殺人計画者

夜暇

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第一章 鷺沼崇の場合

三 ◯鷺沼 崇【 過去 】

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 彼女とは二年前、西街にある愛彩というキャバクラで出会った。
 当時、俺はある零細企業に勤めている社員であり、飲み会の帰りに上司に連れられ、初めてそういった、夜の店の暖簾をくぐった。
「そこの女の子たち、きて頂戴!」
 店長に呼ばれ、出てきた嬢の中に、彼女はいた。
 「アンナ」という源氏名で目の前に現れた彼女に、初め俺は言葉を失う程見惚れてしまった。艶のある長い髪に整った顔立ち、すらっとした長身の体。落ち着いた振る舞いといい、こんな古びた…場末の雰囲気を醸し出した店にここまで美しい女性がいるとは、正直思ってもみなかった。
 それからというもの、俺は彼女に夢中だった。仕事が終われば店に行き、許された時間、彼女と語らう。初めは他愛もない世間話ばかりだったが、数ヶ月も経つうちにお互いの身の上話まで共有し合う仲にまでなった。
 二年前、当時の彼女は二十歳。大学に通う苦学生であった。少ない給料と奨学金によって、何とか食いつないで生きているという。自身の悲観的な状況を平然として話す彼女の姿は、誰が見ても分かる程、儚さを帯びていた。
 そんな薄幸の彼女を見て、何とか助けてやりたい。そう心に決めたのである。
 そうは言っても、かく言う俺も安月給な職場で働く一端の平社員であり、他人を助けられるほど余裕がある訳でも無い。
 そこで訪れたのが消費者金融、コモレビである。取引先の会社の目の前に位置しており、記憶に残っていた故のことだった。
 しかし、そこは金を貰う所ではなく、金を借りる所である。借金という響きに一瞬躊躇したが、そうはいっても自分の貯金が彼女を助けられる程貯まるまでに、どれ程の時間がかかるというのか。どんな形にせよ、今すぐに金が欲しい。当時の俺は、それしか頭になかった。彼女を救う道は他に無いと、本気で思っていた。
 
 檜山武臣はこの会社に属する社員である。俺が初めて来訪した際に対応してもらった。
 自分の肩幅の二倍はあるのではないだろうか。スーツの上からでも分かる、広く厚い強靭な上半身に、両側頭部を刈り上げ、鼻や目、眉などは鋭く、彫りの深い日本人離れした顔つき。加えて百八十センチメートルを優に超える長身。初めて対面した時、まるで自分が獅子を目の前にした兎のように思える程、恐ろしさを感じたものだ。
 そんな強面の男ではあったが、俺が借入したい旨を話した瞬間、気持ち悪く感じる程わざとらしい笑みを浮かべ、猫なで声を出してきた。
「借入のご相談ですね。うちの審査は他のどこよりも緩いですし、お客様さえご希望であれば即日融資も可能ですよ。さあさあ、とにかくお座りください、お座りください」
 その言葉は本当だった。ちづるを救う、その俺の願いを叶えるために必要不可欠な道具である、喉から手が出るほど欲しかった金が、たった三十分という短い時間で目の前に置かれた。
 初めに借りたのは三十万円。思えばこの金が俺を地獄に引きずり込む引き金だったのかもしれない。
 しかしその金を見た瞬間、俺は我慢できなかった。檜山の注意事項や今後の説明も聞かず、金を持ってコモレビを出た。
(これでちづるを救える…そうすれば、あの子の特別な存在に、俺は成れる!)
 そのままその足で、ちづるが働く店に駆け込んだ。
「え…ちょっと!こんなに沢山貰っちゃって、良いの?」
 テーブルの上に置かれた封筒の中身を見て、ちづるは小さい声ながらも恐る恐る言った。その表情、仕草から驚きを隠せないようだった。
「ああ、良いぜ。全部お前のものにして良いんだ」
 俺の言葉を聞いた時のちづるの喜ぶ顔。ああ、これだ。これがずっと見たかったんだ。
 その日の夜からちづるとの関係は始まった。満足感と高揚感、胸が一杯になっていた俺には、後先なんて考える脳は無かった。たとえそれが、消費者金融から借りた金で得た、仮初めの幸福であっても、だ。
 俺ほど彼女のことを愛しており、彼女のために尽くせる男なんて他にいない。そして、そんな彼女も俺のことを誰よりも愛してくれている、と。そう自負していたのである。
 それからは毎月の借金を返済するためにコモレビに出向いた際、余裕がある時は追加で金を借りていた。そしてその金を使い、ちづると付き合う。借金を返済する。金を借りる。金を消費する。それの繰り返しであった。気付けば高額な借金を背負う身。しかしそれを気にすることもなく、現状俺は満足していた。これがずっと続くものと思っていた。
 しかし、そんな生活の終わりは想像以上に早くやってきた。それは俺とちづるが出会って、ちょうど一年経過した日のことである。
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