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行動
選ばれる前の、名もなき光
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――人間界・避難区域外
結界の内側は、静かだった。
遠くでは爆発音が続いているはずなのに、
ここだけが、切り取られたように穏やかだ。
「……変っすね」
鳴門 樹好は、足を止めた。
風が吹いていない。
焦げた匂いも、血の匂いも、ここには届かない。
まるで――
“壊れる前の世界”が、残されているみたいだった。
「貴さん?」
振り返っても、誰もいない。
はぐれた?
それとも――
「ねえ」
背後から、声がした。
振り向くと、
そこに“少年”が立っていた。
年は十歳前後。
紺色の髪に、整ったカッターシャツ。
汚れ一つなく、戦場にはあまりにも不釣り合い。
黄金に近い黄色の瞳が、じっと樹好を見つめている。
右頬には、茨のような痣。
「……誰っすか?」
自然と距離を取る。
理由は分からない。
だが、胸の奥が、ざわついた。
「迷子っすか?」
少年は首を傾げ、微笑んだ。
「ここ、危ないよ」
「それは、こっちの台詞っす」
樹好は苦笑しつつも、視線を逸らさない。
(……変っす)
怖くない。
なのに、落ち着かない。
目の前の少年から、
“生き物としての重さ”を感じない。
「君、名前は?」
「……鳴門 樹好っす」
名乗った瞬間、
少年の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……ふうん」
その反応が、引っかかった。
「そっちこそ、名前はなんすか?」
少年は少し考える素振りをしてから、答えた。
「……まだ、ない」
「え?」
「君が付けてくれてもいいよ」
軽い調子。
だが、その言葉が胸に刺さる。
(……なんで、そんなこと言うんすか)
沈黙。
樹好の視線が、少年の痣に向く。
「……それ、痛そうっすね」
無意識の一言だった。
少年は、初めてきょとんとした顔をする。
「これ?」
頬に触れ、首を振る。
「全然」
「ずっと、ここにあるから」
――生まれつき?
それとも。
「君さ」
少年は、ふいに距離を詰めた。
近い。
近すぎる。
だが、身体が動かない。
「“代償”って、知ってる?」
心臓が、何故か跳ねた。
「……なんでっすか?」
「知ってるか、知らないかだけ」
黄金の瞳が、
底の見えない色に変わる。
「何かを救うには、
何かを失わなきゃいけない」
少年は、静かに続ける。
「それでも、君は――
救いたい?」
頭が、痛む。
誰かの声が、
遠くで何かを叫んでいる気がした。
「……分かんないっす」
正直な答えだった。
「俺っち、まだ……
何も出来ないし」
少年は、満足そうに微笑んだ。
「うん」
「それでいい」
その瞬間。
――ズキン。
胸の奥が、強く疼く。
一瞬、
太陽のような光が、脳裏をよぎった。
「……っ!?」
よろめく樹好を、
少年が支える。
触れたはずなのに、
温度を感じない。
「無理しないで」
優しい声。
だが、その背後で――
何かが、確実に“侵食”していた。
「まだ、君の番じゃない」
少年は、囁く。
「世界が、もう少し壊れたら」
「その時、ちゃんと選ばせてあげる」
「……なに、言って……」
次の瞬間。
風が吹いた。
焦げた匂い。
怒号。
現実が、一気に押し寄せる。
「樹好さん!!」
貴の声。
振り返った、その一瞬で――
少年の姿は、消えていた。
そこには、誰もいない。
ただ、
地面に一輪だけ、
茨の形をした黒い影が残っていた。
「……今の、誰ですか?」
貴の問いに、
樹好はすぐ答えられなかった。
胸の奥に残る、
冷たい感触。
(……あの子)
(俺っちのこと、知ってる……?)
遠くで、世界が壊れ続けている。
そして、
誰にも気付かれないまま――
“選択”への歯車が、
静かに、回り始めていた。
結界の内側は、静かだった。
遠くでは爆発音が続いているはずなのに、
ここだけが、切り取られたように穏やかだ。
「……変っすね」
鳴門 樹好は、足を止めた。
風が吹いていない。
焦げた匂いも、血の匂いも、ここには届かない。
まるで――
“壊れる前の世界”が、残されているみたいだった。
「貴さん?」
振り返っても、誰もいない。
はぐれた?
それとも――
「ねえ」
背後から、声がした。
振り向くと、
そこに“少年”が立っていた。
年は十歳前後。
紺色の髪に、整ったカッターシャツ。
汚れ一つなく、戦場にはあまりにも不釣り合い。
黄金に近い黄色の瞳が、じっと樹好を見つめている。
右頬には、茨のような痣。
「……誰っすか?」
自然と距離を取る。
理由は分からない。
だが、胸の奥が、ざわついた。
「迷子っすか?」
少年は首を傾げ、微笑んだ。
「ここ、危ないよ」
「それは、こっちの台詞っす」
樹好は苦笑しつつも、視線を逸らさない。
(……変っす)
怖くない。
なのに、落ち着かない。
目の前の少年から、
“生き物としての重さ”を感じない。
「君、名前は?」
「……鳴門 樹好っす」
名乗った瞬間、
少年の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……ふうん」
その反応が、引っかかった。
「そっちこそ、名前はなんすか?」
少年は少し考える素振りをしてから、答えた。
「……まだ、ない」
「え?」
「君が付けてくれてもいいよ」
軽い調子。
だが、その言葉が胸に刺さる。
(……なんで、そんなこと言うんすか)
沈黙。
樹好の視線が、少年の痣に向く。
「……それ、痛そうっすね」
無意識の一言だった。
少年は、初めてきょとんとした顔をする。
「これ?」
頬に触れ、首を振る。
「全然」
「ずっと、ここにあるから」
――生まれつき?
それとも。
「君さ」
少年は、ふいに距離を詰めた。
近い。
近すぎる。
だが、身体が動かない。
「“代償”って、知ってる?」
心臓が、何故か跳ねた。
「……なんでっすか?」
「知ってるか、知らないかだけ」
黄金の瞳が、
底の見えない色に変わる。
「何かを救うには、
何かを失わなきゃいけない」
少年は、静かに続ける。
「それでも、君は――
救いたい?」
頭が、痛む。
誰かの声が、
遠くで何かを叫んでいる気がした。
「……分かんないっす」
正直な答えだった。
「俺っち、まだ……
何も出来ないし」
少年は、満足そうに微笑んだ。
「うん」
「それでいい」
その瞬間。
――ズキン。
胸の奥が、強く疼く。
一瞬、
太陽のような光が、脳裏をよぎった。
「……っ!?」
よろめく樹好を、
少年が支える。
触れたはずなのに、
温度を感じない。
「無理しないで」
優しい声。
だが、その背後で――
何かが、確実に“侵食”していた。
「まだ、君の番じゃない」
少年は、囁く。
「世界が、もう少し壊れたら」
「その時、ちゃんと選ばせてあげる」
「……なに、言って……」
次の瞬間。
風が吹いた。
焦げた匂い。
怒号。
現実が、一気に押し寄せる。
「樹好さん!!」
貴の声。
振り返った、その一瞬で――
少年の姿は、消えていた。
そこには、誰もいない。
ただ、
地面に一輪だけ、
茨の形をした黒い影が残っていた。
「……今の、誰ですか?」
貴の問いに、
樹好はすぐ答えられなかった。
胸の奥に残る、
冷たい感触。
(……あの子)
(俺っちのこと、知ってる……?)
遠くで、世界が壊れ続けている。
そして、
誰にも気付かれないまま――
“選択”への歯車が、
静かに、回り始めていた。
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