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第2章
第2話 テンプレよ、こっちに来るなあっち行け
しおりを挟むこの世界の管理者と名乗るベラベリアンの頼みを了承すると、どっと心に疲れが生じる。
『よかったです。任務達成を祈っています。……ダンジョンの5階層なんですけど、着いたらこう口にしてください――【時空管理局0012ベラベリアンと交信】と』
「はい……あの、それであなたに連絡をつけることが出来るんですか?」
『一応、そういうことになります。けれど四六時中こちらと連絡がつくとは限らないので、5階層に赴く前日、一度同じように連絡をくださればこちらとしては嬉しいです。それと、私との交信はあまり多様できるものではないので注意してください』
……それは一体どういうことだ?
俺は怪訝な面持ちでその理由を問おうとする。……まあ顔を合わせて話しているわけでもなし、俺の表情なんて分かってないだろうがな!
「多様できるものではない……とは」
『言葉の通りです。この交信は相当なエネルギーを消費致しますから、パーカー様にもこちらのサーバーにも負担がかかるのです』
「さ、サーバーですか。近代的ですね。……それにしても、俺にも負担がかかるんですか!?」
負担と言われてあっさり納得できるはずもなく、俺は少しだけ語彙を強めて詰問する。
ベラベリアンは悪びれもなくあっさりと肯定した。
『……今回の交信はこちらからのものなので、パーカー様には負担が生じることはございません。交信は、実行した側のエネルギーを消費致しますから』
「じゃあ逆に、俺から交信したらどんな負担がかかるんですか……」
『そうですね。命に関わるものではありません。少しだけ疲れを覚えたり、少しだけ体調不良になったりしますね。なにしろ、普段使用することのない生体エネルギーを使っているのですから』
「…………」
その少しだけっていう言葉、滅茶滅茶怪しいな。
俺は猜疑心の入り混じった口調で言葉を紡ぐ。
「それ本当ですか……正直、そんなこと聞かされて俺から連絡したいとか思わないんですけど……」
『まあ、それも一理ありますね。ならば一つ、この任務達成の褒美を今この場で提示いたしましょう』
「褒美、ですか?」
ベラベリアンの化けの皮が段々と剥がれてきたように思える。
丁寧口調だが、やはり言葉は上から目線だ。
……いつか、ガツンと仕返しせてやるぞ!
そう小さな復讐心を抱きつつ、ご褒美という言葉に耳を大きくする。……単純な俺ですまんな。
『そうですね……イレギュラーの謎が解き明かされたそのとき――【ドラゴンのタマゴカード】を差し上げましょうかね』
「…………え……ええええ!!!」
ど、ドラゴン……っだと!?
「そ、それは本当ですか?嘘――という可能性は」
『ありません。このイレギュラーが解決されたのなら、あなたにドラゴンのタマゴカードを差し上げると確約いたしましょう。……私どもは嘘はつきませんから』
なにやら怪しいところもあるが、今この瞬間、言質はとった!それならば――。
「やります、やります!! 全力で任務にあたらせてもらいますとも!」
俺は全身全霊で彼女の“お願い”に応えようと、大声で宣言した。
向こうはどうやら上機嫌な様子でくすりと笑っている。
『ふふ。素直で喜ばしいですね。……応援していますよ、パーカー様』
そういうと、ベラベリアンの脳内への交信は途切れた。
ミーコはずっと警戒心を露わにしていたようだが、ようやく気が抜けたように俺に擦り寄る。
まんまとベラベリアンの作戦に嵌められた感は否めないが、ドラゴンのカードだぞ!
絶対レアものに違いないし、この機を流せば永遠に手に入らないかもしれない。
どうせこの異世界で生きていくためにもテイマーランクは上げなければならないのなら、一挙両得ってもんだ。
「それに、期限とかは特に決められてないしな。あまり遅いと怒られそうだが、適度に努力していればベラベリアンさんに怒られることもないだろう……多分」
彼女は俺を監視しているのだと言っていた。
サボっている姿は見せられない。
俺の心の中はまだ見ぬドラゴンの想像で期待に胸を膨らませていた。
そんな俺を拗ねた様子でミーコは見ており、あとで機嫌を治すのに一苦労するのだった。
◯
俺はベラベリアンとのやりとりと午前中の初クエストによって精神的に疲れたため、ごろりとベッドに寝転がっていた。
すでに日が傾きつつあり、窓から差し込む日差しは赤みが強い。
異世界でも夕日は赤いんだな、なんてことを思いながらこれからのことを考えた。
異世界に転移してからまだ二日しか経っていない。
けれど、ものすごく濃い二日だった。
……こんな風に昼間から夕方にかけてベッドでごろごろしているなんて、背徳感がやばいな。
そんなことを思いながら、体を起こす。
心の疲労も比較的癒え、少し外に出てぶらぶらしてみようと思った。
思い立ったが吉日。
俺はベッドから身を起こし、ミーコの体をモフる。
そしてカード化していてくれと顎下を一撫でした。
カードになったミーコのための収納場も考えなければならないかもしれない。
ポケットにそのまま突っ込んでいるのも、なんだか不安だし。
「よし、それじゃいきますか」
俺はショルダーバッグに必要最低限なものを入れ、部屋にしっかりと鍵をかけたあと外に出る。
「あら、パーカーさん。夜ご飯はまだですよー」
「ははっ! 知ってますよ、女将さん。……ちょっくら周囲を散歩してきます。俺、この辺になにがあるかとか全山知らないんで」
「そっか、パーカーさんはセントラルバーンに来たばかりだって言ってらしたものね。それじゃあ行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってきてくださいよ! そうじゃきゃ、自慢のご飯が冷え冷えご飯になりますからね!」
「はいっ」
なんとなく女将さんは実家の母を思わせる。
郷里が少しだけ恋しくなり、胸が詰まった。
……俺はこれからこの世界で生きていくんだ。
もう二度と、日本の家族や友人に会うことはないんだ。
奥歯をぎりっと噛み締め、前を向く。
……過去にはもう、戻れないんだ。それなら――。
そして俺は『垂れ耳ラピット亭』を出た。
外は帰宅ラッシュだからなのか、往来を急ぐ人で賑わっていた。まるで始めてこの都市に来た時のようだ。
俺みたいに意味もなくフラフラ出歩こうと思っている人もいるだろうが、皆、何かしらの目的地を持っている人が多いのだろう。
人の流れに逆らわぬまま歩き始める。
……俺、やっぱり異世界に来たんだな。
今日の朝は真っ直ぐギルドに向かったし、昨日クリスと買出ししてたときは初めての異世界で余裕なかったんだよな。
じっくりこの国を見たのは今が初めてかもしれない。
外の景色だけでまったく異なる地。
中世のヨーロッパっぽいと思ったが、カラフルな建物を見るとファンタジー感の色の方が強いかなと感じた。
なんとなく周囲を見渡していると、人がたむっているのが目に入った。
……あまりから関わり合いになりたくない。
「おい、金の用意はちゃんとできたか?」
「は、はい……これで足りますでしょうか?」
「……は? 何言ってんだお前。……こんなんで足りるわけねえだろうがっ!」
そう言っていかにも堅気には見えないガタイの良い男がへりくだっている細い男を蹴る。
蹴られた男は苦しげな声を上げ、地面にうずくまった。
俺は顔をしかめる。
……こんな表通りでヤバいことしてるなんて、日本にはないよな。怖い……怖すぎる……。
うわっ! ヤバそうな男と目があった! ……めっちゃ勢いよく逸らしちゃったけど、大丈夫かな。
内心冷や汗をダラダラと垂らしながら、こっちを見るなと俯く。
すると、俺の頭上から影が差し込む。
「おい、そこの坊主。てめえ何見てんだよ!」
俺はゆっくりと顔を上げる。
そこには先ほどそこに倒れている細い人に絡んでいたヤバそうな輩が鬼のような形相で俺を見下していた。
……っなんで俺んとこに来るんだよおお!やめてくれえ!散れっ散れっ!
そんな願いは届くこともなく、やばそうな男は未だ俺を見下ろし続ける。
俺の中の弱気が顔を出し、目を右往左往させながら答えた。
「……え、えーと。お、俺は何も……」
「嘘ついてんじゃねえよ!! 俺とさっき、目があっただろうが」
……俺はどうやら変な輩に絡まれてしまったらしい。
そうそう……こういうのがテンプレって言うのか? それとも運命力的な何かか? …………何しろ最悪だ。誰か助けてえええ!
そんな魂の叫び(※誰にも聞こえることはない)は道行く人に届くことはなかった。
何故俺に目をつけた!
俺はちょっと怯えたように犯行現場(?)を見てただけなのに。
往来には他にも人がいるはずなのに、どうして俺だけなのか。……ああ、多分貧弱で弱そうに見えたからか。
「おい! 聞いてんのか坊主!!」
「は、はい。見てましたごめんなさい謝りますだから許してください」
とにかくマシンガントークでへりくだってみる。
……だって怖えんだもん……。
「あのな、世の中にも謝っても解決できねえことがあんだよ! ほら、黙ってさっさと有り金全部出せよ!!」
「え、えぇ……それは嫌ですよ……」
だって俺、今全財産5000ルブちょいしかねえのに、これ以上搾り取られるのは御免被りたいぞ!
「んじゃ、ちょいと痛い目に会っても仕方ねえな」
「……え?」
男は拳をコキコキと鳴らした。
鍛えた肉体を見せつけるような堂々たる歩みで俺の1メートル以内に入った。
そして次の瞬間、俺に向かって殴りかかる。
……っやべえ! 死ぬ!
反射的にそう思った俺は、無意識のうちに男の懐に潜り込み、己の拳を腹にめり込ませていた。
男は「ぐふぅ」という情けない声を上げ、地面に崩れ落ちる。
男は気が緩んでいた。俺のようなもやし男が反撃してくるとは思っていなかったのだろう。
もし仮にそれがなければ、拳を振り上げる速度の時間差やらなんやらでやられていただろう。
……ふぅ。油断してくれてて助かったぜ。
側で見ていたこの男の被害者その1が呆然と俺を見つめていた。ちなみに被害者その2が俺な。
いまや俺が加害者その2になってるが。
当然のごとく、加害者その1はこの泡吹いてる男だ。……うーん、自分で言っててややこしいっ!
「……あ、俺……」
俺は己の人外的な力に軽く目眩を覚える。
殴り飛ばした拳と倒れた男を交互に見て、視線を彷徨わせた。
「やっちまった。これはまずい……か?」
俺は別の意味の冷や汗をかき、頭を抱えた。
……よく考えれば、この男に殴られてもスキル《強堅》で全然平気だったかもしれない。
むしろ男の拳が無事では済まなかったかも。
反射的に殴ってしまったが、やはり俺は潜在的な何かによって好戦的になってしまっているような気がしてならない。
「あの――だ、大丈夫ですか?」
か細い声がかけられる。
俺は声の主に視線を向けた。
声をかけてきたのは被害者その1だった。
「あ、はい。俺は大丈夫ですけど……この人が」
地面に伏している男に指をさした。
気絶した男を見下ろす被害者その1の瞳は、明らかに憤怒の炎を宿している。
「……ほっといていいんじゃないですか? この男、いろんな奴にいちゃもんつけて金を脅し取ってるみたいですし。……僕もその口で」
「そうなんですね……それなら放っておきましょう。この人が悪い奴ならわざわざ獣士隊でしたっけ……に届けを出すとは思えませんし。まあ、この大通りですから目撃した人が通報してるかもですけど」
「そのときは、僕が証言しますよ。あなたは一方的にいちゃもんをつけられた被害者だって」
「あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言っておく。
「それにしてもあなた、お強いですね! こいつが泡吹いて倒れたとき、なんだか日頃の鬱憤が晴れましたよ。この男みたいな暴力で全てどうにかできるみたいなやつにはほとほと困らされていまして……」
細い男はThe ファンタジー世界の住人というような深緑色の髪と少し薄めの緑の瞳をしていた。
顔には男に殴られた傷があり、全身はボロボロだ。
それなのに晴れやかな顔で笑う男を見て、俺の方が慌ててしまう。
「そ、そんなことよりお怪我の方は大丈夫ですか? ものすごくボロボロですけど……」
「このくらいなら平気ですよ。今日は青あざも出来てないし、軽傷です。……実は僕、ものすごく運が悪くて。今日も仕事でこの男に文句をつけられて、仕方なくお金で解決しようと思ってここに来たんです。その矢先にあなたが――」
いやいや! お金で解決って! ……それこそ獣士隊とやらに相談すればいいものを!
そんなことを思いながら、俺は男に視線を向けた。
思わず同情を誘う疲弊した男に労いの言葉をかけておく。
「それは……大変でしたね。お気の毒に」
「いえいえ。あなたのおかげで助かりました! ……そうですね。よければお礼させてください。一杯奢りますよ! どうですか、一緒に」
男は腰に手を当て、人の良い笑みを浮かべた。
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