6 / 50
第1章 チュートリアル編
第5話 終焉の森にさようなら
しおりを挟むクリスがギルドに収集を依頼されたという謎のキノコと派手な花を手に入れると、俺たちは中央都市セントラルバーンへと向かうことになった。
未だ【終焉の森】を出ていないが一切の迷いもなく進んでいくクリスを見て、俺は口を開く。
「クリスはこの森の道とか把握してるのか? 地図もなく随分進んでるけど」
「え? ああ。私は先程話した《手先器用》スキルの他に《方向感覚》スキルも持っている」
「……へえ、便利だな」
俺がそういうとクリスは誇らしげに笑う。
そして、俺の肩を叩いた。
「この森はモンスターが出にくい分、足を踏み入れた人間が迷うようになってるんだよ」
「……こ、怖いな」
「ああ。《地形把握》や《方向感覚》のスキルを持つか、ベテランのテイマーじゃないと恐らく森から抜け出すことは困難を極める」
……それって俺もクリスに出会わなかったらやばかったんじゃないか。
なんだか急に寒気を覚えた気がして、俺は小さく体を震わせた。
「毎年【終焉の森】に入っていって、二度と顔を見なくなるやつは多い」
「ま、まじか」
今更ながら、クリスと出会えた幸運に感謝しよう。
こいつと会わなければ、俺は【終焉の森】で一生を終えていた可能性も否めないのだ。
「そういえばずっと気になっていたんだが、パーカーが左手に持ってるその戦斧。それは……」
「なんかモンスターと戦ったときのドロップアイテムってやつだ。名前はエイティって言ったっけ」
俺があの白い毛皮のバケモノを思い出していると、クリスは何故か驚いたようだった。
「よ、よく死ななかったな……いきなりエイティみたいな大きいモンスターが出てきたらビビるものが多い。やっぱりお前、相当の実力者なんじゃないか?」
「……そんなわけないだろ。なんかよく分からんけど、頑張ったら勝てたんだ」
「頑張ったら勝てたって……ああ、もしかしてテイムドのスキルがかなり戦闘向きだったのか?」
たしかにミーコのスキルは戦闘に大いに役立つ。
だがおそらく、クリスが言ってるのはそういう意味ではない。
物理的ダメージを与えるスキルだったのかと問われているのだろう。
そしてその答えは否、だ。
俺はとりあえず笑ってごまかした。
「それにしても珍しいな、エイティに遭うなんて。……あのモンスターってなかなか遭遇率低いんだよ。【終焉の森】にしかでないし、テイマーの中でもあれと戦ったことがある人間は少ない」
「そ、そうなのか」
どうやらあのエイティはレアリティが高いらしい。
クリスは「出会えるなんて幸運だな」とか言ってくるが、初戦闘であの巨体のバケモノだぞ!?
どこが幸運なんだと首を絞めて問いたい。
「いきなり出てくるからびびったよ……今日、夢に出てきそう」
「ははは。あの巨体はたしかに圧巻だよな。でもまあエイティ以上の大きさのモンスターなんてごろごろいるし、あのモンスターも力は強いけどスピードはないし。戦斧をそんな風に軽々扱えるお前と、賢そうなミーコなら余裕で勝てるだろ?」
「あ、あはははは」
俺は笑って誤魔化す。
結構ぎりぎりだっただなんて、口が裂けても言わないようにしよう。なけなしのプライドがそう訴えてきている。
エイティとの邂逅が俺にとっての初戦闘だということをクリスは知らない。
こいつの口ぶりからしてこの世界には魔物が多く存在しているらしい。
故に普通ならば、子供の頃から過ごしていれば戦闘経験くらいあるものなのかもしれない。
「そういえば、このバトルアックスの他にエイティのカード? みたいなものを拾ったんだが……これは一体なんだ?」
「……そっか、パーカーは田舎出身だから【モンスターカード】を知らないんだな」
モンスターカードか。たしかに魔物のカードだから、そう呼ばれるのに納得できる。
クリスの様子からして、魔物からカードがドロップされることはテイマーにとっての常識なのだろうか。
俺はスキニーパンツのポケットからモンスターNo.12と書かれたエイティのカードを取り出し、眺めた。
「これは【狩猟モンスターカード】と言う」
「狩猟モンスター、カード?」
「そうだ。テイマーにとって欠かせないものだ。このエイティは狩猟モンスターの中でも【ナンバーズモンスター】に区分される」
「……ナンバーね。たしかにNo.12って書かれてるな」
俺は持っていたカードの数字が書かれた場所を撫でた。
「モンスターカードには大きく分けて2種類ある。パーカーが戦って得たような【狩猟モンスターカード】と、そこのミーコのようなテイムドの【育成モンスターカード】だ」
「……は? ……えっ、つまりミーコもカード化出来たりするのか!? ……いや、しないよミーコ。そんな目で見るな」
ミーコの悲しげな視線に晒されつつ、混乱する頭を整理する。
カードって……紙じゃん。
クリスの説明から察するに、俺が倒したエイティがこの手元にある【狩猟モンスターカード】に変わったってことか?
「カード化は出来るけど……というか逆にパーカーはミーコとどんな風にして出会ったんだ?」
「……普通に出会ったけど」
「普通ってカード化状態で?」
「いや、この可愛らしいモフモフミーコの状態で」
俺がそう言葉を述べると、クリスは大袈裟にため息をつきながら頭を抱えた。
「パーカー。それは普通って言わないよ。生体で遭うなんて野生のモンスターくらいだ。……普・通・はカード化状態が一般的だ。【たまごカード】を買うか、【トレード】のときだって基本カード状態で行う。確認で生体化することもあるけど……生体でテイムドと出会うことなんて稀の中の稀だよ」
「そ、そうなのか……知らなかった」
カード状態のモンスターが一般的……なんかゲームみたいだな、この異世界。
そろそろ頭がパンクしそうだ。
「まあ、カードについての説明ならテイマー登録した際にギルドで長々と説明されるから。そのときに質問とかすれば、気軽に答えてくれると思う」
「お、おう! ありがとな。いろいろ教えてくれて」
「いえいえ、こちらこそ。……っと、さぁもうじき森を抜けるぞ」
クリスが指差す方向から光が差し込んでくる。
長々と鬱蒼とした暗い森を歩き続けていたせいで、目がチカチカした。
けれどそんなことは些細な問題だ!
ようやくこの永遠の呪縛(?)から解き放たれたのだ!
ミーコとともに「やったー! 解放された!」と喜びを噛みしめる俺をみて、クリスも楽しそうに笑った。
日の当たる場所に足を踏み出した俺は、大きく目を見開いた。
「……すっげー」
思わずそう呟いてしまうほど、広々とした草原。
高低差も少ないためか、遠くの方まで一望できる。
日本にも探せばあるかもしれないが、俺はこんな大自然を肌で味わったことはなかった。
気温も太陽の光で暖かく、ぬるい風が駆け抜ける。
モンスターも所々にいるが、そう多いというわけでもなかった。
俺はなんとなくこの辺りで日向ぼっこ兼昼寝をしたらさぞ気持ちがいいだろうなと思った。
ミーコも俺の腕の中から飛び降り、我先にと草原を走り回っている。
「この草原はここからセントラルバーンまで続いているんだ。途中、橋があったり丘があったりするけどそれらも一括してフート草原と呼んでいる」
「フート草原……モンスターもいるな。あんな生き物みたことない……」
思わず口に出していた。
見た目は垂れ耳のオレンジっぽいウサギのようにも見えるが体の大きさが中型犬ほどあるモンスター。
羊のように見えるが毛の色が真っ赤で、とぐろを巻いている大きいツノを持つモンスター。
エイティ以外にみるはじめてのモンスターに俺の目は釘付けだった。
「フート草原に生息するモンスターは、基本温厚なのが多い。近くにいるのはラピット、あっちの赤い毛をしたのがスリープゴートという」
ウサギモンスターがラピット、羊モンスターがスリープゴートらしい。
その名前にものすごい親近感を覚え、俺は苦笑した。……地球らしすぎだろ!
「どちらもそう珍しくない。フート草原のなかで、最もメジャーなモンスターだと言っても過言ではない」
「へえ。レアなモンスターではないんだな」
クリスの話は非常に興味深く、俺は幾度も相槌を打ちながら聞く。
「フート草原は初心者向けの狩場だからな。私もまだまだ駆け出しだから、たまにこの草原でテイムドのレベル上げをしてたりする」
「クリスは駆け出しなのか。テイマー登録してどのくらいなんだ?」
そう聞くと、クリスは気まずげに目線を逸らす。
なんだろう、そんな言葉に詰まることなのか。
俺はクリスを見る目に目力を込める。
「あー、………………は、半年」
「……え、まじで? めちゃくちゃ道すがら先輩面してたのに?」
未だテイマー歴半年のクリスは、ぎこちなく微笑む。
あれだな。自分が駆け出しだからこそ、より未熟な奴にアドバイスしてやりたくなる感情。
分からなくもない。
俺は大人だからな。そんな心だって汲み取ってやるぞ。
「えーっと、一緒に頑張ろうぜ。先・輩・」
俺がそう言って背中を軽く叩くと、クリスはよけい肩を落としたようだった。……なんか、すまんな。
「色々教えてくれて感謝してるんだぞ、クリス」
「はぁ……まあいい。それじゃ、ここからセントラルバーンに戻るんだが、ちょっとその前に」
クリスはそう言って、持っていた手荷物を探る。
目的のものを見つけたのか探し終わると、指先には一枚のカードが挟まっていた。
「アーデルベルト」
クリスがそう呟くとカードは瞬く間に形を変え、二人の目の前に姿を現わす。
それは海と空のように鮮やかな青い毛並みをした馬――いや、ユニコーンだった。
ユニコーンといえば、白い毛をしているイメージだったが、目の前のモンスターは青い毛が非常によく似合っている。
地球にいる馬と異なり、額には一角のツノが生えていたため一目瞭然だった。
「すご……かっこいいな……」
「そうだろ! こいつの名前はアーデルベルト。俺のテイムドの1匹だ」
クリスはそう言ってユニコーンの頭を撫でる。
アーデルベルトは嬉しそうに鳴いた。
「アーデルベルトって、本物のユニコーンなのか?」
「ユニコーン? いや、それに近いはずだけど違う。元々は馬系のモンスターだが、テイムドはテイマーの性格や育て方によって姿形、特性などを変える。だからこいつには【ナンバーズモンスター】のような種族名はないんだ。だからこそ、こいつはほかの何でもない【アーデルベルト】なわけだ」
それを聞いて俺は驚いた。そして同時に心が浮き足立つのを感じた。
クリスの話からわかる通り、自分だけのオリジナルテイムドを育てることが出来るということだ。
「それならこのアーデルベルトもクリスの影響を多分に受けてるんだな。もしかして毛並みが青いのは……」
「おそらく俺の影響を受けたんだろう」
俺はアーデルベルトを見つめる。
美しい青い毛並みに顔を埋めてモフモフしたい欲求がはち切れそうだが、なんとか堪える。
隣に飼い主がいるのに不埒な真似はできんからな。
「クリスは他にもテイムドがいるのか? 見た限り、森の中ではモンスターを連れてなかったが……」
「ああ、もちろんいるぞ。……出ておいでジルヴェスター」
クリスがそう呟くと、腰についているベルトポーチが光る。
そして現れたのは青い鳥だった。
体の大きさはミーコと変わらないが、その鋭い爪のある足が異様に大きい。
「こいつはずっと俺のベルトポーチの中にあるホルダー・カニョリーノの中でカード化していた。呼べばすぐ出てくるようにな」
「そうなのか。ってホルダー・カニョリーノってなんだ? 名前的にカードを収納する箱みたいなものか?」
「そうだな。これを持っていれば、わざわざカードを手に取らなくてもすぐ生体化して攻撃にはいれる」
カードからモンスターへと変えるためには手に持つ必要があるらしい。
俺は頷きながら、浮かんだ疑問を口にした。
「それじゃあ、ずっとカード化しない状態でいればいいんじゃないか?その方が楽だし」
「……たしかにそれも一理ある。だが、己のテイムドを不用意に他人に見せることはあまりよしとされてない。そのテイムドがもし珍しいモンスターなら、奪われかねないんだ」
その言葉を聞き、俺はここが異世界で自分の常識とはかけ離れていることを悟る。
比較的安全な日本で育ってきたからか、俺にとって窃盗などの犯罪は身近なものではない。
気を緩めるべきでないということがよくよくわかった。
認識を改めるべきかもしれない。
「それだけこの世界では育成されたモンスターに価値があるんだ」
「……それならなんでクリスは俺にテイムドたちを見せてくれたんだ? 俺がもし盗もうとしたら、どうするんだ?」
「はは。それはないだろ? お前はそういうことをする奴じゃないということは、なんとなくだけどこの数時間で分かった。それにお前のテイムドも見たんだ。俺だって見せるのが公平だろ?」
……俺はどうやらこの世界でも友達を見つけられそうだ。
少し笑いながら「分かんねーぞ」と冗談交じりに言った。
「カード化してジルヴェスター。…………それじゃ行くか。パーカーは先にアーデルベルトに乗れ」
クリスのテイムドモンスターに二人乗りをし、俺たちは中央都市セントラルバーンへと出発した。
……鞍がないから何度も落ちそうになって、その度にクリスに助けられたのはいたたまれなかったぜ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,730
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる