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第25章 喰う、それは生きる為ですよ⁉︎

370話 安息の地

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 グルケニア帝国帝都。
 普段なら賑わう声が聞こえる繁華街も、今はひっそりと静まりかえっている。
 そもそも、小鳥や獣の声すらも聞こえてこなかった。

「これは一体どういう事なんだ?」

 灰色のフード付きマントの男が1人、街中を歩いている。
 道端で倒れるようにして、人々が
 荷車を引く馬や店先に繋がれた犬等も例外なく寝ていた。

「まるで、全ての生き物が同時に寝てしまったみたいだな」

 男は、酒屋の地下室の盗聴防止の為に張っていた結界の中で過ごしていたために無事だった。

「これは、ベルフェゴールの仕業という訳でもなさそうだ。…これではタカノブの扇動も止まっているに違いないな。さて、どうしたものか…」

 男は、店先の果物を勝手に取り、齧りながら先へと進む。

「今一度、ダクネラに連絡を取るべきか?…いや、先ずはタカノブと合流するべきか」

 タカノブは皇帝の潜伏先を探していた筈だ。

「確か…奴は今日はスラム街に向かう予定だったな」

 古くて脆い建物が並ぶスラム街に着くと、争いがあったらしく、眠りではなく遺体となった者達を所々に見かける。

「ん…⁉︎」

 男は素早く物陰に身を潜めた。微かに、話し声が聞こえてきたのだ。
 息を潜めて待っていると、その声の元が現れた。

「す、スナイプス、本当にこ奴等は目覚めるのだな?」

「確証はありませんが、寝ているだけのようですので、しばらくすれば目覚めるでしょう」

 現れたのは、現皇帝であるパオロと忠義の勇者コーリー=スナイプスだった。
 どうやら、奴等もこの奇妙な睡眠災害から逃れられた様だ。

「で、ではやはり反乱分子達の拘束を急がねばならんな」

 スナイプスは倒れて寝ている者達の腕や足を縛っている。
 寝ているだけな筈だが、腕を締め付けられているのに、全く起きる気配はない。

「はい、首謀者たる節制の勇者タカノブ=ブリアトーレを捕らえている以上、反乱分子達の勢いは眠りから目覚めても落ちるでしょう。ですがその数は多い。今の内に反乱分子と分かる者達は捕まえるべきです」

 スナイプスは拘束した者達を担ぎ、皇帝と共に移動を始める。
 男は気付かれない様に後を尾けることにした。

(タカノブは捕まったか。辺りの者と同様に催眠にかかったのかもしれないな)

 2人はスラム街の近くにある兵舎へと入っていく。
 兵舎の中も例外なく、衛兵や職員達は眠っていた。
 寝息も静かでゆったりだし、どことなく悦に浸っている様な表情に見える。

バタン。

 奥から扉が閉まった音が聞こえた。どうやら2人は地下牢に降りている様だ。

「こんなにも多くの者達が、我が国政に不満を抱えていたとはな…」

 牢の中には、既に20人近く入れられ寝かされている。

(タカノブもいるな…)

 節制の勇者の姿を確認した男は、その場から直ぐに離れた。

(元々、俺に与えられた任務はスニス大陸の監視だ。タカノブの救出までは契約外だからな)

 兵舎から出た男は足早に路地裏へと隠れる。そこで、通信用の羅針盤通信機を取り出した。

「……繋がらないな」

 何度かダクネラ=トランスポートへと掛けるが出ない。団員達の元に切り替えて掛けてみたが、やはり繋がらない。

(まさか…いや、まさかな。大体、連絡を取ってから半日だ。連絡を取るのはまだ後でも大丈夫か)

 男は通信機を納めると、前屈みになり力みだした。
 すると、マントが持ち上がり黒い翼が現れる。
 それと同時に、顔も仏頂面から鴉の双頭へと変化した。

(この様子なら帝国の監視はしばらく良いだろう。ムシハ連邦国の方へと向かうとするか)

 いざ飛び立とうとした瞬間、背筋に悪寒が走った。
 建物の影から辺りを観察すると、東の空に光体を見つけた。

(あ、あれは、光の大精霊ミフル⁉︎と眷属竜ベレヌス⁉︎)

 そのミフルは、兵舎の方に気を取られている様だ。
 今のうちにとその場から離れる事にした。

強欲の悪魔マンモンか。…まぁ、今は構っていられないか』

 ミフルはその姿にとっくに気付いていたが、敢えて放置することにした。
 全国民が睡眠下にある今、どの場でも悪魔の人質や犠牲になる者がいるのだ。
 マンモンに戦う意思が無いのなら、今は関わらないに越した事はない。
 それよりも、今は契約者パートナーである慈愛の勇者ヨハネス=オ=ドワーズの安静にできる場所を探す事が最優先だった。

『起きている者達を見つけたと思ったら、奴等とは運が悪い。他を探すとしよう』

 ミフルは、ベレヌスの背に寝るヨハネスを軽く撫でる。
 彼の大精霊の真の力の使用による反動の影響は大きかった。
 綺麗なブロンドだった髪は白髪となり、体の腱や神経がボロボロになっていた。
 無論、体の方はミフルにより完治したが、体力と精神は直ぐには本調子とはならないだろう。

『この場から、月の庭モーントガルテン土の大精霊ゲーブの住処は遠いな。他に結界があり無事そうな場所…』

 広範囲の感知能力が劣るミフルにとって、起きている人間を探すのは困難だった。
 ここはスニス大陸の中心に近い場所。頼りたいモーントガルテンは、現在、ズータニア大陸の南にある。
 ヨハネスに負担無く向かうには、少し遠過ぎるのだ。
 するとそこへ風の微精霊が近付いてきた。

『ん?無事な場所を知っているのかい⁉︎』

 偶々流れてきた風の微精霊に導かれ、ミフルは安息の地へと急ぐのだった。


       ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 ズータニア大陸の南。
 魔人国家ソードムの要塞都市から更に南の岸壁に、空中公国月の庭モーントガルテンは停泊していた。

「アゲノル様より通信がありました。現在、アラヤ様と共に、この地点に向かっているそうです。到着は1時間ぐらいかと」

 アルディスがそう伝えると、管制室に居たサナエ達はホッと安心した表情を見せる。

「アルディス、彼等の具合はどう?」

「治療も終わり、今は来賓館の客室で眠っておいでです」

 彼等というのは、戦線離脱したベルフェル司教と勇者一行の4人だ。
 テレポートで地下神殿から脱出したベルフェル達を、アヤコが発見して直ぐ様モーントガルテンへと運び治療をしていたのだ。

「じゃあ、監視はノアとアグリが受け持つから、アヤとクララには管制室に来るように言ってくれる?」

「承りました。あの、食事の準備はどうされます?」

「おっと、そうだったわね。コルプスと先に取り掛かっていて?後から必ず手伝いに行くから」

 この後、祝賀会となる事は目に見えている。通常よりも仕込みが必要になるのは間違いない。
 アルディスが管制室から出て行くと、入れ替わるようにしてミネルバがやってきた。

「あ、あのサナエ夫人、ラエテマの王宮と全く連絡が取れないんです。何かあったんでしょうか?」

「王宮と?少しお待ちください。もうしばらくしたら、スニス大陸に居たアラヤ達が着きますので、いろいろと伺ってみます」

「お願いします」

 風の大精霊エアリエルの大気感知は朝にした記録だけで、午後の2回目は今日は当然していない。
 アラヤが創造神召喚を防いだ影響が、何かしらあったのかもしれない。

「ノア、アグリ、水の大精霊アーパス様達が着いたら会議すると思うから、アヤとクララと交代してきてくれる?」

「「オッケー」」

「あ、アラヤの分身体君は、エアリエル様とスニス大陸の感知を頼める?」

「え?今必要なの?」

「議題で使うと思うのよ。どうせ、アヤから頼まれるわよ?後でバタバタするより、今のうちに頑張って?」

「分かった。…サナエさんも、指揮に慣れてきたみたいだね?」

「バカ言わないで。私のはアヤの真似事よ。今回あまり動けなかった分、頑張っているだけよ」

 まぁ確かに、アヤコの事態を複数想定した指揮とは違い、彼女の場合は身内を気にかけている姉御肌の感覚に近いかもしれない。

 各自が準備を進め、しばらくして岸壁に海底神殿が到着した。
 そこで快楽睡眠に陥っているアラヤが帰ってきたのだが、アゲノル達の話を聞いて初めて、ニイヤ達は今の事態が深刻だという事を理解した。

「スニス大陸全土の生命体全部が、快楽睡眠に⁉︎」

「だからラエテマ王宮とは連絡が取れないのね」

「何で操られた側も快楽睡眠に?ひょっとして、全員と感覚共有してたのかしら?」

「そんな事よりも、早いところ目覚めさせないと大変な事にならないか?」

「でもどうやって目覚めさせるの?」

 今まで、アラヤの快楽睡眠は、自ら目覚めるのを待っていただけだ。
 そもそも、揺すったりつねったりしても目覚めないから待つしかないのだけど。

『それなら、私が起こしてあげるわよ?』

 アーパスが得意気に胸を張っている。

「どの様な方法でですか?」

『そんなの昔から決まっているじゃない。寝ている奴を起こすには、顔に水をぶっ掛けるのよ!』

 アーパスがドヤ顔で提案した方法は、まさかの水掛けによる気付け方法だった。
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