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第5章 自重が足りてないって言われたよ⁈

062話 バルガス農園

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    コルキアの入り口には、出るも入るも検問が行われていた。
    アラヤ達は今、コルキアに入る為の列に並んでいる。
    列に並ぶ少し前…

「それで、アラヤさんの考えとは?」

「先ずは変装だね。耳と尻尾を消して、新たな耳を作る」

「耳を作る⁈それはどういう…」

「見せた方が早いかな?」

    アラヤは父親を手招きして馬車の個室へと一緒に入る。バタバタと何か音が聞こえる。

「あまり動かないでください」

「ちょっ、そこは!あっ…」

    途中、モフモフを少しだけ堪能した後、少し静かになった二人が個室から出てきた。その姿に、子供が驚きの声を上げる。

「お、お父さん⁈」

「あなた⁈少し変な声が聞こえましたけど⁈」

「どういう事⁈人間の耳がある」

「これなら、見た目は普通の人間ですね」

「でしょ?実は、これを使ったんだ」

   答えを教えるよと、右手を前に出して掌を上に向ける。すると、黒い糸状の物体がニュルニュルと掌から溢れて垂れていく。

「これは本来ならほぼ透明な魔力粘糸を、ジャミングで黒く染めてるように見せているんだ。これで頭の耳を隠している。粘糸は巻き固める事も可能で、色を肌色に合わせて耳型に固めたんだ。尻尾は、透明な粘糸で背中に巻き付けて固定している。せっかく綺麗な毛並みだけど、しばらくは我慢してほしい。君達の感情は尻尾に出やすいからね。この要領で、胸元の奴隷紋も肌色で隠している」

「魔力粘糸とジャミング…便利ですね。全く、アラヤさんはいくつの技能スキルを隠しているんです?まぁ、変装は分かりました。しかし、鑑定士が居たらどうするんです?」

「大丈夫。ジャミングで、人間に改ざん表示できるよ。言語については、アヤコさんの念話のアドバイス頼りになるんだけど、なるべく話さないでもらうしかないね」

「万全の態勢ですね。それならば、街に入る事は可能だと思います」

「いや、実は問題が一つあってね。服がボロボロに破けてるんだよね。お母さんと子供の服はアヤコさんと俺の服で間に合うんだけど、お父さんの服が無いんだよね。ソーリンの着替えを貸してもらえる?」

「もちろん、良いですよ」

    そんな流れがあって、三人を変装させた状態で今に至る。検問は、主に身分証の提示と鑑定士の鑑定で行われているようだ。これなら大丈夫だろう。

「次、前に進め!」

    守衛とは違う、捜索隊の兵が検問の指揮を執っている。指示を出される守衛達も、どこかうんざりした表情を見せているが、渋々従っている感じだ。

「よし、次、前に進め!」

    アラヤ達の番になって、ソーリンが馬車を前に出す。全員が馬車から降ろされ、身分証を見る捜索隊の兵と鑑定士の二人が、内容が一致するかを話している。
    事前に、身分証の方も三人分の偽の身分証を用意してあるので、大丈夫のはずだ。
    捜索隊の兵は頷き、馬車を進めろと合図した。アラヤ達は馬車に乗り込み、入り口の門を通過する。どうやら無事に誤魔化せたようだ。

    辺りを見回す為にソーリンと一緒に御者台に座ったアラヤは、行く先にあるものにいち早く気付く事ができた。

『ん⁉︎アヤコさん、三人にポプリを持たせて!』

    門を通過して直ぐに、捜索隊の兵が軍用犬を連れて、建物の影に潜んでいるのが気配感知で分かったのだ。
    人間とは僅かに違う獣臭を、ここで判断して捕まえようという事だろう。

「もう少し我慢してね」

    三人は、身体中に付けられたポプリの香りに、鼻を摘まんで必死に我慢している。犬の嗅覚は人間の一億倍らしいけど、彼等の様な人間のベースが多い人犬ヒュードグは、人間より10倍程嗅覚が敏感なくらいだ。彼等よりは、超嗅覚を持つアラヤの方が嗅覚は強いと言える。
    ただ、アラヤの場合は、技能スキルのON・OFを切り替えることができるので、強い匂いの時には技能スキルを切っているのだ。

『無事、通り過ぎたよ』

    軍用犬達は、馬車に近寄るどころか、嗅いだ事の無いポプリの香りに戸惑っているようだった。ポプリの香りから解放された三人は、深呼吸している。

「さて、無事に街に入れた訳だけど、その奴隷じゃない亜人族の居場所は分かりますか?」

「それが、街外れで農園を営んでいるとしか聞かされていません。名前も分からない状態です」

「亜人族が営む農園ね…ソーリンの取引先も葡萄酒農園だったよね?」

「はい、バルガス農園といいます」

「先ずはその農園に行って、亜人族の農園が無いか聞いた方が、近道かもしれない」

「分かりました。では、バルガス農園に向かいますね」

    ソーリンは街中から、街外れへと進路を変える。ちゃんとコルキアの街の地図も用意してある。

「すみません、せめて獣人ビースト人獣ヒュービスかを聞いていれば良かったのですけれど…」

「大丈夫、きっと手掛かりは見つかるさ」

    彼等親子は人犬ヒュードグ、つまりは人獣ヒュービスに分類される。その生態は、姿も身体能力も人間に近い部分が多くを占めており、本能的というより理性的に行動する者が多い。
    一方の獣人ビーストは、生態の殆どを獣が占めており、身体能力はその獣並みにあり、姿も二足歩行する獣というイメージが強い。本能的で獰猛な者が多い。

「そういえば、デピッケルで見かけた奴隷の亜人達は、殆どが獣人ビーストタイプだったね。デピッケルは王都の領地内だったよね。デピッケルは奴隷を認めているって事?」

「いえ、デピッケル自体は禁止ですけど、例外があって、借金の形で手に入れた場合には許可されるんです。ですから、デピッケルで見かけた奴隷達は借金奴隷ばかりです。この方達の場合は、捕虜との交換が目的でしたけど、元々は家事奴隷ですね?」

「そうです。私と妻は、帝国では家事奴隷として仕えていました」

    家事奴隷とは、家事全般を任される奴隷の事で、教養、読み書き、計算等ができる場合は少し優遇される事もある。

「ですから、この方達はその亜人族の方にはきっと歓迎されると思いますよ」

「そっか。それなら、早く見つけてあげないとね。俺のジャミングも1日経つと消えちゃうからね。見つかるまでは、毎回新しく掛ける必要があるんだよ」

    永久に続く魔法なんて無いと思う。魔法に込めた魔力が切れれば、当然消えるのが道理だ。

「だから、早くその亜人族の人に、ジャミングが消える事を説明しなきゃならない。切れた後の事を相談する為にもね」

    詰まるところ、その段階まで進まないと、この人達の問題は解決していないという事だ。

「本当に、何から何までご迷惑をお掛けします」

    三人は、深々と頭を下げる。まぁ、関わったからにはほっとけないもの。それに…

「君の声が聞こえたからね」

    アラヤは、そっと子供の頭を優しく撫でる。この子も、少し顔を赤らめながらも、嬉しそうに撫でられるままになっている。

「眼福…」

    アヤコさんがそう呟くのが聞こえたけど、ちょっと見分けが難しいが、この子は雌だからね?

「アラヤさん、そろそろ着きます」

   外には、葡萄畑が広がっていて、畑に挟まれた一本道の先に、農園の家が見えている。住宅の背後には酒造蔵らしき建物もある。
    ゆっくりと家の前に着くと、玄関先にある少し大きめの犬小屋から、唸り声が聞こえだした。

「番犬がいるみたいだね」

「どうしましょう?社長に会いたいのですけど…」

    アラヤが、隠密を使用してゆっくりと玄関に近付く。あの、扉の横にある呼び鈴を鳴らしさえすれば、中にいる人を呼べるのだ。

「何用だ、普通では無い人間!」

    背後から声が聞こえる。振り向くとそこには、大型犬、もとい大型狼が居た。犬小屋の中に居たのは、銀色の狼だったのだ。

「というか、喋ってる⁈」

    それは言語理解で訳されたのでは無く、明らかなラエテマ国語だった。
    銀狼は、アラヤを完全に警戒して威嚇してくる。

「バルガス氏に会いに来たんだ!私達はバルグ商会の者達だよ!」

「バルグ商会?何だ、客か。…驚かせやがって。呼んできてやる、待ってな」

    狼はそう言うと、見る見るうちに人型へと変貌した。何と、女性の狼人ライカンスロープに変わったのだ。体毛は半分以下に短くなり、既に着ていたのだろう、体毛に隠れていたサラシと腰布が現れた。人型の体型のラインが強調されていき、美しくも力強い狼女がそこにいた。
    人型も慣れた様子で、彼女は玄関から中へと入って行った。

「獣タイプにも変化できる亜人族がいるなんて、聞いた事も無いですよ⁈」

    ソーリンは驚きと共に、とても興奮している。
    世間では、全く知られていない事なのだろう。しかし、その事よりも、銀に輝くあの毛並みのままだったら、その毛並みに埋もれる事ができたのにと、アラヤはこの状況でも、モフモフに埋もれる事を考えていた。
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