俺っち人間のはずなのに、人外しか居ない世界に来てしまいました。

葉っぱちゃん

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異変

柱の国と、壊れかけの王

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「椅子を落とすなよ」

「はいっす!」

低く響く声と、即答する明るい返事。
稽古場では、異様な光景が続いていた。

一人はフードを被っていない金髪の男――玲。
そしてもう一人は、フードを深く被った男――無鹿。

玲は両腕で椅子を抱え、
魔力を全身に巡らせながら、一歩一歩、慎重に歩いている。
椅子はただの木製だ。
だが、魔力制御を誤れば、途端に“重さ”が牙を剥く。

「……かなり消耗してるな」

遠くから、その異変を察知したアヌビスは、
空気に混じる魔力の歪みに眉をひそめた。

無鹿の魔力は、強すぎる。
強すぎて――常に“抑え込まれている”。

まるで、
外から鎖で縛られているかのような、不自然な流れ。

「……おい、アヌビス!」

背後から正治の声が飛ぶ。
だが、アヌビスは止まらなかった。

嫌な予感が、胸の奥で膨れ上がっていた。





「魔力を使い切るな。
集中しろ。無駄に放出するな」

「……っ」

「……そのままだ」

無鹿は淡々と告げながら、
自らも歩みを止めない。

呼吸は浅く、
だが足取りは揺れない。

その異様さに、
近くで見ていた者ほど気付いてしまう。

――無理をしている。
しかも、それを“当たり前”として。

そこへ――

「この人……!
辛そうだ! 解放し――」

駆け寄ったアヌビスの言葉を、
低く、冷たい声が遮った。

「……アヌビスか。
邪魔するな」

感情の無い声。
拒絶だけが、はっきりと乗っている。

「……!」

アヌビスは、思わず足を止めた。

同時に、
正治、樹好、貴の三人が駆け寄ってくる。

「アヌビス、どうし――」

「……怖い」

正治の問いに、即答だった。

その瞬間、
フードの男――無鹿が、ゆっくりと顔を向ける。

視線が、正治を射抜いた。

「よく、ここまで来たものだ。
褒めてやる、犬」

「……あの時は、本当に……」

「まあいい」

遮るように、言葉が落ちる。

「それで、何の用だ?」

貴とはまるで違う。
温度の無い視線と声。

その場の空気が、張り詰める。

樹好は耐えきれず、
正治の袖を引き、小声で囁いた。

「……こ、怖いっす。
無理っす……こんな人が……
ここ、本当に吸血鬼王国なんすか……?」

だが、正治は答えなかった。

助言しようと口を開いた瞬間――
再び、遮られる。

「来訪者。
うちの家系は五感が鋭い。
特に俺は聴覚がな。……気を付けろ」

その一言に、貴が僅かに目を見開く。

――“人間”である樹好を、
はっきりと「来訪者」と呼んだ。

「貴、話は城の中でしよう。
玲、椅子を持って世良に報告を」

「わかりましたっす!」

訓練終了の合図だった。

玲は全身を覆っていた魔力を解き、
軽々と椅子を持ち上げる。

――その瞬間。

「おい」

「は、はいっす!」

慌てて魔力を巡らせ直し、
再び、慎重に椅子を抱える。

(……地獄か、ここ)

正治は内心で呟きながら、
アヌビスを見る。

「この人……
ずっとこの状態なの、怖い……」

本音が、隠しきれず漏れていた。





城へ向かう途中。

無鹿は、外に留まり続けていた。
結界の内側に入ろうとしない。

そのせいか――
突然、激しく咳き込んだ。

喉を裂くような音。
呼吸が追いつかず、
そのまま膝を折り、身体を丸める。

「……っ!」

貴は即座に駆け寄り、背に手を当てた。

――酷い。

迷いは無かった。
蛇を城内へ走らせる。

次の瞬間。

ドタドタ、と激しい足音。
そして、腹の底から響く怒声。

「無鹿ゥゥ!!」

現れたのは、
フードも被らず、エプロン姿。
切れ味の悪そうな包丁を握った男。

後ろから、必死に追いかけるメイド。

蛇は、男の肩にちょこんと乗っていた。

「だ、大丈夫か!?」

金髪。
片方のもみあげはオレンジ色に染まり、三つ編み。
後ろ髪を束ね、軽く髭を生やした男性。

――城内で、Tシャツ姿。

「……お父様!
お気持ちは分かりますが!
刃物を持ち歩かないでください!」

(……あれ?
この国、案外ネタ枠?)

「お……父様……?」

ゆっくりと起き上がる、吸血鬼の王。

「だ、大丈夫ですか……無鹿……」

苦しそうに咳き込みながらも、
身体は異様なほど丈夫に動く。

「助け呼ばれて包丁持ってくるとか、
殺す気かぁ!?
指刻まれたいのかよ!」

「違う!!
お前のために……スープを……!」

看病用らしい。

――意外と、良い父親だ。

「だから包丁を持つなと、あれ程……!!」

「王様!
まずは休みましょう!
人間界の件もありますが、今は――!」

メイドが制止する。

その瞬間――

パキン。

……カラン。

包丁が、真っ二つに折れ、床に落ちた。

貴は深いため息をつき、目を覆った。
見たくなかったのだろう。

「お父様ぁ!!
買ったばかりの包丁を
折るなって何度言えば!!」

――タフすぎる。

無鹿は父の手を掴み、
半ば強引に連れて行く。

「す、すみません……!
こんなお恥ずかしい所を……!
ど、どうぞ!」

メイドは苦笑しつつ、掃除に戻る。





「無鹿様……
本日、刄様が、
まな板三つ、包丁三本破壊しました……」

銀髪の人物が、淡々と報告する。

「無理なさらず。
刄様はスープを……
……泡立ってますね。紫色ですし……」

「……気持ちだけ貰っとく。
これで死にたくねぇ」

紫色の泡が立ち上るスープ。
どう見ても毒。

「人間界の参鶏湯を作ろうとした結果……
生姜を茗荷、
鶏肉をアンデッドホークで……」

――原因は、完全にそれだった。

「俺は休む。
来客は部屋に通しておけ」

「はい。玲!」

「は~い、聞いてたっす!」

明るく返事をし、案内役に回る。

「ようこそっす!
賑やかでしょ?
……吸血鬼王国へ、ようこそっす!」

そう言いながら、
無鹿を支え、部屋へ向かう。

先程まで訓練を受けていた男――玲。

「こちらっす!
何かあれば、いつでも呼んでくださいっす!」

そう言って下がろうとした、その時。

「待て。
そこにいろ、玲」

「は、は~いっす」

玲は、無鹿のベッド横の椅子に腰掛けた。

無鹿は、ようやく一息ついたのか、
荒い呼吸を、静かに繰り返していた。
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