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第一章 勝治と雛子の寝室
五
しおりを挟むどうやって勝治と会えば良いのだろうか。
現役を退いていても、面識のない者が容易に会うことのできない人種であることは、若月も理解していた。
勝治の自宅は、大家の老婆が知っていた。若月の自宅から車で三十分程度の高級住宅街の中に、それはあった。
二階建てで、洋風の豪邸である。数百坪はあるだろうか。若月はもちろん、一般人が入るには思わず躊躇してしまう程の、格式高い屋敷であった。
車庫や立派な門には、有名な警備会社のマークと、監視カメラらしき機器。セキュリティ対策は、この辺りの住宅では必須だろう。
物は試しと、単刀直入に訪問してみた。しかし使用人の清河に門前払いをされてしまった。アポも取っていない不審な人物である若月を、中に通す訳がないのだ。
それならば、外出時に接触するのはどうだろう。ただ、それをするためには、勝治の日常を知っておく必要がある。
そこで若月は、探偵に調査を依頼することにした。近辺に事務所を構える探偵だ。自宅のポストにチラシがあり、渡りに船と若月は連絡をしたのだった。
探偵とは、近くの喫茶店で会った。四十過ぎの、よれよれのシャツを纏う、無精髭を生やした男。容姿の胡散臭さに、若干の不安を覚えたのは言うまでもない。
藍田勝治の行動スケジュールを、調べてほしい。目的は明かさずに、それだけを伝える。探偵も内容を追求することなく、「任せて欲しい」と胸を張った。
数日後、若月は探偵から報告書を渡された。勝治は、外出時には必ず使用人の清河を付き添わせているようだ。若月にとっては、望ましい内容では無かった。
やはり会うには、正当なやり方では不可能。しかし若月は、彼と会って話す必要がある。悩みに悩んだ末、若月は非合法なやり方を考えた。
それが、不法侵入である。
しかしそれをするにも、下調べは重要である。屋敷には勝治以外にも住人がいる。たとえ入れても、勝治に会って話す前に見つかれば、何の意味もない。
悩み暮れていくままに月日は流れ、十月。残暑の蒸し暑さも徐々に薄れてきた頃に、若月は封筒を一通、受け取った。
表に「若月 孝司 様」と宛先が書かれている。裏には、九月に依頼した探偵事務所の名前。切手は貼られていない。直接家のポストに入れたのだろうか。
中身を取り出すと、そこには藍田家の住人の日々の動きや習慣に関する情報が記載された、数枚の用紙が入っていた。
一枚目、冒頭には次のとおり書かれていた。
------------------------------
これらの情報をどう使われるのかは、
あなた次第です。
------------------------------
急いで、探偵に電話をかける。しかし何度かけようとも、電話が繋がることは無かった。事務所に直接…とも思ったが、チラシに住所が書かれていない。彼とは喫茶店で会ったのだ。つまり、改めて直接話はできそうになかった。
若月が今、最も欲していた情報。願ったり叶ったりではあったが、読み進めていくうちに気味が悪くなってきた。書かれている内容、藍田家の防犯対策の穴、住人が比較的いない時間帯や日程。まるで、自分の頭の中を見られているような内容だった。藍田家に侵入することは、探偵はもちろん、誰にも言っていないのだ。
訝しみつつも、完読した後に興味を引いたのは、藍田家のセキュリティだった。「機器の点検から、毎月五日と十五日は、午後六時から午後十時まで、監視システムを停止する」と、手紙には書かれていた。
本当のことなら嬉しい情報だが、機器の点検で数時間…しかも夜中にセキュリティを停止するなんて、普通に考えてあり得るのだろうか。手紙の怪しさも相まって、それを信じるためには一度確認する必要があった。
暦上では、次の日が十月五日だった。それならと、その時間帯に、彼は藍田家を訪れた。
人気が無くなったところで、入口近くに寄ってみる。帰宅後に製品情報を調べたところ、設置された監視カメラは、電源ONの時はレンズ横の小さな赤いランプが点灯するらしい。見た様子では、カメラはどこも光っていなかった。つまりカメラの電源はついていないということだった。
次に若月は門の横、塀の上によじ登った。ペンライトを点けて目を凝らすと、門の裏側に侵入警報を知らせるセンサーらしき機械が設置されていることが分かった。こちらも、ランプの点灯は無い。ゆっくりと足を下ろしてみるも、センサーの前で足を揺らしてみるも、何も起こらない。
手紙の内容は本当のことだった。
それが分かれば、あとは話が早い。探偵が何故自分の考えを見通していたか。疑問は残るままだが、今の若月は、この情報にすがるしかなかった。
そうして迎えた十月十五日の夜。
若月はこうして、藍田家に忍び込んだわけである。
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