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第二章 檜山武臣の場合
六 ◯檜山 武臣【 1月9日 午後4時30分 】
しおりを挟む勤務時間中の煙草休憩。会社の屋上で煙草を吸っていると、スーツのポケットに入れている携帯電話が震え出した。取り出して画面を見ると、そこには「非通知」と大きく表示されている。
「非通知?」
もしかして小林か、とも一瞬思ったが、頭の中で一蹴した。小林であれば、わざわざ非通知でかけてくる意味はない。
普段は非通知の着信などに出ることはないが、今回はどうしてか興味を惹かれた。通話ボタンを押し、ゆっくりと携帯を耳に当てる。
『…』
静寂。声はおろか、音も聞こえてこない。
なんだ、悪戯電話の類か?
「おい、悪戯なら切るぞ」
試しにもう一度、呼びかける。すると、電話先から急に声が聞こえてきた。
『…やあ、檜山さん』
反射的に電話を耳から離した。電話先の人物の声はボイスチェンジャーを使っているのか、肉声とは思えない…くぐもった、違和感のある声色であったからである。俺はぱちぱちと瞬きをし、再度電話を耳につける。
「お前、誰だ」
『誰だと思う?当ててみて、なんて。そんなくだらない真似はしないけどね。どうでも良いことさ。とりあえず、俺のことは…そうだ、Aとでも呼んでくれれば良いよ』
A、だと?
「どうして俺の電話番号を…そもそも、どうして俺の名前を知っている」
『それも同様。俺があんたの何を知っているかなんて、どうだって良い。それよりも』
俺の詰問を無視して、電話先の人物…Aと名乗った何者かは、驚愕の内容を俺に告げた。
『小林賢一だけど。彼、もう死んでいるよ』
「…は?」
こいつは何を言っている?
携帯電話を持つ手に汗が滲む。電流が走ったかのように、体が小刻みに揺れる。そんな俺の動揺などお構いなしに、Aは話を続ける。
『小林だよ、小林。あんたが働くコモレビの社員の彼。彼ね、もう既に死んでいるんだよ。だからいくら探しても無駄。どこにもいないんだから』
「ど、どうしてそれを、知っているんだ」
震え声になりながらも絞り出した言葉がそれだった。
『それは当然さ。だって、彼が殺される瞬間を見ていたからね』
「見ていた、だって?」
『うん』
Aは、今度は素直に教えてくれた。
「いつ、誰に殺されたっていうんだ」
ごくりとつばを飲み込み、続けて聞いてみる。これについても、問答なくAは話す。
『十二月三十日の夜。殺したのは確か、鷺沼とか言ったかな。なんだか少し、おっかない風貌をした男だよ』
携帯電話を落としそうになった。十二月三十日というと、仕事納めの二十九日の次の日ではないか。
『急にこんなことを聞かされて信じられないかもしれないけど、本当の話。残念なことだけどね』
しかし、どちらも縁のある人物である。そんな偶然が起こるというのか。まさか…そんな。そんな訳があるのか。
とりあえず本当に鷺沼が小林を殺したのか、それをここで判断することはできない。このAの言うことが全て嘘で、最初の考えのとおり、ただの悪戯電話である可能性は否定できないからである。
「そんな与太話を、俺が信用するとでも?証拠はあるのか証拠は」
俺がそう言うと、電話先から聞こえる声色は幾分か低くなった。
『別に、俺はどうしても信じてほしいとは思っていない。単に檜山さん、あんたに情報を提供したいという、いわば善意からの行動だよ。信用してもらえないのであれば、それはそれで構わない』
「…俺に、どうしろっていうんだ」
『だから。繰り返すけど、あくまで情報提供なんだって。今、それとこれから俺が檜山さんに話している情報をどう解釈して、どう使うかは檜山さん次第』
「情報、か。一体何だ」
『ふふ。檜山さん、スカイタワーシティホテルって分かる?』
「スカイタワーシティホテルだと?」
この西街で働く者として、知らない訳が無い。西街東側にスカイタワーを建設した際、訪れる観光客を対象として一年前程に建設された、安いが小綺麗なホテルだ。当時、様々な番組でスカイタワーと同時に特集されていたことが記憶に残っている。
「ああ、知っているが」
『俺の言葉を、確信を持って信じたいのであれば、明日一月十日の午後六時過ぎ。そこの二十一階から四十階に行ってごらん。どこかで、鷺沼に会えると思うよ』
「なんだって…」
『伝えたいのはそれだけ。また状況が変わったりしたら、連絡するから。その時はよろしくね』
「お、おい。ちょっと待て!」
俺の制止を無視して、電話は切れた。電話が切れた後も数秒の間、俺は動くことができないでいた。まさにあっという間の出来事。頭の中では、沢山の謎が残っており、とてつもなく気分が悪かった。
電話先の人物…Aとは、一体誰だ?
情報共有が目的と言っていたが、その真意は?
何故、俺の名前や電話番号を知っている?
鷺沼が小林を殺したのであれば、その理由は?
しかし、これらの疑問に対する答えはある。鷺沼である。そのために俺は明日、奴に会いに行く。
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