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第五章 本多瑞季の場合
三 ◯本多 瑞季【 過去 】
しおりを挟む「お前ら!何をやっている!」
部屋の扉が乱暴に開き、一人の男が飛び込んできた。それと同時に、室内にいる私を含めた全員、その男を見て目を丸くする。
一寸先は闇といった暗闇の中にも、一筋の光は射すものか。その日は大和に誘われ、美人局紛いの恐喝を始めてから一年が経った頃だった。いつもどおり、私は「仕事」のために西街近くの駅前で小男に声をかけた。
男は見るからに女との接点が無く、大和の恫喝に素直に従いそうな風貌。かつ年配で金を持っていそうな雰囲気だった。
しかし考えてみれば初めから何かおかしかったのだ。これまでは、大体どの男も初めは渋々…といったように、どこか私のことを警戒している節があったが、その日声をかけた男は初めから私の話に、それも食い気味に乗ってきた。
男と一緒に居酒屋で軽く酒を飲み、午後九時過ぎ…良い頃合いになった段階で、休憩したいといってホテルに誘い込む。その時点も警戒心などつゆ知らず、飼い犬のように私の後ろをほいほいついて来た。
正常な思考状態であれば、その時点で気付いていただろう。しかし酒も回り、また毎日の風景が灰色に見えていたその頃の私の脳は、正直言って正常に作動していなかったのだ。
「て、てめえは。何だ突然!」
私が声をかけ、ここに連れ込んだ年配の男の胸ぐらを大和は掴みながら、乱入してきた男に向かって、疑問を投げかける。
「お前ら、ISMYの実行犯か」
「あ?だったらどうだって言うんだよ」
「少し前、ここ近辺でひ弱そうな男を狙った美人局が発生していると通報があったんだ」
「つ、通報だと?」
大和がそう言った、まさにその瞬間。年配の男が、自分の胸ぐらを掴んだ大和の腕を軽く振りほどき、床の上で彼をねじ伏せていた。その眼光は鋭く、とても最初に声をかけた時の、弱々しい表情をしていた男と同一人物とは思えない程であった。
「う、この野郎。離せよ!」
「観念しろ。俺たちは警察だ」
「警察!」
二人は金井達也、根岸祥三と名乗った。共にこの西街の外れにある派出所で働く警察官だった。私たちはその場で拘束された。
現行犯逮捕か。はは、結局こうなる訳だ。そうであれば、基より大和の言うことなど無視しておけば良かった。まあ、実際こういう結果に落ち着くのはかえって良いことなのかもしれない。生きる意味を感じない私には、狭い、何も無い牢の中がお似合いだろうから。
「私には、何も無いの。生きる希望も、将来も。だから早く逮捕して。牢に閉じ込めて。もう外は嫌」
もはや可能な限り長く、何も無い牢の中にいたい。自分の世界に閉じこもりたい。そこまで思う程に、半ば自暴自棄となっていた。取調べでも、自分がこれまでしてきたことを正直に、一から十まで包み隠さずはっきりと話した。
しかしそんな私に科せられたのは、執行猶予付きで懲役二年という、正直言って軽い刑罰であった。
「君は途中から主犯の高崎に脅されていたし、初犯だからね。この二年で心を入れ替え、他の人と同じように生活できるレベルに達することができるよう、頑張ろうね」
保護観察官の男は、笑顔で私にそう言った。その二年を何の問題も無く過ごし、無事に執行猶予期間を終え、現在に至る…という訳である。前科という、死ぬまで消えることのない傷を背負う羽目にはなったが、それは自分のしてきたことの戒めとして、重く受け止めていた。
大和は私の髪から手を離した。
「はっ。抵抗なんてしやがって」
「も、もう私は昔の私じゃ無いの!」
私が急に大きな声を出したことで、彼は一瞬目を見開いた。
「はあ?どういう意味だよ」
「私…付き合っている人がいるのよ」
大和はさらに目を丸くさせた。そして一拍置いた後、ゲラゲラと笑いだした。
「お前みたいな前科者の売女と? 付き合いたいって言う人間がいるっていうのかよ」
そう大きく笑う彼の姿が、私の目には非常に滑稽に思えた。数秒目を閉じ、その後、彼を睨みつけた。
「ええ、いるわ。あの日に私とあなたを逮捕した警察官、金井達也よ!」
叫ぶように、目の前の男にそう言葉を叩きつける。大和はぱくぱくと、何回か口を開閉させ、私を指差す。
「お、お前。あの警官と?」
私はこくりと頷く。「ええ。何か問題でも。まああなたには何の関係ないことだけどね」
そう言い捨てると、大和は先程よりもさらに大きく笑いだした。その大きな笑い声に私も、周囲の人々も、何か歪なものを見るような目で彼を見る。一通り笑い転げたあと、彼は腹を抑えながら私を見た。
「何がおかしいのよ!」
「だって、だってよお。これまで沢山の男共に体を売っていた女が、交際って言うだけで笑えるのにさ。それがまさか、あの警官だとは。騙くらかしていた貧弱そうな男共じゃ、とうとう物足りなくなったのか?え?」
「…」
下劣な言葉を浴びせてくるその男を冷ややかな目で見ながら、私は溜息をついた。やはりこの男は昔から変わらない。あの時から既に四年は経過し、私の生活は変わった。もちろんあの事件があったことで、私は達也…達ちゃんと交際を始めている。しかしそれは、彼の体が目的では無い。彼の優しさに、私は心から惹かれたのだ。
「それにしても、警官だとは。あ、だからお前は刑が軽かったのか?好みの女だから刑は軽くしましたー、なんて。職権濫用も良いところじゃないか」
「ち、違う!」
彼は単なる派出所勤務の警官だ。そんな権限は無いし、それに私たちが交際に至るまで親交を深めることができたのは、本当に自然の流れだったのである。
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