れようしないリリムに悟は頭を掻く。そしてアレックス達に向き合って説明をした。

「つまり、この姿が地球界の時の俺の姿。新垣 悟の姿って事だ。これでアルテの体を俺が借りているって分かったろ?」

 説明したのにもかかわらず、アンナは胸に抱きついて来た。

「お姉ちゃんがお兄ちゃんに変わっただけです!大好きな気持ちは変わりません!」

「ちょっと、離れなさいよ!」

 悟を挟んで二人が言い争いを始める。悟はウンザリしながら、アレックスを読んだ。

「アレックス、広場入口に数人のゴブリンがまだ女達を捕らえてる。そっちを頼むわ。俺はしばらく動けない」

「はい、分かりました!」

 言い争いが激化する中、悟はふと目を閉じる。続いていた頭痛と苛立ちは既に消えていた。
 達成感を感じ悟は天を仰ぐ。これで静かなら最高だったのになぁと思うのだった。
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