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第二章 檜山武臣の場合
五 ◯檜山 武臣【 半年前 】
しおりを挟む半年前のことだった。俺が愛彩に客として訪れ、帰る際に瑞季に呼び止められた。
「金を、借りたいって?お前が、か?」
「…はい」
その時も今日と同じように、彼女は俯き加減に話し出した。
「実は私…ISMYの人間と、少々関わりがありまして」
「ISMY?もしかして、数年前、ニュースで話題になった?」
「は、はい」彼女は頷いた。
四年前程だったか。世間ではISMY(I Steal Money from Youの略。「私はあなたから金を盗む」の意)という、詐欺を主流する犯罪組織が話題となっていた。主に個人を標的とし、商取引や賭博上での詐欺はもちろんのこと、振り込め詐欺を筆頭とした架空請求、還付金等の特殊詐欺まで、手広く行なう組織であった。
活動が本格化したために警察も本気で動き出し、何人もの実行犯が逮捕され、その度にメディアに大きな見出しで掲げられた。それから何年かは話題を提供していたのだが、一年前。組織のリーダー格の人間が逮捕されたことにより、毎日のように報道されていたISMYの話題は、人々の記憶から消え失せていった。
瑞季のその後の話によれば、彼女は数年前、組織と関係があったそうだ。理由は不明だが、そこに元いた人間から、五十万円を要求されている、とのことであった。
「しかし、それって恐喝になるんじゃないのか。それならお前の彼氏に頼めば良いだろう。あまり公に言えないって言っていたが、確か警察官だったよな。そういう時の対応って、一般人より得意だろうに」
瑞季は現在交際している男がおり、警察官をしている。この西街から数十分程歩いた所にある西街派出所で働いている。以前指名した際、彼女から「檜山さんなら口も堅そうだし…」とのろけ話を聞かされたのであった(彼女的には誰にも言わない、秘密にしていたことだったそうだが)。
そう言うと、瑞季は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「達ちゃんにはこのこと、言えないんです。でも五十万円なんて大金、二人の共通口座ぐらいしか無いんです。そこから五十万円なんて引き出したら、絶対にばれちゃう」
穏便に済ませないといけないんです…と、そう訴える瑞季の目には涙が滲んでいた。やれやれ、と俺は頭を掻いた。
「まあ、どんな理由があるかなんて人んちのことだし、あまり関わらないけどさ。ええと、それで、借りたい額って五十万円だよな。貸しても良いが、返せる当てはあるのかい。その規模の額だと、いくら何でも返済は時間もかかるだろうし、その間に警察官の彼氏が勘付く可能性もある。それを覚悟の上なのか」
長年この仕事に携わっている俺が凄むようにそう言うと、決心して話を持ちかけた瑞季であっても、少々動揺していた。しかし最後は、俺の目を見て「お願いします」との一言であった。
以来、高額ではないが、毎月定額分をしっかりと返済してもらっている。
「telco」を使って借金等のやり取りをすることは稀にある。会社もそれを良しとしている。証拠は残らないが迅速な電話、やり取りは遅いが証拠の残るメールの中間に位置するそれは、手軽さかつ都合が良いのである。
しかし、そう考えてもおかしな点がある。
「瑞季の今月の返済期限はまだまだ先なんだがなあ」
俺の記憶が正しければ、彼女はあと二週間以上返済までに猶予があるのだ。借金の内容のメッセージを送ったかどうかなんて…
自分の「telco」を開き、直近で瑞季とやり取りがあったか確認する。うん、何度見ても彼女とのメッセージ履歴は無い。やはり、彼女の勘違いだったのだろう。
それに、謎の五桁の数字についても、俺とは関係が無さそうだ。
ふう、と息を吐く。新年になってから色々あり過ぎて、こんな何でもないようなことにも考え込んでしまう。頭の中が破裂しそうだ。落ち着け、こんな時ほど落ち着くべきである。
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