殺人計画者

ふじしろふみ

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第二章 檜山武臣の場合

十二 ◯金井 達也【 1月10日 午後10時00分 】

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「はあー」
 暇だ。何もすることがない。年明けの今日、俺は派出所の中、椅子に腰を下ろし項垂れていた。
 今日は出勤してから今に至るまで、特に事件も無く、長閑な日であった。こういった平和な日々を送ることが久方ぶり過ぎて、ここまで暇で良いのか、罪悪感に囚われる程だ。
 西街に近い場所に位置するこの派出所、普段は盗難届や遺失物届、事件など突発的に対応しなければならない案件が山のように舞い込んでくる。また、パトロールに出ると顕著だ。街中ではごろつき共の些細な諍いや喧嘩は後を絶たない。それを見かけるたびに仲裁に入ったり、暴力沙汰になれば、事情聴取もする。面倒なことこの上ない。
 しかし、珍しく今日は何も無い。パトロールも、先輩の根岸さんが何回か行っているが、街は比較的静かな様子なようである。
「お前、暇なら俺の書類の整理を手伝ってくれよ」
「嫌ですよ。根岸さん、書類整理にこだわりが強いんですもの。自分でやってください」
「そうはっきりと言わなくても良いだろ…」
 ふてくされながらも、根岸さんはそのまま片付けを続ける。彼が行なっている書類整理は、通常年末までに行なわなければならないことである。しかし彼は片付けが似合わない、好きじゃないなどと言い訳をつけて行わなかった。
 最近では、警察官の個人情報紛失事故が多く発生している。メディアにも良く取り上げられるため、近日中に、所轄の警察署が、紙やデータ等の書類整理徹底化に向けた、所内点検を行うそうだ。
 根岸さんの机の上も、小一時間で大分落ち着いたようである。しかし書類整理は終わったとしても、彼にはまだパソコン内のデータ整理が残っている。大して複雑なデータは無いのだが、これが彼にとっては大の苦手分野であった。
「とりあえず根岸さん。パソコンの共有フォルダ内の整理は俺がやっておいたので、根岸さんはそのフォルダに自分のデータを整理しておいてください」
 そう俺が伝えると、彼はにっこりと笑顔になった。
「な、なんですか」
「やらない、と言っても。結局助けてくれるんだよなあ、金井は」
「…俺がやらないと、根岸さんいつまで経ってもやらないじゃないですか。その代わり、フォルダの名称や構成については俺のルールに従ってもらいますよ」
「分かった、分かった。…うお、お前西暦のつけ方とか癖があるな。えーっと、このデータはここに…」
 意気揚々と、軽く文句も垂れながらではあるが、せっせとデータ整理に取り掛かった。
「はあー」
 そんな彼を見て、また溜息をつく。
「なんだ金井、お前溜息ばかりつきやがって。若いうちからそんな溜息ついてっと、俺みたいなみっともないオヤジになっちまうぞ」
 根岸さんが笑いながら話しかけて来る。俺は机に肘をつきながら、彼を見る。
「若いうちって…俺、ちょうど二週間後にですよ三十路。三十代突入ですよ。全然若くないですって」
「十分若いわ、青二才が。ってことはお前、平成生まれだろう。昭和の俺に向かってよく言えるなこのやろう」
 そう言って、俺の頭を軽く叩く。
「ちょ、やめてくださいよ。まあとにかく、書類整理はさぼらないでくださいね。根岸さん、やる時やらないと溜めといちゃう人なんだから」
 俺は椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。背中辺りの骨がポキポキと、小気味良い音を立てて鳴る。そんな俺を見ていた根岸さんだったが、自分の腕時計に目を向けた。
「そうだ、これから俺は夜間パトロールに行ってくる。大体…そうだな。一時間後には戻るかな」
「一時間って、どこまで行くんですかそれ」
「うーん。スカイタワーの方まで行ってくるかな。ほら、お前が昼過ぎに行ってきた辺りだ。ここ、よろしくな」
「ちょ、ちょっと」
 俺の発言を待つまでもなく、彼は足早に去って行った。所内に一人残される。おそらく書類整理に嫌気がさしたのだろう。気分転換というやつだ。
「…ん?」
 彼を見送った後もそのまま所内から目の前の道路を見ていると、西街の方角から二人の男が歩いて来た。二人とは言いつつも、前を歩く男の少し離れた距離から、もう一人の男が歩いている…といった状況だ。
 俺は椅子から立ち上がり、既に目の前を過ぎ去った男たちを見るため、派出所から外に出る。
「あいつらは…?」
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